中央歴1639年8月29日──
ロウリア王国 王都ジン・ハーク ハーク城内
「それでは会議を開催します」
この日、ロウリア王国の首都ジン・ハークに建つハーク城では、国防の要である軍幹部らが勢揃いしていた。
議題はもちろん対クワ・トイネ戦のこと。絶対に勝てるという戦力差で、農家の国に負けたことは彼らの
それも、負けたのは1回だけではない。
戦争前夜はこれでもかと高揚していた彼らだが、今やその見る影もないほど顔は暗く、絶望のドン底へと落とされているようだった。
「パタジン将軍、現況説明をお願いします」
王国防衛騎士団の将軍であるパタジン。
いつも自信に満ち溢れていたはずの彼は、いつにも増して疲れ果てていた。
「皆の衆、緊急会議に集まっていただき感謝いたす。此度の──(以下中略)──、この時点で日本国がクワ・トイネに味方し、参戦を表明しました。それから我が軍は敗北に敗北を重ね…」
ここにいる会議の参加者達は敗北続きの報告に嫌気が差しており、歯を食いしばって不快感をあらわにする。
それと同時に、絶望していた。
「ギムを占領した我が国の陸軍は、先遣隊及び本陣の壊滅も確認されており、本陣のわずかな生き残りに聞き取り調査を行った結果…日本軍の鉄竜が空から攻撃を行ったと判明いたしました」
彼の言葉は鉛のように重く、参加者達は頭を抱える。
中には誰にも聞こえないように「どこが文明圏外の蛮族だ!」とぼやく者もいた。
「このままでは王都に日本軍が攻め入って来る可能性も考えなければならない。誰か案はないか?」
「それについては私が」
パタジン将軍の問いかけに対し、真っ先に手を挙げたのは三大将軍の1人、ミミネルだった。
「ほう、さすがは三大将軍であるミミネルだ。忌憚なく述べよ」
「はい、日本軍は王都に来る前に、南東の工業都市ビーズルを通過する必要があります。ここは1つ、王都防衛団の1部を含めたロウリア王国軍の全兵力をビーズルに集結しましょう」
つまり彼は、ビーズルで全ての決着を着けようと言うのだ。
いささか博打じみているが、無謀という訳でもない。
日本軍がいくら強かろうと、全兵力なら何とかなるはずだと彼らは考えていたからだ。
「そうだな…だが、それを決めるのはまだ時期尚早であろう。もう少し奴らの動向を見てからでも…」
パタジンが言い終わるや否や、扉がバタンと開き、全員が音のした方向を向く。
そこにいた伝令兵らしき人物の顔は青ざめており、「これから聞きたくない事を聞かされるのだな」と全員が身構える。
「会議中失礼します! 海軍本部より連絡! 『現在日本軍に攻撃を受けている』との事です! それともう1つ! 王都付近に日本軍のものと思しき巨大な鉄竜が一騎だけ確認されました!」
「「──!!!」」
パタジンは真っ先に部屋の窓へ駆け寄り、空を見上げた。
どこまでも澄み渡る青い空に、小さい汚れのような黒点が浮かぶ。
目を凝らすと、それが件の鉄竜であることが分かった。
「あれが日本国の鉄竜…?! なんと巨大で面妖であるか…」
その大きさはまるで神竜のよう。
胴体が非常に太く丸く、外装は緑と茶色の奇妙な斑模様をしており、無機質。
おまけに翼は羽ばたいておらず、その「竜」はパタジンが知るものとは天と地ほどの差があった。
唯一の共通点と言えば「飛ぶこと」くらいであろう。
「不味い! すぐに竜騎士団を飛ばせ! 王都が火の海になるぞ!」
けたたましい鐘の音があちこちで鳴り響き、第1、第2、第3竜騎士団の全てが緊急発進の命を受ける。
『王都防衛隊の全竜騎士団に告ぐ! 敵の巨大鉄竜が接近中! 全竜騎士は即座に発進、敵を撃墜せよッ!!』
街に住まう人々は彼らの全力出撃を、まるで凱旋パレードのように送り迎え、その姿を称えた。
それが彼らにとって最後の
「行くぞ相棒!」
愛騎に跨り、新人竜騎士ハンスは初の出撃に燃える。
城壁に隠れているのか、まだ距離があるだけなのか、敵の姿はまだ見えない。
「竜騎士ハンス! 行きます!」
彼は隊の誰よりも先に飛び立ち、大空を舞う。
空は快晴で風が涼しく、太陽が眩しかった。
「さて、敵は…」
すでに敵の方角は知らされているため、ハンスは首を回し、その方向を見る。
そして彼は驚愕し、叫んだ。
「あれが敵の竜?! なんて大きさだ!!」
自分の遠近感が狂ったのではないかと思う程の巨大な体躯。
しかもかなりの速度が出ているらしく、その姿はみるみるうちに大きくなっていく。
「うおッ?! なんじゃありゃあ?!」
後から続く竜騎士達もハンスと似たような反応であった。
しかし彼らは王都の防衛を任される精鋭中の精鋭。すぐに落ち着きを取り戻し、即座に敵の分析、戦い方を模索する。
「デカイな…あれの所属はどこだ? まさか魔法帝国じゃないだろうな?」
「バカ言うな。日の丸が見えるだろ? 日本軍だよ」
「はッ! どこかと思ったら文明圏外の蛮族か!」
「あんなの所有してる時点で蛮族じゃねえよ。しかも噂によるとスゲェ強いらしいぞ。誘導魔光弾も持ってるとか…」
「それはもはや『古の魔法帝国』じゃないか。でも、どうせ噂だろ?」
「まあ…そうなんだが」
「じゃあ楽勝じゃん♪」
笑い声が高空に鳴り響く。
彼らはよもや、自分達が負けるとは思ってもいなかったのだ。
「よしッ…! あの巨大鉄竜をサクッとやりますか!」
「そうだな! 晩飯までには帰るぞ!」
しかし、彼らの戦う相手は巨大鉄竜ではない。
彼らの言う鉄竜は「戦闘を行う機械」を運ぶ「輸送機」であり、どちらかと言えば「航空母艦」であり、別の言い方をすれば「飛行空母」であった。
「ん…?」
目の良い竜騎士達が敵の僅かな異変に気付くのにそう時間はかからなかった。
巨大鉄竜の尾部──現代人に分かりやすいように言えば機体の後部──から「虫」のような小さな飛行物体が落とされていたのだ。
「なんだ? なにか産み落としたぞ?」
「産卵でもしているのか?」
空中で産卵する竜がどこにいる!
あれは敵の攻撃だ!
誰かがそう言う前に、その「虫」は異常な速度で竜騎士団の前を横切った。
竜騎士の類まれなる動体視力を持ってしても、目に追えない速度で飛ぶ「飛行物体」。
あまりにも速すぎるため、その姿をハッキリと確認できた者は皆無であった。
「うわああああああッ!!!!」
「──なッ?! ハンス!!」
最も敵に近かったせいか、真っ先に撃墜されたのはまだ新人であるハンスの騎であった。
しかも絶命したのはワイバーンだけであるらしく、生々しい断末魔が竜騎士達の士気を削る。
「クソがッ!!! 野郎め!! 許せねぇ!!」
「新人くんの仇を取るぞ! 全騎散開! 敵を撃滅せよ!!」
と、意気込んだ彼らだが、あまりにも相手が悪かった。
『全方位飛行型 無人戦闘機』
「UFO」のような外装を持つ円盤形の戦闘用ドローン。
重心を中心に置き、機体を外側に向けて薄くすることで周囲360度が翼と化す。裏返しでも飛行が出来、急激な方向転換、超音速飛行(最高速度はマッハ10〜15とされている)が可能。武装は『高出力レーザー照射機』。
搭載された人工知能はイージスシステムのように仲間内で情報を共有、瞬時に戦略を練り、連携を取り合う。
元はトンボ型の『
「お…おい! なんだあれは!!」
町の住民は空を見上げ、王都防衛を担う竜騎士団が次々と撃墜される光景を目の当たりにしていた。
地上から見える部分は真っ黒い影を纏い、あまりにも薄すぎるため旋回すると一瞬見えなくなる「それ」を、彼らはどのように認識しただろうか。
少なくとも、未曾有の脅威だとは理解しただろう。
精鋭であるはずのワイバーン部隊がまるで害虫駆除の「虫」のようにボトボトと落ちてくるのだから。
「いやぁぁぁぁ!!!!」
「逃げろ! 日本が攻めてきた!」
「うわっ! あいつらこっちに来るぞ!」
しばらくは高空で戦っていた謎の飛行物体だったが、何を思ったのか、それらはいきなり全機が高度を落とし、建物の屋根スレスレの高度で乱舞し始めた。
ワイバーンでも平野なら敵と同じ高さを飛ぶことができるだろう。
だが高さの違う建物がいくつも存在する市街地で同じ高度で飛ぶとなると、あまりにも危険すぎる。
こうなってくると高度の有利はむしろ仇となってくる。
竜騎士達は敵より高い位置、つまり攻撃を外せば確実に町に被害が出る位置からしか攻撃できないのだ。
「クソっ! 俺達が町に手を出せないのをいいことに!」
「王都を蹂躙されるよりはマシだ! この際多少の被害は仕方ない! 構わず撃て!」
「な…ッ! 守るべき民に矛先を向けると言うのですか!」
「ならどうすると言うのだ! あいつらがいつ住民に危害を加えてもおかしくないのだぞ!」
ちなみにこの『無人戦闘機』が高度を落としたのは、
それは人間とほぼ同等の思考をするまでに至っており、「敵の護衛対象はこの町、民間人。高度を落とし、護衛対象が流れ弾に被弾する可能性を高めれば敵は攻撃できない」と『AI』は判断したのだ。
「我慢比べだ! 我々が敵を攻撃できないのと同じように、敵も上方にいる我々に攻撃できな──」
そんなことはなかった。
この無人機は内部の機構を変形させることによってレーザー照射器の向きを変えることができ、前方だけでなく、上部、下部、後方にも攻撃を行えるように設計されている。
人間が乗るスペースの必要がないからこそ成せる技であった。
「ぎゃあああああ!!!」
再び、見えない力によってボトボトと落とされ始める竜騎士団。
すでに彼らの数は半分以下となっており、このままでは全滅も必至であると思われた。
「もう街の被害を気にしてはいられん! 全員集まれ! 火炎弾の空間制圧射撃を実施する!!」
これが成功しようがしまいが、少なからず町に被害が出るだろう。
竜騎士団長は苦渋の決断をし、生き残りの竜騎士を招集する。
しばらくすると生き残った数十騎のワイバーンが縦、横、斜めに、まるで面のように並んで口を開け、それを確認すると彼はカウントダウンを開始した。
「発射5秒前! 4、3、2、1──発射ァ!!」
生き残りのワイバーンによる火炎弾の一斉射撃。
整列した点が互いに引火するように燃え上がり、王都上空に炎の壁が出現、地面に着弾し、爆発が巻き起こる。
奇跡的にも、彼らの攻撃による死傷者はゼロであった。
「…やったか?!」
手応えはないが、彼らが生きているような音沙汰もない。
…撃墜──!?
「団長! 後ろです!」
「何だとおッ?!」
団長が振り返る間もなく、王都上空は再び地獄の様相を呈し、ワイバーン部隊は為す術もなく落とされていく。
落下して来たワイバーンの亡骸による被害も少なからず出ており、市民は恐怖のドン底に陥れられた。
「おのれ! 好き勝手しおって! 皆の者、王宮魔導師の腕を見せるぞ!」
絶望的な空戦が繰り広げられる中、王宮首席魔導師ヤミレイは配下の王宮魔導師100人を連れ、階段で城壁の上へと駆け上がって行く。
彼らが城壁の上で整列を完了する頃には、空には敵騎だけが飛び、すでに友軍騎の姿はなかった。
「むう…! 大空に散って行った仲間の仇! くらえ! ファイアーボ──」
しかしヤミレイはその魔法を見せ付ける事無く、謎の力によって頭部を瞬時に焼かれ、絶命した。
「ヤミレイ様?!」
「クソ野郎が! くらえ! ファイア──」
何故かは分からないが、杖を上空に向けた者だけが倒れていく。それにいち早く気付き、生き残った幸運な者はたった数名。
その数名だけは攻撃をしなかった、もしくは攻撃をするような素振りを見せなかったため、『
しばらくすると謎の飛行物体は満足したのか、巨大な母機の元へと帰り、悠々と北の空に飛び去って行った。
「竜騎士団が全滅するとは、一体どういうことだ!」
その日の夜に急遽行われた軍部の会議は紛糾していた。
作戦最高指揮官であるパタジン将軍が吠え、ヤミレイが座るはずの席が空席になっているのを見た彼らは、いよいよ終わりだと諦める。
「日本国が参戦してから敗退に敗退を繰り返している! このままでは我が国が亡国となるぞ!」
緊急会議の場を深い、深い沈黙が満たす。
それを見かねたのか、三大将軍の一人、ミミネルが口を開く。
「将軍、日本に関してですが…」
「なんだ?」
「いまだ
「りくじ?」
「失礼、陸軍ですね。緊張で噛んでしまいました」
一応ロウリア兵で陸上自衛隊の姿を確認して生きている者は存在する。エジェイ西側に展開していた東部諸侯団の生き残りと、早期に降伏したワイバーン偵察隊だ。
だが彼らは味方に情報を伝える間も無く捕虜となってしまったため、誰も彼らの行方を知らないのだ。
ミミネルは続ける。
「今回の攻撃で日本軍が強力な海と空の兵を持っていることは裏付けました。ですが日本は島国です。もしかすると陸軍はあまり強くないのかもしれません」
ずいぶんと希望的な観測だが、確かにその可能性もあるかもしれない。
一同はそう思いつつ、彼の話に耳を傾き続けた。
「いくら空と海が強くとも、陸軍が弱ければ町は占領できません。そこで私は今一度、提案いたします。工業都市ビーズルに全戦力を集中し、敵の陸軍を迎え撃ちましょう! そこでの戦に勝てば、大地は我らのものです!」
さすがは三大将軍だ。と賞賛と共に拍手が送られる。
パタジンも「大地は我らのもの」という何とも魅惑的で甘美な言葉に、いくらか冷静さを取り戻した。
「よし! 全兵力にビーズルに集まるよう連絡しろ! 王都防衛騎士団も1部出陣だ!」
「「おお!!!」」
絶望的な状況が変わる。
そんな夢物語の中で、彼らは自分が主人公になったような高揚感を感じていた。
「これで勝てる! ロウリア王国は不滅だ!」
「「ロウリア王国万歳!! 国王万歳!!」」
真っ暗闇の中で灯る、一筋の光。
まるで宴会場のようになった会議場では、日本軍に対するありとあらゆる対策が立てられ、彼らは勝利を確信していた。
「空からの攻撃は──」
「いや、こうした方が──」
「海はどうする?」
「いい考えがあるぞ! まずはこうして──」
しかし、誰も気付いていなかった。
その希望が、誘蛾灯の放つ光である事に。