あたしのパパは不滅ときどき爆散   作:GODIGISII

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第十七話 「裏アレン流究極奥義」

 粟立とうとする肌を抑え、青土を踏みしめて前へ。

 

「おうおうおう、よくも俺の弟子をやってくれたナァ兄ちゃん?」

 

 グリゴールを庇うように立ち、猛る獣のぎらついた瞳を覗く。あちらも覗き返してくる。

 巨人と呼べるような上背があるわけでもないのに近寄りがたい途轍もない圧力を感じる。例えるなら鉄溶かし燃え盛る炉のような男だ。

 本能がコイツとは決して戦わずに逃げろと、そもそもの生物としての格が違うんだと必死に訴えかけている。

 彼女はよくもこんな化け物を相手に怖気ず戦えていたもんだ。

 

「どういう……つも、り。それにアナタの弟子に……なった覚えはない……わよぉん」

 

 背後からか弱い乙女が尋ねてきた。

 ラファーダルを信用して振り返って答える。

 

「グリゴール、君は奮闘した。だけど負けたんだ、今回はな」

「今回……ですってぇ? アタイに次なんて「なんだ? 無様に負けたくせに何をやり遂げた顔しているんだ? まさかこれで自分の人生が終わりだとでも勘違いしているのか?」

 

 今回がダメだったら次回が、次回がダメだったらまた次々回と、命ある限り何度でも挑戦できるのだ。

 たった一度の勝負に負けて自ら命を差し出すなんて華々しい幕引きが俺様の前でできると思うなよ。 

 

「仇は師匠が取ってやるから休んどれ」

 

 ということで穴の空いた肉袋を拾い上げ、問答無用でケイの側に放り投げた。

 そして代わりにあるものをこちらへ投げてもらうように頼んだ。

 

「ケイ、その剣を貸してくれないか?」

「うん、いいよ」

 

 ケイは二つ返事で答えて代々勇者に受け継がれてきた聖剣リターンエースを鞘ごと投擲した。

 落として土をつけないよう丁重に掴み取り、すぐに抜こうと柄を握ったその瞬間、

 

「ォアチチッ!」

 

 柄がボワッと赤く燃え上がり、あっという間に右手を焼き焦がした。

 炭となって崩れた手と共にそれは地面に落ちる。

 

「あぁそう、まだ許しちゃくれないのね。クソが」

 

 初めて握った時から四千年以上経つが未だに一振りも出来ない駄剣をケイの足元へ蹴り飛ばした。

 もしかしたらと期待してはいたが、こうなることは薄々気付いてもいた。

 結局はこの身一つでやらねばならないのかと溜息を吐き、それから覚悟して深く息を吸う。

 

「待たせた。やろうか」

「やろうかってあんた、その手……」

「心配ご無用、ほら」

 

 新たに手を生やし、いつでもどうぞと表す構えを取る。

 ラファーダルも応じて構えを取った。

 世界から余計な音が消える。

 

『いよいよ現四将と元魔王の直接対決が始まりますが、どう予想しますかロジャーさん?』

『うむ……。あの二人は拳闘においてワシより強いゆえ、間違いなく百年に一度観れるかどうかの仕合となるでしょう。ワシから言えるのはこれだけです。皆の者、一瞬たりとも目を離すでないぞ!!』

 

 ロジャーが高いハードルを設置したことで会場全体が熱狂的に湧き上がった。……が、それはすぐに嘘のように静まり返った。

 どうも皆さん俺達の一挙手一投足を脳裏に焼きつけたいらしい。

 

「あんたとやるのを一番楽しみにしてたんだぜ。ロジャーのおっさんが『アレンには気を付けろ。ヤツは何をしてくるかわからん。頭だ、頭を潰せ』ってしつこく言ってくるからよ」

「俺としてはどちらかが敗退して当たらないことを願っていたよ。あのボケた龍が散々君の強さを語るせいでな」

 

 皆が固唾を飲んで見守ってくれる中で、俺とラファーダルの二人だけが笑い声を上げる。

 これは良ーい仕合になりそうだ。

 

「俺はラファーダル。つえー奴とやるのが好きなだけの魔人だ」

「アレン・メーテウス。娘に弱いだけのどこにでもいる父親さ」

 

 息を吸って足腰に力を溜める。

 向こうも同じく。

 

「ぅラァ!!」

 

 三百キロの質量があるとは思えない瞬発力。

 左の拳に力と速度を全乗せした全身全霊必殺の一撃が飛び込んでくる。

 

「いや無理」

 

 当然これは避ける。

 

「避け、んなァッ!!」

 

 しなやかな肉食獣のように瞬時に切り返し、無数の拳を打ち込んできた。

 うん、これならいける。

 

『出だしから凄まじい連打だッ! アレン選手万事休す……いや、これは!?』

「んなっ、その技はアイツの!」

「さっき言ったろう? 俺はグリゴールの師匠だと」

 

 グリゴールの得意とする柔の拳、アレン流では「象滑(ぞうすべり)」と呼ぶ技術を用いて凶拳をいなす、逸らす、受け流す。

 吸血鬼ではない人族の脆い身体のため、何枚か皮を削り取られはしたが問題なく無効化した。

 

「さらに言うと君の師匠でもある。バモォー……」

 

 身体のありとあらゆる箇所を限界ギリギリまで捻って絞り、解放した力を拳に乗せる。

 

「うぉっ!」

 

 ラファーダルは見事に反応してガードしたが十歩分後方へ押し下がり、遅れてきた痛みに顔を歪ませた。

 

「ぃいってぇーっ! ぜってー骨にヒビ入ってるぜこれ!」

「ヒビだと? それはいけないな。大事をとって棄権するといい」

 

 そうか、今のでヒビか。

 粉々に砕くつもりで撃ったんだけどなぁ……どうすっかなぁ……。

 

『み、見間違いでしょうか!? アレン選手が今、バモスピンを!』

『見間違いではありませんよ。ヤツは何千年も昔に世界中のありとあらゆる技を習得し、一つに纏めたのです。そして時が経ち、アレン流はいくつもの流派へ分かれて継承されてきました。剛の拳でも柔の拳でもこの世に現存するほぼ全ての流派は元を辿ればアレンに繋がります。ゆえにヤツは《祖拳》と呼ばれているのです』

「というわけで俺のことは師匠か大先生って呼んでくれるかい?」

 

 ついでに師匠を立てるために降参してくれたら嬉しいなと、上目遣いでおねがいしてみたがラファーダルの赤い瞳はギラついたまま。

 

「この拳は一子相伝でよ。師匠を殺して一人前を名乗れるんだ。だけど俺の師匠は戦わずに手紙を置いて逃げちまった」

 

 そりゃあこんな化け物を育ててしまったとなれば逃げたくもなる。

 

「あんたは要するに師匠の師匠のずーっと前の師匠ってことだろ?」

「そうだとも」

「なら、あんたをぶっ殺せば俺は一人前ってこった!」

 

 清流のように透き通った悪意なき殺害予告を頂いてしまった。

 とても反応に困るのでやめていただきたい。

 

「バモォー……」

 

 俺をぶっ殺すという宣言通りラファーダルの筋肉が膨れ上がり、身体の節々が捻って絞られ、そして振動する。

 信じたくはないがバモスピンとバモヒャーゲを同時に使うつもりだ。

 

「フンッ! ハァッ! ラァッッ!! おいおい、避けずに受け止めてくれよ!」

「無理無理、死んじゃうから」

 

 一発でも当たれば二階から落としたトマトのように弾け散ってしまう。

 まさに死の雨と言う他ない猛攻をすんでのところで避け続けながら、一つ新たに提案する。

 

「君、まともに武具を使えないでしょ?」

「まぁな、ちょっと力を入れるとすぐ壊れちまう」

「そうだろうよ。実は少し前に希奇鉱(オロキンセル)をいくらか手に入れてね。それで君のために頑丈な武具を作ってあげようかなと」

「そりゃ本当か!?」

 

 特注の武具を作ってやると言われてラファーダルの力が少し緩み瞳の奥が輝く。

 このあたりはやはり人族も魔人も変わらないものだ。

 

「ただし今すぐ棄権してくれたらの話だ」

「……そういうことなら遠慮しとくぜ」

 

 しかし残念なことに突っぱねられてしまった。

 しょんぼりとして力が戻る。

 

「つーかよ、なんでそこまで棄権させたがる?」

「なに、単純な理由さ。もしも俺が負けたら次は我々の勇者様が戦うことになるだろう? そうしたら君はケイを殺してしまう」

「まぁ、一応立場ってもんがあるしな」

「ならば俺がどうにかするしかあるまいて」

 

 もしも、万が一……いや、ここは素直に認めよう。拳を交えてよぉく分かった。この条件下においてラファーダルは明確な格上だ。

 今の俺では十中八九勝てない。全盛期の俺でも十回やって三回勝てるかどうかだろう。

 そのような化け物とやればケイは死に、グリゴールも自死を選択する。

 不死者アレン・メーテウスは人族の味方でも魔人の味方でもない中立の立場なので勇者が何人殺されようと構わないが、いつかに最愛の娘と約束してしまったのだ。

 助けられる人がいれば助ける、誰も見殺しになんてしない、と。

 

 とはいえ、脱力した状態で首を後ろから蹴りでもしない限り、表のアレン流では太刀打ちできそうにない。

 

「はぁー……」

 

 ラファーダルの脇腹を押すように蹴って距離を取り、少し先の未来に向けてため息を。

 

「なんだ? 雰囲気がちょびっと変わったか?」

 

 あまり人の多い所では見せたくなかったが、背に腹はかえられん。

 

「真のアレン流を見せてやろう――」

 

 

 

 ♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 ――この拳を使うからには勝って、生きよ。

 

 アレン流を伝授した弟子全てにもれなく言い聞かせてきた。死んでも勝つなどとは口が裂けても言ってはならないと。そんなふざけた事をぬかしたやつは俺が殺すと。

 ゆえに通常の、つまり表のアレン流には相討ち覚悟の捨て身技と呼ばれる類のものは組み込まれていない。

 そういったものは存在すらもほとんど知られていない裏のアレン流に取り入れてある。

 腕の一本や二本、心臓の一つや二つくらい無くしても元通りに治せるような、俺の同類にだけ教えているのだ。

 

「ぅわぶっ!?」

『血ですッ! 目眩しでしょうか!? アレン選手の目と口から血が噴射されました!』

『今のは裏アレン流奥義「血化粧(ちげしょう)」ですな。ここからじゃ、不死者の本領とやらは』

 

 ロジャーがやけに持ち上げてくれるせいで期待と興奮混じりの視線が突き刺さるが、奇術師のように次から次へと新たな技を出すつもりはない。

 三つだ。三つの技だけでいい。というよりもこの三つしか通用しないだろう。

 

「にゃろう、目眩ましなんて粋な真似しやがっぐぇっ!?」

 

 血の噴射を併せた死角からのアッパーで上手く顎を捉えた。

 ……がしかし少し呻いた程度でふらついてはいないし顎骨にヒビを入れられた感覚もない。

 一旦距離を取る。

 構わず距離を詰めてくる。

 牽制のフック。

 直撃。

 ようやくラファーダルが飛び退る。

 

「待て待て待て! あんた今魔法使っただろ!?」

「ロジャーが監視しているのに魔法なんて使えるわけがないだろう」

「じゃあなんで腕が伸びてんだよ!?」

「さぁ? 見間違いじゃないのかい?」

『私にもアレン選手の腕が一瞬伸びたように見えましたが……ロジャーさん、今のは錯覚でしょうか?』

『あれもまた裏アレン流奥義が一つ「蜃気螂(しんきろう)」です。錯覚ではなく関節を抜き差しして実際に伸ばしているんです。一応ワシもできますよ、ほら』

 

 そうやってすぐに種明かしするのやめてもらえませんかね?

 

「関節を抜き差しするとか……あんた、イカれてんな」

「まともなまんまじゃ勝てない相手が多くてね」

 

 青土から栄養を吸収しているなどと噂されるほど、存在自体が世界の不具合のような男に言われて心外ではある。

 しばらくの間一撃離脱を繰り返して十発は良いのを当てられたのだが……

 

「俺、こんなに非力だったかなぁ……」

「まぁまぁ痛ぇぜ、へへっ」

 

 ラファーダルはとてもピンピンしている。

 俺が当てた打撃は全て象を昏倒させる程度の威力がある……はずだというのに。

 しかも拳を交わすごとに蜃気螂の間合いに慣れつつあり、このままではいずれ捕まる。

 

 もう、アレを使うしかないのか。

 

「おっ?」

 

 脚の血管がほとんど破裂するほど地を強く蹴り、ラファーダルと大きく距離を取る。

 当然逃がすまいと突っ込んできたのでダメ元で手を突き出す。

 

「ちょっとたんま。少し深呼吸をさせてくれ」

「ん、おぉ」

 

 すんなりと応じてくれたことに感謝し、深く息を吐く。そして吸う。

 それを何度か繰り返して、埃臭い穴倉の奥で寝たきりになっている全盛期のアレンを呼び覚ます。

 寝ぼけ眼を擦りながら起き上がってくれた気がした。

 

 やれるだろうか、俺よ。やれるさ、俺よ。

 記憶の海に眠る怨敵(とも)よ、宿敵(とも)よ、強敵(とも)よ。

 今こそ力を貸してくれ。

 

「……ぃよぉぉぉしッ!!」

「もういいのか?」

 

 あぁと頷いて一歩踏み出し。

 ハッと思い出して一旦止まる。

 

「一つ、言い忘れていた」

「なんだ?」

「棄権をするならこれが最後のチャンスだぞ? 俺のいない間に史上最強だのなんだのと持て囃されていたようだが……今この瞬間、史上最強は俺達だ」

「……おもしれぇ」

 

 当然仕合は続行、と。

 うん、これで心置きなくぶっ潰せる。

 

 そんな俺の自信を感じ取ってか、ラファーダルはいつものように飛び込んではこない。珍しくカウンターの構えをみせている。

 

「はいはい、今行きますよっと」

 

 恋人との待ち合わせ場所にでも行くように、スキップを踏んで軽やかに近づく。

 そのまま止まらずに必殺の間合いに踏み込んだ。

 

「ラァッ!!」

 

 刹那ラファーダルの左拳が襲いくる。俺はしゃがんで青土を観察していた。髪が拳圧で揺らいだ。

 ラファーダルの下段蹴りが迫りくる。俺は童心に帰り蛙の真似をして跳ねていた。途中で額に顎が衝突した。

 

「っ!? はっ!?」

 

 予想外の一撃を食らい、ラファーダルは反射的に距離を取る。

 

「な、なんだあんたっ! ふざけてんのか!?」

「綺麗な青土だなぁと思って……。断じてふざけてはいないよ」

 

 なので今度はきちんと拳を構えてすり足で近づき、静かに玄関口に立ち入った。

 どうも歓迎されていないのか強烈な右ストレートが伸びてくる。俺は腰を曲げて靴紐を結んでいた。

 さっさと出ていけと左の打ち下ろしが降ってくる。俺は地面を寝転がって頼み込んでいた。

 人のことを邪魔な石ころだと思っているのか青土を抉りながら顔面に蹴りが飛んでくる。俺はどうか家に入れてくださいと逆立ちまでして懇願していた……が、誤って主人の鼻を蹴ってしまった。

 

「っつぅ!?」

 

 ラファーダルは一旦間合いの外に出て、折れた鼻を無理矢理戻して血を吐いた。

 一連の流れを見ていた観客が激しく動揺する。

 ふざけてるのか、真面目に戦え、八百長するな、といったヤジもちらほら聞こえてくる。

 

「……あんた、俺に何をしやがった?」

「特には何も」

 

 今度は顔に疑問符を浮かばせながらもあちらから間合いに突入してきた。

 槍のような鋭い前蹴りが伸びてくる。俺は後ろの雲が見たくなって腰を反らしていた。そして腰を痛めた。

 続け様に右左の繊細なコンビネーション。俺は痛めてしまった腰をほぐすために揺らめく海藻の真似をしていた。

 山を引き裂くような回し蹴りが繰り出される。俺は腰を痛めずに雲を眺めたかったので滑り込んでいた。その際ラファーダルの軸足を蹴って倒してしまった。

 

「あっ、ごめん」

「ワケがっ……わかんねぇ……」

 

 顔中に青い砂をまぶした彼はゆっくりと起き上がりながら疑問と唾を吐いた。

 その様を見て観客達の不満がいよいよ大きくなる。

 いい加減本気で戦え、遊んでんじゃねえ、どっちも死んじまえ、なんて心ない声がそこかしこから耳に入ってくる。

 もちろんラファーダルは本気で俺を殺そうとしているし、俺も本気で戦っているのに、なんてヒドい人達なのだろう。

 

『これは一体どういうことなのかッ!? なぜ当たらない! 明らかにアレン選手はふざけた動きをしているのに、なぜ当てられないッ!? ロジャーさん、解説のほどを!!』

『……たしかに、何も知らなければ遊んでいるように見えるでしょうな。ですが、断じて彼らはふざけているわけではありません!』

 

 戦災龍が真剣な声色で放った言葉が喚き散らす観客を鎮めた。

 

『と、言われますと?』

『あれこそがヤツの切り札、裏アレン流究極奥義「普天愚者(ふてんぐしゃ)」に他なりません』

『普天愚者……ですか。どのような技でしょうか?』

『うむ……』

 

 そこでロジャーは言葉を止め、俺の目を見つめてきた。

 さすがに究極奥義の種を明かしていいものかと躊躇いが生じたらしい。

 どうせ止めても口を滑らすだろうし、いまさら構わないと視線を返した。それに、この技ばっかりは理屈を知ったところでどうにもならないのだから。

 

『アレンには数千年分の膨大な戦闘の経験があります。普天愚者とはアレンが過去に戦った者の中から近しい体格気質戦法の者を引き出し照らし合わせ、相手自身でさえも気付かない癖まで見抜いて、ほぼ確実に動きを予測し虚を突く技です』

『な、なるほど……』

『そうですな。【狙ってラッキーパンチを起こす技】とでも言った方が分かりやすいかのぅ』

 

 ご丁寧に解説ご苦労。

 

『つまりアレン選手は極めて真面目に戦っているというわけですね』

 

 その通りでございます。

 俺だってできることなら渾身の右ストレートや上段蹴りで華麗に決めたいさ。しかしこの男にはまず通じない。いわゆる正統派な打撃は通じないと導き出しただけ。

 

『一見するとどれもふざけた攻撃のようですが、あの一撃一撃は全てラッファの意識外からのもので途轍もなく重いはずです。例えるならそう、タンスの角に小指をぶつけるのと同等の威力があるでしょう』

「どーりで、やけにいてぇわけだ」

 

 無敗の王者が苦い顔で頭を搔く。

 

「負けるかもしれねえって思わされたのはいつぶりだっけな……。まさか俺の動きが全部読まれてるなんてよ」

「君の十倍以上生きているのだから当然だ……と言いたいところだが、昨日までの俺だったらこうはいかないさ」

「そりゃどういうことだ?」

「言っただろう? “今の俺達”は史上最強だと」

 

 いくら過去の戦闘経験を基に分析・予測ができるとして、目の前の相手を知っているといないとでは正確さに大きな差が出る。

 なので決勝までの試合を観て補うつもりでいたが、どの試合でもこの男はほとんど動かず一撃で決めていた。

 これは困ったことになったぞと悩んでいたところをグリゴールが、正直言って全く期待していなかったグリゴールが長い時間堪えてくれたのだ。

 おかげでラファーダルを知ることができ、究極奥義が完成した。 

 

「陳腐で青臭い言葉だが、仲間がいたから強くなれたってヤツさ」

 

 もしも仲間を得ず、孤独な不死者のままだったら。

 不完全な普天愚者を使っていたら、今頃は地を舐めていたかもしれない。

 

「さぁさ皆様ご覧あれ、怪物退治のひとときを! これより無敗の土魔神を跪かせてしんぜよう! 何度打たれてくたばるか、二でも三でも眼を見開いて数え給え!!」

 

 景気の良い宣言で観客を沸かし、長年この地を支配する暴君を打ち倒さんと突っ込んだ。

 

 回避回避貫手、

 突進おじぎ頭突き、

 足掛け回避肘打ち回避おじぎ……と、あちらからは指一本触れさせず、こちらからは有効打を浴びせ続けて十数分が経過し、

 

「……なぜだ」 

 

 なおも青土の王者は崩落せず。

 

「なぜその身体で倒れない?」

 

 両側頭骨、鼻骨、上顎骨、下顎骨、両頬骨、胸骨、第一から第九及び第十三から第十六肋骨、両上腕骨、右前腕骨、右第四第五指骨、左第三指骨、右腸骨、右大腿骨、両下腿骨、右第一中足骨、左第三第四中足骨、右第一第二趾骨、左第四趾骨を骨折。

 大小問わず計二十六箇所の裂傷。

 複数の内臓機能の低下。

 これらが今現在ラファーダルの負いし傷である。

 常人ならば意識を保っていることすらできない、半年は寝たきりになる負傷具合だ。……というのに、

 

「ほんと……すっげぇなあんた。この俺が赤子扱いされてるなんて、よォッ!」

『ラッファ! 一発だ! 一発でも当てればソイツは殺せる! 落ち着いて狙え!!』

「もう少しでッ! 当たりそうなんだよッ!!」

 

 動きのキレが落ちないどころか増している。

 一つ拳を交えるたびに少しずつ、紙を重ねるようにではあるが確実に普天愚者をとらえつつある。

 

「まさかお前、この期に及んでまだ力を隠していたのか?」

「いーや、ずっと本気でやってるぜ? 俺ってばさ、追いつめられると力が出るタイプなんだよ」

「あー……。そういう、ね」

 

 お前もそうか。

 物語の主人公にありがちな、都合のいいクソみたいな性質(たち)の持ち主だったのか。

 俺様それ嫌い。若い頃そういう奴らに散々苦汁を飲まされたから。もちろん歳を重ねてからは積み重ねた力で押し込み叩き潰してきたのでそこまで嫌悪感は無くなった。

 だけど、今回だけは嫌な感じがする。

 今のところは五千年かけて培った技術によってラファーダルを圧倒している……のだが、そこまでだ。

 膂力、耐久力、敏捷性と、純粋な身体能力においては何一つ勝っていないのだ。それこそロジャーの言う通り、何かの間違いで一発もらってしまえばそれでおしまいだ。

 

 徐々に泥水を吸って重くなっていくような、とても嫌な感じがする。

 この辺りが引き際かもしれんな。

 

「……そろそろ、決着をつけようじゃないか? 次の打ち合いで最後にしよう」

「おう! 乗ったァっ!!」

 

 これが本当の本当に最後の手段、一か八かの大博打だ。

 大博打といっても、一発も貰わずにラファーダルを行動不能にさせるよりははるかに勝算がある。

 それでも負けてしまったら魔法でも何でも使ってケイ達を連れて逃げよう。百年ぽっちは魔界に顔を出せなくなるが、やむを得ん。

 

 ぎらぎら燃える赤眼と視線を交わし、互いに距離を取って呼吸を整える。

 

『ついに! ついに決着の時が来てしまうのか!? 私は一旦実況を止めて観させていただきます!』

『気を付けろラッファ! そやつは確実に何かロクでもないことを考えて「――んなことわかってらぁ! 何が来ようが全部まとめてブッ壊スッッ!!」

 

 最強の魔人はかかってこいと咆哮して肉体を捻じり震わせる。

 全身全霊を以って迎え撃つつもりだ。

 

「ならば、こちらからいくぞ」

 

 血流を制御、脚腰に力を溜め、解き放つ。

 

 脚の血管と骨が砕ける音と共に光となる。

 

 これが俺の出せる最速、人族の限界――

 

 

 

 

 

 

「――やっと、掴んだぜ」

 

 身体の感覚がほとんどない。

 

 それはなぜか?

 

 今現在俺の身体はヘソから下を失った、言うならば案山子のように削ぎ落とされているからだ。

 そして、背骨をがっしりと握られているからだ。

 俺が顔面に打ち込んだ一撃をラファーダルは見切って避け、バモスピンとバモヒャーゲを併せた拳で見事貫いた。

 

「俺の、勝ちだな」

「あぁ、個人戦だったら君の勝ちだよ」

「……なんだと?」

「後ろを見たまえ」

 

 ラファーダルが俺を持ったまま振り返る。

 

「ん…………あァッ!!」

 

 すぐに素っ頓狂な叫び声をあげて顔を歪めた。

 横たわるグリゴールと傍らでしゃがんでいるケイ、そしてケイの手に金色でふさふさしたものが握られているのを認識したのだ。

 

「あっ、てめ……アレは……っ」

 

 ラファーダルは俺を放り捨ててぷるぷると震え出した。

 それはバモヒャーゲを使う時の震えではない。人が弱みを握られた際に起こす震えである。

 俺のことはもうどうでもいいようなので死ぬ前に身体を再生して起き上がる。下半身がとてもスースーする。

 

「いやー、見事見事。今回は俺の負けだよ。だけどこちらにはまだ勇者様が残っている」

 

 敗者は敗者らしくとぼとぼと仲間の元へ戻って腰を下ろす。

 

「いやー、下半分の服がないから寒いなぁー。火を起こそうにも燃料が……おや? 勇者様勇者様、その手に持ったものをいただけませんか? 寒くて寒くて凍えてしまいそうなのです」

「……はい」

「おぉ、ありがとうございます勇者様! ご武運を!」

 

 左手に金のふさふさを持ち、

 

「待ってくれ!!」

 

 右手に火を灯したところでラファーダルが制止した。

 

「おや、どうされましたか?」

「それを燃やすのだけはやめてくれ……頼む! 返してくれ!」

「そう言われましても寒くて凍え死にそうですし、勇者様とあなたの試合は長引きそうですからねえ。今すぐに棄権してくだされば燃料を焚べる必要も無くなりますが――どうされます?」

 

 大人しく棄権するか、命よりも大事な勝負カツラを失うか。

 本人にとっては究極の二択を迫った。

 

「ぐぅ……!」

 

 とても恨めしそうな目でこちらを睨んでくる。

 そして唇を震わせながら口を開け、絞り出すように言葉を発した。 

 

「……俺は棄権…………する……っ」




※第十三肋骨という言葉に疑問を持たれた方も多いと思われますが、バモハゲは人族ではないので肋骨が十六本ありますし骨折しても数日で治ります。おそろしいですね。
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