あたしのパパは不滅ときどき爆散   作:GODIGISII

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第十一話 「聖呪」

「ヴォアアアアアアアアッ!!」

 

 俺の敵意をしかと受け取った魔猿が咆哮し、ぶ厚い胸の筋肉をさらに激しく打ち叩く。

 今にも野菜ではなく露店ごと掴んでぶん投げてきそうな勢いだ。 

 そうなる前に一発で終わらせてやろう。

 

「カレン、今から見せるのは極めて危険な魔法だ。よく見ておきなさい」

 

 そう言いながら素早くアレン肉を取り出す。先ほど野犬の餌として用意したものの余りだ。

 まだ血生臭いそれの人差し指から小指までを千切り取っていく。

 なぜかそれを見たカレンが「げぇっ」と踏み潰されたカエルのような声を出した。

 

「そろそろ肉が欲しいだろう? 遠慮せずにお食べ」

 

 次に巨猿の大口に千切り取った指をまとめて放り込む。

 予想外の出来事に少したじろぐも、構わず俺の指を咀嚼してニタリと笑った。 

 

 あぁそうだ、よく味わって食べるがいい。

 それが最後の晩餐なのだから。

 

 そして魔猿が咀嚼したものをごくりと飲み込む瞬間、念の込もった言葉を唱える。

 

 

「――弾けろ、《掌念爆砕(ショウネンバクサイ)》!」

 

 

 パンッ! と、小気味よい破裂音。

 

 続いて魔猿の巨体が仰向けに倒れ、どさりと音をたてた。

 今の今までいきり立っていたソイツは指の一本すら動かさず、騒々しい咆哮も発しなくなっている。

 それもそのはず、首から上を消し飛ばしたのだから。

 

 魔猿の亡骸から流れ出る赤黒い血が地面を染めていく。

 

「うっ……ぅぷっ」

 

 それを見て理解したカレンは吐き気を催したらしく、苦い顔をして口を抑えた。

 まったく、この程度で吐きそうになっていては先が思いやられるな。

 

「ほらカレン、これを嗅ぎなさい。それと右手を出して」

 

 こんなこともあろうかと採取しておいた、気持ちを落ち着かせる香草をカレンの鼻に押し付ける。それと吐き気を和らがせるツボも圧してやった。

 

「どうだ? 少しは良くなったか?」

「う、うん……。それで今やったのは魔法、なのよね?」

 

 持前の切り替えの早さで嫌悪感と吐き気を払拭し、俺が使った魔法に興味を示している。

 見事だ。

 

「アレンの投げた指が、爆発……?」

「その通り。あの魔法はだね、自分の所有物を爆発させる魔法なんだ。それが自分にとって大切で思い入れのあるものほど、威力は大きくなる」

「所有物って……」

 

 所有物という単語に疑問を持ったようだが、俺の体は俺の物なので所有物で間違いない。

 

「全身はもちろん、体の一部だけでも爆発させることができる。いわゆる自爆技としても使えるんだ。カレンも自分の体を再生できるようになったら試してみるといい」

「試すわけないでしょ!?」

「それならば、そこら辺の小石なんかを適当に拾って、いつでも使えるように大事に持っておきなさい」

 

 つまり、一見何の価値もなさそうな石やガラクタを常に持っている人物は魔法使いの可能性が高い。

 そこまで説明したところで、ドタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。

 

「――そこのアンタ! 大丈夫かーッ!?」

 

 声のした方を振り向くと、鍬や鎌などの農具を携えた十数人の男衆がこちらへ向かってきている。 

 狼煙を見て即座に畑仕事を放り投げてきたようだ。

 

「やぁ、こんにちは」

「ここで何してんだ! 早く隠れろ! 魔獣が襲っ…………て……?」

 

 言い出してすぐに俺とカレンの後ろで斃れているものに気付き、言葉を失った。

 他の男達もそれに気づき、顔を見合ってざわめきだす。

 

「お、おい。その魔獣はもしかしてアンタが……」

「ええ、そうです」

 

 今しがた起きた出来事を「自分の指を爆発させて殺した」とは言えないので、少しばかりの嘘を交えて説明する。

 その間にも男達は続々と集まってきて総勢三十名程度になり、ますますざわめきが大きくなった。 

 

「……とまぁ、こんな感じになります」

「本当に一人でやっちまったのかよ、すげぇ……」

「あぁ戦神様、このお方を遣わしてくれて感謝します」

「俺もこの目で見たかったぜ」

「それよりも本当に大丈夫ですか? 怪我人や行方不明者はいませんか? 他に魔獣は?」

「魔獣はあの一匹だけだ。それに今、点呼を取らせたが誰一人として欠けていない」

「ならよかった」

 

 ここまでに人の血の匂いはしなかったが、一応。

 そしていつの間にか、周囲には老若男女入り乱れた人だかりができていた。 

 

「おいみんな! 俺達が来る前にこの方が魔獣を退治してくれたんだ!!」

 

 ほぼ全ての村人が集まったあたりで、最初に俺に話かけてきた、村の若長らしき中年の男が改めて告げると歓声が湧き上がった。

 次から次へと礼を言われ握手をせがまれ抱擁を受ける。

 

 あぁ、少しばかり鬱陶しい。

 鬱陶しいけど、やはり悪くはない。

 

 そうしてしばらくの間もみくちゃにされ、長が俺とカレンのために今夜宴席を設けると皆に告げたことでやっと解放された。

 

「魔法使い様! メーテウス様!」

 

 人々が普段通りの生活に戻っていったので村を見て回ろうと思った矢先、一人の若い女性が五、六歳程度の小さな男の子を抱えて寄ってきた。

 ぐったりとした男の子の右膝と足首には包帯が巻かれていて、膝の方は血で赤く染まっている。

 あぁ、なるほど。

 

「どうかしましたか?」

 

 どうせ何を聞かれるかは分かっているが、ちゃんと耳を傾けておく。 

 

「どうかこの子を、魔法で治してはもらえませんか? 先ほど逃げる際に、転んで怪我をしてしまって……」

「残念ながら、それはできません。私の専門外です」

「……そう、ですか」

 

 そして無駄な期待を持たせないためにも即答する。

 分かりやすく落胆する女性が少し気の毒だが、こればかりはどうしようもない。

 時間さえかければ誰でも習得できる魔法に、傷や病を直接癒せるものはないのだ。

 

「ですが診ておきましょう。材料さえあれば塗り薬なんかも渡せます」

 

 それでも普通の医者と同じことはできるので、診るだけは診ておく。

 

「……ふむ、かなり深い裂傷と足首の捻挫、全治一ヶ月ってところですね。しばらくは無理に動かさずに安静」

「ねぇアレン! 本当に怪我を治す魔法はないの!?」

 

 どうしても我慢できなかったのか、カレンが俺の診断報告を遮った。

 

「嘘じゃない、本当にないんだ。だけどそうだな、おまじないの言葉なら知っている。これを言ってみなさい」

 

 カレンに耳打ちしておまじないの言葉、正確には『豊穣神の聖呪(セイジュ)』を教えてやった。これを使うことができれば傷や病を癒すことはできる。

 しかしこの聖呪と呼ばれる神聖な魔法を使うには、魔法の才が必要なだけでなく、神を篤く信仰し、神に認められなければならない。

 そこんじょそこらの神官では、下級の聖呪一つ唱えられない。

 

 当然神々に嫌われている俺にはまず使えないし、

 

「ところでカレンは六大神が一柱、豊穣神ファテイルをご存知かな? 慈母神などとも呼ばれている神様を」

「名前だけは知ってるけど」

 

 いくらカレンが才ある子とはいえ、信仰がないのでまず無理だ。

 それでもまぁ、気休め程度にはなるだろうし本人の気も晴れるだろう。 

 

「それでえっと……最初は何だっけ?」

「健やかなるは称えたる、だ」

「健やかなるは称えたる、康らかなるは誉れたる。活ある瞳で星望み、我らが母を微笑ません――《慈母神ノ息吹(ファテイルスブレス)》!!」

 

 普通の魔法とは違った、長ったらしい糞くらえな呪文が唱えられたその瞬間だった。

 どこからともなく、一陣の風が吹いた気がした。 

 ……そう、気のせい。どうか気のせいであってくれ。

 

 俺はこの、全てを包み込むような柔らかい風を知っている。

 

 ファテイルの聖呪が使用されたときに吹きつける風を。

 

「なにこれっ!? 手がっ!」

「……カレン、そのままだ」

 

 男の子にかざしたカレンの両手が眩い光を帯び、包帯の巻かれた患部を照らし、カレンの手から男の子の患部に移って溶け込んでゆく。 

 それは以前見た、豊穣神の信徒である聖呪使いがしたのと同じもので間違いない。

 

 全ての光が男の子の体に消えた後で包帯を取ってみると、そこに痛々しい傷は跡さえあらず、捻挫したはずの足を捻ってみてもなんともなかった。

 

「ありがとうございます! ありがとうございますメーテウス様!」

「いえ、私は何もしていません。礼はこの子、カレンにお願いします」

 

 実に悔しいが俺には何もできなかった。

 全てはカレンがやってのけたことだ。

 

「息子の怪我を治していただいて本当に、本当にありがとうございますカレンさん!」

「おねえちゃん! ありがとー!」

「ど、どういたしまして」

 

 カレンは心からの感謝を受けて、少し恥ずかしそうに俯く。

 ……まったく。この俺でもどうしようもならないことをこんな年端のいかぬ子供に成し遂げられて、羞恥でどうにかなってしまいそうなのはこちらだというのに。

 実際こんなことを見せられたら年長者の半分は堕ちてしまうぞ。

 

「オイ、カレン!」

「ど、どうしたの? ……なんか、顔が怖いよ?」

 

 親子が去った後で、カレンに体を向ける。

 両肩をガッチリと掴んで逃がさないようにして、碧い瞳を睨視する。

 それだけで長耳(エルフ)由来の可愛らしい顔がじわじわと曇っていく。不安を募らせていく。

 

「もしかして、怒ってる? あたし、何か悪いことしちゃった……かな」

「…………よく、やったな」

 

 もちろん怒ってなどいない。

 ちょっとした腹いせに、落としてから上げてやっただけだ。

 

「ほんと……? 本当に怒って、ない?」

「あぁそうだ。褒めこそすれ、怒ってなどいない。よくぞ聖呪を使ってみせたな! 高い高いをしてあげようか!?」

「やっ、やめてよ!!」

 

 カレンを脇の下を持って抱き上げようとすると、必死にジタバタして嫌がるのですぐに下ろした。

 ……とまぁ、おふざけはこれくらいにして、真に問いたださねばならないことがある。

 

「それでカレンは本当に、豊穣神ファテイルを名前しか知らないんだな?」

「うん」

「教義の一つも知らないと?」 

「本当に何も知らないってば」

「……そうか」

 

 嘘……ではないようだな。

 目の前の少女は豊穣神への信仰心を欠片たりとも持っていない。

 それなのに聖呪を使える訳があるとするなら主に三つ。

 

 記憶を失う以前に豊穣神の教えに帰していた。

 カレンの正体は神の遣いである。

 神がカレンを従わせたい、我が物にしたいがために無償で力を与えている。

 

 これらのうちのどれかだ。

 親が神官で、記憶を失う前は信心深い子だったというのが一番あり得るだろう。

 次点で、世の中の浄化や統一などの天命を魂に背負わされて生まれ落ちた、いわゆる神の遣いというヤツだ。

 そして最もあり得ないのが神の欲する質を持ちし者、俗に言う『焦がれ星(ジ・ステラ)』である。

 神の遣いなんてのは一時代に何人かはいるものだが、焦がれ星は千年に一人いるかいないかだ。俺はまだそれと思しき人物を三人しか見知っていない。

 

「どうしたの?」

 

 だがしかし、カレンがそうであってもおかしくはない。

 五千年の歴史の中で、これほどまでの力と才能に満ち溢れた者は両手で数える程度しかいないのだから。

 この少女を主役に据えた御伽話は今後いくつも創られるのだと確信している。

 もしかしたら親も焦がれ星だったりしてな。

 

 その後ずっと考え続けたが、結局どれか一つに定めることはできないまま夜を迎え、宴に訪れた。

 村一番の広さを誇る集会場にはほぼ全ての成人男性が集まり、俺とカレンをもてなすという名目で大いに飲み食いをしていた。

 まだ日が沈んでそれほど経っていないというのに、すでに顔を真っ赤にして出来上がっている者も多々いる。

 

「メーテウスさん、待ってましたぞ!」

「ささ、飲んで飲んで!」

「どうもどうも」

 

 用意された席についてすぐに木製のジョッキに山吹色のエールが注がれる。

 八分目まで注がれた後で、側にいる何人かとジョッキを軽く打ち合わせる。五千年前から全く変わることのない乾杯の作法だ。

 それで心から歓迎されていることを確認して、俺は宴の雰囲気に溶け込んだ。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「それでメーテウスさんは今、おいくつで?」

「今年で二十四、ですね」

 

 下二桁の数は。

 

「そりゃすげえ! その若さでアレを倒しちまったんか!」

「いやむしろ、若いからこそ力があるってもんだろ! 羨ましいぜ」

「村の若えモンは皆都会へ行っちまいやして、この通り油臭えモンしか残ってねえんですわ。それでもまだ若え頃は……」

「ハハハ、何言ってるんですか。皆さんはまだまだお若いじゃないですか」

 

 見たところ四、五十代が大半で、一番若く見える男性でも三十半ばといったところだ。

 たしかに定命の人間にとっては人生の折り返し地点近くの中年と呼ばれる歳だが、五千二百歳もサバを読んでいる俺に比べたら若いのなんの。

 唯一その事情を知るカレンが、すぐそこでご馳走を頬張りながらも俺にジトっとした視線を向けてくる。

 

「嬉しいこといってくれるじゃねえか!」

「もっと飲め飲め!」

 

 そうして飲み続けること早二時間。

 男達の半数は酔い潰れて、迎えに来た奥さんや家族に無理矢理引っ張られていった。

 後一時間も経てば宴はお開きになるだろう。

 その前に情報だけは引き出しておかないとな。

 

「それで、ああいった魔獣の襲撃はよくあるんですか?」

「今年に入ってからすでに五回だ! それもこの村だけでなく、他の村では死人が出てんだ! それなのに国は何もしてくんねえ!」

「んだんだ!」

 

 村長は酔っ払いながらも怒りを露わにして、空のジョッキをテーブルに叩きつける。

 

「それは辛いですね……。魔獣の出処なんかは分かっているんですか?」

「分かってる。分かっちゃいるが――」

 

 さらに半刻の時が過ぎ去り、

 

「ぐひっ。兄ちゃんにならオレの娘をくれてやっても、ひっぐ……う――」

 

 ついに最後の一人が酔い潰れた。

 この集会場で意識を保っているのは俺とカレンと、絶えずご馳走を用意してくれていた数名の奥様方だけである。

 その中の一人、村長の奥さんが食器の片付けをしながら申し訳なさそうに口を開いた。

 

「メーテウス様をもてなすつもりでしたのに、あの人らの相手をしてもらって……」

「いえ、お気になさらず。私としても久々に楽しく飲めたので、とても気分がいいですよ!」

「ごちそうさまでした!!」

 

 カレンは酒さえ飲めないものの、次から次へと出てくるご馳走を食して大変満足しているようだ。

 

「それならよかったのですが。……ところで、今夜はどこで寝泊まりを?」

 

 二人で野宿だと答えると、村長宅の客室を使うように言ってくれたので甘んじて受け入れることに。

 何から何までありがたい。

 そうして心も身体も温かいままに就寝前の些事を終え、客室に置かれた二段ベッドの下段に横たわった。

 

「カレン、まだ起きているか?」

「起きてる」

 

 一足先に上段で体を休めていた少女に声を飛ばす。

 

「宴での話、ちゃんと聞いていたか?」

「うん」

 

 愚痴として吐き出した、彼らにはどうにもできない現実を。

 

「ご馳走は、美味しかったか?」

「うん」

 

 それでも尚、嫌な顔一つ見せずに俺とカレンという余所者をもてなしてくれた。

 心を開いてくれた。

 

「ならば、キッチリお礼をしないとな」

 

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