もちろん嬉しいことですが、私の稚作が赤ということに対して如何せん気恥ずかしいものがあり、かといって橙バーに戻ってほしくないという葛藤もあり。
すいません。ダラダラ言ってますが、このまま永遠に夢 見させてください…………。
魂魄妖夢は深く目を閉じて、深呼吸をする。
弾幕がぶつかり合い、そして大きな力同士が衝突し、風圧や、そこから弾ける魔力や妖力を肌に感じる。
妖夢は、ヒリヒリと頬が痛む感覚を覚えながら、先ほどの出来事を振り返る。
『私とフランが、あの西行妖の馬鹿デカい結界を破壊した、西行妖を弱らせ、霊夢が西行妖を封印という流れになるわけだが、その間に西行寺幽々子を救い出さなければならない』
大きな翼の生えている吸血鬼の御方が、周囲に、皆に伝えるような声を、当時の私は、どのような面持ちで聞いていたのだろう。
先が真っ暗になるような感覚に陥っているときに、レミリアさんの言葉はまるで自分をそのまま暗闇のそこまでに叩き落すかのように、無慈悲かつ冷徹な言葉に聞こえてしまっていたのだ。
『西行寺幽々子を救い出すのは、白髪、『魂魄妖夢』と言ったか。お前の出番だ』
そう、どうして、再び主を殺させるようなことをさせるのだろう。なぜ私に主を斬るという重荷を背負わせるのか。もう、放っておいてほしい。
その時の私は、きっとレミリアさんに対する憎悪で一杯になっていたはずだ。
『…………私が……ですか……』
『そうだ、お前の持っている『剣』。確か、楼観剣か。その剣には不思議な力が宿っている様だ。詳しくは解らんが、それで西行妖と、西行寺の繋がりを断ち切れるはずだ』
そんな身も蓋もなく、根拠のないレミリアさんの言葉、本来ならば、事実無根で受け入れがたい言い分だったが、不思議とそうなんだろうという感覚になってしまう。
『…………私には、無理です』
『…………?どうした?』
『無理………なんですよ…………私には……もう…………放ってください』
戦意喪失し、弱気になっている私にとって、再び西行妖を、幽々子様へと危害を加えてしまうという可能性を前に、どうしても首を縦に触れなかった。
投げやりに、そして全てを投げ出してしまうような言い方をしてしまう
───バチンッッッ!!!
そんな私は、気が付けば、突然聞こえた音と同時に頬に痛みを感じる。
はっ、と痛む右の頬を抑えて、前を向くと、キッと、厳しい目を向ける銀色の女性『十六夜咲夜』さんが。
頬を打たれたということをすぐに理解し、すぐさま苦言を呈そうと相手の目を見るが、その目は静かに、それでいて憤怒に染まっている眼であったため、何も言えずに閉口する。
『何を…………するんですか』
私は思わず弱弱しくも目をそらしながらそんな言葉を口にした。
相手の貫くような鋭い目への少しばかりの抵抗なのだと思う。
『不貞腐れるのもいい加減になさい……。貴女は何?全てを投げ捨ててしまってもいいほどに偉い身分なのかしら?それとも貴女にとって、『西行寺幽々子』はその程度の存在なの?』
『それは…………ッ!」
違う、とは私の口からは出てこなかった。
幽々子様をお守りできるなら、それ以上に越したことなんてない。
咲夜さんの目を見てそう思った。
彼女は私とは違う。いや、私以上に、『主』の為に身を投げているのだ。
彼女の眼はそう物語っている。主の為ならば、命を救うためならば、己の命を捨ててしまってもいい。と、言葉無しに眼が語っているのだ。
そんな彼女に、『違う』とはどうしても言えなかった。『従者』としての格がそもそも違っていたのだ。
『………まぁ、いいわ。私は、お坊ちゃまの命令通りに遂行するのみよ、貴女のことなんて考えてられる暇なんてないわけだし』
私は、そう言いながら、西行妖へと歩みだしていく咲夜さんの後姿をただ見ているしかできなかった。
『……………………やらないで後悔するなんて御免よ。私はどんなに苦しくても足掻いて、血反吐を吐いても、絶対に助け出すわ。それが『従者』ってものでしょ?』
そんな去り際の彼女の言葉は、深く私の心の中に入り込んだような気がした。
『なら、西行妖の封印の役目は私ってことね。じゃ、準備があるし、ここらで解散ね』
『おっし!私も咲夜と一緒に時間稼ぎにでも洒落もうかな!』
『じゃあ、私も西行妖ってやつをもっと近くで見てみよ~っと!!』
『おいおい、あんま近寄りすぎて被弾なんかするなよ?折角の作戦がおじゃんになっちゃうぜ』
そして、話は終わったというように、離れていった霊夢さんと、咲夜さんの後を追うようについて行った魔理沙さんとフランさん。
空気を読んだかのように、この場にはレミリアさんと、私しかいない。
『………まぁ、気持ちは解らんでもないがな。私は良く解らないが、『従者』とやらは難儀なものさ』
俯いている私に語り掛けるようにレミリアさんは近く、私の肩を叩いてそう言う。
『お前も良くやっているさ。主のことを大事に思わなければ、そこまで苦悩もするまい。そこまで想ってもらえる西行寺幽々子は幸せ者ではないか』
『……………………』
『私とフランがここに来たのもな、八雲紫に懇願されたからだ、それも、必死な表情でな。聞けば紫と幽々子は友人関係があったそうじゃないか』
『……………………紫様が…………?』
レミリアさんの意外な言葉に反応を示す。
意外にもレミリアさんは紫様と面識のある方だったそうだ。
『八雲紫』
私が本格的に幽々子様の『庭師』となる前、詳しくは幽々子様が生きていらっしゃったときから幽々子様と友人関係にあった妖怪だ。
どこか掴みどころのない人で、何かしら私をからかってくる。
まぁ、そこらへんは幽々子様と何ら変わりのないが、しかし、常に冷静で幻想郷を第一に考えている様な方が必死でこのレミリアさんに幽々子様の救出を懇願したというのか。
正直想像がつかない。
『まぁ、紫は冥界から流れてくる西行妖の『死』が幻想郷へと流出していくのを防ぐために、必死で境界を駆使して防いでいるそうだが、それがなければ幽々子を救い出そうと動き出しているはずだろうな。幻想郷の賢者の立場もあり、直接幽々子を助けれず、悔しそうだった』
『……………………』
『だが、皆、今出来ることを最善を尽くしてやっている。幽々子を救い出すのもそう、西行妖を封印するのもそうだ』
『……………………はい』
『なら、お前も幽々子を救い出すことに最善を尽くせ。お前にしか出来ないことだ。…………後悔だけはするなよ』
そう言って、レミリアさんもその場から離れていった。
その後、ざわざわと焦燥感の様な嫌な感覚がすっかり消え去り、現在に至る。
手に持っている楼観剣を刀身を見る。
鈍色の鏡には、明かりの反射で西行妖が映し出される。
思えば西行妖とは長い付き合いであったな。
幽々子様が私に向かって、西行妖が満開になればきっと美しく咲き誇るわと嬉しそうな笑顔で話しかけてきた姿を思い出した。
今度、紫たちも呼んで皆でお花見でもしましょうと楽しそうに笑っていた姿が目に焼き付いている。…………お花見のお料理やお酒を用意するのは自分なのに、勝手なことを言うんだから…………。
昔のことをふと思い出して、クスリと笑う。
そして、一番私の中で思い出深いのは、この西行妖の木の下で、師である祖父『魂魄妖忌』との立ち合いの一幕。
白玉楼の庭先でよく私に言い聞かせていた言葉を思い出す。
『幽々子様は、お前が命に代えてもお守りするのだ。己の身を一振りの鋼とし、帰る鞘のために最後の時まで尽くせ。……だが幽々子様は心優しき御方で、傷つきやすい御方でもある。だから悲しませてしまってもいかん。幽々子様をお守りし、そして悲しませない。これを同時に為すのは難しきこと。…………しかし、為さねばならぬ。妖夢、お主が常に幽々子様の剣となってお守りするのじゃ。これはお主にしか出来ぬこと、心に留めておくのだ、よいな?』
「…………はい、承知いたしました。お師匠様」
妖夢は、昔の記憶、妖忌の言葉を深く噛み締める。
妖夢にとって『魂魄妖忌』は祖父にして憧れの存在であった。
『妖忌』は剣の達人である。まさに剣豪と言うにふさわしい御方であった。
彼は、文字通り、斬れぬものは何もない。全てをその剣にて両断してしまう人であった。
『雨』を、『空気』を、そして『時』ですら、『運命』ですら、恐らくは『死』でさえも。
全てを斬ってしまう妖忌に憧れを覚え、そして無意識に遠慮していた。
そんな妖忌に比べれば自分など『半人前』であると。
そんな雲の上の存在に等しい妖忌の言い伝えが再び妖夢の中で蘇る。
「…………真実は目に見えず、耳に聞こえず、心にて見て、斬りて知るもの。斬らねば始まらぬ、さすれば剣が真実へと導かん」
そして、妖夢は楼観剣を持つ手とは反対の手に白楼剣を握り、深く目を閉じる。
「迷わずに斬れば判る。斬れば、全てが判る。…………私に斬れないものは無い………ッ。迷うな、示せ。お師匠様の伝えを守りれるだけの力と覚悟を…………ッ!!」
そして、その白楼剣を自分に突き刺す。
しかし、血は噴き出ず、代わりにあふれ出すは迷いなき覚悟。
迷いを断ち切る白楼剣の力にて妖夢はゆっくりと西行妖へと目を向ける。
西行妖の結界は魔理沙の『ファイナルスパーク』の追加攻撃を受けて今にも破壊されかかっている。
パリィィィィィィィィンッッッッッ!!!
そして、西行妖の結界が壊れた。
「壊れたなッ!!なら、次はお前の出番だぜ!!『魂魄妖夢』ッ!!!」
そして、前方から魔理沙の声が聞こえてくる。魔力の使い過ぎて、ふらついているようにも見える魔理沙さんが、精いっぱいの大声で此方に伝えてきたのだ。
…………魔力を使い切るまでして結界を壊してくれたんだ。醜態は晒せないッ!!
「…………はい、解りました」
スウッ、と楼観剣を西行妖へと向ける。覚悟は十分、迷いなど、もう無い。
…………幽々子様、お待たせしました。今、お助けに参りますッ!!
「…………幽々子様は、返してもらいますよ…………西行妖ッ!!!」
仮に現在、西行妖が幽々子と一体の存在であったとしても、今までは別個の存在として確かに自分の前でそれぞれ存在していたのだ。
幽々子と西行妖の繋がりを断って、幽々子様を救い出す。
幽々子様を守り、全員を、幻想郷を守れ。
望まない『死』で、幽々子様を悲しませるな、西行妖。
『西行妖の『核』に幽々子が取り込まれて一体化している。そこから幽々子を切り離せば、西行妖は以前と同様に弱体化するだろう』
そんなレミリアの言葉を胸に、妖夢は西行妖へと駆け出す。
眼は西行妖にのみ向けられ、その足取りも、迷いがなく、一直線に西行妖へと駆け出している。
西行妖も一人駆け出している妖夢を放置しているはずもない。
近づく者に情け容赦のない大量のレーザーと弾幕が妖夢に向かっていく。
「…………咲夜」
「かしこまりましたわ。お坊ちゃま」
妖夢の姿を見て、そして西行妖が弾幕を放つ姿を見てレミリアは咲夜に声を掛ける。
「…………おい、咲夜。大丈夫なのか?時間停止が出来ないんだろ?」
「…………フフッ、出来ないわけじゃないわ。させてもらえなかったのよ」
「……………………?」
「西行妖にも、死を操れるようだけど、私の能力をその能力によって封じたわけじゃなくて、西行妖の『空間』を『殺す』ことによって時間停止という『干渉』が出来なかったのよ」
「…………どういうことかさっぱりわからん」
「簡単よ、今度はあっちの『空間』全部、私の物にしてしまえばいいもの…………さっきの借りは返させてもらうわ」
――「咲夜の世界」
咲夜は、完全に時間を停止させる。
その止まった世界の中で自分だけが動ける自身の能力『時間を操る程度の能力』の真骨頂。
『空間』へと干渉するのではなく、それらすべてを自分のものとして操る。
「…………あまり時間は無いけれど、このくらいだったら余裕ね」
時の止まった空間の中で、一人歩いている咲夜。
妖夢へと近づいていき、西行妖が放った弾幕とレーザーを見る。
妖夢も、西行妖も同様に時が止まっているため停止している。もちろん弾幕もだ。
「…………なかなかやるじゃない。正直、見直したわ。『魂魄妖夢』」
時の止まっている妖夢を、決意を目に宿している妖夢の姿を見て咲夜は素直に妖夢を賞賛する。
「…………だったら、私もやるべきことするまでよ。絶対に主を救い出しなさい、妖夢」
――幻葬「夜霧の幻影殺人鬼」
咲夜の瞳が紅くなる。
咲夜の『殺人ドール』以上に、霊力が込められ、威力の増しているスペルカード。
無数のナイフの弾幕が、一斉に西行妖の弾幕へと向けられる。
「…………そして時は動き出す」
そして、咲夜は時間停止を解除させると、すぐさま魔理沙と西行妖の弾幕が相殺し合い、妖夢へ弾幕が到達するのを防ぐ。
「…………行きなさい、妖夢」
「感謝します。咲夜さんッ!!」
時が動き出したと同時に妖夢も動き出した。
咲夜も、再び西行妖へと向き直る。
「妖夢にばかり気を向けさせるわけにもいかないの、こっちにも付き合ってもらおうかしら」
――傷魂「ソウルスカルプチュア」
西行妖へとその能力を駆使して肉薄する咲夜。
そして、西行妖へと近づいた咲夜は、高速で、西行妖へと斬りつけていく。
自分の時を早くして、高速で動きだす咲夜。
幹へ、枝へ。高速で移動しながら高速で西行妖を斬りつけていく。
霊力の込められたナイフで切り付けているため、西行妖へと多少なりともダメージは与えているはずだ。
苦し気に西行妖がざわざわと揺れ動く。
西行妖はこの時点で、重大なミスを犯した。
『核』へと近づいている妖夢の姿を見失ってしまったことだ。
「はあああああああああああああああああ!!!!!!」
気が付いたときには遅かった。西行妖の『核』へと近づいた妖夢が、楼観剣を振りかぶっている姿がそこにはあった。
「行けッ!!妖夢ッ!!」
「行っちゃえぇぇ!!妖夢ゥゥ!!!」
魔理沙とフランの言葉を背に、妖夢はその刀へ妖気を込める。
…………妖夢…………やめt
「もうそんなものに騙されませんッ!!!これが私の答え!!幽々子様を返してもらいますッ!!!西行妖ィィィィ!!!」
――人鬼『未来永劫斬』
西行妖の『核』へ、目にもとまらぬ速さで斬りつける。
着実に、そして着実に、西行妖の『核』を削っていく。
「やああああああああああああああああ!!!!」
そして、最後の一太刀を、西行妖へと振り下ろした。
西行妖の『核』が壊された。
そして、西行妖がそこから裂けるように分かれる。
「…………ッ!!…………幽々子様ッ」
そして、その中から眠っている幽々子の姿を見つけた妖夢は、すぐさま幽々子を抱えて離れる。
亡霊である彼女は、整った寝息を立てており、ただ眠っているようにも見る。
体温は、亡霊であるため冷たいが、それでも心の底が温まるような感覚を妖夢は覚えた。
「…………ッよかった…………幽々子様ッ」
ようやく救い出せた主の寝顔を見て、妖夢は心底安心したような声を漏らす。
「…………よくやったわ、妖夢。じゃあ、心置きなく、西行妖を封印させてもらおうかしらね」
――『夢想天生』
そう言った霊夢は光輝き、八つの陰陽玉を展開している何とも神々しい姿だった。
霊夢は、その陰陽玉から、封印の印を込めたお札を放つ。
『核』を失い。そして切り刻まれた西行妖に、そのお札を防ぐ手立てなどなく、ただそのお札に当たるのみであった。
西行妖に張り付けられたお札の効果もあり、急速に西行妖はその身に宿していた妖気を失っていき、次第に力を失っていく。
巨大で、妖気を帯びた西行妖は、周囲に大量の『春』を撒き散らし、その妖気を減らしていく。
西行妖は、その身に宿していた大量の『春』を失い。八分咲にまで咲いた桜の花は散り、やがて封印されてしまうのであった。
春雪異変の終結である。