「あたしも連れて行って……とな?」
「……そ、そうよ! 旅人なんでしょ? あたしも連れて行ってよ!」
少女の碧い双眸はじっと俺を見据えている。
その輝きに嘘偽りは微塵も感じられない。
しかし不死者の旅に同行したいだなんて、ずいぶんと物好きな子がいるものだ。
だからといってそう簡単に受け入れるわけにはいかないが。
「たしかに俺は旅人だが、君を連れて行くわけにはいかない」
「なんでよ!?」
「危険だからに決まっているだろう。……さぁ、帰るんだ。夜道は危ないから村まで送ってあげよう」
「やだ! 帰らない!!」
「むぅ……」
先ほど助けた時に分かってはいたが、ずいぶんと強情な子だ。
一体どんな育てられ方をしたのか。それともこれは遺伝なのか。
どちらにせよ親の顔を見てみたいものだ。
「全部自分でなんとかするから!」
これは子供特有の万能感というものだな。
生き抜くことの厳しさを知らず、何があってもなんとかなると思っている。
一体どこからそんな自信が湧いてくるのか不思議でならない。
そもそも自信ではなく過信、または慢心なのだが。
「ぜったいに迷惑はかけないから! 連れて行ってよ!」
「絶対、ねぇ……」
齢千歳に満たない者の発する『絶対』は基本的に信用しない主義なんだ。
「ねぇおねがい! あたしにできることなら何でもするから!」
「……うん。熱意だけは人一倍あるね。素晴らしいよ」
「そ、それじゃあ……!」
「俺がただの旅人だったら折れていたね」
「えっ?」
一瞬舞い上がったと思ったら、すぐにしゅんとした。
こんな単純な子はなおさら危険な旅には連れて行けない。さっさと諭してお帰りいただこう。
「ただの旅人じゃないって、どういうことなの?」
「カレンちゃん、君は俺の秘密を知っているはずだよ。さっき見ただろう」
「だ、だってアレは手品……」
「手品じゃないよ。本物の剣を心臓に刺して死んだ。だけど今もこうして生きている。もう、分かるね?」
俺は化け物に等しい。
そのことを言わずとも理解してくれたようで、目の前の少女は口をつぐんだ。
「俺はただ生きているだけで命を狙われてきたんだ。そんな男と一緒に旅をしたら命がいくつあっても足りないのは分かるだろう?」
「で、でも! あたしだって……」
「いいから帰りなさい」
あたしだって何だ? ハーフエルフだから疎まれてきた、つまり俺と同類だって言いたいのか?
かつて人間の国で女王の座に就いたハーフエルフだっていたんだ。
甘い甘い、その程度じゃ俺と同じ低さに降りてはこれないよ。
「こうなったらもう、眠らせてから運んだ方がいいかな」
「ま、待ってよ!」
「まだ何かあるのかい?」
そろそろ食事にしたいんだ。
これで本当に最後にしてもらおう。
「――アンタはそれで寂しくないの?」
……なんだ、そんなことか。
「まぁ、慣れている」
一呼吸置いてから答えた。
「慣れていても、寂しいことには変わりないでしょ!?」
「それは、だな……」
ずいぶんと痛い所を突かれてしまった。
たしかに慣れているとはいえ、一人旅が寂しいことには変わりない。
不死者とはいえ人間だもの。他者と交わって生きるように神様に作られたんだもの。
それに千年もの間寂しかった分を取り戻したいという気持ちもある。
「あたしもずっと寂しかった」
「君には孤児院のみんながいるじゃないか」
「たしかにみんな優しかったけど、なにか違うの。いつも心のどこかが寂しかったの。ぽっかりと穴が空いたみたいに」
ずいぶんぼんやりとした、曖昧な答えだ。
これが多感な時期ってヤツなのかな。
「とにかく、アンタもあたしも寂しい者同士なのよ! それが理由じゃ、ダメ?」
なんてことはない子供の戯言、わがままのようなものだ。
なのになぜ?
どうしてこうも胸が熱くなるんだ?
どうしてそれがとても重たい言葉に感じられるんだ?
千年間石詰めにされていたせいで、心が脆くなってしまったのか?
「はぁー……」
俺は少し大げさに溜息をついた。
それを見た少女の顔がますます曇る。またしても断られると思い込んでいるのだ。
「のぅ、カレンちゃんや」
「やだ、帰りたくない……」
理由がどうであれ、こうも心を動かされた時点で俺の負けだというのに。
「まずは夕食の支度を手伝ってもらえるかな?」
♦♦♦
二人で焚火を挟んで座り、出来立ての温かいスープと川魚の串焼きを手に取った。
「いただきます」
俺がスープを少し啜り、塩で味付けされた焼き魚の腹に齧りついても、対面に座る少女は何も口にしようとはしない。
「どうした? 食べないのか?」
「これを食べたら、帰されるんじゃないかと思って」
「帰りたければいつでも帰っていいんだよ? ちゃんと送り届けてあげるから」
「い、いただきます!」
俺が本当に折れたことを示すと勢い良く魚の腹に食いついた。
口いっぱいに身を頬ぼった後に、ずずっと音を立ててスープを啜るのは見ていて微笑ましい。
「美味しいかい?」
「うん!」
「それはよかった。ところでカレンちゃんはどうして「――待って!」
「ん?」
まだ何も聞いていないのに、軽く睨まれてしまった。
何かおかしなことでも言ってしまったか?
「その、ちゃん付けで呼ぶのはやめて。子供扱いしないでよ」
「……ぷっ、はははっ!」
「なんで笑うのよ!!」
「おっと、これは失礼しました。カレン嬢は立派なレディでしたか」
「そうよ!」
背伸びしてでも大人に見られたい年頃なのだろう。
しかし俺からすれば十歳だろうが百歳だろうがまだまだ子供で、大人と呼べるようになるのは大体三百を過ぎた辺りからだ。
口の端に食べカスを付けたままの少女を大人と呼ぶには逆立ちが必要であるがまぁ、そういうことにしておいてあげよう。
「それで、カレンはどうして旅をしたいんだ? どこか行きたい場所でもあるのかい?」
あそこまで強く頼み込むってことは何かしら目的があるに違いない。
かつて俺に同行したい、弟子になりたいなどと押しかけてきた者達には必ず目的があった。
強くなりたい、復讐したい、俺を殺したいといった理由が大半を占めていたのを覚えている。
もしもこれで「自分探し」みたいなぼんやりとした答えが出たのなら、即刻眠らせて送り返すつもりでいるが。
「パパとママを、捜したい」
「君を捨てた両親をかい?」
「……うん」
自分探しではなく親探しか。
普通は自分を見捨てた両親などに会いたくはないものだが、力の籠った良い目をしている。確固たる意志を持つ者の目だ。
ならば手助けをしてあげよう。
「分かった。一緒に捜してあげるよ。両親のことを何か覚えているかい?」
「何も、思い出せないの。顔も分からない」
「とすると赤ん坊の頃に捨てられたのか?」
「ううん。実はあたしは――」
カレンが言うには三年前、十歳の秋に村の近くで倒れていたところをシスターに拾われたらしい。
そして目が覚めたら記憶の大半が消えていて、自分の名前と年齢、それと優しい両親がいたということ以外思い出せなくなっていた、と。
俺としては優しい両親とやらを許せない。
「……カレン、恐らくだが君は親に忘却の魔法をかけられた。だから俺を思いっきり殴ってくれ」
それ以上に俺は俺を許せない。
だって、忘却の魔法を作ったのはこの俺なのだから。
いつ頃だったか二百年ほど重なり続けた苦難に耐えかね、軽い気持ちでそれを作りだしてしまったのだ。
そして今目の前には、人を救うために作った魔法で苦しめられた人がいる。
間接的とは言え、その責任は俺にある。
「手が痛くなるなら蹴りでもいい。やってくれ」
「いきなりどうしたのよ? なんであたしがアンタを殴る必要があるわけ!?」
「君にかけられた忘却の魔法、それを作り出したのはこの俺だからだ」
「そういうことなら……」
焚火の向こう側にいる少女が立ち上がり、傍にやってくる。そして、
「えいっ」
ポコっと肩に一発、軽すぎる衝撃。
元々の力が弱いのもあるが、それ以前に全く力の籠っていないパンチだった。
……なぜだ?
「君が記憶を無くした一因である俺が憎くないのか? なんなら俺の股間を蹴ってくれても構わないんだぞ」
「そんなの嫌に決まってるでしょ! それにアンタのせいだって決まってないし。あたしが頭をぶつけただけかもしれないし」
「頭をぶつけた程度で十年間の記憶が飛ぶことはまずないと思うが……」
「とにかく! この話はもうお終い! だけどあたしを捨てたパパとママを見つけたら、一緒に怒ってよね?」
「……あ、あぁ。一緒に殴ってやろう。約束する」
強いな。
とても心の強くて、そして優しい子だ。
だからこそ、この子を捨てた親には五千年の歴史を持つ鉄拳制裁を下してやろう。絶対に。
「そういうアンタはどうして旅をしてるの?」
ついに俺の番がやってきた。
包み隠さず身の上を語ろうと思う。
なぜなら不死者であること以上の秘密はなく、それはすでに知れている。加えてこれはただの自己満足だが、少しでも誠意を示したい。
だから、話そう。
「一言で言えば『取り戻すため』かな」
「取り戻す? 何を?」
「主に三つある。安住の地での暮らし、何もできずに過ぎ去った時間、そして記憶。歳のせいか、それとも誰かに消されたのかは定かではないが、記憶が抜け落ちているんだ。君と同じように」
実は出会った時から不思議と親近感が湧いていたんだ。
名前といい境遇といい、中々に似通っているからかもしれない。
「歳のせいって、アンタいくつなの? 二十五くらいじゃないの?」
「惜しいよ、すごく惜しい。俺の実年齢は二十四」
「でしょ?」
「と五千二百歳だよ」
「…………なにそれ。あたしを馬鹿にしてるの?」
四十半ばを過ぎてからだったかな。実年齢を疑われるようになったのは。
「最初は信じられないだろうけど、その内嫌でも知るようになるさ。年季の差というものをね」
「ふぅん……」
信じ込ませるために五千年の歴史を事細かに語ってもいいのだが、それを語り終えるには最低でも一月はかかるからな。
「まぁそれは置いといて。ご婦人、スープのおかわりはいかがですかな?」
「うん!」
それからしばらくの間、とりとめもない話をしながら温かな食事を楽しんだ。
会話を通じてカレンの扱い方も少しばかり分かるようになった。
「片付けも終わったし、そろそろ寝よう……いや、その前にだな」
危ない危ない。
夕食の後には普通、アレをしなければならなかったな。特に女の子には大切なアレを。
俺自身も千年以上していなかったせいですっかり忘れかけていた。
「なにかあるの?」
「服を脱ぎなさい」
「…………今、なんて?」
「どうした? 服を脱ぎなさいと言ったのだが……どれ、一人じゃできないのなら手伝って「――ふンッ!!」
カレンの服を脱がそうと、少し膝を曲げて腰に手をかけた瞬間だった。
衝撃が。
破城鎚に打ちつけられたような衝撃と鈍痛が下腹部に走った。
「な……ぜ」
あまりの苦痛でその場に倒れてからカレンを見上げると、怒りと侮蔑の眼差しで俺を見下げていた。
「バカッ! ヘンタイッ! 死ねッ!!」
なぜそのような罵詈雑言を吐かれるのかが分からない。
ただお風呂に入れてあげようと思っただけなのに。
心臓を刺された時なんかよりも激しい苦痛が蓄積されてゆく。
……あぁ、もう意識が持たない。
どうやら俺はカレンのことを少しも分かっていなかったよう、だ――