あたしのパパは不滅ときどき爆散   作:GODIGISII

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第二十七話 「お前を抹殺する」

 カレンは死んだ。

 二度とこの子の笑顔を見ることはできない。

 

「ラクサ、後は頼む」

 

 それを認めてしまったというのに泣き叫ぶでも怒り狂うでもなく、不思議と冷静でいられた。

 自分の責務とやらが嫌というほどハッキリ見える。

 

「ハ? 後は頼むって「――《掌念爆砕(ショウネンバクサイ)》」

 

 下半身を推進剤として爆破と再生を繰り返し上昇する。

 あっという間に雲の下まで届き、数十キロ先の緑の切れ目まで見渡すことができた。

 

「…………あいつか」

 

 遠隔で死人を操る魔法はたしかにあれど、使用者の技量によって距離は制限される。どれほど優れた魔法使いでも十キロ離れた場所にある死体を動かすことなど出来はしない。

 五キロと離れていない地点にやはり不審な人影があった。

 

「力を借りるぞ、ガエル」

 

 決してヤツから目を離さないようにし、懐から黒革の水筒を取り出して栓を外す。

 人族のものと同じように鉄臭いそれを全て飲み干した。

 

「グっ……! がぁアッ!」

 

 体内に取り入れた王の血が暴れ出す。体の隅々まで枝分かれして伸びる血管の内側から、鋭い棘で肉と骨をズタズタにされているような激痛が走る。

 あぁそうだ、こんな感じだったな。痛覚を遮断せねば意識を失うほどの痛みだった。

 

「ノヴァァァァク……!!」

 

 奥歯が欠けそうなほど喰いしばり、俺はあえて痛みを消さずに受け入れた。

 毒で殺されたカレンの苦痛に比べれば、同胞を殺されたガエルの心痛に比べれば、この程度の痛みは擦り傷にも満たない。

 今すぐお前に総まとめで返してやる。

 

 痛みが過ぎ去ってから脚の爆破を止め、千と数百年ぶりに生やした翼でヤツのもとへと降下した。

 

「よぉ、どこに行くつもりだ?」

 

 好き勝手して立ち去ろうとしている男を引き留めた。

 今度こそ鼓動があって熱がある。間違いない、ノヴァク本人だ。

 

「これはこれは不死者様。まさかこんなに早く再会できるとは」

 

 二メートル強はある長身痩躯の男が振り向いて微笑んだ。たしかに話通り何を考えているか読めない知的で不気味な顔をしている。

 筋肉が全くついていないわけではないが、グリゴールやラファーダルのように隆々としているわけでもない。いかにも魔法使い然とした恰幅と立ち振る舞いだ。

 

「それで私に何か御用でしょうか?」

「あぁ、ちょっくら話し合いをしようと思ってな」

 

 ハナシアイの前には通常おじぎをするのが礼儀だが、コイツ相手にはやれないしやらない。一瞬でも目を離したら何をされるか分かったもんではないし、絶対に逃がすつもりはない。

 

「まずは一つ、これだけは聞いておかなきゃならねえ」

 

 どうして他人の命を軽く扱える、どうしてお前は救いようのない悪なのか、なんて質問ではない。そのような問いかけはしなくともおおよそ分かり切っているし、どんな答えが返ってきても余計に苛立つだけだ。

 

「死人を意のままに操る魔法を使ったな?」

「ええ」

「なぜお前がそれを知っている?」

 

 アレは三千年ほど昔に編み出された禁忌の魔法だ。西方の国のイカれた魔法使いが開発して広まり、各国の要人を次々と暗殺して世界を混乱に陥れた恐るべき魔の法だ。

 もちろんすぐさま滅至月会(めしつかい)や平和を望む知り合い達の力を借りて事態の収拾にあたった。結果として使用した者を皆殺しにし、使わずとも詳しく知ってしまった者の記憶を封じ、ありとあらゆる書物から消し去ることに成功した。

 当然ロジャーとガエルも知っていたが本人の許可を取って記憶を封じ、今では俺と同年代のあの男しか知らないはずだ。まだ生きていたらの話だが。

 

「誰に教わった?」

 

 あの男から聞き出した? いや、それはないはずだ。そもそもこの三千年の間に一度でも使われるのを見たことも聞いたこともない。

 

「誰にも教わっていませんよ」

「俺達が燃やしそびれた本でも見つけちまったか」

「いえいえ。私はあの魔法を教わった方ではなく、人に教えて書に記した方です」

「……あー、そういうこと」

 

 道理でな。

 ノヴァクの過去の話を見聞きする限り魔人らしくないやり方をするなと思ったが、ようやく合点がいった。

 元人族としての記憶が残っているならそうだ。情と熱よりも合理を優先して冷徹に動く。しかもあのイカれた魔法使いだっていうならなおさらだ。そういや三千年前もこの男は人体実験に没頭していた。俺は騙されて被験者になったふりをして潜入および暗殺したのだから。

 兎にも角にもこのノヴァクという男は、絶対に野放しにしてはならない人間だ。

 

「そんじゃ、殺すか。……と言いたいとこだがノヴァクお前、運が良かったな」

 

 ヤツに飛びつくために地面を蹴る足を、ヤツの身体を引き裂こうとする手を、今は亡きカレンの遺志が止めた。

 あの子はあまりにも清く慈悲深かった。慈母神なんぞよりよっぽど。

 どんな悪人であれ、俺が手を下そうとすれば必ず止めに入った。相手にやり直す機会を与えようとしていたのだ。

 

「お前相手でもたぶんそうだ。今ここにいたら絶対に止めてくると思うんだよ。だから一度だけ提案してやる。生き残るチャンスをくれてやるよ」

「と、言われますと?」

「世界平和に貢献しろ。お前が物のように使い捨てた命の数だけ救って償え。それが全部終わったら楽に死なせてやる」

「なるほど、実に魅力的なご提案ですね。ですがお受けできません。これでも立て込んでおりまして」

「だろうな」

 

 フゥーと溜息と共に肺の空気を全て吐き出し、ハァーと吸えるだけ吸い込み、

 

 

「――お前を抹殺する」

 

 

 地を蹴った。 

 

 筋力の全開放、吸血鬼としての身体能力、血管と血流の精密操作。その全てを合わせて最速でノヴァクに詰め寄り膝蹴り。

 細長い身体が地面を離れて浮き上がった二秒間に五十発の拳を打ちこんだ。

 今の俺は魔法を使わずとも音より速く動ける。

 

「ッラァ!」

 

 上半身の骨をほとんど砕き肉をボコボコに腫らし意識を失った男を切り裂いた。

 

「……ま、そうだろうな」

 

 頭の上から股の下まで真っ二つに切り裂いて分離したが、それはものの十秒とせずに断面が蠢いて再生・結合し、再び起き上がった。

 不死身と呼ばれているだけある。

 

「いやはや、なんという圧倒的な速度。それにこれほど痛い打撃は初めて受けます」

「あ? お前痛みも何も感じてねえだろ」

 

 図星を指されて照れ隠しを表現しているつもりなのか、片目を細めて不気味にニヤリと笑う。

 こいつには人の心も痛覚さえもない。

 自分から殺してくださいと乞うまで苦しませてやるつもりだったが仕方ない。もう消してしまおう。時間の無駄だ。

 だけどせめて。

 

「お前がいくら不死身だと言ってもガエルが負けるわけがない。真の姿を隠してんだろ? 早く見せろよ」

 

 カレンとガエルがこんな雑魚にやられたとなっては二人の名誉に関わる。であればせめて実力を引き出した上で滅殺してやる。

 癪ではあるが「よくぞ斯様な化け物に立ち向かったな」との誉れを受けさせるため、ノヴァクの強大さと恐ろしさも記憶し語り継がねばならない。非常に癪ではあるが。

 

「流石は伝説の不死者様、そこまでお見通しでしたか」

 

 では失礼してと呟いてからノヴァクは大口を開けて咆えた。

 《咆哮する狂気》の二つ名に相応しい轟きは世界を震わすような……いや、実際に地面が揺れ動いている。

 ノヴァクの足元から蜘蛛の巣のように亀裂が走り、落とした花瓶の如く地が割れて隆起し、巨大な影が浮かび上がった。

 

「それがお前の正体か」

「ええ、恥ずかしながら」

 

 無数の目と口と手と足と尾と翼と棘と触手と気孔と、その他諸々の要素を併せ持ったそれは異形の怪物と称する他ない貌をしている。

 何か一つや二つの魔獣に類似しているなどと例えることのできない全長五十メートル近い異形。強いて言うなら全種族の子供を一人ずつ集めて、とにかく強そうな魔獣を設計させたとしか言いようのない化け物だ。

 その怪物の頭部……と思われる前面上方にはノヴァクが腰から下を埋めていた。

 

「《掌念爆砕》」

 

 なのでとりあえず腕を発射して爆破し、ノヴァクの人型ごと頭部を抉り取った。……がしかしやはりというべきか、断面が蟻の大軍のように蠢き泡立ち肉を成し、全ては元通りに。

 

「とんだご挨拶ですね」

「核とかある? それとも十回くらい殺せば死んでくれるか?」

「申し訳ありませんがそれについてはお答え致しかねます」

 

 当然答えてくれるわけもなかったので俺は脚を爆破し翼をはためかせて急上昇した。

 

「どこに行かれるおつもりで? 私も魔法使いだということをお忘れですか?」

 

 おそらくあの巨体自体にはろくな対空手段が備わっていないため、魔法による風の刃と氷の飛竜、それと直接礫を投擲したものが大量に降り注ぐならぬ噴き上がってくる。

 

「逃しませんよ」

 

 逃がさないだと?

 笑わせるな。

 お前こそ今すぐ逃げればいいのに。

 

「《掌念爆砕》」

 

 対空攻撃を全て避けつつ、雲の中で体を上下逆にし急降下。

 なおも追尾してくる氷の竜には、脚を爆破して加速するついでに余った指を食わせてやった。

 

「これで」

 

 空気が熱を帯びた壁となって俺を止めようとする。

 それでもノヴァクの影はますます大きくなって視界を侵食してゆく。

 

「終わりだ」

 

 突き出した拳が醜い怪物の背に触れる間際、再びそれを唱えた――

 

「――《掌念爆砕》ッ!!」

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 無より肉体が形成されてから目を開いた。

 透き通った青空と飄々と流れる雲が最初に飛び込んできた。

 首を左右に倒せば円形の巨大な窪地の中心に横たわっていると分かった。

 

「涼しくなったな」

 

 無から生まれなおしたことによって吸血鬼の翼も牙もついでに衣類も全て消え去り、いつものポンチョ以外には何も残っていない。全身全霊で爆ぜたのは千と数百年ぶりだ。

 生まれたままの姿で窪地から這い上がって半径五、六百メートル先まで緑が消え失せているのを確認できた。忌々しい怪物の影も見当たらない。

 もしもノヴァクが核を壊さない限り死なないとしても、細胞の一片でも残っていれば全て元通りになるとしても関係ない。

 何一つ残さず消し去ってしまえばいいのだ。この世界には無から有を生み出す術などないのだから。

 兎にも角にも、不死身と呼ばれて好き勝手していた野郎は死んだ。

 

「カレン、ガエル」

 

 窪地の淵に腰を下ろして二人の名を呼ぶ。

 いくら待てども生者の声が返ってくることはない。

 

「仇は、取ったぞ」

「ええ、二人も喜んでいることでしょう」

「ッ!?」

 

 その瞬間、全身の毛が逆立った。

 

 振り向いた時にはすでに首の大動脈に何かしらの液体を注ぎ込まれていた。

 視界が急激に霞んで狭まる。

 

「《掌にぇ……ん…………ひゃく、しゃ」

 

 まずいまずいまずい。

 ろれつが、まわらない。

 まとも、しこう、できな――

 

「ごゆるりとお休みください」

 

 

 

 ♦♦♦

 

 

 

 頭が重いし痛い。

 あの睡眠薬のせいか。

 

「う……」

 

 それでも呻き声と共に目をギュッと瞑ってから開いた。

 

「……あぁ、研究所か」

 

 体質のせいで幾度となく検査と実験に付き合わされた経験があるので、ここがどういった場所なのかは一目見てすぐに分かった。

 かろうじて隅まで照らされている程度の薄暗い大部屋の中は歩く道と薬品置き場、それと実験場以外はガラスの箱で埋め尽くされている。箱の中には人と獣が生死を問わず収容され、手足やら内臓やらの部位だけでも整然と保管されている、いかにもらしい部屋だ。

 俺自身も一辺が二メートルほどの狭苦しいガラスの立方体に閉じ込められていた。隅にはポンチョと寝巻きが綺麗に畳まれて置かれている。小さな優しさがじんわりと沁みるねぇ。

 

 もちろんこんな場所に長居するつもりはないのでさっさと出よう。

 そして今度こそノヴァクを殺そう。

 

「《掌念爆砕》…………ま、当然魔封じは施してあるよな」

 

 寝巻きとポンチョを着てからガラスについた手を爆破しようとしたが、何も起こらなかった。

 二度ガラスを叩いてその厚さと強度を調べたが大したことはない。これなら俺の骨を犠牲に割れる。

 

「お目覚めでしたか!」

 

 呼吸を整え、ガラスを叩き割ろうと拳を引いた時にヤツが来た。特注の白衣を纏ったノヴァクは黒い布を被せた四十センチ四方の箱か何かを両手で携えている。

 

「少々お待ち下さい」

 

 目の前の通路を挟んだ向こうの台に箱を設置し、何やら管のようなものを台の下から床の穴に繋げた。

 それからようやくこちらを向いて笑みを浮かべる。

 

「ようこそ私の研究所へ! 今日から貴方も家族です!」

「血も心も繋がってねえのにか?」

「貴方は私の研究を支えてくれるのですから家族と言えます。互いを慈しみ支え合う心がヒトを家族たらしめるのです」

「ヒトの心がないくせによくもそんなことがほざけるな。……で、この程度の檻で俺を閉じ込められると思ったか?」

「ええ、閉じ込められます。これがありますので」

 

 ノヴァクは箱に被せられた布を摘み、間をあけずに勢いよく引っ張った。

 やはりガラス製の箱の中は黄緑色の液体で満たされていて、

 

「…………まさか、生きて……いたのか?」

 

 首だけになりながらも生き延びていた友と目があった。

 たしかに親友ガエルだ。ガエルではあるのだがその目にかつての輝きはなく、犬にすら噛み殺されそうな弱々しいものになってしまっていた。

 

「もしも貴方が逃げ出そうとしたら、あの管から毒が注入される仕組みになっております」

 

 つまりは人質というわけだ。

 

「彼もまた私の研究に大いに役立ってくれました。是非とも平穏な余生を過ごさせてあげてください」

 

 それだけ言い残すとノヴァクは白衣を翻して帰っていった。

 コツンコツンという足音が聞こえなくなってからも俺は何も言い出せずにいた。

 

『すまん。本当にすまん』

 

 先に口を開いたのはガエルだった。

 液体の中にいるせいで声は聞こえないが、読唇術を用いれば何を喋っているかは分かる。

 吸血鬼の王ともあろう偉大な男がひたすらに詫びている。

 ずっと弟だと思っていた男の無様な姿を見ているだけで胸が張り裂けそうになる。

 

「違うだろ。そこは嘘でも『会えて嬉しい』と言ってくれよ、なぁ」

 

 お願いだからもうやめてくれ。己を謗るのはそこまでにしてくれ。

 そんな想いが伝わったのかガエルは口を閉じた。

 少ししてから再び口を開き、今度は別の言葉を紡いだ。

 

『俺のことは気にするな。やれ』

 

 それはつまりガエルの命と引き換えに世界の危機を救えと。

 今度こそノヴァクを討ってくれと。

 そう言いたいんだな。

 

「断る」

 

 この子のためなら世界の半分を敵に回しても構わない。

 そのように思っていた娘を救えず死なせたばかりだというのに。

 そのうえ弟まで失えと?

 

 ふざけるな。

 

『どうしてだ』

「俺はもう、何も失いたくない」

 

 俺の心境を知ってもらうために、ガエルにこれまでの経緯を全て話した。

 

 石の中に千年間封印されていたこと。

 封印が解かれた日にカレンという少女を拾ったこと。

 少女を我が子のように育てながら旅をしたこと。

 ガエルを探すために勇者一行と共に魔界までやってきたこと。

 魔界での日々のこと。

 そして、カレンが殺されたことを。

 

『……すまん。本当に申し「もういい、二度と謝るな。次謝ったら絶交だ。そもそもお前のせいじゃない。全ては俺の責任だ」

 

 そうだ。

 全て俺が悪い。

 あそこでノヴァクに何も喋らせず、問答無用で消しておけばよかった。

 カレンに何の力も与えなければよかった。

 そもそも石の中に閉じ籠っていればよかったのだ。

 そうすればカレンは売られこそすれ、こんなに早く死ぬことはなかったはずだ。それに神々と運命に愛されたカレンのことだ。輸送中に白馬の王子様が現れて助けてくれるのではないだろうか。俺が何もせずとも良き師に拾われてすくすくと育ったのではないか?

 

 大昔に誓ったせいで「俺はこの世に生まれるべきではなかった」とは口に出せないが、どうしても思わずにはいられない。もしもこの世界に一切の縁が無ければどれほど楽なのだろう。

 ああしていればよかった、こうしていればよかった。全部、何もかもお前のせいだと、俺の中の俺が責めるのをやめてくれない。

 

「……しばらく寝る」

 

 もう、いやだ。

 今はもう、何も考えたくない。何も見たくない。

 だから目を潰し鼓膜を破り仮死状態になるツボを圧し、暗闇の中に閉じ籠った――。 

 

 

 

「――うわ、今時ガッチガチのファンタジー世界住民じゃん。魔王とかドラゴンとか跋扈してる系の。首輪物語観たくなってきた」

「でも新入りのやってることほとんどオジギモートとかボイダー卿じゃない?」

「ボイダー卿で思い出したけどさ。EP8マジで酷すぎて許せんかったから監督を中性子砲で滅して魂捕らえて、クアトロヘッドサイクロンアトミックシャークが人類を支配する星系に送り届けてやったわ。今どうなってんのかな」

「やっぱアレあんたの仕業だったの? 過激派じゃんヤバすぎ」

 

 全てを諦めて閉じ籠ってから十秒と経っていないかもしれないし、一週間が経過しているかもしれない。

 とにかく聞き覚えの無い声が聞こえてきた。

 

「ねえすごいよこの子……。才能ゼロだよゼロ! 超絶一般人なんだけど!」

「アイツもひでえことすんなぁ、こんな弱者に与えるなんて」

「可能性がどうとか系のアレでしょ。それでもコレはどうかと思うけど」

 

 無視を決め込むつもりでいたが、どうにも俺のことを言われている気がしてならないので思い切って目を開けてみた。

 

「ハロー」

「エキスキューズミー? 言葉、通じてマスカー?」

「ねーえー? 無視はひどくなーい?」

 

 なんだここは。

 何もない暗い世界が広がっている。無の世界か?

 いや、無ではないか。闇の中で煌々と輝く粒が無数にある。……とするとここは星空の中?

 

「くっ、動かん」

 

 自分が横たわっているのは分かったが体が動かせない。

 そんな俺を囲んで見下ろす珍妙極まりない者達。

 

「……はぁ」

 

 いないものとして目を合わせず意識すらもしないようにしていたが、仕方ないので目を向ける。

 ヒト、虹色に発光する服を着たヒト、頭が半透明になって脳味噌が見えているがたぶんヒト、魔人でもなかなか見ない異形だがきっとヒト、紫色に発光し浮遊する正十二面体、ヒト……の輪郭を取る黒い線、白い岩……なのか?

 

「オイラは元々ケイ素生命体なんだ、よろしくな」

 

 ケイ素生命体とやらが何かは知らないが、俺の思考を読んで挨拶してくれたということは岩ではなくヒトだ。

 おかしな夢の中だとはいえ、挨拶されたら返すのが礼儀か。

 

「よ、よろしくお願いします。ところであの、ここは何処なんでしょうか? 皆様はどちら様で?」

「アンタの星では人に名を聞くより先に自分が名乗るのが礼儀なんじゃないの?」

「そうですね、すみません。俺はアレン・メーテウスと言います」

「それだけ?」

 

 俺の好みではないが、桃色の異常な髪色をした美女がつまらなそうにしかめた顔を近づけてくる。

 

 それだけ?

 何を話せば満足してくれるのだろう。驚きを求めているのだろうか?

 ならば思い切って正体をバラしてしまおうか。どうせ夢の中なのだから。

 

「実は俺、不死者なんです。死んでも死ねないんです」

「へぇ、そうなんだ。どうして不死者になったの?」

「ええっと、子供の頃にカミサマを名乗るイカれたヤツに魂を分けられて……だったかと」

「うん、私達もみんな同じ。だいたいそんな感じでアイツの魂を持ってる。あとこれ夢じゃないよ、現実だから。……ま、現実っていうのも厳密には違うんだケド」

 

 分かりやすいヒトの姿をした者達がうんうんと頷く。

 

「は? 同じ? 夢じゃない?」

「アレン君さ、アイツから一切説明されずに何か貰ったでしょ?」

 

 一年前に確かにもらった。

 無理矢理押し付けられたのに「人に聞かずに自分で考えろ」と子供扱いされて腹が立ったのを覚えている。今でも思い出すだけで滅茶苦茶ムカつく。

 

「それね、アイツの魂を分けられた同類と通信できる力なんだ。今の君は使うのにちょっとした条件がいるけど」

「条件、ですか? それはどんな」

「全てを諦めること」

「全てを、諦める……」

「使い所はブラックホールに飲み込まれたり、全自動殺害マシンでリスキルされ続けたり、自分以外の人間が全員ゾンビ化したり……石の中に封印された時、とかね!」

 

 そうだ。

 今回ばかりは俺の力では無理だと投げ出してどうでもよくなった。

 ノヴァクが寿命で死ぬか、運良く他の誰かが倒してくれる以外には何も出来ないと。

 

「とにかく自分の力ではどうしようもなくなったら、世界を越えて不死者同士で助け合いましょうってこと」

「それなら千年前に欲しかったですね。はは……」

 

 こんな凄い力を与えてくれたというのに、アイツへの感謝どころか逆に怒りがふつふつと湧いてきた。

 それでも使えるものは使うしかない。

 

「たぶん俺の現状知ってますよね? カレンっていう女の子がいるんです。俺を助けるというならどうかその子だけでも助けてください! あなた達なら自分だけでなく他人を蘇らせることもできますよね!?」

「ヨユーヨユー」

 

 容易いとの返事をもらって思わず目を見開いた。身体は動かないが心だけでも舞い上がった。

 

「だけど今は私達の出る幕じゃない」

「だな」

「え……そん、な……」

 

 そしてすぐに突き落とされた。

 まさかこの人達もアイツと同じく性悪だというのか。

 

「勘違いしないで。助けないってわけじゃない、助ける必要がないってこと。だって君、まだまだ詰んでないから」

「詰んで……ない? この状態で?」

「うん、詰んでない。戻れば分かるよ」

「応援してるぜ新入りィ! 典型的なマッドサイエンティスト野郎にいっちょかましてこい!」

「暇な時に見てるYO」

「ガンバッテネ」

 

 心のうちは読めないがたぶん誰も嘘を付いていない。

 全員が全員俺の未来に幸あれと励ましてくれた。

 正十二面体のヒトも輪郭だけのヒトもケイ素生命体のヒトも、表情筋は無いのに優しく微笑んでいるように見えた。

 

「分かりました。頑張ります。才能はないですけど諦めないでやれるだけやってみます!!」

「言おうか迷ってたんだけどね、君にもひとつだけ取り柄がある」

「そうなんですか?」

「自分が弱いことを知っているからこそ仲間を集められる、それがアレン・メーテウスの才能だよ――」

 

 その言葉を最後に先輩達と星空は消え、俺の意識は再び闇の中に引き戻された。

 

 

 

「――アレン! ねぇ起きてアレン!」

 

 今度こそ幻聴か。聞こえないはずの声が聞こえる。

 

「いつまで寝てるの!? 早く起きてよ!」

「早くしろ先輩! 時間がねえんダ!」

 

 バンバンとガラスを叩くような音も聞こえてくる。

 ノヴァクめ、よくも俺にこんな幻聴を聴かせやがって。絶対にゆるさ――

 

「…………なん……で」

 

 睨んでやろうと目を開けた。

 しかしガラスの向こうにいたのは不気味な長身ではなく、この世に存在しないはずのいとしいひと。

 

 

「助けにきたよ!!」

 

 

 最愛の子、カレンの姿がそこにあった。

 


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