「貴女は基礎が足りないのよ。基礎を身につけなければ上位の魔法なんて到底使えっこないわ」
「いいや!私はそんなちまちましたものなんて御免だね。大体、子供でも分かるような初歩的な物がなんの役に立つっていうんだ?」
私は、目の前にいる頑固で利かん坊のような少女に理屈から説こうとするが、全く聞く耳を持たない。
私は少しばかり嘆息を漏らしかける。
頼りになりそうなもう一人の魔法使いは、我関せずと言わんばかりにテーブルに置かれている紅茶に手を伸ばし、素知らぬ顔で飲んでいる様子だ。
…………同じ理論派の魔法使いなら、少しくらい説得に協力してくれても良くないかしら…………?
そんな抗議の視線に気が付いたのかは定かではないが、彼女は少しばかり憐憫の色を含んだ視線を投げ返す。
まぁ、彼女の方でもなんとか説得はしたのだろうが、結果は見ての通り、聞く耳を持たれなかったという所か。
…………それで、面倒事をこっちに押し付けたわけね。
私が紅魔館の図書館で二人の魔法使いとテーブルを挟んでこうやって談義をしているのは少しだけ前に遡る。
いつも通りに、起床を迎えて、未読の魔導書を開いて今日も一日本を読んで終えようと思っていた。
『パチュリー様、お客様がいらっしゃいましたよ!』
使い魔のこあの声で少しばかり嫌な予感はしていた。
図書館に、それも紅魔館に客人として用事がある者なんて限られた者しかいない。
『おう!パチュリー!本を借りに邪魔するぜ』
そう、『
何か月か前から紅魔館の図書館に訪れてくるはた迷惑な客人、元白黒の泥棒猫こと霧雨魔理沙である。
紅霧異変に乗じて図書館で本を盗んだことを宴会で少しばかり『オハナシ』した後は、ちゃんと期日通りに本を返してくれるようになったが、それでも魔法探究心は人一倍あるようで次から次に魔導書を借りようとする。
それだけなら感心物だが、彼女はというと、身の丈に合っていない上位魔法に関する魔導書にばかり関心を示すため、それを止めようとする私と、頑なに聞き入れない魔理沙で一悶着が発生するのだ。
彼女のせいで、私の大切な一日のほとんどが潰れる。
好きなようにさせておけと割り切れば簡単なのだが、何となく見過ごすことが出来ないのだから仕方がない。
『もう一人連れて来たぜ!』
『別に貴女に付いてきた訳では無いわよ。あぁ、パチュリー、お邪魔させてもらうわ。折角だから、宴会の続きでもと思ってね』
今日は少しだけ違うらしい。
魔理沙ともう一人の魔法使い『アリス・マーガトロイド』が紅魔館に訪れてきた。
アリスはと言えば、春雪異変解決後の宴会で知り合った、私と同じような理論派の魔法使いだ。相性も合うのか、宴会の場では魔法に関する話が大分盛り上がったもので、単純思考の魔理沙とは大きな差だ。
まだ新米の魔法使いであるというが、その素質は十分なものがある。
個人的には是非とも存分に魔法談義でもしてみたいと思っていた相手だ。
彼女は少しだけ特殊で、人形の操作に力を入れており、肝心の魔法を使うことはあまりないと聞く。
正直、人形に拘らなければさらに上位の魔法をも使いこなせるだろうに。
そこが少しだけ勿体ないと感じてしまう。
…………まぁ、よくも変人ばかりと知り合ってしまったものね。
…………いや、パチュリー様も似たようなものだと思うんですけど…………
………………………………こあ、後でお仕置き。
………………………………はい……………。
「そんな面倒なこと言わないで貸してくれよ!頼むよパチュリー!」
「………………そんなことを言っても駄目よ。貴女には魔法使いとして足りないものが多すぎるわ。実力も、知識も」
「………………ッ」
「今は火力ばかりの魔法で凌いでいるだけよ。今の貴女ならいくら努力しようとしてもそこまでが限度よ」
魔理沙の表情は深く被りなおされた帽子でうかがい知ることは出来ない。
正直、突き放すような言葉を言うのは好きではないが、期待を寄せているからこそ出る言葉として言い放つのだ。
私にとって魔理沙は規格外の存在であった。
魔法使いという種族として『捨食・捨虫の術』を己に施さなければいけない。
それはもともと生まれついで先天的なもの、人外となる後天的なものがあるが、人間の魔理沙であるなら長い研鑽の上、後者にならって己に術を施さなければいけない。
しかし、己に術を施さず、そしてたった十数年しか生きていない。
恐らく、魔法という物に興味を示してからはたった数年程度でしかないのに関わらず、火力重視ではあるが魔法を使いこなすほどの器量をまざまざと見せつけられたのだ。
恐らく師がいたのは確かではあろうが、独学で魔法を使いこなすまでに成長した魔理沙を奇才と言わずして誰に言えようか。
魔理沙の欠点ともいえる魔法に関する知識と実力不足を補えば、もしくは…………きっと、歴史に名を残す大魔法使いにすらなれるはずだ。
そんな期待を目の前の、人間である彼女に寄せてしまうのも性なのだろうか。
「だが、自分の長所に見合った属性を伸ばすのも悪手ではない、だろう?パチェ」
「………………レミィ?」
「………………レミリア…………」
「………………ッ」
静まり返ってしまった空間に、響く一つの声。
目を向けると本を両手に抱えて持っているレミリア・スカーレットの姿。
私の友人であり、紅魔館の主である吸血鬼だ。
レミリアの姿を目視した二人、魔理沙はレミリアへチラリと視線を向け、アリスはその場にスッと立ち上がる。
「お邪魔しています、レミリアさん」
「あぁ、アリスか。何、畏まる必要はないとも、是非ともゆっくりしていってくれ」
「えぇ、御厚意感謝します」
立ち上がったアリスは礼儀正しい口調でレミリアに挨拶をした後、上品にお辞儀をして見せる。
「それよりも、レミィ、貴方」
「あぁ、暇つぶしの本を粗方読みつぶしてしまってな。新しいものを探していた途中だったんだが、少し騒がしいと思っていたらパチェ達が話し込んでいたものでな、失礼させてもらうぞ」
そう言って、私達の方へと近寄っていくレミィ。
いや、詳しく言えば俯いている魔理沙へと近寄っている様だ。
コツ、コツと歩く音が鳴り響く。
「魔法とは不思議なものだな。火力にのみ追求して規格外の破壊力持つ魔法もあれば、属性を利用して幅広く、隙の無い魔法を編み出すこともある。正に言葉で言い表せない超常的な力だ」
「まぁ、魔法にはあまり詳しくはないが、どちらとも言わんとすることは解るさ。魔理沙もパチェもな」
「……………これは…………」
そう言って、魔理沙の前にコトンと両手に抱えていた本を置くレミィ。
その本は、魔導書であり簡易的な物、言わば基礎的な内容が詰まっている魔導書だ。
「だがな、何をするにしても必ず基礎知識が必要になるものだ。高位の魔法を使うにしても同様だろう?」
「………………」
魔理沙に語り掛けるように言うレミィ。
魔理沙は黙ってレミィの言葉に耳を傾ける。
「私が用いている魔術の類も元をたどれば魔法と似たようなものだ。ただ、明確な手順と原理を組まなければ効果は発揮しないがな」
「………………魔術も………?」
「あぁ、魔法よりは魔術の方が簡易であるとされてはいるが、それでも魔術でさえも基礎的な知識を収めておかなければ高度な魔術なんて使い物にすらならん」
「………………」
「………悩んでるのか?」
「………………ッ!!??」
黙り込んでいる魔理沙にスッ、と紅い眼を鋭くさせて問いかけるレミィ。
図星の様に大きく身体を揺らす魔理沙。
「大方、霊夢との実力が離されているのではないかという危惧から生まれた焦燥といったところか?」
「………………ぅ」
「言ってみろ、力になれるやもしれん」
嗚呼、この目だ。
吸血鬼でありながら人を愛することを知った無垢な慈愛の笑み。
「………………魔法の研究が上手く行かないんだ。……………どうやっても失敗ばかりしてしまう…………………」
「………………だから高度な魔導書を頼りに、か?」
「…………あぁ、そうすれば、きっと打開策があるだろうって思ってな。でも、こうでもしなきゃ、置いてかれちまう…………………」
ぽつり、ぽつりと漏らしていく魔理沙。
そこには、いつもは見れなかった魔理沙の本音の様な物が垣間見える。
日々、鍛錬に励んでいく霊夢と失敗が積み重なっていく魔理沙。
魔理沙自身にも霊夢に置いてかれるという焦燥感が襲っていたのだ。
「一朝一夕ですぐに変わる訳がないだろう?成長というのは、日々の積み重ねと、長い研鑽がもたらすもの。一晩で変化するのなら私だってそうするに決まっているさ」
「………………」
「悩め、悩んで苦しめ。その先に正解があるはずだ。すぐに結果に至ろうとするな。周囲からの声を聞き入れて、貪欲に取り込め。パチェの言っている通り、基礎知識を身に着けることも一つの手段さ」
ぽん、ぽんと魔理沙の頭を帽子越しに叩くレミリア。
ぽふっ、ぽふっ、とクッションを叩くような音が帽子から鳴る。
……………それ、一度もレミィにやってもらったことないわね。
「気晴らしに、この魔導書でも読んでみろ。そんな思いつめては、研究にも身に入らないだろうからな。新しく視野が広がることもあろう。何、慌てることはない、日々の努力が実を結ぶものだから」
「………………ぅん」
帽子を両手に抱えて、帽子に顔を隠す様にしてレミィに返事を返す魔理沙。
「レミリアさんって、あんな顔できるのね…………」
「………………レミィのあの顔は常套手段よ」
「………………パチュリー?ちょっと不機嫌になってる?」
「いいえ、そんなことはないわ」
「そ、そう…………」
ひそひそと、アリスが私に対して驚いたような声で話しかけてくる。
まぁ、吸血鬼のレミィが、聖母の様な笑みを浮かべることなんて、他所の人には考えられないでしょうけどね。
…………少し、面白くないとは思ってしまったけど、ただそれだけよ。
「そういえば、アリスも魔法使いだったな。どういう魔法を使えるんだ?」
あれから数十分経ち、魔理沙もいつもの元気を取り戻した後、レミィが思い出したかのようにアリスに問いかける。
「あぁ、あまり人に自慢できるような魔法ではないです。七色を象徴とする魔法を一通り扱えるという程度ですし、人形を使役する方が身に合ってますから…………」
「…………人形?」
レミィの瞳がキラリと輝いた。
レミィがこの瞳をするときは、興味を抱いた時だ。
大人びているからかあまり知られてはいないがレミィは好奇心が人一倍強い。
不可思議な現象などに大変興味を示す傾向があるのだ。
今回も人形を使役するという話に少なからず興味が沸いたのだろう。
「え、えぇ、人形使いとして色々活動しているんです」
「人形を操ることが出来るのか?」
「ええ、もちろん」
「それは興味深いな、見せてもらえるか?」
「あ、はい。大丈夫ですよ」
アリスはそう言うと、どこから現れたのか数体の可愛らしい人形がアリスの周囲を飛び回り、それぞれ思い思いに身振り手振りを加えながら飛び回っている。
その姿はさながら小さな人間の様だ。
「ぉお…………!」
隣ではレミィが感嘆の声を上げながら魅入っている様だ。
大方、瞳を輝かせているんでしょうね。
魔理沙はぼんやりと人形劇を眺めているだけだし。
まぁ、吸血鬼の年齢に関して言えばレミィもまだまだ子供の域だけど、やっぱり子供っぽい所もあるのね。
レミリアは人形劇が終わるまで、じっと見ているままだった。
「はい、これで終了です。将来的に、この子達を完全に自立させたいのですけど、今の私ではまだこの程度でしか…………ッて、えぇ!!??」
唐突にレミィがアリスの手を掴んでその手をしげしげと眺め出した。
もちろん、突然の行動にアリスも少し狼狽えている。
「ほぅ、微弱ながら動きがあったからまさかとは思ったが、糸、か。なかなか器用な事をするな!」
「え、あの…………ちょ、ちょっと!?」
アリスの手首を掴みながらレミィは笑顔でそう言う。
対してアリスは少し頬を紅潮させる。
アリスが人形を手によって使役をしていた。
人形を糸越しに、それでいて指の動きを最小限にして動かしていることを気取らせないほど器用に操作するのをレミィは見逃さなかったのだろう。
「なるほど、気が付くまでに時間がかかってしまったが、そういうことか!!いやぁ、綺麗な手をしていたものだから気が付かなかったな」
「きれッ!?…………あ…………あ、あの…………ありがとう、ございます…………て、手を…………離してくれると…………あの…………」
無邪気な笑顔でアリスに笑いかけるレミィと完全に顔を真っ赤にさせたアリス。
………………………………手を掴まれたことも無いわね。レミィに。
「………………レミリアって、意外と大胆なんだな……………………」
「………………いつも通りよ」
「………………?パ、パチュリー?不機嫌に「なってないわ」………そ、そうか」
………………………………えぇ、不機嫌になんてなってないわ。えぇ、なってないですとも。
魔理沙って、♂性能高いですよね。
つまりはそういうことです………………誰かお願い。