あたしのパパは不滅ときどき爆散   作:GODIGISII

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第二十二話 「弟子入り」

 突然壁を突き破って現れた二人が瞬く間にこの場を制圧してしまった。

 控え目にいって気が動転した。

 

「助けに来たぜ! 大丈夫か? 自分の名前と性別と年齢言えるか?」

「…………あ……えっ……」

「愚か者、そんな暇はないと何度も言っただろうが。早く拘束を解いてやれ。もたもたしているとすぐに囲まれるぞ」 

 

 偉そうで堅物そうなエルフが角の生えたデカい男に指図する。 

 

「へいへい、分かりましたよっと。……あー、めんどくせえ! これごと持っていくしかねえ!」

「……えっ…………えっ!?」

 

 この場で拘束を解くのを断念した男は、とてつもない怪力で実験台の上部を引き剥がし。

 それを藁束でも担ぐかのようにひょいと担いで走り出した。俺が酔いそうになっていることなど気にせずに全速力でだ。

 何が起こっているのか理解が追いつかなかった。

 

 それでしばらく吐き気に耐え続けていると、いつの間にかあの施設が米粒程度にみえるくらいには離れていた。

 

「追手も来てねえし、この辺りでいいだろ」

「ヴっ……」

「おい、優しく下ろしてやれ。……遅かったか」

「オェエエエーッ!」

「おわッ! きったねぇ!」

 

 下ろすではなくほとんど落とすに近いやり方で接地して衝撃を受けたのがトドメとなった。

 それはもう耐え切れずに全て吐き出した。

 

「わりーわりー、ほら水だ」

「……どうも」

 

 ひとしきり吐いた後で、デカい方が俺の拘束を力づくで外して水筒を差し出した。

 不快感の残る口の中をどうにかしたかったので、それが水ではなく毒かもしれないと疑いながらも受け取って飲んだ。

 

「…………普通の水だ」

 

 毒も薬も入っていない水を飲んだのは何年ぶりだろうか。

 思わず言葉に出てしまった。

 

「わっはっは! おもしれえこと言うなぁ!」

「笑うなライノ。この童は水すらまともに飲ませてもらえなかったのだろう」

「あの、あなたたちは一体……」

 

 意を決して尋ねる。

 

「ん、あぁ。自己紹介がまだだったな。どっちが先にやっか」

「お前からでいい」

 

 二人は腰を下ろして胡坐をかいた。

 知的で神秘的な翠色の瞳と燃えるような赤い瞳がじっとこちらを見つめる。

 俺は思わず息を飲んだ。

 

 あっという間に研究所を制圧してしまったのはともかく、普通の人間にとっての全速力を軽々超える速度で走り続けていたというのに、疲れた表情を微塵も見せない。

 それだけで二人が只者じゃないことは分かった。

 だから逃げることはまず不可能だなと諦めて全てを受け入れることに。

 

「んじゃ、俺からいくぜ! さっきも言ったけどライノだ、ライノ・ロアーストンプ。とーちゃんが人族でかーちゃんが魔人、だからこんな見た目してんだけど……怖い?」

 

 ライノは側頭部から生える黒い角を隠すように握った。

 俺はその問いかけに小さく首を振って答える。

 

「いや、そんな。むしろちょっと、カッコいいと思い……ます」

 

 男は百歳になってもカブトムシやクワガタムシが好きなのだ。

 そもそもこの時の俺からしたら角が生えていようがなかろうが、強そうなヤツはみんな怖い。

 

「お前っ! いいやつだなっ! 気に入ったっ!!」

「ぐぇっ!」

 

 ライノは俺の答えを聞いた途端に目を輝かせ、角から手を離してきつく抱きしめてきた。

 死ぬほど苦しかった。

 背骨を折られるかと。

 

「やめろ馬鹿者、殺す気か」

「いてっ。あー、ごめんごめん!」

 

 エルフの彼がライノの頭に石を投げつけて止めてくれた。

 だけど解放されるのが少し遅く、確実にどこかしらの骨にヒビが入っていた。

 

「気を取り直して……俺がライノだ、よろしくな! んで、こっちの偉そうなのがアイヴァラ」

「偉そうなのではない、お前と違って誇りを持って生きているのだ。私の古里は静謐なる大森林(サイレントグリーン)にして狩人ルビコの子、アイヴァラだ」

 

 口の端を少し上げて「よろしく頼む」と凛々しく付け加え、そのまま俺の自己紹介を促してきた。

 

「えっと、アレン・メーテウスです。出身はミリベ島っていう南の島です。それで、あの……」

 

 どうせ酷い扱いを受けることは分かっていたので、思い切って聞いてみることに。

 

「俺は二人の奴隷か生贄……それとも非常食にされるんでしょうか?」

 

 その問いかけに二人は黙って答えない。俺も黙って答えを待つ。

 そして一番最初に沈黙を破ったのは、ライノが堪え切れずに出した笑い声だった。

 

「ぶぁっはっはっ! あーひゃっひゃっ!!」

「くっ……。ダメだ、笑うなライノ……! くくっ!」

「……は?」

 

 冷静な態度を保っていたアイヴァラも釣られて笑いだした。

 二人を見て絶対に勝てない相手だとは分かっても少し苛立ってきた。

 俺を嬲り殺した兵士達の嘲笑う顔が浮かんできて余計に腹が立ってくる。

 勝つことも逃げることもできなくても、思い切り頭突きをしてやろうか、その綺麗な顔に傷跡が残るように噛みついてやろうか。

 

「笑い過ぎて腹いてえ!」

「だからどうなんですか!? 早く答えてくださいよ!!」

 

 俺が声を荒げると、ようやく二人は静かになってくれた。

 次いで悪い悪いと謝ってから優しい目を俺に向けてくる。

 

「さっきも言ったけどよ、俺たちは噂を聞いてお前を助けに来たんだ。敵じゃねえ」

「誰も信じられなくなっているのだ、無理もない。だがこれだけは言わせてくれ、我らはお前の味方だ」

「みか……た……?」

 

 だいぶ前にも似たようなことを耳にした。

 それでまんまと騙されて、どん底に叩き落とされた。

 二度と同じ轍を踏んでやるものか。 

 

「それで俺は味方として何をすればいいんですか? 新鮮な肉を提供し続ければいいんですか? それとも弓の的になればいいんですか?」

「だーかーらぁ! そんなんじゃねえって! そもそも俺は人間なんか食わねーよ!」

「私は矢の無駄遣いなどはしない」

 

 その頃の俺は読心術など身につけてはいなかったが、なんとなくウソじゃないことは分かった。

 だから困惑して、口を開けたままで何も言えなくなってしまった。

 

「アレンお前、不死者だろ?」

「……そうですけど」

「歳はいくつだ?」

「百二十六……だと思います」

 

 いきなり何をと思ったが、聞かれるがままに答えた。

 

「俺は三百ちょっとで、アイヴァラが」

「四百七十三歳だ」

「つまり、お前はこんなかで一番年下ってことだ」 

 

 だから何だと言うのだ。

 

「話が見えないんですけど」 

「よーするにだな! えーっと…………アイヴァラ、後は任せた!」

「お前はこの先何百年も何千年も生きるかもしれないが、今は生まれたばかりの赤子同然。まだ世界の一分も知らないだろう? しかし我々は一割くらいなら知っている」

 

 そりゃあそうでしょうねと受け答える。

 やはりまだ何を言わんとしているのか分からない。

 

「世界の広さを教えてやろう。我々の弟子となり共に来い、アレン」

 

 アイヴァラが目に力を籠めて告げ、その横でライノがうんうんと頷いた。

 

「……弟子、ですか?」

「そーそー、弟子弟子。俺達がお前を立派な男に鍛え上げてやるよ!」

「このままではどうせまた捕まって同じ事の繰り返しだろう?」

「だから一人前になるまで俺達が守ってやるぜ!」

「…………わからない」

 

 二人が俺に何の他意もなくよくしてくれることだけは分かる。

 でも、どうして?

 

「だって、あなたたちは、噂で俺の話を聞いただけでしょう?」

 

 それなのにわざわざ危険を冒すか?

 国に喧嘩を売ってまで俺なんかを助けるのか?

 不老不死以外に能の無い人間だというのに。

 

「俺が二人の何の役に立つっていうんですか!? 教えてくださいよ!」

「うーん、なんだろう……。荷物運びくらいか?」

「馬鹿者、そのような誰にでもこなせる仕事は全てお前のだ。馬鹿者が」

「バカって二回も言うなよ! 弟子の前だぞ!」

「とりあえずこの馬鹿は置いといて、だ。今のお前が役に立てることなど何一つない」

「へ……?」

 

 頭の中が真っ白になった。

 不老不死の力を一切求められていない。

 悪意も策謀も何一つ見えてこないのがむしろ怖い。

 

「じゃあ、どうして」

「どうして助けたか、だろう?」

「え!? お前ずっとそんなこと気にしてたの!?」

 

 心の内を読まれ、ぶんぶんと首を縦に素早く振った。

 アイヴァラはフッと鼻を鳴らして横を向く。

 

「誰かを助けるのに理由がいるか?」

「いらねーなー。……あでも、強いて言うならアレだ、困ってる奴を見捨てるとメシがまずくなる」

「そういうことだ。こちらからも問うが、お前は後先考えずに人助けをしたことがないのか? いくら強欲で利己的な人族とはいえ、心の底から悪に染まっていなければ一度はあるはずだ。胸に手を当ててみろ」

 

 言われた通りにして、記憶の糸を辿る。

 

 捕まって人体実験をされるよりも前のことだから三十年以上は昔になるが、たしかにそれは何度かあった。

 考えるより先に体が動いていたという感覚だ。

 見返りなどは何も考えずに助けた記憶がいくつか。 

 後先どころか誰かのために命を投げうったこともある。

 

「はい、ありました…………あれ? なんで……、涙が……」

 

 両の目からボロボロと零れ出て、足元に落ちてゆく。

 

 痛いから泣いているんじゃない。

 怖いから泣いているんじゃない。

 悔しいから泣いているんじゃない。

 

 嬉しかったんだ。

 初めて俺を理解してくれる人達に出会えて。

 俺のしてきたことは間違いじゃなかったんだって教えてくれて。

 

「びぃびぃ泣いて……お前は本当に赤子か? あやしてやろうか?」

「泣きたくなったらいつでも胸を貸すぜ?」

 

 涙を拭って顔を上げる。

 俺の門出を祝ってくれるかのように心地よい追い風が吹きつけた。

 

「……はい! 師匠っ!」

 

 三十年に及ぶ苦痛の日々が消え去ったわけじゃないのに。

 こうやって簡単に泣かされて絆されて、どこまでもついていくと決めてしまって、自分はなんて単純で愚かな人間なのだろう。

 でも、今回ばかりは間違いじゃないと確信できた。

 こんなに温かい気持ちで満たされたのはいつぶりだろう。

 

「そうそう。アイツが言わなかったから俺が代わりに教えてやるけどよ、アイヴァラはただのエルフじゃねえ。エルフ達を治める者として稀に生まれるハイエルフだ。だから怒らせたら怖えぞぉ、永遠に森の養分にされちまうぞぉ」

「お前こそかつては魔界の四将の一人だったではないか。アレン、常に警戒していろ。いつ気が触れて襲いかかってくるか分からんからな。あまり近寄らない方がいい。さぁ、そろそろいくぞ」

「はい、師匠……」

 

 それを聞いて肝が冷えたのは言うまでもない。

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