幽谷怪異譚   作: だいふく

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弐 【背の高い女】


『ありがとうございました! アンティーカでした!』

 

 曲を歌い終え、恋鐘が観客に対しての感謝を述べる。盛大な拍手に見送られて、五人が舞台裏へと駆け足で戻ってきた。

 

「みんな、お疲れさま」

 

 出番を終えたアンティーカの面々に、ねぎらいの言葉をかける。

 

「プロデューサー! うちらのステージ、どうやった~?」

 

 水分補給とか休憩とかよりも真っ先に、恋鐘がそれを訊ねてくる。他の四人も、回答が気になるのだろう。おれの方に視線を向けている。今日の彼女たちのパフォーマンスに対して、言えることはひとつしかない。

 

「最高だったぞ。お客さん、みんな楽しそうだっただろ?」

「やったー!」

 

 おれがそう言うと、恋鐘は嬉しそうに表情を崩した。普段はあまり顔色を変えることのない摩美々なんかも、頬を緩ませている。

 今日は、地方のとあるショッピングセンターでのイベントステージだった。仮設ステージということもあり大きくはない客席だったが、立ち見が出るほどの盛況だった。

 

「どうしたんだい、結華」

 

 突然に、咲耶がそう言った。

 ステージを降りてきてからの結華の様子は、確かに少し変だった。何か変なものを見てしまったのか、しきりに客席の方を気にしていた。だが、舞台上でのパフォーマンスは完璧だったし、言及することでもないだろうと思ったのだ。

 

「さくやん……ううん、なんでもないよ。大丈夫」

「そうかい? ならいいんだけど……」

「三峰、変なものでも食べちゃったんじゃないのー?」

「お昼はうちらとおんなじの食べてたばい」

 

 歯切れの悪さが少し気にはなったが、結華については心配するほどでもないのかもしれない。

 それよりも……気になるのは霧子の方だった。今日は、いつもより包帯や絆創膏が多いのだ。

 それらは彼女曰く、幽霊などの怪異から自身の身を守るためにつけているらしい。普通なら痛いキャラと捉えられるかもしれないが、おれはそれが事実であることを知っている。以前、冬優子が怪異に遭遇したときに助けてくれたのが霧子だった。

 流石にステージに上がるときには目立たない場所に貼り替えていたようだが、普段より多い包帯は、彼女は何かを予感していることを示している。

 ……この町には、何かがある。だが、それが何なのかはいまの段階ではわからないし、おれたちに危険が及ぶものなのかどうかもわからない。

 おれはぶんぶんと頭を振った。あまり深く考えても仕方ない。

 

「さ、みんな。着替えて宿に行こう」

 

 おれがそう言うと、興奮して喋っていた五人は控え室に向かっていった。主催の人たちに挨拶をしておこうと思い、おれも舞台裏を立ち去ろうとする。

 

「ねえ、Pたん」

 

 他の四人と一緒に行ったと思っていた結華がいつの間にか戻ってきていて、呼び止められた。

 

「結華、みんなと一緒に行かないのか?」

 

 訊ねるが、結華は何も言わず、震える手でおれの袖を掴んだ。

 

「……三峰、やばいもの見ちゃったかも」

 

 みんなの前では表に出さないようにしていたのだろう。彼女が、何かに対して恐怖を感じていることはすぐにわかった。恐らくは、しきりに気にしていた客席にいた何かに。

 

「やばいもの? 一体何を見たんだ?」

 

 霊的なものなら、霧子がすぐに気づいたはずだ。だが、霧子は特に何も言っていなかった。だとすると、怪異とは関係がないのだろうか。

 結華はどう説明していいものか、言葉に悩んでいたようだが、少しあって話し始めた。

 

「お客さんの中にね……すごく背が高い人がいたの」

「背が高い?」

 

 おれも客席を見てはいたが、そこまで目立つ身長の人はいなかったように思う。

 思わず聞き返したおれに、結華は頷いて、

 

「女の人なんだけど、二メートル……ううん、もっとあった。とにかく背が高くて、帽子を被った、白いワンピースの女の人が客席にいたの」

「それは……」

 

 二メートルを超える人間なんて客席にはいなかった。それだけ目立つのなら、見落とすということはないだろう。

 

「こがたんにも、まみみんにも……他のみんなには見えてなかったみたいで……」

 

 眼鏡の奥の瞳から、彼女の不安が伝わってくる。得体の知れないものに遭遇したときの恐怖。それをおれは、冬優子の一件を通してよくわかっているつもりだ。

 結華の遭遇したそれは、恐らく霊的なもの。怪異だろう。

 しかし、だとすれば、霊感のないおれはまだしも、霧子が気づかなかったというのが気にかかるが……。何にせよ、相手が怪異と推定される以上、相談する相手は自ずと決まってくる。

 

「結華、その女の人のことは何とかする。まずは宿に戻って休もう」

「うん……わかった」

 

 結華は、おれの言葉に小さく頷いて、控え室へ戻っていった。

 ……霊感を持っていないばかりに、こういうときに「おれが」と言えないのが辛い。担当のアイドルの不安を拭うことができない無力感が、こんなにも堪えるものだとは。

 大きなため息をついて、舞台裏を立ち去った。

 

 

   ***

 

 

 その日の夜、おれは宿の旅館で、自室に結華と霧子を招いていた。

 当たり前だが、アンティーカの五人とおれは違う部屋だ。五人は一階の大部屋で、おれは小さい二階の角部屋に泊まることになっている。どれも和室で、綺麗に手入れがされている。

 部屋に入ってきた霧子と結華は、ちょうどおれと机を挟んで向かい合うような位置に並んで座った。

 

「それで……お話って何ですか……?」

「霧子、今日のステージで、何か変なことはなかったか? 包帯、増やしてただろ」

「変なこと……ですか……。少し嫌な感じは……ありましたけど……特には……」

 

 霧子はきょとんとした様子でそう言った。

 

「そうか」

 

 やはり彼女も、結華の見た女性には気づいていないらしい。

 

「Pたん、何で相談相手がきりりんなの?」

 

 何も説明せず二人を呼び出したものだから、結華は状況を理解できていないようだ。

 

「ああ、そうか、結華は知らないんだったな。霧子には霊感があるんだ」

「霊感……?」

 

 声音からするに、半信半疑のようである。

 

「うん……。実は、幽霊さんとか……見えるんだ……」

「前にちょっと色々あってな、おれもそのときに霧子の霊感については知ったんだけど」

「でも、きりりんには、あの女の人は見えてないんだよね?」

「女の人……?」

 

 霊感を持っているはずの霧子が首を傾げる。やはり、結華以外には、例の女性は見えていないようだ。

 

「結華にしか見えてない、すごく背の高い女性が客席にいたそうなんだ。多分、そっち系だと思うんだけど、霧子にも見えてないか」

「はい……気づきませんでした……」

 

 霧子はそう言って、口元で手を合わせて思案を巡らせ始めた。何か思い当たる節があるのだろうか。

 

「……その女の人が……結華ちゃんにしか見えていないのは……たぶん……結華ちゃんが魅入られたからだと……思います……」

「魅入られた?」

「きりりん、どういうこと?」

 

 おれと結華が同時に訊ねると、霧子は慌てたように続ける。

 

「あ、順番に……説明しますね……」

 

 すぅ、とひとつ息を吸って、霧子はぽつぽつと話し始めた。

 

「魅入られた……というのは……結華ちゃんが……お化けさんに気に入られたって……いうことです……。霊感があっても……見えないお化けさんもいるので……」

「気に入られたって……じゃあ三峰はどうなるの?」

 

 結華の質問に、霧子は首を横に振った。

 

「ごめんね……わからないの……。ずっと着いてくるような……お化けさんもいれば……連れて行っちゃうような……お化けさんもいるの……」

 

 それを聞いて、結華が顔を引きつらせたのがわかった。

 気づいてしまったのだ。連れて行っちゃう――その言葉の意味するところに。

 今回結華が見たモノが、そこまで性質の悪いものなのかどうかはわからない。しかし、放っておいては結華の身が危ないことは間違いない。

 プロデューサーとして、それを見過ごすことはできない。

 

「霧子、どうすれば結華からお化けを引き剥がせるんだ?」

「少し……待ってください……」

 

 霧子は考え込むように、再び口の前で手を合わせた。ややあって、何かを思い出したように、あっと声を出した。

 

「この町に……入る前に……お地蔵様がありましたよね……?」

「……? ああ、そういえばあったような……」

 

 言われて、今朝の記憶を掘り起こす。道路脇に、祠のようなものがあったように思う。

 

「そこを越えてから……悪い予感がしてたんです……。きっと、あれは……お化けさんを……閉じ込めておくためのものです……」

 

 それは言うなれば。

 

「結界、みたいなものか」

 

 霧子が頷きを返す。

 

「お化けさんに……結華ちゃんが捕まらないように……そこを抜ければ……たぶん、お化けさんは追ってこられません……」

「わかった、ならいまからでも――」

「駄目です……」

 

 そう言って立ち上がろうとしたおれを、霧子が制止した。

 

「もう日が暮れています……。夜は……お化けさんの……時間です……」

 

 確かに、言い伝えや創作の中でも怪異は夜に活発になる。にわか知識だが、丑三つ時とされている午前二時頃が一番危険なのだとも。

 

「そうか……。なら、明日の朝までやり過ごすしかないか」

 

 おれは霧子の言うことに素直に従って、ふたたび腰を下ろす。

 

「やり過ごすって、どうやって?」

 

 結華が不安そうに問う。

 

「お化けさんが……この部屋に……入ってこられないように……します……」

「なるほど、それで朝まで持ちこたえるってわけか」

「はい……」

 

 返事をして、今度は霧子が立ち上がった。

 

「いまから……この部屋に……結界を……張ります……。わたしは……女将さんに……塩を貰ってきますね……」

「ああ、頼んだ」

 

 こくり、と頷いて、霧子は部屋を出て行った。あとにはおれと、自分の置かれた状況にすっかり怯えきった結華が残された。

 

「……わたし、どうなるのかなぁ」

 

 呆然と、誰に向けたわけでもなく、結華が呟いた。

 

「大丈夫だ、霧子とおれが何とかする。結華のことは、絶対に守るから安心しろ」

「プロデューサー……」

 

 眼鏡越しの瞳からは、彼女がいまそういう心境でいるのかはわからない。おれの言葉で少しでも、不安や恐怖を取り払えたらいいのだが……。

 それ以上、結華は何も言おうとしなかった。おれも、彼女にどう言葉をかけていいのかわからなかった。

 

 

 

 そうこうしているうちに、霧子が粗塩の袋と新聞紙、ガムテープを両手に抱えて帰ってきた。

 

「お待たせして……ごめんなさい……」

「霧子、塩はわかるけど、新聞なんて何に使うんだ?」

 

 霧子は、手に持っていたものを畳の上に置きながら言う。

 

「窓に貼って……外から覗けないように……します……」

 

 なるほど、お化けから直接結華の姿が見えないようにするというわけだ。

 

「わかった、手伝おう」

 

 そう言っておれが立ち上がると、結華もそれに続いた。

 

「み、三峰も!」

「結華ちゃん……これ……」

 

 霧子は結華の名前を呼んで、手に握り締めた何かを差し出した。

 

「きりりん、これは?」

 

 結華の手に載せられていたのは、神社とかで売っているような、浅黄色の小さなお守りだった。

 

「お守り……だよ……。役に立つか……わからないけど……」

「きりりん、ありがとう……!」

 

 結華が、胸の前でぎゅっとお守りを握り締める。

 それを見ながら、おれは新聞紙を貼る作業にかかり始めた。

 

 

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