あたしのパパは不滅ときどき爆散   作:GODIGISII

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第九話 「ささやかな願い」

 

 結局、傷一つ付けられることなく終わらせた。

 やはりというべきか、終了した直後はゴーレムを倒した時よりも激しい質問攻めにあった。

 たった数十年であのような動きができるものなのか、本当に我々と同じ定命の人間なのかなどといった核心をついた問いかけもあったが、それについては一子相伝の技術なので教えることはできません、と笑って誤魔化した。

 さすがに終盤になって、女性が相手だからといって目隠しをして手足を縛った状態で戦ったのはやりすぎだったかもしれない。

 

「そう、そこで息を吐いて内腿に力を籠めて」

「セイっ! ……ほ、本当にできました!」

「後はその感覚を忘れないように反復練習をしておいてね。では次の方――」

 

 十年もこの地下施設で鍛錬してきた者もいれば、革命組織に入って一年と経たない者もいる。

 元からテンノや兵役に就いていた者もいれば、商工業者や農民として戦いとは無縁の生活をしてきた者も。

 半日かけて各々にとって不足しているものとさらに磨くべきものが何かを助言し、それらについての適切な鍛錬の仕方を教え、悪癖があればそれを矯正するように努めた。

 能力にバラつきの多い大勢を相手にして教え込むのはやはり骨が折れる。だからといって食事を除いて一秒たりとも休むわけにはいかなかった。

 

 革命当日まで一月もないとはいえ、教えられることは多々ある。

 一つでも多く飲み込んでもらって、一人でも多く無事に生き残ってほしい。

 欲を言えば、俺以外の誰にも死んでほしくはない。

 

「はーい皆さん! 最後にまたアレをやりたいと思いまーす!!」

 

 稽古終わりに例の台座に上ってから皆を集合させた。

 見回すと誰も彼もサボることなく熱心に鍛錬を行っていたせいで、最初の頃より明らかに疲れの色が表れている。

 

「うーん、また金貨十枚じゃあ割に合わないねぇ。……よし、もしも俺を場外へ出すことが出来た者には何でも一つ、願いを叶えてあげようじゃないか! 君達のへっぴり腰を治療してあげてもいいし、虫けらのような強さから人並みにしてさしあげることもできようぞ!」

 

 だから少しばかり挑発すると、

 

「おいおい、さすがにそれは言い過ぎなんじゃねえか先生よぉ!」

「神にでもなったつもりかぁ!?」

「あぁん!? 舐めてんじゃねえぞセンコーてめえ!」

「俺達に稽古をつけたこと後悔させてやんぞ!」

 

 馬鹿正直に乗ってくれた。

 これで今日は皆ぐっすり眠れるだろう。

 

 

 一定のペースで四分の三程度をのして追い出したが、未だ俺にかすり傷を付ける者は現れない。

 それでも個人差はあるものの、皆がそれぞれ半日前の自身よりは良くなっていると実感できているはずだ。

 むしろちょっと教えたばかりで俺に傷を付けられるくらいに急成長するような人材がいれば、すぐにでも勧誘もとい洗脳して攫っていくつもりなのでご遠慮いただきたい。

 

「ちっくしょォオオオッ!」

「このバケモンがぁあああッ!!」

「よっ、と」

 

 最後の悪あがきをする三人をまとめて足払いで転ばし、これ以上はむしろ身体を痛めてしまうので場外へ蹴り落とした。息も絶え絶えに寝転がるそれらを、先に挑んで脱落した仲間達が引きずって台座から少し離れた場所へ移動させる。

 やりきった者から好きに帰れと言ってあるのに、一人たりともこの訓練場から出て行こうとはしない。少しでも俺の動きを目に焼き付けて吸収できるものはないかと探している。

 

「くっそー……。惜しかったなぁ」

「あぁ、よくやったと思うぜ。俺も何の準備も無しでは相棒には敵わねえ」

「他の誰かがやってくれるのを信じよう」

 

 脱落者同士の励まし合いもとい傷のなめ合いが度々行われるが、実際にひやりとする場面が幾度もあった。哀しみを背負っておらず油断している俺だったら、少なくとも一撃は食らっていたに違いない。

 かつてはマニックかコウヒさんを倒すのに最低四人は必要だったらしいが、今なら三人同時にかかれば抑え込めるレベルには成長してしまった。

 教え込んだ甲斐もあるが、どいつもこいつも俺より才能があり飲み込みが早いので少々腹が立つ。

 

「さぁ、次は誰が来るのかな? そろそろハンデを付けた方がよろしいかな?」

 

 彼らの闘争心を掻き立てるよう小馬鹿にして見回していると、バタンと鉄扉を閉じる音が聞こえ――

 

「――次はあたしが相手よ!」

 

 聞き覚えのある明朗で愛しい声が訓練場内に木霊した。

 声のした方を咄嗟に振り返り、カレンとそのすぐ後ろに立つ金髪の女性をたしかに認識する。

 

「カレン!? どうしてここに……まさか、コウヒさんが」

「はい、そこにいるマニックから話を聞きまして」

 

 コウヒさんの指差す方を見ると、感謝しろよと言わんばかりのニタニタした表情の相棒と目が合った。

 この野郎、一体どういうつもりだ? ことと場合によっては釘を全て砂塵に変えて顔の形を四角形にしてやるからな?

 

「それでアレン、やるのやらないの?」

「ははは、何を言うかカレン。君のようなお子様にはまだまだ早い。さぁほら、コウヒさんと帰って寝なさい」

 

 皆が見ている手前、あからさまな接待はできない。どれほどダラダラやっても最終的には俺がカレンに勝つ。

 するとカレンはおそらく悔しさで泣き、そのせいで親子関係がさらに悪化する。

 させてたまるか。

 

「ふぅん……。ねぇおじさん、それちょっと貸して? 玉はもらっていい?」

「お、おう。好きなだけ持って行っていいけど、使えるのか嬢ちゃん?」

「うん、使い方は知ってる」

 

 カレンは俺の言葉にはいともいいえとも答えずに、座り込んでいる仲間の一人から投石器を借りて手にした。

 そしてぶんぶんと綺麗なフォームで振り回し、最高速度で投射した。

 

「ひゃあ……」

 

 石を磨いて作られた玉は俺の大切な玉の下スレスレを通過。

 それで思わず俺を含めた野郎共の多数が上ずった声を出してしまった。

 

「あたしが怖いならやらなくてもいいよ。その代わりこれから名前じゃなくて臆病者って呼ばせてもらうけど」

 

 どうする? と大人を挑発する瞳はとても楽しげに笑っていて。

 一体どこの誰に似てしまったんだか。

 

 して、ここまでされて断るわけにはいかぬな。

 

「倅よ、後悔するでないぞ。……参れ!」

 

 直後、石が三つ立て続けに飛来したが、当然俺はそれを全て掴み取ってまとめて砕いた。

 

「そのようなオモチャが通用しないことは知っているだろう?」

「……」

 

 それでもカレンは周囲を走りながら投射し、ようやく残弾が切れたところで台座に上ってきて。

 そしてペコリとおじぎをしてから拳を繰り出してきた。

 

「ふッ!」

 

 上段突き、

 足掛け、

 裏拳。 

 肘打ち、

 右後ろ回し蹴り、

 左回し蹴り。

 右フック、

 フェイント、

 右ストレート。 

 

 カレンには何かあった時のために最低限の格闘術を数種類教えたが、その全てを余すことなく吸収して、織り交ぜて活用している。なんなら俺が教えた覚えのない高度な技まで用いてくる。

 

「これで、どうよっ!!」

「善きかな善きかな。しかしだカレン、君に戦い方を教えたのが誰であるかを忘れてはいないだろうね?」

 

 だが、所詮は子供の遊戯だ。

 今のカレンならちょっと格闘術をかじった程度の男は倒せても、俺やアンキロスのような達人の域にいる者には傷一つ付けられない。

 何度も俺の息子を葬ってきた蹴り上げだって小指一本で押さえてみせた。

 

 しばらくカレンの技を受け止め避け続けていると、諦めたのか俺から距離を取り。

 

「やっぱりそう簡単にはいかないわね……」

「百年後……いや、カレンならあと五十年も鍛えれば俺と対等に戦えるだろうね。さぁ次はどうする? またオモチャを使うか? それとも魔法でも放つのかな? だけど君はまだ、人を殺すような魔法は知らないはずだ」

「……でも、これなら! ――《(ハシ)(カゼ)(イカ)リニ(コタ)エヨ》!!」

 

 カレンがぴんと伸ばした両手をこちらにかざしながら唱えると、それは掌より発動した。

 

 初めに柔らかいそよ風が吹きつけ、

 それが層をなして鬱陶しい向かい風となり、

 幾重にも重なって目も開けていられぬ疾風となり、

 ついには大木を薙ぎ倒す暴風となった。

 

 明確な殺傷能力のある魔法はまず教えないでいたが、高所で証拠を残さずに人を突き落とせる魔法は教えてしまった。

 一月前の俺にそれだけはまだ教えるなと警告できないものか。

 

「ぐぅっ……!」

 

 暴風に押されてじわじわと端に追い詰められ、さすがにこのままではまずいと秘密裏に踵から杭を生やし地面に突き刺した。

 これで筋肉と骨とをもって我が身を鉄柱とすれば、どれほどの圧が来ようと立ち続けることができ――

 

「――《掌念爆砕(ショウネンバクサイ)》!」

「んなっ!?」

 

 俺の背後で何かが弾けてすぐに足元がぐらついた。

 咄嗟に真下を見ると台座の端、俺の乗っている部分がパンケーキのように切り離され、今まさにずり落ちている。

 爆発と長い年月により劣化しているのも相まって崩れたのだ。

 

「なんの、これしき!」

 

 即座に杭を抜いてから落下中の台座の端を蹴り、場外に足を付けずに戻ろうと前を見た時には、

 

「やぁっ!」

 

 ――カレンの頭が鼻の下に迫っていた。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 気絶しない程度ではあるが、背中と胸から下腹部に大きな衝撃が走った。

 

「……やった」

 

 復帰中の俺に飛び込んで弾き出し、そのまま覆いかぶさってきたカレンが顔を上げてぽつりと呟いた。

 それから幾秒かの間自然と沈黙に包まれてから、息を飲んで見守っていた同志達の歓声が湧き上がる。

 男女構わず抱き合って、肩を組んで踊って歌っての軽いお祭り騒ぎとなった。

 

「すげぇ! すげぇよ嬢ちゃん!」

「俺は信じてたぜ!!」

「カレンちゃん何か食べたいものある!? お姉さんが何でも奢っちゃうわよ!」

 

 カレンは俺の前から連れていかれ、集団に取り囲まれて何度も宙へ打ち上げられる。

 それを横目に冷静になって闘いの跡を観察すると、台座の周りにはカレンが当て損なった玉が転がっていた。

 そうか、これを爆発させたのか。何度か的外れな場所を撃っていたのは、失敗していたのではなく初めから狙っていたわけだ。

 

「あーあ……」

 

 全てを理解して、俺は仰向けに寝転んだ。

 

 完敗だ、悔しい、情けないといった思いがまず駆け巡るが、それらはすぐに絶望と諦めの二つの感情に塗りつぶされた。

 だって、俺は言ってしまった。

 勝つことができたら何でも願いを一つ叶えると。

 今なお俺とカレンとの間には底無し峡谷の如き深い溝があり、そこには俺がカレンの元へ飛び立とうとするのを妨げるように暴風が吹き荒れ翼焦がす炎の雨が降り注いでいる。

 嫌いな相手への要求なんておおよそ決まっている。

 

「アレン。……ねえアレン、起きてってば」

「……」

「何でも一つ願いを叶えてくれるんでしょ? ほら、起きてよ」

「あぁ……」

 

 小さな手に引っ張られて体を起こす。

 もう、覚悟は決まった。

 どうせ俺は一人になる定めなのだ。

 

「願いは、何だ。二度と顔を見せるな、か? それとも今から千年間石の中に閉じこもった方がいいか?」

「何言ってるの? バカなの?」

 

 そうだ、俺は愚かな人間だ。

 五千年も生きているくせに娘の育て方さえ知らないのだから。

 

「あたしね、アレンが皆に教えてるの見てたよ」

 

 そうか、俺の厳しい指導を見ていたのか。

 これはますます嫌われてしまったな。

 

「アレンが真面目に教えてて、アレンに教わったみんなはすごい嬉しそうな顔してて、見てるこっちまで嬉しくなっちゃった」

「何だそれは? 皮肉のつもりか?」

「ヒニク? どういうこと? ……まぁいいけど。それでね、アレンに叶えてほしい願いはね――」

 

 俺は反射的に唾を飲み込んだ。

 

 

「――あたしと仲直りして」

 

 

 そして反射的に目を見開いた。

 

「カレン……? 今、何と」

「もう言わないから!」

「は、はは……。そうか、からかっているんだな? そうなんだろう!?」

 

 聞き間違いでなければそういうことだ。

 上げてから、どん底へ叩き落とす。

 俺がまだ幼い弱者であった時も、ある程度力を蓄えてからも幾度となく受けた仕打ちだ。

 

「本気で言ってるの……?」

 

 しかしどういうわけか、カレンは卑しい笑みを浮かべない。

 それどころか少し悲しげな表情をしていて。

 

「……アレンさん、さすがにそれはどうかと」

「相棒、その冗談はさすがに笑えねえよ」

「冗談? 俺は至って真面目に……」

 

 そこまで言ってようやく気付いた。

 カレンのどこを見ても害意の欠片も感じ取れないことを。

 そうだとしたら己がどれだけ愚かなことを口走ってしまったのかを。

 

「まさか、本当に」

 

 俺を見つめ続ける碧い瞳にはうっすらと涙が浮かんでいて。

 

「カレン!!」

 

 俺はその顔を他人から隠すように胸に抱きしめた。

 

「ごめん、ごめんよカレン。俺はなんてことを」

「まってアレン、苦しい……」

「ああっ! すまない!」

 

 抱きしめる腕をほどいて両肩に手を置き、最愛の娘だけを視界に入れて向かい合う。

 

「もう。謝ってばっかいないでよ」

 

 カレンが涙を流すのを防げはしなかった。

 それでも、顔を赤くしながら屈託のない笑みを浮かべてくれていて。

 

 救われたような気がした。

 地面の奥底に埋められて身動きの取れない俺を、カレンがたしかに掘り起こしてくれた。

 

「それで……どうなの?」

「今すぐ仲直りしよう! 今すぐ美味しいものを食べに行こう! 一緒に来てくれるかい!?」

「うん!!」

 

 自分でも信じられないほどに心が震えて。

 俺は千何百年かぶりに感情による涙を溢した。

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