あたしのパパは不滅ときどき爆散   作:GODIGISII

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第十五話 「こんにちは、綺麗な俺」

 二つの命がそこに在った。

 

「はじめまして」

 

 橙色の灯に照らされて、その姿がハッキリと見える。

 全体的な大きさで言えば羊や猪なんかと同程度。

 やはり尻尾は長いが刺々しさはなく、硬い外皮や鱗は完成しておらず、どこも柔らかそうだ。

 そして空を舞うための飛膜も未発達である。

 何の力も持たない亜竜の幼体。

 

 それらを一方的に屠るのだ。

 

「全く、成体の亜竜と戦うよりもよっぽど嫌な仕事だよ」

 

 奥に行けば行くほど天井が低くなっているので、腰を曲げながら一歩、また一歩と二頭の幼体に近づいていく。

 俺との距離が近くなればなるほど幼子達は身体をきつく寄り合わせて縮こまり、震えを大きくしていく。

 そうして手を伸ばせば触れるところまで詰め寄った。

 

「私はアレン、君達の親を殺した者です」

 

 そこでしゃがみこみ、手前に灯を置いて端的に自己紹介をした。

 対する二頭は澄んだ琥珀で俺を見つめたまま鳴き声一つ、唸り声一つ出さない。いや、恐怖故に出せないと言った方が正しいか。

 それでも俺は一方的に話し続けなければならない。

 

「私は今から君達の息の根を止めます。ですがなるべく苦しまないように済ますので、それだけは安心してください」

 

 何が安心してください、だ。それならもとより殺すなと自分自身に言ってやりたいが、そういうわけにもいかない。

 仮にこのまま見逃したとして、飢えと渇きに苦しみながら死んでいくか、俺以外の人間に発見されて酷な死に方をするかのどちらかだ。

 だから俺が責任を持って一思いに逝かせてやるしかない。

 

 はっきり言ってこれはエゴだ。

 身勝手な自己満足だ。

 

 だけど俺は今までもこれが最善だと信じてやってきたし、これからも同じだろう。

 

「許してくれとは言わない。恨まないでくれとも言わない」

 

 言葉が通じているかどうかなどお構いなしに、全てを言い終えるまで続ける。

 

「俺の顔を忘れるな。これが君達親子から全てを奪った者の顔だ」 

 

 火が顎先につきそうなほど灯を近づけて照らしてみせた。

 

「今度生まれ変わった時に前世の記憶を、この顔を覚えていたならいつでも来い。復讐を果たすのもよし、弟子入りだってさせてやる」

 

 またどこかで会った時は、必ず与えよう。

 必ず君達の力になってあげよう。

 来世までツケておいてくれ。だから、

 

「安らかに眠れ。――《胡蝶(コチョウ)羽根休(ハネヤス)メ》」

 

 唱えたのは微睡みを誘う魔法。

 これは肉体よりも精神が疲弊して擦り減っている者に効きやすい。

 この子達はきっと、俺がやってくるずっと前から息を潜めておくように言われていたのだろう。

 もしかしたら悪い人間に敗北するかもしれないと聞かされて、それでも自分の親が勝つことを、悪者を追い払ってくれることを信じて。

 

 そして親の最期の声を聞いてしまった後で、目の前に現れたのが俺だった。 

 

 その絶望は計り知れない。

 事実、抵抗するそぶりもなく、フッと瞼を閉じて琥珀を隠してしまった。

 すぐに安らかな寝息が流れ出てくる。

 

 次こそはその魂が暴虐神ではなく、叡智神の元にでも辿り着くことを願い、

 

「さようなら」

 

 両の手でそれぞれの胸を貫き、心臓を抜き取った。

 

 胸と口から血を溢した幼子達は呼吸を止め、だらりと力無く崩れ落ちる。

 それでも抜き取られた二つの心臓は掌上で三度鼓動し、それからピタリと止まった。

 俺はイチジクの実ほどのそれを一つずつ口に入れ、咀嚼し、飲み込んだ。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 帰り道を進み、ようやっと白骨の彼の元に辿り着いたので、

 

「よぃっ、しょぉ……!」

 

 とても重量のあった、それこそ岩のようであったものを下ろすことができた。

 

「嘘でしょ……。本当に持ってくるなんて」

「落とさないように頑張りました。お父さんを優しく労わってね? ほっぺにチューでもされたら元気になっちゃうなぁ」

 

 額や背中に汗が滲み出ているのが触らずともよく分かる。

 多少筋力のリミッターを外したものの、齢五千歳を超える年寄りには中々応えるのだ。

 この労苦を可愛い娘が癒してくれたらなと思う今日この頃。

 

「ゼッタイやだ、汗臭いし。そんなことよりも何でこれを持ってきたの?」

「汗、臭……」

 

 そんな俺の純情はバッサリと一刀両断された汗臭いし。ゼッタイやだ、汗臭い。

 俺の気がゼッタイ汗臭い動転しているのも汗臭いお構いなしに、汗臭いし、カレンは汗臭い尋ねるやだ、汗臭いし。

 汗臭い汗臭い汗臭い汗臭い汗臭い――

 

「…………チョット、イッテクル」

「え?」

「ココデマッテテ」 

 

 身体が勝手に動いていた。

 半ば無意識の内に少し離れた岩陰に入り、衣類を全て脱ぎ去っていた。

 そして俺は魔法を一つ唱え、五体を破裂させていた。

 

 威力は最小限に、ただこの汗臭い肉体のみを消し去るために。

 

「さようなら、汗臭い俺。こんにちは、綺麗な俺」

 

 出来る限り小さな肉片から、真っ新で清潔な身体で蘇った。

 汗の一滴も出していないことを確認してから素早く衣服を着込み、カレンの元へ戻る。

 

「おまたせ」

「一体何をしてたの? それにあの音は何?」

 

 怪訝な顔をして、疑るような視線を向けてくる。

 

「カレンお嬢様のために生まれ変わったのさ。もう汗臭くはないだろう?」

 

 血生臭いだの化け物だのといった罵詈雑言には慣れている。

 しかしどういうわけか、カレンに言われると重く深く突き刺さる。

 出会って間もないというのに、どうしてだろう。どうしてこの子にこれほどまでの愛着が湧いているのだろう。

 幻術や催眠の類でもかけられているのかな?

 

「生まれ変わったって、まさか……!」

「まぁまぁそんなことより、どうしてコレを持ってきたかだけどね」

 

 俺が何をしたかを感づかれそうだったので、話を強引に引き戻した。

 勘の良い子供は嫌いじゃないけど好きでもないよ。

 

「これをこうして……」

 

 俺が大変な思いをして持ってきたもの、それは亜竜の首である。

 もちろん先に殺した成体の方だ。

 左眼に剣の突き刺さったままのそれを少し押して、白骨死体の真横に配置する。

 

「こうするためさ」

 

 最後に、生前より白くゴツゴツとした男の右手を取り、亜竜を仕留めた剣の柄を握らせた。

 

「なんでそんなことするの? それに何の意味があるのよ?」

「仮にだよ。仮にカレンが初めてこれを見つけた時、何があったと想像できる? 彼が何をしたと思う?」

「えっ? ……えっと、この人が頑張って亜竜を倒して、それから死んじゃった……と思う」

「その通り」

 

 何も知らない人がこれを発見した場合、熾烈な戦いの末に男が亜竜を討伐し、それでも力尽きてしまったと考えるだろう。

 これを見れば、彼が無駄死にしたなどと思い至る者は現れない。

 それどころかいつの日にか、彼の詩曲なんかが作られるかもしれない。

 

「男という生き物はな、見栄っ張りなんだ。復讐がなんだ使命がなんだと言っても結局、死ぬ時も死んでからも恰好良くありたいものなんだ」

「なによそれ、バッカじゃない」

 

 男の本質というものをカレンに説くと、心底呆れたように肩をすくめた。

 

「そうだ。男は基本馬鹿だ」

 

 馬鹿で単純だから、ダサい死に方をすると大層悔しがる。その悔しさがよくないものを生み出す。

 あのまま何もせずに放置していたら無念が累積し、魂を失った不死者(アンデッド)に、人ではない何かに変質していた可能性だってある。

 俺がやったのは、それを阻止するための供養とも言える。 

 

「カレンだって、お墓に花を手向けるだろう? それと同じことさ」

「えぇ? これが? ……でも、そう言われると分かるような、分からないような」

「今は理解できなくても、その内分かるようになるよ」

 

 人生は長いからね。

 と、一言だけ付け加えてこの話題を終わらせた。

 

 最後にもう一つ、やるべきことがあるからだ。

 

「それではこれより、レクイエムを一つ伝授する」

「レクイエムってたしか、死んだ人に歌う」

「そう、鎮魂歌だ」

 

 魂を鎮め、穏やかな流転を願う唄。

 

「俺に合わせて歌うか、歌わずとも合いの手なり笛の音なりを鳴らしてやってほしい」

「わかった」

 

 応えて取り出したのは、少し前に買った灰色の小さな石笛。

 さしものカレンも音楽の才能だけは俺と同様に持ち合わせていなかったが、道中や寝る前によく練習していたおかげで、なんとか音を出せる程度には上達していた。

 

「いつでもいいよ」

 

 カレンが石笛を支えるようにしっかりと持ち、吹き口を咥え込むのを確認してから、俺は息を吐き出す。

 

「共にゆこう しがらみ捨てて

 夜明けの先へ まだ見ぬ空へ」

 

 俺が殺した魔獣達、魔獣に殺された人達。

 これは種族を問わず、全ての旅立つ者へ贈る唄だ。

 

 全ての命ある生き物に死は平等に訪れる。

 そこに貴賤はない。

 

「明星を 巡り飽きたら再び還ろう

 芽吹けよ 芽吹けよ 命よ鮮やかに」

 

 唄の調子を掴んだカレンが笛を吹き鳴らす。

 まだまだ稚拙で未熟ながらも、気持ちの籠った音色が風に乗って流れてゆく――

 

 

 そのまま通しで、二人だけのささやかな演奏もとい弔いを終えた。

 これでこの峡谷での目的を全て果たしたので、ただ去るために歩み出す。

 

「……あぁ、そうそう」

 

 しばらく無言で歩いたが、未だになんとも言えない面持ちをしているカレンに告げる。

 

「予想以上に下手すぎて、笑いを堪えるのに苦労したよ」

「悪かったわね!!」

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