独断での判断でしたので、番外編を楽しみにしていた読者様もいらっしゃることと存じます。
誠に申し訳ありません。
従って、都合のいい話ですが、番外編の話はなかったことにしてくださると有難いです。
再び、読者様の困惑を無用に生んでしまい、誠にお詫び申し上げます。
スンッ、と一瞬の内に静寂が辺りを包む、その場の独特の緊張感に支配され、誰も言葉にできず、はっと息をのむことしかできない。
「ま、まいった………」
その一声が、尻もちをつき今まさに私に拳を顔前に突き出されている──言わば、殴られる寸前である男性の口からそう出た。
威勢よく、意気揚々と私に挑んできた男性とは到底思えない。
何とも言葉にできない無様に呆けている顔であった。
その男が出したその一声を受け、周りの野次馬達が一斉に沸き立つ。
先ほどの静寂が嘘のように一気に盛り上がり、歓声を上げる。
「勝った!美鈴(メイリン)が勝ったぞ!」
「おい!賭けに勝った奴はどいつだ?」
「チッ!!!あのアマ、また勝ちやがった!」
「………素敵。美鈴様。」
そんな声も、歓声の中に紛れていく。
私を称える声、妬む声。
私の勝利に様々な反応を出す。
私とあの男との腕合わせを出しに賭け事をしてたのだろう。
予想通りでほくほく顔で金を受け取る者
反対に負けに落胆する者。
大博打をして、見事に玉砕したもの。
同性の私に思慕の感情をだす女性。
………最後に関しては、私はソッチの気が無いので、勘弁してほしい。
その歓声の中、私はやはりどこか、満たされない空虚な感情を抱いていた。
今回も、『ハズレ』でしたか………
そんな落胆の声が心の中で漏れる。
今回の相手も、ある程度腕に覚えのある者だった。なかなかの武闘派で、油断ならないと感じたものだ。
しかし、蓋を開けてみれば、私の圧勝。彼が悪かったわけではない。
傲慢に聞こえるかもしれないが、私が強すぎるのだ。
それも、人間では敵わないほどの身体能力と運動能力を備えた、妖怪である私が。
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私は、『美鈴』
種族もわからない妖怪だ。そこらへんに居る。名もない雑魚妖怪。
私もその一つ、だった。
私が、『美鈴』としての第一歩を歩いたのは、まだ私が幼い、人間の年で言う所の、10~14ぐらいの頃だった。もちろん、私は妖怪であるから、実年齢は少しだけ上だが。
ある日、知り合いの妖怪から、付近に、物凄く強い人間が出没したという話を聞いた。
『人間』
それは、私達妖怪より力の弱い存在。
矮小で、貧弱で、狡猾な者たち。
私達妖怪よりも、劣っている彼らはしばしば妖怪の餌にされることも多い。
まぁ私は、あまり人間という存在に無関心で。人間と基本無縁ではあった。
たまたま、道端でばったりと会って、逃げられるか、立ち向かってくるかだ。立ち向かってくる場合は遠慮なく殺しにいくが。
物凄く強い人間。
初めは、どうせそこら辺の阿保な妖怪がしくじって間抜けにもやられてしまっただけだろうと半ば戯言として聞いていたのだが、そんな人間の話が妖怪の中で広まり、あそこの妖怪が倒された。こちらの妖怪が倒された。と聞くうちに私の中でその噂の信憑性が増す。
………面白くない
妖怪よりも劣っている人間が妖怪を倒す?
餌としての価値しか見出さない人間が?
浅知恵だけが働く狡猾な人間風情が?
………ふざけるな!
そんな若かった私の妖怪としての誇りが、その人間に対する嫉妬が。
私の心を怒りに染め上げる。
出る杭は打たねば。とその人間に対する聞き込みを妖怪たちに行い、とうとうその人間の居場所を掴むことが出来た。
人間達が多く住んでいる場所からある程度離れているところに一人、ぽつんと暮らしているらしい。
私は正面からその人間に勝負を挑んだ。
私は、人間の様に卑劣な奇襲などをしない、どうせ、お前は妖怪の不意を上手くついて倒してきたのだろう。私は違う。正面からお前を打ち砕いてやる。
そんな意趣返しに正面から挑んだ。
その人間は、恐らく40ぐらいの年だろうか、皺が所々に見られ、黒一色の長い袖、長いズボン、ややゆったり目の服装をしている。
よく目を凝らしても、体格も普通で、どう見ても腕の立つ人間だとは思えない。
確かに、体格が細いように見えても力は怪力である奴は見たことある。だが、それは妖怪に限った話だ。
相手は人間、さもそのようなことはあり得ない。
………やはり噂は噂ではないか。
ただのどこにでもいる普通の人間、なんら変わったところなど見ない。
対面していてもなお自然体のまま、構えなどしない。
………何だ。勝負をあきらめているのか、軟弱者が。
私は落胆にも似たため息を吐きながら、一瞬で終わらせてやろうと一瞬でその男の懐に飛び込む。
私は若い妖怪といえども、人間の頭程度潰す程度どうってことはない。
奴はただの人間。私の動きなどどうせ見えやしない。苦しまずに殺してやろう。
助走と、妖怪の力を合わせた私の右の拳はうなりをあげて、その男の頭部へと近づいていく
そして頭部へ拳が到達した瞬間、男の頭部は潰れ、男は死ぬ。
そうなるはずだったのだ。
男はさっと左手を私の右ストレートに上から被せるようにパシッと受け止め、そのまま右へと受け流す。
大ぶりの右ストレートを簡単に受け流され、大きく体勢を崩した私の横腹に男の右拳が突き刺さり、そのまま振り抜かれる、さらに振り抜いた右腕を戻すように私の顔面へと肘打ちをして、私を突き飛ばす。
この一瞬の無駄のない攻撃に私は大きく衝撃を受けた。ダメージは多少あるが、それでもまだ耐えられる程度だ。
しかし、先ほどの男は何をした?
渾身の一撃は、人間には到底受け止めることさえできない右ストレートはいともたやすく受け流され、重い反撃を一瞬の内に決められてしまったではないか。
私は体勢を整えてもう一度、男をよく見る。
何かを隠し持っている様子はない。素手だ。
妖怪の力を受け止めた?全力の一撃を?こいつは本当に人間なのか?
私はその男は異体の知れないモノに見えてしまう。
そのあとは一方的であった。
攻撃を全て受け流され、鋭い一撃を貰ってしまう。
蹴りも、足を脛に軽く当てられて初動を封じられる。
掴もうとするも、するりと抜けられてしまう。
逆に、相手に掴まれ、投げ飛ばされてしまう。
男の攻撃は軽いように見えて、そうではない。
全てが体重を載せた力強い一撃となって私の急所を的確に捉える。
ならばと受け身となって相手の出方を見ようとするも、男の腕を回しながらの連打の殴打に反撃の隙すら伺えず、防戦一方となってしまう。
結果、私の完敗であった。最終的に一撃すら与えることが叶わず、徹底的に打ちのめされて。
地面に仰向けに倒れた私にその人間に対する畏怖、敬意、そして興味が沸いた。
倒れる私を尻目にその男はどこかへ去ろうとするのを呼び止め、私は彼に弟子入りを志願した。
弟子入り、当時はそのような意味合いではなかったと思う。確か、その強さについて教えてほしいといったのだろうか。
当初こそは断られていたものの、何度も何度も赴き、弟子入りを志願した結果了承を貰い、弟子入りすることとなった。
私が妖怪だということもあり、意外な目で見られていたが。
見事弟子入りした私に、師は『美鈴』という名前を与えた。
実は、当初私には名前は無かった。なぜ美鈴という名前となったのか。
それは、師の御宅へ赴いて弟子入りを了承された私が、ふと師の家に置いてあった鈴に気が付き、その鈴の心地よい音色に私が聞きほれてしまったからだ。初めての鈴の音色だった。
そんな私の様子を見て、師は私の名前について尋ねたのだが、無名であることを知ると、『美鈴』という名前を付けていただけたのだ。
師の元で数十年修行した結果、様々な事を学んだ。
師の強さの秘訣、『武術』
様々な流派が存在しており、様々な戦い方がある。
柔と剛、力には柔で対抗して、攻撃を受け流す、時に剛で相手を打ちのめす。
繰り出される洗練された技の応酬にすっかり私は魅了されてしまい、気づけば私は武術にのめりこんでしまった。
武術を極めるうえで必要である精神の修行。
「意識の拳法」たる武術に必要な「気」と「勁」
それらは物の本質を見極め、全ての過程を「意識」しなければ身につくことはない。
そんな『武』の奥深さに私は心惹かれたのだ。
それらを極めていたのはほかでもない人間達だ。
我ら妖怪は何と惜しいことだ。
他にも師は様々な事を教えてくれた。
学を、礼節を、常識を、倫理を。
そして、人間達が住んでいる街へと連れだしてもくれた。
私は妖怪ではあるが、見た目は人間とそう変わりないそうで、妖怪であるということを隠せば、すぐに人間達と打ち解けることができた。
人間達と触れ合うことで、私は人間に対する認識を改めた。
よもや、弱いだけの存在ではない、独自に文明を築き上げ、今もなお進化を遂げている存在なのだと。
師に弟子入りしてから数十年。
師も、年には勝てず、私を残して死んでしまわれた。
私を娘の様に扱っており、私にとっても世の全てを教えてくれたといっても過言ではない偉大な父であった。
その後の私は、さらなる高みへと昇り詰めるため、他の流派や拳法等の門戸を叩き、教えを請うた。
時に妖怪であることを悟られないために山などに何十年か修行と称して籠ったり、他の妖怪と手合わせしたり、髪型を変えたり、男装をしたりとそんなことを数百年もの年月続けていた。
そして、今現在。
様々な武を極め、達人の域まで到達した私を待ち受けたのは、強敵や好敵手が一人もいない実に空虚な生活だった。
妖怪の身体能力と運動能力、そして人間である師から学んだ柔と剛を意識の武術。 そして、『気』
全てが備わった私には、よもや敵などいなかった。
さらなる高みに登れず、焦燥しきった私は、手当たり次第に腕に覚えのある拳法家や、妖怪と手合わせしてきたが、それでも足りない。
もはやここには私の敵はいないのではないか。
そう考えた私はついに西へ向かうことを決めた。東は海であったので、陸続きであろう西へ向かうことにする。
西には私と対等、もしくは超えるような強敵がいることを願って。
そこで、私は、人生の転機が訪れることになる。
紅魔館の主、レミリア・スカーレットの存在である。