あたしのパパは不滅ときどき爆散   作:GODIGISII

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第十九話 「親子喧嘩をしよう」

 カレン・メーテウスは不死者の娘である。

 父であるアレンはしばしば気色悪かったり突拍子の無いことを言い出したりもするが、それでも心の底から嫌悪したことなどこれまで一度としてない。

 

「もぅ……無理……いったぁッ!!」

「はいはい休むな休むなー! そんなんじゃ何年経っても終わらんぞー!」

 

 しかし今回ばかりは本気で憎しみを抱きかけていた。

 ことの始まりは一月前まで遡る――。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「俺のことを嫌いにならないでくれ」

 

 なんてことのない要求に拍子抜けした。

 朝昼晩の三食以外口にしてはならないとか、修行の途中で抜け出してはならないとかいった厳しい約束をさせられるのとばかり思っていたのに。 

 

「そんな約束でいいの?」

「できれば聖呪を用いて契約して欲しいけど、そこまでは強要しない。口約束で構わない。俺はカレンを信じている」

「嫌いになるわけないじゃん。あたしのお願いを聞いてくれるのに」

 

 するとアレンは大げさに口角を上げて不気味に笑い。ではゆくぞと走り出した。

 

 一時間、

 二時間、

 三時間と。

 水分を補給する時以外は止まらずに灼熱の青い砂漠を駆ける。

 

「オイ嬢ちゃん、大丈夫カ?」

「なんとか……。ねぇアレン、もしかしてこれってもう」

「あぁ、修行はすでに始まっている」

 

 アレンが露骨にペースを上げる。ついて来れるかなと言わんばかりに。

 

(こんなんで諦めないんだから!)

 

 もともと体力には自信がある。加えて一年間で中央大陸をほぼ横断する旅を経て、そこんじょそこらの大人じゃ相手にならないくらいの基礎体力を手に入れた。

 なんだかんだついていける自信があった。

 なにより、自分からやりたいと言い出したのだから意地でも食らいついてやる。

 

 カレンは無心で腕を振り脚を回し、アレンの背中だけを見据えて追い続けた。

 そして、修行開始から五時間が経ち――。

 

「あ……脚が……」

 

 何の前触れもなくその場に崩れ落ちた。

 カラクリの重要な歯車が外れてしまったように急に動けなくなってしまった。

 精神より先に肉体が根を上げてしまった。

 

「嬢ちゃん、大丈夫カ!? よくこんなに頑張れたナ!」

 

 安定した呼吸ができない。心臓と肺が苦しい。脇腹が痛い。脚が震えて感覚がない。日差しが痛い。身体の芯から燃えるように熱い。視界が何重にもなってぼやける。耳がキーンとなる。

 走っている間は気にしないで無視していたものがまとめて降りかかってきた。

 

「ほう」

 

 常に一定のペースで目の前を走っていた父が立ち止まり、振り返って娘の碧い瞳を覗く。

 カレンは酷く憔悴しながらもどうにか笑ってみせた。

 いつものように暑苦しく大袈裟に褒めてくれると思ったから。身体は限界を迎えてしまったけれど心は負けなかったことを認めてくれると思ったから。

 

 

「そんなものか?」

 

 

 それは全く予想だにしていない言葉だった。

 

「脚はもう動かせないのか?」

「……え……うん。動か……ない」

「ならば腕を使え」

 

 少しの間、アレンが何を言っているのか分からなかった。

 

「脚が動かないなら腕を動かせ。腕が動かないのなら首を動かせ。それもダメなら背でも腹でも舌でも、使えるものは全て使って前に進め。休んでいる暇なんてないぞ」

 

 細かに言われても、アレンの言葉を理解できなかった。

 

「ナァ先輩……さすがにそれは厳しすぎるんじゃねえカ?」

「これが厳しいだと? 死なないように加減しているのにか? いいかラクサ、一切手助けするなよ」

 

 アレンは一切の慰めも励ましもせずに再び歩き出し。

 思い出したように「あぁ、そうそう」と呟いて足を止めた。

 

「やめたくなったらいつでもどうぞ。いつもの甘く優しいパパに戻ってあげるよ」

 

 あからさまな挑発ではあるが。

 人一倍負けん気の強いカレンは真正面から受け取った。

 

「ゼッタイに……やめたり、しない……!」

 

 言われた通りにまだ動かせる腕を使い、脚を引きずって這うように前に進む。

 青砂に触れる腕が熱い。火傷しそうに熱い。うなじと背が熱い。日差しが外套を貫通して身体を炙っている気さえする。

 もう休みたい。魔法で氷のベッドを作って横になりたい。もう嫌だ。

 

 だけど、こんなところで負けるのはもっと嫌だ。

 

(最後まで、諦めないんだから――)

 

 

 

 カレンはナメクジのような速度でも止まることなく前進し、すっかり日が沈んで空の方が濃い青になっていた。

 

「……も…………む、り……」

 

 そこでついに精魂尽き果てた。

 何も考える気力が起きない。指先すらろくに動かせない。ここから一歩たりとも動けない。まるで大地と同化したような気分だ。

 青砂はまだ人肌並みに熱を保ってはいるが、今のカレンにとってはとても涼しく感じる。

 

「今日はここまでだな」

「すげえよ嬢ちゃン。オレには真似できねエ」

「さて、そろそろ飯を作るか」

「……ぁ」

 

 半日近く絶食していたことを思い出してしまった。

 途端に苦しくなる。腹に穴が空いたように苦しい。筋肉痛や疲労が全く気にならないくらいに苦しい。

 

「食事も修行の内だからな」

 

 アレンは悶え苦しむ娘を気にかけず食料袋からいくつかの見慣れぬ食材を取り出し、火を起こして調理を始めた。

 歴史上で最も偉大な料理家百人の中の一人を自称する男は軽快な音を出して奇妙な色合いの食材を調理していく。

 十分と経たずに三皿の料理が完成した。

 

「一人で食べられるか?」

「……起きれない」

「そうか、ならば食べさせてあげよう」

 

 起き上がれないのでどんな料理かは見れなかったが、匂いは感じ取れた。腐った魚と石鹸を混ぜて煮たような、あまり好ましくない匂いだ。

 それでもさすがに味は良いだろうと信じて、辛うじて動かせる口を開ける。

 

「はい、あーん」

 

 スプーンから舌の上に移された料理はロールキャベツのようなものだった。 

 葉に包まれていた肉は味といい感触といい、前に一度口車に乗せられて試し食いさせられた芋虫のような……

 

「んぐっ!? げほっ! げほっ!」

 

 最後の力を振り絞って即座に吐き出した。いくら腹が減っているとはいえ、身体が受け付けなかった。

 

「ああそうか、固形だと食べられないか。悪い悪い」

「ちが……そういう問題じゃ……」

 

 目に涙を溜める娘を見て父は動いた。

 全ての料理を鍋に入れ、どこからか取り出した棒だか骨だかでまとめて磨り潰していく。

 ぎゅっぎゅっと鳴っていた音が次第にべちゃべちゃぺちゃぺちゃと変わっていく。そうして完全に滑らかな液体に変わったところでアレンは鍋ごと持ってきて、膝の上にカレンの頭を乗せた。

 

「待っ……て……やだ……」

「好き嫌いはよくないぞ。はい、あーん」

 

 もはや抵抗する力も逃げる力も残っていない。

 出来ることと言えば涙を流して情に訴えることだけ。

 

「そうかそうか。泣くほど美味しいか」

「んんんんーっ!!」

 

 こじ開けられた口に容赦なく絶望が流し込まれていく。

 カレンはこの日、生まれて初めて食事という行為を憎んだ。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 アレンが用意した食事と十分な睡眠のおかげか一晩眠ればすっかり身体は良くなり筋肉痛すらも無くなっていた。

 おかげで日中はボロ雑巾のようになるまで砂の海を行軍し、日に三度ゲテモノ料理を流し込まれて眠らされる、などという耐え難い修行が日を跨ぐことなく続いているのだが。

 それでも同じ場所をぐるぐるしていたわけではないので、ついに緑の濃い土地へと上陸することができた。

 

「やった……! やっと出られた……!」

 

 森だ! ひと月ぶりの森だ!

 身体の中に半分流れる長耳族(エルフ)の血が喜んでいる。

 

「七日かかったか。まぁ、及第点としよう。それと本日より修行内容を変更する。一時間後には開始するから休んでおきなさい」

「次も頑張ってくれよナ! 応援してるゼ! 嬢ちゃんならどんな試練も乗り越えられるはずダ!」

「ところでラクサくん、何か思い違いをしていないか?」

「エ?」

「主が死力を尽くしているというのに傍観を決め込むつもりか? たかが五百年培った程度で満足しているのか?」

「……い、いや、そんなわけジャ」

 

 アレンが鳥の瞳に鋭い視線を向けた。

 

「お前はいつもカレンに『頑張って』と応援していたな?」

「ア、アァ……」

「頑張ってじゃねぇよ! おめぇも頑張んだよッ!!」

 

 一喝。

 横で聞いていたカレンまでビクっと硬直させるほどの迫力があった。

 

「というわけで、大妖精の皆さま方にお越しいただきました!!」

「……ハ?」

 

 ぼぅっと、音もなく四つの白い炎がアレンの背後に現れた。

 よく見るとどの炎の中にも小さなヒトが佇んでいた。

 その誰もが着飾った王族のような豪奢な装いをしている。力ある妖精の証だ。

 

「我が君、そやつを鍛え上げればよろしいので?」

「うん、ビシバシやっちゃって。中央大陸産の軟弱妖精だから」

「ねーねーアレンー。終わったらいっぱい食べさせてくれるー?」

「おう、百年分は食わせてやる」

 

 アレンは妖精たちと親しげに話し、あっという間に話がついた。

 

「彼らから手解きしてもらうといい。全員が君の二倍以上は生きているからいい勉強になるはずだ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ先輩。急な話すぎて心の準備ガ……」

「連行しろ」

「はっ」

 

 鳥の肉体から抜け出して逃げようとしたラクサであったが、大妖精が射出した半透明の鎖に縛られて引っ張られていく。

 助けてくれと泣き叫ぶラクサに対し、カレンは呆然と見守って手を振ることしかできなかった。

 

 

「さて、そろそろやるか」

 

 ラクサが森の奥深くに消えてしばらく経ち、カレンが砂漠で溜めた疲労もいくらか抜けたところで新たな修行が開始されることに。

 

「……」

 

 どんな恐ろしい修行なのだろうと、思わず生唾を飲み込んだ。

 ラクサのことを案じる余裕はなくなった。

 

「そう身構えるな。今回はちゃんと休憩も取る。まずはこれを着なさい」

 

 そう言って差し出されたのは何かの皮で作られた真っ黒なつなぎだ。

 一見すると何の変哲も危険性もないように思えるが、いざ手に取ってみると、

 

「おもたっ!?」

 

 ずっしりと重い質感。まるで鉄板が仕込まれているかのような。

 

「二十キロある」

「これを本当に着るの?」

「そうだ」

 

 言われるがまま一苦労して着ると、アレンも同じものを取り出して着込んだ。

 

「それで今から何をするの?」

「これだ」

 

 重り付きの服を着ているとは思えない速さで目の前まで跳んできて、引いた拳を突き出した。

 

「え――」

 

 腹に拳がめり込む。

 激しく嘔吐いた。

 それから尋常ではない痛みがやってきた。

 

「かっ……あぐっ……」

 

 前のめりに崩れ、半分混乱しながらもカレンはこれが何をする修行かを理解した。

 

「さぁ、たのしいたのしい親子喧嘩をしよう。魔法以外なら何をしてもいいよ。槍でも弓でも罠でも使うといい。パパはコレだけ使うから」

「うぅうう!!」

 

 激痛のせいで呻き声しか出せないが、確かな敵意を父に向けてやった。

 本格的な反抗期がやってきたのだ。

 

「傷やアザが残らないように痛めつけてあげるから安心して泣くといい」

「ゼッ、タイ……! ゼッタイに一発いれてやるんだからァッ!!」

 

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