幽谷怪異譚   作: だいふく

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壱 【奇妙な玩具】


「あれ、道間違えたかな」

 

 ハンドルを握ったまま首を傾げる。目の前を流れてゆく景色は、全く見た覚えのないものだ。

 

「来るときと同じ道通ってないの?」

 

 助手席に座った黛冬優子が不機嫌そうに訊ねてくる。

 

「その筈だったんだけど、曲がるところを間違えたかもしれないな」

 

 高速道路に乗ってしまいさえすればいいと思って、ナビ設定をしなかったのが失敗だった。

 今日は冬優子のロケがH市であったため、車での送迎だった。

 H市はベッドタウンとなっていて、都心へのアクセスは良いが、西部にいくと自然が多くなり、のどかな田園風景も広がっている。普段、都会の喧噪に揉まれている身としてはいいリフレッシュになると思い、こうして送迎を買って出たわけなのだが……失敗だったようだ。隣から、冬優子が深々と息を吐く音が聞こえた。

 

「すまんな、冬優子。ちょっと道調べるから、一旦停めるぞ」

 

 そう言いながら、ハンドルを緩く切って車体を路肩に寄せる。

 

「別に、今日はこれ以上仕事もないんだし、あんまり遅くならないんならいいわよ」

 

 そう言う冬優子は、つまらなさそうにスマートフォンを弄っていた。彼女を傍目に、おれは車載ナビを操作して道を確認する。

 やはり、一本曲がる角を間違えていたようだった。それさえ分かってしまえばもう大丈夫だが、念のために事務所に目的地を設定しようとする。

 

「ねえ、ちょっと」

 

 冬優子がとんとんと肩を叩くものだから、ナビを操作する指を止めて視線を上げる。

 

「どうしたんだ?」

「あそこ、行ってみない?」

 

 そう言って、フロントガラス越しに冬優子が指さしたのは、いまにも倒壊してしまいそうなくらいボロっちい平屋の建物だった。道路を挟んで、小山を背後に建てられたそれは、ツタなどの植物に覆われていて、とても人が住んでいるように見えない。だが、入り口らしいガラス戸の上には、『骨董・アンティーク』と書かれた錆びた金属製の看板が掲げられていた。

 

「骨董店か」

「みたいね。開いてるのか分からないけど、ちょっと面白そうじゃない?」

「せっかくだし、行ってみるか」

 

 おれが言い終わる前に、冬優子はシートベルトを外してドアを開けていた。

 

「さ、行くわよ」

 

 颯爽と歩いていく冬優子を追うように、おれは車から降りた。彼女は先に店内に入っていく。

 店の戸は立て付けが悪いのか少し重く、ガタガタ音を立てながら開いた。

 店内は、暖色のランプで照らされている。奥行きがあるせいか、外から見た印象よりも手広く感じる。古本や小道具、雑貨類が多く、古着なんかもちらほら。ドラマの中でしか見ないような古い家電も幾つか置いてあった。掃除は行き届いているのか、こういう店にありがちな埃っぽさはあまり感じない。奥の方、年季の入った机の側に腰掛けて本を読んでいた老爺が「いらっしゃい」と無愛想に言った。どうやら彼が店主らしかった。

 冬優子は雑貨のコーナーを物色していたようだが、少しして「ねえ」とおれのことを呼んだ。

 

「何か良いものでもあったか?」

 

 言いながら歩いて行くと、彼女はぐっと手に持った何かを突き出して見せた。

 

「ね、これどう?」

 

 冬優子が持っていたのは、正二十面体の物体だった。ちょうど両手で包み込めるルービックキューブくらいの大きさだ。材質は……金属だろうか。深い紅色をしていて、表面には不思議な模様が描かれている。

 

「何だ、これ?」

「さあ、分かんない。でも、なんだか良くない?」

「確かに、置物にするなら洒落てるかもな」

「ふゆ、これ買おうかな。安かったらだけど」

「なら、道間違えたお詫びもあるし、おれが買ってやるよ。安かったらだけど」

 

 冬優子が「なにそれ」と口許を緩めて、正二十面体を手渡してくる。おれはそれを持って、店の奥にいる店主のもとへ向かう。

 

「すみません、これいくらですか?」

 

 店主は本から顔を上げて、おれが差し出した置物を見る。気のせいだと思う。けれどその瞬間、この無愛想な老人の顔に、僅かに同様の色が浮かんだように感じた。

 

「ええと、それかい……ちょっと待ってな」

 

 店主はそう言い残して店の奥に引っ込んでいった。どうやら、奥は住居になっているようだ。

 店主がいない間、冬優子は他の雑貨を漁っていたが、彼が一枚の黄ばんだ紙を持って戻ってくると、こちらへ歩いてきた。

 

「それは、パズルみたいな玩具でね、これが説明書だ」

 

 店主はそう言って、持っていた紙を広げてみせる。英語ともう一つ、英語と同じ文字を使っているが、見慣れない綴りの言語」が書いてあった。ところどころ、汚れで読めないところはあるが、なんとか説明書としての役割は果たせていそうだ。ただ、この玩具の名前が書いてあったらしいところについては、全く読めない。熊や鳥、魚を象ったらしい図も幾つか描いてある。

 

「ちょっと貸してみなさい」

 

 店主に玩具を差し出すと、彼はそれを両手で包み込んで、表面を撫でるように捻った。すると、玩具はカチッとスイッチが入るような音をたてて、一部が突き出した。

 

「わあ、すごーい!」

「へえ」

 

 よそ行きモードで冬優子が驚くが、おれもその仕掛けには感心した。意外に精巧な造りのようだ。

 店主は、更にその出っ張りを引っ張る。すると、正二十面体の別の面がへこんだ。

 

「こうやって変形させていって、その図の動物の形にするんだ」

「へぇ~、面白そうですね!」

「ああ、ちょっと興味が出てきたよ」

「それで兄ちゃんたち、これ買うのかい?」

「お値段次第です……」

 

 五千円くらいなら買ってもいいかなと思う。

 

「そうだなぁ、一万でどうだ?」

「い、一万円ですか……うっ」

 

 思っていたよりも高い値段に尻込みしていると、冬優子が脇腹に肘鉄をめり込ませてきた。その目からは「もちろん買ってくれるわよね」というメッセージがはっきりと伝わってきた。

 

「わかりました……それじゃ、これ」

 

 財布の中から一万円札を取り出して店主に手渡す。もともと金を出すと言ったのはおれなのだ、仕方ない。

 

「はいよ、まいどあり」

 

 店主は机の上にそのお札を置いて、どこからか取り出した古新聞で玩具を包み、紙袋に入れてくれた。

 

「ありがとうございます」

 

 笑顔を浮かべた冬優子が紙袋を受け取る。喜んでくれているなら、まあ安い買い物だったか。

 おれたちは店を出て、事務所への帰路へとついた。

 

 

***

 

 

 その翌日は、冬優子はオフだった。

 

「お疲れ様です」

「あ、プロデューサーさん、お疲れ様です~」

 

 仕事を終えたので、はづきさんに挨拶をして事務所を出る。ちょうどビルを出たところで、冬優子からチェインが送られてきた。スマートフォンを開いて確認すると、メッセージが一件と、一枚の写真がトーク画面に表示されている。

 

『どう?』

 

 その一言の下に、テーブルの上に置かれたあの玩具の写真。だが、昨日買ったときの正二十面体とは形がまるっきり違っている。四つ足が生えており、少し首をもたげた動物がそこにあった。最初の形からここまで変形させたのだとしたら、大したものだ。

 

『凄いな、熊か?』

 

 素直に感想を送ると、すぐに既読がついて返事が返ってきた。

 

『そう。昨日家帰ってからずっと触ってたの』

『気に入ってくれたようで良かったよ。明日はレッスンだし、根詰めすぎないようにな』

 

 最後にそう返信をして、スマートフォンをポケットに仕舞った。

 ここまで冬優子が熱中するなんて、珍しいなと思った。

 

 

***

 

 

 翌日。事務所でパソコンに向かって、所属アイドルたちのスケジュール調整をしていると、誰かがドアを開けて入ってきた。

 

「おはようございま……って、あんたしかいないのね」

 

 マスクを下げながら、ため息交じりに冬優子が言う。

 

「冬優子か、おはよう」

「おはよ」

 

 言いながら、冬優子は大きな欠伸をひとつした。

 

「何だ、寝不足か?」

「昨日もあれやってたのよ。さすがにまずいなと思って朝方にちょっと寝たけど」

「おいおい、あんまり夢中になりすぎるなよ」

「分かってるわよ。あ、でも見てこれ!」

 

 そう言って冬優子はスマホの画面をこちらに向けてきた。玩具が、昨日チェインで送られてきた写真と同じ場所で写されている。昨日は熊だったその形が、この写真では翼を広げた鷹のようになっていた。多少の凹凸はあるが精巧な造りで、いまにも羽ばたいてゆきそうだ。

 

「すごいな、これあの玩具だろ」

 

 あんまり出来がいいものだから驚いてそう言うと、冬優子は得意げににんまりした。

 

「でしょ? あとは魚作るだけよ」

「今度おれにも触らせてくれよ、面白そうだ」

「ふゆが魚を作り終わってからね」

 

 悪戯っぽい表情を作って、冬優子は差し出していたスマホを下げる。

 

「それじゃ、レッスン行ってくるわ」

「おう、頑張ってこいよ」

 

 言い残して、冬優子は事務所を出ていった。

 それから五分ほど仕事を続けていると、今度は別の人物がドアを開けて入ってきた。

 幽谷霧子だ。白いワンピースから伸びる白皙の手脚には、絆創膏や包帯が施されている。本人曰く怪我をしているわけではないらしいが、この間見たときよりも数が増えているようだ。

 

「あっ……プロデューサーさん……おはようございます」

 

 おれの存在に気付いた霧子が、びっくりしたようにぺこりと小さく頭を下げる。

 

「おう、おはよう。包帯増えてるみたいだけど……どうしたんだ?」

「え、えっと……何というか……少し嫌な予感がして……。……プロデューサーさん、最近何か変わったこと……なかったですか?」

「……いや、特にはないけど」

 

 変な質問だなと思いながらも、素直に答える。その変なことというのが何を意味しているのかは図りかねるが、別段日常と変わったことはない。

 

「そう……ですか」

 

 霧子は僅かに視線を逸らして、何か考え込んでいるようだった。

 

「もし、何かあったら……わたしに教えてくださいね……」

「……? わかった」

 

 霧子が言いたいことがいまいち分からず、首を傾げながら相槌をうつ。

 

「それじゃあ、レッスンに……行ってきますね……」

 

 ふたたびぺこりと頭を下げて、霧子が事務所から出ていく。確か、今日はアンティーカ全員でダンスレッスンだった。

 彼女の言ったことが、引っかかる。

 ……霧子は一体、何をおれに伝えようとしていたのだろうか。

 雑念を振り払うように頭を振り、ふたたびパソコンの画面に向かった。

 

 

 

 その夜、おれはスーパーで買ってきた半額弁当と缶ビールで軽い晩酌をしていた。なんとなく点けていたテレビでは、バラエティー番組が放送されている。ひな壇に出演者が並び、スタジオでVTRを観てそれについてトークする番組だ。ひな壇には、最近売れている芸人や俳優、アイドルが座っている。

 ──いつか、うちのアイドルもこういう番組に出演できるんだろうか。

 283プロのアイドルは、皆駆け出しだ。最近は露出も増えてきたが、それでも地上波のプライムタイムの番組に出演するのは、夢のまた夢だ。

 おれが頑張らないと。そう思う。

 缶ビールに口をつけると、スマートフォンが鳴った。チェインの通知。送り主は冬優子だ。おれが確認する前に、立て続けに送られてくる。

 

『ねえ』

『何か変な電話きたんだけど』

『あんた心当たりない?』

『彼方って人』

 

「彼方ぁ?」

 

 ふわふわと酔った頭ではすぐにはわけが分からず、思わず声に出してしまう。

 少し考えてみるが、記憶の中に思い当たる人物はない。

 

『いや、知らないけど。出たのか?』

 

 そう返事をする。冬優子からの返信はすぐに返ってきた。

 

『そっか』

『駅前みたいな、ザワザワって大勢の話し声が聞こえて、すぐ切れた』

 

 不用心だな、と思う。こういう仕事をしている以上、知らない人からの連絡がないわけでもないから、仕方ないのだろうけれど。

 しかし、冬優子の言う通り、何も言わずに切ってしまうとは変な電話だ。

 ふと、今朝事務所で言われた言葉が頭をよぎる。

 ──最近何か変わったこと……なかったですか?

 今朝の時点では何もなかった。おれにも何も起こっていない。だが、いま冬優子に起こっている事象は、霧子が憂慮していたそれではないのだろうか。

 ぞわりと、背筋を悪寒が走る。

 嫌な予感。

 霧子が何か知っているかもしれない。明日、聞いてみることにしよう。

 いつの間にか、酔いはすっかり醒めていた。

 

 

 

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