14話:更なる動乱の幕開け
パーパルディア皇国 国家戦略局
第3文明圏の覇者であると同時に列強序列4位のパーパルディア皇国。
その国家戦略局のとある一室で、秘密の会議が行われていた。
「──以上、ロウリア王は日本軍と思われる者達に捕らえられました。束ねる者がいなくなった今、彼の蛮地は無政府状態になりつつあります」
暗い部屋に蝋燭の炎が
絶対に
「簡単に言ってくれるな。我々の独断でロウリア王国に一体いくらの支援をしたと思っているのだ?」
この2人が独断でロウリア王国に支援をしたのは他でもない。彼の国がロデニウス大陸を統一、支配した時にその甘い汁を貪り食うためである。
そしてロデニウス大陸の利権を我がものとした成果を皇帝陛下に献上し、国家戦略局の地位を確実なものとするのが彼らの目的であった。
しかしそれらは全て、ロウリア王国が勝つ前提で組まれた計画である。
別に彼らが人事を尽くさずに天命を待っていただけという訳ではない。
計画の確度を上げるために彼らはロウリア王国に経済的な支援だけでなく、ワイバーン500騎、軍船も皇国では旧式のものを大量に送り付けていたのだ。
元々の戦力差も相まって、負けることなど絶対にありえないはずだったのだが──
「日本国という国がクワ・トイネ側に参戦してからと言うものの…ロウリア王国は敗退に敗退を重ねていたようです」
──日本国という国のせいで計画が全て
「日本国の軍隊はそんなに強いのか?」
男が聞く。
完全にノーマークだった場所から非常に強力な伏兵が現れたようなものだ。気にならないわけがない。
「それが…現地の諜報員は戦闘に巻き込まれて死亡したため、日本軍に関する情報は全て民間人頼りとなったのですが…」
もう片方の男は資料を一瞥してから、報告するのを躊躇った。
「どうした?」
「いえ、あまりにも荒唐無稽過ぎると言うか……。一様に現実離れした意見が出るばかりでして…」
彼は唾を飲み込んでから、続けた。
「曰く、日本の空中戦力は『巨大な鉄竜』とその配下である『黒い円盤みたいな虫』、それと空を飛ぶ『魔人』であるようです」
「なんだそれは?」
「巨大な鉄竜は名前の通りです。我が国のワイバーンロードと比較しても非常に巨大で、外皮を見る限りは鉄で出来ているとか…。さらに、その配下である虫はワイバーンの数十倍の速度で飛ぶとか…」
ロウリア王国に送ったワイバーンは皇国では旧式の物だが、それでも最高時速は200kmを超える。
それの数十倍で飛ぶとなると、『古の魔法帝国』の兵器でしか対抗出来ないのではないかと彼らは思う。
「なお『魔人』については地上でも海上でも姿が確認されているようです。あくまで噂ですが…その姿は様々で、中には獣人族のような見た目の魔人もいたと」
「そうか…」
これではもはや獣人族を魔人と見間違えたのか、魔人を獣人族と見間違えたのかがさっぱり分からない。
そもそも魔人という単語が理解できず、報告を聞いていた男は古代の文献に記されている『魔王ノスグーラ』のような存在を思い浮かべていた。
「その魔人というのは何だ? ゴブリンやオークみたいな魔物か?」
「いいえ、人間であるようです」
「は? 人間なのか? 魔物ではなくて?」
「はい」
ますます訳が分からず、報告を聞いている男は頭を悩ませる。
それを気にせず、男は報告を続けた。
「あとこれはクワ・トイネで仕入れた情報なのですが、日本には『魔人化する武器』があるようでして…。局長は前の『光翼人騒動』を覚えていますか?」
「ああ、魔法帝国が復活したとかという誤報だろう? それがどうかしたのか?」
「その騒動はクワ・トイネ沖を哨戒中の竜騎士が日本国の魔人を光翼人と見間違えたのが原因らしいです。なんでも、南方地域に住まう有翼人のような見た目の女性が空を飛んでいたとか…」
「ふむ…」
兎にも角にも、この話が真実であれ嘘であれ皇国のお偉方の耳に入れる訳にはいかない。
ロウリア王国への支援金額はかなりのものとなる。本来ならこの額を補って余りある利益が入っていたはずだったのだが、今は存在しない狸の皮算用をする彼らではない。
国家戦略局とロウリア王国の繋がりがバレたら、罰を受けるのは彼ら2人だけではないのである。
「どちらにせよ、日本国の情報とロウリア王国への支援の履歴は全て焼却しろ。我々との関わりを一切残すなよ? 一族郎党罰を受けるのは嫌だろう?」
「了解しました」
ロウリア王国を支援していたパーパルディア皇国の国家戦略局は、ロウリア王国が引き起こした侵略戦争の一部始終を徹底的に隠蔽した。
この行動が吉と出るか凶と出るかは、今となっては後の祭りである。
数日後──
クワ・トイネ公国 政治部会
「──というわけで、ハーク・ロウリア34世は日本国に捕らえられました」
頭を失ったロウリア王国軍の動きが止まってから数日後、クワ・トイネ公国の政治部会でロウリア王国の国王が捕らえられたという正式発表が初めてなされた。
「おお…!」
「ということはつまり…」
場がどよめくのも当然だった。
彼らは日本国を信じていなかった訳ではないが、日本軍がそれを本当に成し遂げるとは思わなかったのだ。
一時は長く続く公国の歴史もこれまでかと思われた。
殺されるくらいなら奴隷になってでも他国へ逃げようとする亜人もいた。
そこへ、差し伸べられた救いの手。
「「我々の勝利だ!!!」」
当初は日本の国力を疑問視し、毛嫌いしていた議員達も立ち上がって喜び、亡国の道から愛する祖国を救い出した国への感謝の言葉を述べる。
彼らの日本に対する好感度は爆上がりし、その場にいるほとんどの者が親日家となった瞬間は公国の後の歴史書にも記載されるほどであったという。
日本 東京 とある一室
「はあ?! また私ですか?!」
呆れ混じりに怒気を孕んだ声が鳴り響く。
散らかった部屋で、いつかのロウリア王国に潜入していた女スパイは電話に向かって叫んでいた。
『ああ、また君だよ。パラサイト』
イタズラっぽくからかう声が電話越しに伝える。
「任務中じゃないんですからその呼び名は辞めてください! てか休暇くれるって話じゃないんですかぁ?!」
『その節は本当にすまない。先日起こった事件で急遽次の任務が決まったんだ』
「ああ、何でしたっけ? フェン王国の軍祭でパーパルディア皇国と自衛隊が衝突した事件ですよね?」
事の発端は数日前──
「
「「はい??」」
それは新世界における日本の隣国となったフェン王国の首都アマノキにて、日本の外交官が剣王(フェン王国における国王の称号)シハンに言われた言葉であった。
まだ国交を締結してもいない
それも当然、日本の常識からすれば他国が国交もない国に軍を派遣すると言うのは普通は威嚇行動なのだから。
この世界でもそれは変わらず、普通は嫌がるものだと言うのに、この国の王は「力を見せろ」などと戦闘狂めいた事を言うのだから、日本政府はかなり悩んだ末に「新世界の常識に慣れる」ために自衛隊の派遣を決定した。
そして中央歴1639年9月25日の午前、フェン王国が5年に1度開催する『軍祭』の日に事件は起こった。
曰く、パーパルディア皇国とその場にいた日本国海上自衛隊の最初の戦闘行為である。
中央歴1639年9月25日 午前──
フェン王国 首都アマノキ
「おお! あれが日本の軍船…! なんと巨大なことか!」
王城から軍祭の会場を見下ろし、剣王シハンはその顔に笑みを浮かべる。
その視線に先には海上自衛隊の護衛艦8隻が浮かんでおり、自身が住まう城よりも巨大に見える軍船に彼は興奮を隠しきれない。
そしてシハンの横でそれに頷いたのは、武将マグレブであった。
「いやはや、これならパーパルディア皇国の懲罰軍も何とかなりそうですな…」
「そうだな…これで我が国も安泰よ」
軍祭の日に日本軍が来てくれたのはフェン王国にとってこの上ない幸運になるだろう。
それはなぜか。フェン王国は先日、パーパルディア皇国からの要求を蹴ったのだ。
「自国の権威を何よりも大事にする皇国が、要求を突っぱねた小国を攻め滅ぼさないはずがない。なら、我々はあえてそれを利用しよう」
彼らは再び日本国の護衛艦を見る。
自国の
曰く、日本国では護衛艦と呼ばれるあの灰色の軍船は『古の魔法帝国の対空魔船に近い』とのことだ。
それがこの場だけで8隻もいるのだから、ロウリア王国軍の大艦隊4400隻が敗北したのも十分に頷ける。
「剣王、そろそろ我が国の廃船に対して日本国の艦から攻撃を始めてもらいます」
「うむ、存分にやってくれたまえ」
護衛艦が停泊する場所から更に沖合、4kmの地点にフェン王国水軍の廃船4隻が並ぶ。
あの4隻は標的艦であり、剣王シハンは日本国の艦がどのようにして標的を沈めるのかワクワクしていた。
しばらくして、海上自衛隊の護衛艦『みょうこう』前部に搭載された『電磁加速砲』が旋回を始める。
日本製の高性能な望遠鏡を覗き込み、彼は子供のようにはしゃいでいた。
「これは素晴らしいぞ! 日本国艦と標的艦の姿がくっきりと見えるわ!」
直後、4km先の標的艦が木端微塵となる。
海上に木片が飛散し、続けて小さな砲声が耳に入ったためシハンは困惑した。
「…おろ? いつの間に攻撃をしたのだ? 砲声が聞こえる前に船が爆発したぞ」
「砲弾の速度が音速を超えたのでしょう。日本国の者によれば、彼の国の砲は基本こんなものだとか」
なるほどとシハンは納得し、それと同時に恐怖を覚えた。
フェン王国にも大砲はあるが、威力、射程、精度のどれをとっても性能が桁違い過ぎるのだ。
もし日本国を怒らせでもしたら……何が起こるか考えたくもない。
「この望遠鏡と言い、船の戦闘力と言い…日本国の技術は凄まじいな。これならパーパルディア皇国なんぞ屁でもないわ!」
シハンとその側近はに笑う。
一時はどうしたものかと大いに悩んだものだが、日本国ならパーパルディア皇国を打ち負かす事も十分可能だろう。
「さてと、まずは安全保障条約でも…」
その時であった。
カンカンカンとけたたましい鐘の音が鳴り響き、軍祭の会場がにわかに騒々しくなる。
「むっ…! あれは皇国のワイバーンロードではないか!」
ワイバーンよりも一回り大きい皇国のワイバーンロード。
パーパルディア皇国監察軍東洋艦隊所属のワイバーンロード部隊20騎が、フェン王国に懲罰的攻撃を加えるために首都アマノキの上空に来ていたのだ。
シハンはそれらの存在に気付き、ますます顔に笑みを浮かべる。
「千載一遇の好機だわい…!」
軍祭には文明圏外の各国武官がいる。彼らの眼前で、皇国に逆らった愚かな国の末路がどうなるのかを知らしめるため、パーパルディア皇国はあえてこの祭りに合わせて攻撃の日を決定していた。
これで文明圏外各国はパーパルディア皇国の恐ろしさを再認識するだろう。というのが皇国の目論見であった。
それをフェン王国に逆手に取られるとも知らずに。
『ガハラの風竜には構うな。フェン王城と……そうだな、あの目立つ灰色の船に攻撃せよ』
飛来してきたワイバーンロードが、軍祭でにぎわう首都上空で二手に分かれ、1つはフェン王城に、もう1つは護衛艦『みょうこう』に向け、導力火炎弾を放出した。
「──ッ?! 我が艦にワイバーン10騎が急降下中! 『みょうこう』に攻撃をしてくると思われます」
海上自衛隊の護衛艦『みょうこう』のCICでは、自艦に向かって急降下をしてくるワイバーンの姿をはっきりと捉えていた。
「そうか、甲板にいる者はいないな?」
「いません」
しかし、これから攻撃されると言うのに『みょうこう』のCICは平穏そのものであった。
当然である。ワイバーンの攻撃程度では護衛艦はビクともしないからである。
「未確認騎が我が方へ発砲」
「効かないとは言え、念の為だ。エンジン出力最大、回避しろ」
これは自衛隊が導力火炎弾の威力のほどを知っていたからこその態度であった。
まずワイバーンの『導力火炎弾』というものは、科学的に見れば、粘性のある燃焼性物質に点火されたものが飛んできているに過ぎない。
人間を殺傷するほどの威力はあるものの、最新のシミュレーターによると自衛隊の兵器が相手では全くと言って良いほど効果がないらしい。
それはワイバーンの品種改良型であるワイバーンロードでも変わらず、威力は多少向上しているものの、鉄で覆われた相手にはやはり無効であった。
「船体後部に1発被弾。正当防衛射撃を開始します。全自動近接防空システム起動」
──シーン…
何の破壊音も聞こえず、衝撃も感じられず、CIC内に沈黙が流れる。
「…損害を報告せよ」
「着弾箇所の塗装が剥がれただけです。あと後部甲板で火災が発生したようですが、数分で自然鎮火すると思われます」
さすがは旧技術研究本部が「制空戦闘には全く使えない代物」と揶揄しただけはある。
相手が木造船であれば効果は絶大だろうが、鉄鋼艦の前ではその攻撃力も皆無に等しい。
「敵ワイバーン全て撃墜しました。自動消化システムにより火災も鎮火」
「「…………」」
口にこそ出さなかったが、「あまりにも呆気なさすぎる」というのは誰もが感じていた。
「「…………………」」
剣王シハンや各国の観戦武官を含め、その戦闘の一部始終を見ていた全ての目撃者達は開いた口が塞がらなかった。
「なんという……ことだ…!」
ワイバーンロードは間違いなくパーパルディア皇国のものだろう。
たった1騎を撃墜するだけでも大変な戦闘を繰り広げる必要があるはずの皇国のワイバーンロードが、害虫駆除の虫けらのように呆気なく全滅すると言うのは、現実であってもにわかに信じ難い。
「…我がフェン王国がパーパルディア皇国のワイバーン1騎を撃墜するためには武士団を一個大隊も投入する必要があります。それを日本国は…たった1隻で20騎も落としてみせました。彼の国の力は本物です」
「そんなの言われなくとも分かっておるわ。あれを見てまだ疑う者がいるのなら、そやつは自刃した方がよかろう」
フェン王国だけでワイバーンロードを仕留めるのは事実上不可能に近いのだ。
それを日本軍はいとも容易く叩き落としてしまった。
「はは…! 日本をこの戦に巻き込めたのは運が良い! 今日はフェン王国にとって最良の日だ!」
剣王シハンはただただ笑うだけだった。