あたしのパパは不滅ときどき爆散   作:GODIGISII

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第二十六話 「死んだ人間は蘇らない」

 身体の厚さと筋肉の付き具合、平均的な吸血鬼より二回り大きい翼、そして方向性の違いから大喧嘩した時に創った傷跡まで、最後に見た時のまんまだ。

 あの身体は間違いなくガエルの身体だ。

 人違いならぬ体違いなんてことはない。三千年来の友の姿を忘れるわけがない。

 

「アンディ、とかいったな。その首を消し飛ばされたくなければ今すぐ説明しろ」

 

 人を捨てて魔人となり、そこからさらに身体をすげ替えて歪になった男に向けて両腕を真っ直ぐ伸ばし構える。

 この状態で上腕を爆破すれば肘から先が音より速く飛んでいき、相手の首を攫っていく。初見での回避はほぼ不可能。仮に避けるか受け止めたとしても爆破して粉微塵に消し飛ばせばいいだけ。

 

 妙な動きをしたら撃つ。

 何も喋らなくとも撃つ。

 という決意を感じ取ったのかは分からないが、アンディはすぐに口を開いた。

 

「そうだ。この肉体はノヴァク様が与えてくださったものだ」

 

 人族から魔人になる手助けをしてくれたのも、四将にまで上り詰めたのも全てノヴァクのおかげなのだと。自分はノヴァクには決して逆らえない犬だと自己紹介をしてくれた。

 

「なるほどな。ではお前には首から下を残して死んでもらおう。その身体を待つ人達がいるんでな。何か残す言葉はあるか?」

「待ってアレンくん」

 

 他人に翻弄され続けた哀れな男をせめて楽に殺してやろうと思っていたところでケイに腕を下げられた。 

 

「アンディは今度こそわたしが倒す。いいよね?」

「……あぁ、いいだろう」

 

 俺はあの男の首から下に縁があるが、ケイはあの男の首から上に因縁がある。

 たしかにそれを言う資格がある。

 

「しかし一人で大丈夫か? 君がかつて倒した時よりも強くなっているに――」

 

 ケイの顔を覗き込んだ瞬間に任せられると確信した。

 大いなる責任と深い哀しみを背負った真に強き者の目をしていたのだ。

 俺はこの目をした者が俺以外に敗北するのを未だかつて見たことがない。

 

「よし、行ってこい」

 

 我々は大きく下がって距離を取り、ケイとアンディだけが歩を進める。 

 

「四年ぶりだね」

「この日を待っていた」

 

 勇者と四将が対峙する。

 ここは詩に伝わる騒々しい戦場ではなく静かな森の中ではあるが、二人は身体から蒸気を噴き出そうなくらいに昂っている。

 

「それで、いいのか?」

「何が?」

「あの女に身体強化の魔法をかけてもらっていないだろう?」

 

 四年前の一騎打ちではケイに身体強化の魔法がかけられた上でどちらが勝ってもおかしくない死闘を繰り広げたというのに。

 吸血鬼の王の肉体を手に入れ、さらに強くなった自分を相手に駒落ちで戦うつもりなのか。

 ひん曲げた唇でそう言わずとも表現している。

 

「うん。これでいいよ」

 

 ケイはリターンエースをすらりと抜いて構えた。

 

「……そうか」

 

 アンディという男は話に聞いた通り怒っているのか笑っているのか見分けのつかない珍妙な顔をしているが、こめかみに黒い筋が浮き出たのでこれは簡単に判別できる。

 

「貴様ァアアアアアーッ!! なめるのも大概にしろォオオッ!!」

 

 筋肉を収縮させ、怒号と共に瞬発してケイの顔面を砕かんと拳を振るう。

 野生の肉食獣をはるかに凌駕する俊敏性と膂力だ。具体的には射られた矢を追い抜き、戦神鋼で作られた兜にヒビを入れることだって出来るだろう。

 借り物とはいえ三千年鍛え上げた王の肉体を使っているのだから当然ではある。あんなものは誰が使っても強いに決まっている。

 

 そんな暴君相手に躊躇わずケイは飛び込んだ。

 二人は一瞬だけ交差し、場所を入れ替えて振り返る。

 

「なん……だと!?」

 

 ぼとり、と。

 それらはほぼ同時に落ちた。丸太のように太い吸血鬼の両腕が胴体から離れた。

 

「貴……様ァ……っ!」

 

 ケイが追撃しないのをいいことに、四将ともあろう男が苦痛に顔を歪ませながらみっともなく落ちた腕に血管を伸ばして接着する。

 そして「今のはまぐれだ、まぐれに違いない」と自身に言い聞かせるように呟いて再び襲い掛かった。……がしかし結果は変わらず、十秒前の出来事を再現しただけ。

 

「……ありえない! こんな、はずでは!」

 

 アンディは再び両腕を付け直し、今度はその場で足を止めた。

 何度も肉体改造を施されたせいで知能を著しく低下させてしまったのか、現実を受け入れられずに混乱している。

 

「俺はあの日より遥かに強くなったはずだ! しかもケイ……貴様ッ! どうしてその剣が燃えていない!?」

 

 彼はようやく聖剣リターンエースが燃えていない、つまりは何の力も発揮していないという事実に気付いた。

 魔法による支援もなし。聖剣に秘められし力もなし。あるのは巨人の魂と呼ばれし特別な肉体のみだが、それでもガエルの肉体であれば渡り合えるはずだ。

 それがどうして一方的になっているのか。

 アンディが借り物の身体を十全に使いこなせていないというのもあるが、最たる理由はケイ自身にある。

 

「ケイったら、もう掴んでるわねぇん……」

「あぁ、末恐ろしいな。今のうちに後ろから刺し殺した方がいいかもしれん……」

 

 最終試験においてこの俺様に抗えた唯一の術、力の枷を外すコツを掴んでいるからだ。

 もちろん常時制限を解除出来ているわけではない。攻撃の瞬間だけ、防御の瞬間だけ、跳躍の瞬間だけ、ここぞという場面で十割を出しているのだ。しかもそれが大きな緩急となり、アンディはなすすべもなくやられている。

 

「オァアアアアアーッ!!」

 

 男は雄叫びを上げ、何度も何度も泥臭く立ち向かっていく。

 元人族としての意地、かつては勇者当確間違いなしとまで言われた男の意地があるのだろう。

 だが、意地だけでどうにか出来るのなら俺が何千年も昔に世界統一を果たしている。勇者なんてものが選ばれない世界になっている。

 

「ふっ、ぐあぁっ!!」

 

 ついには両腕だけではなく両脚までも切り捨てられて無様に転がった。

 

「クソ、どうしてここまで差が……。くそォ……ッ!!」

「……」

 

 血管を伸ばして四肢を取り寄せることもせず、ただただ悔し涙と血液を流す男を哀れに思ったのか、代わりにケイが全部拾ってアンディの側に置いた。

 しかしそれを再び繋げようとはしない。七度打ち負けてさすがに満足したようだ。

 

「……なぜトドメを刺さない。早くその剣で俺を焼き殺せ」

「どうして?」

「は? どうして?」

 

 もはや四将としての威厳も糞もない気の抜けた声でオウム返しをする。

 

「そんなもの決まっているだろう。俺が四将で、貴様が勇者だからだ」

「だったら四将を辞めてわたしの仲間にならない?」

「馬鹿にしているのかッ!?」

 

 どうにか威厳を取り戻して声を荒げたものの「そうか貴様は馬鹿なんだな」とかえって冷静になった。

 

「俺はもう人族ではなく吸血鬼で、何千人と貴様ら人族を殺したんだぞ」

「うん、知ってる」

「それがどうして勇者の仲間になれるというのだ?」

 

 ケイがアンディから目を離しこちらを向いて指差す。

 

「えっと……まずあそこにいるグゥだけど、今はもう立派な吸血鬼」

「そうか。だが不当に人族を殺してはいまい」

「それと隣の、最近仲間になったアレンくんだけど」

 

 仲間になったつもりはないがツッコまないでおこう。

 

「不死者で五千年は生きてるらしくて、昔はけっこう悪いことしてたんだって。アレンくん、今まで何人殺しちゃったの?」

「…………一億と少々」

「ね?」

 

 ケイが再びアンディに目を向ける。

 

「アレンくんからあなたの過去を聞いた。どうしてそうなってしまったのかも全部知ってる」

 

 男は黙って聞いている。

 

「わたしが本当に悪い人だと思えないと、この剣は燃えない」

 

 なおも答えない。

 

「だからあなたはまだやり直せる。わたしの仲間になって」

 

 ケイがそこで話を終えてしばらくして、アンディはついに口を開いた。

 

「いいのか? この俺がやり直しても」

「うん、一緒にがんばろう!」

 

 汚泥の底に埋まりながらも辛うじて残っていたヒトの心が掘り起こされた。

 つり上がっていた目と眉は垂れ、まるで憑き物が取れたように穏やかな顔になり。

 そして彼はケイの差し出した拳に軽く額を打ちつけて再起を誓った。

 

「だからほら、早く治して! いくら吸血鬼でも血が全部抜けちゃったら死んじゃうでしょ」

「あぁ、そうさせてもら……がぁっ!!」

 

 それは突如として訪れた。

 

 アンディが脚より先に両腕を接着した直後、血相を変えてケイを突き飛ばした。

 反動で自らの身体が吹っ飛ぶくらい全力で突き飛ばしたのだ。

 

「えっ? 何?」

「早く逃げろッ!! ヤツが来――」

 

 

「――《掌念爆砕(ショウネンバクサイ)》」

 

 

 森の奥から響く声が重なる。

 その瞬間、四将アンディは木端微塵に弾けた。

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

「ぐぅうッ……! おい皆! 大丈夫か!?」

「問題ない」

「……うん、ありがと」

 

 咄嗟の判断で俺とミロシュ、そしてラクサの三人で暴風を起こして爆発にぶつけた。

 おかげでこちら側に負傷者は出ていない。

 

「……なんで。一緒にがんばるって、約束したのに…………」

 

 負傷者こそ出ていないものの、ケイだけは精神的苦痛に蝕まれつつあった。

 かつてアンディがかけた心を脆くする呪いがこんなところで効いていやがる。

 

 そんな有様を見てグリゴールがケイの元へ駆け寄り、

 

「切り替えなさい!」

 

 躊躇なく頬をぶっ叩いた。平均的な成人男性が受けたら頸椎を捻挫するくらいの力でだ。

 

「泣くのは全部が終わってからよ! 今は前を向きなさい!!」

「切り……替え……。あぁ、うん。そうだね! ごめんグゥ!」

「分かればいいのよぉん。……来るわよ!」

 

 全員でアンディが爆発四散した向こう側、声の響いた方向を注視する。

 耳をすませば木々の間から草花を踏みつけこちらへ近づいてくる足音が聞こえる。

 

(ラクサ! 気付かなかったのか!?)

(オレが感知できるのは生き物だけダ! それができねーってことハ……)

 

 生き物ではない。それか、死んでいる。

 現に足音は聞こえるものの、どれだけ集中しても鼓動の音だけは聞こえない。つまりはそういうことだ。

 

「来るぞ」

 

 時が経つにつれ足音はますます大きくなっていき。

 そしてついに深緑の中から、鼓動のない男が現れた。男はラファーダルと同系統の顔つきで薄毛にはならない髪質をしているが、それ以外にはさほど変哲のない、武器すら持たない人族だった。

 

「お前が……お前がノヴァクだな!?」

「ようやくお出ましってわけねぇん」

「…………違う」

 

 カランと乾いた音が鳴る。

 男の顔を認識したケイが手から聖剣を落とした音だ。

 

「どうしたのケイ? 何が違うの?」

「あの人はノヴァクじゃない――」

 

 ケイは落とした剣に見向きもせず、引っ張られるように一歩踏み出す。

 

 

「――わたしのお父さんだ」

 

 

 誰一人として考え付かなかったであろう事実を告げた。

 

「フェレーノレ……なんだよね?」

「そうだケイ、ずっとお前に会いたかった」

 

 その者の名はフェレーノレ。ケイ曰くノヴァクに殺された育ての親だ。フェレーノレは各地から身寄りのない子を集めて鍛え上げていたらしく。ある日ケイを含めた弟子たちを守るためにノヴァクと戦い、一度は真っ二つに斬り伏せたものの甦ったノヴァクに後ろから刺されて死んだという。

 その後他の弟子たちは皆殺しにされたが、どうにかケイだけは逃げおおせて仇討ちを誓い今に至るとのことだ。

 

「よかった、生きてたんだ……」

 

 フェレーノレが両手を広げて待つ。

 花の蜜に惹かれる蝶のように一歩また一歩とケイは近寄っていく。

 

「止まれ」

 

 だから止めた。

 たしかに一見すると親と子の感動的な再会にも思えるが、これは間違っている。

 奴は花なんかじゃない。花に擬態した蟷螂だ。

 

「アレンくん? どうしたの?」

「戻れケイ。あいつは君の師匠でも親でもない」

「いきなり何言ってるの? あの人がフェレーノレだよ」

「たしかにあいつはフェレーノレかもしれん。だがフェレーノレではない」 

 

 哲学的な話だとでも思っているのかケイは何度も首をかしげて眉をひそめた。

 なのでどうしても行くのならこれを持っていけと、捨てられた聖剣をケイの足元に蹴り飛ばした。

 

「君が責任をもって斬れ」

「わけわかんないよアレンくん……それにみんなも……。なんでそんなに怖い顔してるの? ねえ? みんな変だよ?」

「どうかしているのは君だ。まだ気付かないのか? アンディを消し飛ばしたのはあいつなんだぞ?」

「そ、それはきっと…………わたしを、守ろうとして……」

 

 ケイは天然だが馬鹿ではない。頭ではなんとなく理解できているはずだ。

 しかしそれを心が、情が、どうしてもあの男を良いように取り繕ってしまっている。よっぽど愛情深く育てられたのだろう。

 

「なぁ、ケイ。分かっているだろう?」

 

 だからもうこの言葉を吐くしかなかった。

 

 

「――死んだ人間は蘇らない」

 

 

 それは子供から老人に至るまで、誰でも当たり前に知っているこの世界の理だ。

 愛する人に生きていて欲しいという思いが盲目にさせてしまったのだろう。

 運悪くアレン・メーテウスという、外の世界の力を与えられた例外と長く触れ合ったせいで曖昧になってしまっていたのもあるだろう。

 

「だって……! お父さんはノヴァクに殺されて……それで……」

 

 勇者だろうが魔王だろうが、聖者だろうが大罪人だろうが、他人を蘇生させることなど出来はしないのだ。

 それが可能なのは遠い場所から見下ろしてやがる六大神くらいだ。しかしこの世界の神々は第一次人魔大戦以後、地上の生物の蘇生を互いに禁じている。

 だからアレはケイの親ではない。

 

「――《掌念爆砕》」

 

 フェレーノレの皮を被ったソレに向けて、手をまるごと爆破して人差し指の骨を撃つ。

 音が伝わる速さで飛んだ骨は額から後頭部を貫いて背後の木に突き刺さった。

 

「……あれでもまだ、自分の父親だと言えるか?」

 

 ケイは押し黙って、油の切れたカラクリのようにぎこちなく首を振った。

 額のど真ん中に風穴を開けられたというのに何事もなく立っているソレを目に焼き付けてしまえば、誰だって認めざるを得ない。ソレはヒトではないと。

 

「お見事! よくぞ見破りました!」

 

 フェレーノレの皮を被った何か……いや、もういい、ノヴァクと呼ぼう。四将アンディを所有物扱いして爆破させることの出来る者などノヴァク以外にあり得ない。

 とにかくそれが仰々しく拍手をした。

 

「勇者御一行様、それと最古の不死者様。お会いできて光栄です」

「……それじゃああなたは、誰?」

「四将の一人を務めております、ノヴァク・グルテンムリーにございます。以後、お見知りおきを」

 

 恭しくおじぎをし、取って付けたような笑顔で答えた。

 

「ようやくお出ましか。今すぐてめえを捕まえて消し飛ばしてやる。そこから動くんじゃねえぞ」

「まあまあお待ちを。私は四将アンディを討伐なさった勇者様にお祝いの品を差し上げたいだけなのです」

「お祝いの品だァ? こちとらてめえの(タマ)以外に興味はねぇぞ!?」

「品と言っても手に残るようなものではございませんが、勇者様の知らない真実を教えてあげましょう」

「ッ!?」

 

 それだけはダメだ。決して喋らせてはならない。今すぐ消さねば。

 そのつもりで地を蹴ったのに身体が前に進まない。

 ぶっとい腕と脚が俺の身体に絡みついているからだ。

 

「おい! 放せ! どういうつもりだグリゴール!?」

「悪いわねぇん。今こそ向き合うべきだと思うわ。それにアナタも悪いのよぉん? 何か知ってるくせにアタイ達に話そうとしないじゃない?」

 

 全てを知り、全てを受け入れて前に進む。なるほど、実に素晴らしい。実に英雄的な姿勢だ。

 しかしながら、世の中には絶対に知るべきではない真実だって存在する。下手な真実なら知らない方がいい。

 

「クソッ! おいケイ! 耳を塞げ! ソイツの話は絶対に聞――」

 

 グリゴールのでかい手で口を塞がれ、さらにはミロシュに二人まとめて首から下を氷漬けにされ、いよいよ何もできなくなった。

 四千年前のあの時とは違って念ずるだけで自爆し抜け出すことはできるが、それをすればグリゴールは死ぬのでどちらにせよできない。

 つまり俺の精神性は大昔と何一つ変わっちゃいない。人にああだこうだ言うようになっただけで、いつまでたっても甘っちょろいクソガキのままだ。

 

「疑問に思ったことはありませんか?」

「疑問?」

「なぜ自分は産みの親の顔を知らないのか! なぜ自分は人並外れた筋力を持っているのか! なぜあの日、自分だけは都合よく逃げ切れたのカァ!!」

 

 何がそんなに楽しいのか、ノヴァクは自慢げに意気揚々と語り続ける。

 もういい! もうやめてくれ! だれかやめさせてくれ!

 

んんんんーんんん(それ以上言うな)ーッ!」

「その答えはただ一つ……ハハァ……」

 

 やめろォ!!

 

「それは貴方が! 世界で初めてッ! 強化人間製造実験に成功した被験体だからだァーーッ!! ハハハッ! アァーーーハッハッハッ!!」

「わたしが……被験、体……?」

「ええ、そうですよ!」

 

 ケイは世界中から集めた優秀な雄と雌を無理矢理交配させて産まれた子だと。赤子のうちから多種多様な投薬や秘法を施し、生き残った一人なのだと。その被験体達の監視兼教育係の一人がフェレーノレなのだと。

 ケイを産んだ両親は目も耳も声すらも取り除かれ、ただ子を製造するための機械となって番号で呼ばれていると。父親の方はケイが生まれて二年後に頭を打ち付けて自殺し。母親の方は合計で十六回出産したが、産まれる子の質が悪くなって廃棄されたので二度と会うことはできないと。

 その他諸々口にするのも憚られる真実を事もなげに垂れ流しやがった。

 

 しかしまだ、ケイにとって致死の毒となる言葉だけは口にしていない。

 それさえ知らなければ彼女は勇者でいられる。

 

「嘘だ……。わたしを騙そうとしている……」

「ならばもう一つ、貴方が忘れていることを教えてあげましょう。貴方の師であるフェレーノレと弟子達を皆殺しにしたのは私ではありません」

「…………え?」

 

 ケイは自分の生まれた理由を知って激しく動揺し、それでもまだノヴァクに向けて燃え盛る聖剣を握っている。

 今ならまだ間に合う。

 

(ラクサァ!! ケイの耳を塞ぐかノヴァクを飛ばせ! 早くしろ!!)

(……ナァ先輩、ここまで来たら最後まで聞くべきだとオレは思うゼ)

(うるせえ!! いいから黙って従えっつってんだろッ!!)

 

 俺がどれだけ怒鳴り散らそうとラクサは怯えることすらなく、ただ黙って鳥畜生のフリをした。

 真実は明かされるべきだと? どいつもこいつもふざけやがって!

 外野は何とでも言えるかもしれねえが、誰にだって死んでも知っちゃいけねえ真実の一つや二つ――

 

 

「――貴方が殺したんですよ。もっとも、そのように命令したのは私ですが」

 

 

 ……時間切れだ。

 ついにノヴァクがそれを口にした。

 

「わたしが……? そんなの嘘だよ。わたしがみんなを殺すわけがない」

「言葉一つで私に従うように暗示をかけていましたから」

「それでも! あの時みんなを……あッ、頭が……!? う……ぅああ……っ!」

「ケイ!? 大丈夫!?」

 

 突如としてケイがリターンエースを手放し、頭を押さえて苦しみ出した。

 蓋をして都合良く塗りつぶしていた記憶が溢れ出したのだろう。こうなったらもう止める術はない。

 

「さぁケイ! “私だけの希望”よ! 再び貴方の仲間を殺しなさい!!」

 

 ノヴァクは苦しむケイに暗示の言葉をかけて命令した。

 しかしいつまで経ってもケイは頭を押さえて苦しんだままでこちらに刃を向けようとはしない。

 

「……あぁやはり、フェレーノレが暗示を解いていましたか。まあいいでしょう」

 

 勝手に納得し、特に落胆することもなく淡々と続ける。

 

「ともあれケイ、貴方のおかげで研究が大きく前進しましたよ。心より感謝しています――」

 

 次の瞬間、ノヴァクの口から何か光るものが射出された。

 予備動作などなく吐き出されたそれはケイに向けて一直線に飛んでいく。針と思しきそれは音よりは遅く、せいぜい弓矢と同程度の速度しかない。普段のケイならば難なく避けられるはずだ。

 普段のケイならば。

 

「あぐっ……!」

 

 苦しみ喘ぐ勇者様は凶弾を避けられない。

 

 どの魔法を用いてもきっと間に合わない。

 

 だから一番近くにいた少女が飛び出した。

 

 カレンが庇ったのだ。

 

「《(アダ)(ムシバ)(イワオ)(ワシ)ヨ》」

 

 一拍遅れてミロシュが巨大な礫を放ってノヴァクの首から下を抉り取ると同時に、俺とグリゴールを固めている氷を溶かした。

 

「良い仲間を、持ちましたね。また会えるのを、楽しみに「――《掌念爆砕》!」

 

 首だけで転がってもなお減らず口を叩くそれを、ケイには申し訳ないが怒り任せに跡形もなく消し飛ばした。

 邪悪が消え去って直ぐにミロシュとグリゴールはケイの元へ、俺とラクサはカレンの元へと駆け寄る。

 

「おいカレン! しっかりしろ!!」

 

 カレンの胸元に刺さった毒針を抜き。

 そっと地面に寝かせてから、気を失わないように呼び掛ける。

 

「えへ、へ……」

 

 息をするのも苦しいはずなのに、カレンは笑顔で答えた。

 

「あたし、やっと……みんなの役に、立てた……よ。だから、ねぇ……褒めてよ、アレ……ン」

 

 カレンにはケイの跡を継ぐに相応しいだけの勇気と自己犠牲(くそったれ)の精神があり。

 ワガママを押し通すための判断力と瞬発力、その他諸々の力があった。

 力を与えてしまったのは他でもないこの俺だ。俺が丸一年鍛えさえしなければ、カレンは反応することすらできなかったのに。

 

「ああ! よくやった! 偉いぞカレン! ご褒美に好きなだけ美味しいものを食べさせてやる! だから絶対に死ぬな!! 死ぬ気で生きろ!!」

「やっ……たぁ……」

 

 鼻と口から血を流しながらも、満足気な顔でゆっくりと瞼を下ろした。

 

「クソォッ!!」

 

 用済みになった実験体を廃棄処分するために作っただけあって毒の周りが早すぎる。ただでさえ小さい鼓動がみるみる弱まっていく。

 毒を治療するような魔法はない。

 解毒薬も持ち合わせてはいないし、そもそもノヴァクの作った毒にどの薬が効くかすら知らない。都合の良い万能解毒薬なんぞ存在しない。

 

「健やかなるは称えたる、康らかなるは誉れたる。活ある瞳で星望み、我らが母を微笑ません――《慈母神ノ息吹(ファテイルスブレス)》!!」

 

 だから神に頼った。神頼み以外に道はなかった。

 

「乙女の雫は毒にも勝り、血肉潤し傷癒す。なれば今こそ袖引き濡らし、愛する者をゆかせるな――《清廉神ノ涙(ヴィールタスティア)》!!」

 

 いつまで待っても、三度同じ文言を繰り返しても。

 俺の手が光を帯びることはなく。

 天から熱い涙が降り注ぐこともない。

 

 そうしているうちに、ロウソクの火が儚く消えた。カレンの鼓動が止まってしまった。

 

「おい!! 六大神共!! ずっと見てんだろ!? カレンを救ってくれたらてめえらの駒となってむこう千年働いてやる! だから今だけ使わせろ! 使わせやがれッ!!」

 

 両手を重ねて、カレンの胸をあばらが折れそうなくらい何度も強く圧しつつ天に吠える。 

 

 なぁ! 分かってんだろ!?

 この子はこんなところで死んじゃならねえって!

 いずれ世界を大きく変革させることになるって!

 ここで恩を売って陣営に引き込めば莫大な利益を産むんだぞ!!

 それを見捨てんのか!?

 

「先輩……もう、そこまでにしてくれ」

 

 ラクサが鳥の肉体を抜け出して俺の手の上に乗った。

 

「邪魔をするな!!」

「嬢ちゃんとの契約(つながり)が――途切れた」

 

 聖呪による契約を解く方法は二つ。

 一つは両者合意の元で解呪の言葉を唱えること。

 もう一つは片方の魂が肉体を離れた時、それは解消される。

 

 今この時、最愛の娘が死んだ。

 

「…………そうか」

 

 幾度となく他人と己に言い聞かせてきた言葉が頭の中で重なって響き、胸を圧す手を止める。

 

 

『死んだ人間は蘇らない』

 

 


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