人が出るか、蛇が出るか
……目の前は真っ暗闇だ。いつの間に寝ていたのだろう。休日とはいえ、明日は平日だ。さっさと起きなければ、そろそろ面倒になる時間だろう。
起きようとした。けれども動けない。理由は分からない。まるで金縛りにあったかのように、かといって痺れている、という様な状態でもない。まるで最初からなかったと云うように、そこに在るという感覚すら無い。
確かに在ると分かる目や口ですら、脳の命令を拒んで、頑なに動こうとしない。まだ開く時では無い、という様に。
おかしな状況になってから数日。私は未だに、一寸たりとも動けていない。意識だけある、植物人間にでもなったかのような。しかし、私にそんな記憶は無い。確かに、自分の部屋で寝たという記憶が存在している。
だが、相変わらず私の瞼も、唇も、喉も何もかも動いていないのだから、何らかの異常が、私の体に今起きているのだろう。確証は持てない。この状況が夢である可能性も否定はできない。
……しかし、『その時』とは、唐突に来るもので、私の動かなかった身体は、心臓の強い鼓動と共に、少しの自由を取り戻した。
ゆっくりと瞼を開いてゆく。三分の二程度開いた所でようやく目が光に慣れ、景色が映り込んでくる。
映った景色は白っぽい無機質な壁ではなく、とても高く見える細い緑色の何か。緑色の棒の様なものは辺り一面に広がっている。
少し上のほうには木が見えた。青々と葉を茂らせ、天高く聳える数多もの木が、日本中を探しても中々見つからないような大木がずらりと。
……私は、自分の知らぬ間に、一体なぜこんな大自然のど真ん中にいるのだろうか。少なくとも私の家の周り、それどころか日本にだってこんな場所は無いはずなのだが。どうして大自然の風景なんかが見えるのか。夢か、流行りのブイアールとやらか。それにしては妙に現実味がある。土のしっかりとした固い感触はするし、心地よいそよ風の流れも感じ取れる。
しかし、異常はそれだけでは無い。先程まで味わっていた、身体への違和感。動けるようになってから、その違和感はさらに膨れ上がっていた。
視界。人間の見ているソレとは違い、前だけでなく、横。もしくは後ろ。首を動かしていないにも関わらず、私の視野はとても広かった。
そして、手と足。そんなものは無かった。感覚の問題ではなく、本当に無いのだ。だから、私は這うようにして動かなければならない。
そうして動こうと思った時、またもや不思議な感覚。私の胴は、異常に長くなっていた。頭身にすれば三十頭身か。まず人間ではありえない比率。
更に、這うように動こうとすると、芋虫の様な動きではなく、蛇の様に、くねくねと左右に胴を揺らして動く。意識している訳では無く、これが当然だと言うように。曲がろうと思えば曲がれるし、止まろうと思えば止まれる。
しかし、ここまでくると最早自分は人間ではないと、私のちっぽけな脳みそでも理解はできる。が、受け入れられない。当然だ。自分がいきなり別の生物になって、それをすんなりと受け入れられる者はいない。鏡か水面で自分の姿を見れば、受け入れられるだろうが。
ここは、何処からどう見ても大自然のど真ん中であるから、自分の姿を確認するなら、水面を探したほうが早そうだ。そう思うと、体が勝手に向きを変えた。奇妙な感覚が頭に流れ込んでくる。向かっている方向は他の方向よりも冷たいような。そんな感じがする。
なぜそう思うのかはよく分からなかったが、取り敢えずはその感覚に任せて進むことにした。
進む速さがあまり早くないからか、かなり長い間進んでいた様な気がする。移動中に気が付いたことだが、どうやら今の自分は温度を感じ取れるようだ。
陽の当たる地面と、日陰となっている冷たい地面。その二つを遠くの場所から見分ける事が出来た。それが何度もあったし、まさか偶然ではないだろう。
そういえば、蛇は生き物の体温を感じる取る事が出来ると、図鑑か何かで読んだ気がする。四肢の感覚がない、そして温度を感じ取ることが出来るという二つの特徴。いかにも蛇の特徴である。しかし、蛇は赤外線を感じ取る動物であるから、気温の違いまでは区別出来ないはず。その一点が腑に落ちない。
しかし、なぜだろうか。 唐突に自分が蛇になるという事はあり得ない。蛇になる、という事自体。漫画やアニメの世界だって、そんな唐突な事は恐らく起きない。現実的に考えても、人間が完全に他の生物になる、だなんてことはあり得ない。
しかし、この世には輪廻転生、という概念が存在する。科学的に考えればそんな事があるとは言えないけど、まず今自分に起こっていること全てが不可解な時点で、輪廻転生や地獄、天国も何一つ否定できない。
転生。生まれ変わる、という事。人が生まれ変わり、虫なんかになるという事もあるらしい。それが今、自分に起こったのではないか。だが、自分が死んだという覚えはないし、転生したら前世の記憶はなくなる物ではないのだろうか。全く、訳が分からない。理解できない。この夢の様な何かからいつも通りの生活に戻りたい。
──そんなことを考えている間に目的地に着いたようだ。目の前には静かに流れる川がある。
恐る恐る水面を覗き込むと、そこには…………
やはりというべきか、蛇の顔が映っていた。顎のあたりから腹の方までずっと白っぽい肌が、鼻の辺りからずっと青緑の鱗が続いていた。目は琥珀のような色に黒い縦線のような黒目が走っていた。正真正銘、蛇である。
近くで魚が跳ね、水しぶきが顔に当たった。それは冷たく、私にとって、実に残酷な水であった。これは夢ではないと教える水。最早自分は人ではないと分からせられる。
薄々感じていた事を最悪なタイミングで伝えるその水は、悪魔のようにも思えた。
────こうして、人ならざる者となった人間の第二の人生、もとい蛇生が幕を開けたのだった。
タイトルについて
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変えようぜ!
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このままでいいでしょ