中央歴1639年9月28日──
パーパルディア皇国 第3外務局
局長カイオスは激怒していた。
その原因は、とある提督の戦闘報告書である。
「な、何なんだ…これは!!!」
『皇国監察軍東洋艦隊 敗北』
数多の国々が存在するこの世界において、文明圏5カ国、文明圏外67ヶ国。計72ヶ国もの属国を持つ列強パーパルディア皇国にとって、軍が負けた事によって文明圏外国から軽視されるのは、とても許容できたものではない。
理由は非常にシンプルで、彼らは属国の民を恐怖と力で抑圧していたからであった。
おまけに、この報告書を出したポクトアール提督とやらは、ろくな損害も無いのにノコノコと帰ってきたとのこと。
彼の言い分によれば、
○灰色の超巨大艦1隻と会敵する
○皇軍が攻撃を行う。命中弾は4発。いずれも無効
○敵艦は我が方の船速より速い速度で距離を離す
○いきなり全ての船のマストが炎上。いくら帆を張り替えても火災は発生。これは敵艦の攻撃と思われる
○敵艦から日本国籍を名乗る光翼人もどきが飛んできて、甲板に着陸。撤退を要請してきたため、従った
この先もあるのだが、まずこの時点で色々とおかしい。
船が我が方のよりも大きいのに、速度が速いというのは考えられない。船体が巨大であれば水の抵抗も強くなるからだ。
そして炸裂砲弾が4発も命中したのにも関わらず、無効というのもおかしい。
敵は日本国という文明圏外の蛮国らしいのだが、そんな国が対魔弾鉄鋼式装甲のような代物を持っている訳がないのだ。
そして、カイオスが1番困惑したのはこれである。
『全ての船のマストが炎上』
「…よくもこんなふざけた報告書を出せたものだ」
確かに帆船から帆が無くなれば航行不能となり、実質的な戦闘不能状態になるため、敵船のマストを燃やすのは効果的だ。
だが、いくら何でも全ての船で火災が立て続けに発生したというのは、嘘に決まっている。
そんなことを出来るのは魔帝くらいだ。
…もしかしたら魔帝でも無理かもしれないが。
他にも、この報告書を提出した提督は想像力が豊かなようで、光翼人が飛んできて撤退要請をしたという部分に関しては、彼をファンタジー小説を読んでいるような気分にさせた。
「何ヶ月か前の『光翼人騒動』じゃないんだからさぁ…」
結局、カイオスはこの報告を1ミリも信じなかった。
これが全て、負けた言い訳だと考えたからである。
彼はコップのお茶を1口飲んでから気持ちを切り替え、紙をめくる。
「それよりも、問題はこれだな…」
その指が指したのは、報告書にも出てきた国、『日本国』。
実はここ1ヶ月、蛮国がやけに反抗的なのである。
それは外務局員の全員が顕著に感じていることであり、不思議に思って調べてみると、必ず日本国というワードに辿り着くのだ。
「皇国に泥を塗ったのはお前か…!」
カイオスは日本国について本格的な調査を開始した。
中央歴1639年11月末──
ロデニウス大陸 北方海域
どこまでも広がる青空の下、潮風は心地よく、海上の波は普段と比べて落ち着いている。
地図には乗らないほど小さな群島が広がる海域を、1隻の商船が帆を張って航行していた。
「姫様、お食事の時間です。今は船上であるが故、このような粗末な食事しかご用意できませぬ。申し訳ございません」
甲板に佇む1人の若く美しい女性はアルタラス王国の王女、ルミエスであった。
「あなた方は朝食を食べていないのではないですか? 食料の備蓄が厳しいのでしょう?」
「…はい。想定よりも向かい風が強く、日本国までは、まだまだ時間がかかりそうです」
「…では、この昼食はあなた方が食べなさい。私は昼食はいりません」
事の発端は数日前、パーパルディア皇国から突き付けられた理不尽な要求。それは国内最大の魔石産出量を誇るシルウトラス鉱山の献上と王女の奴隷化というものであった。
当然国民は激怒。列強である皇国に勝てる訳がなかったが、国王は開戦を決意し、アルタラス王国は僅か数日で亡国となったのだ。
列強国との戦いが決定的となり、決死の覚悟で国を守ろうとした王。彼は自ら最前線に立って戦う、高潔な人物であった。
その王が、敗戦から何としてでも娘だけは守りたいと、ルミエスだけを事前に国外から逃していたのだ。
人間味があって決して驕らず、民のためにあらんとする王と王女が、上級騎士のリルセイドは大好きだった。
彼女は王が全てをかけて守ろうとした王女ルミエスを、命に代えても守り抜くと決意する。
「なりません! 姫様は王族、いくら船上とは言え、王族に満足な食事を与えないなど! 私どもの誇りにかけて出来ませぬ!」
「何をおっしゃいますか、リルセイド。力を使い、働いているのはあなた方です。私は昼食の必要はありませ──」
「敵襲ぅぅぅぅ!!!」
突如、見張りの兵士が叫ぶ。
彼の指さす方向を見ると、群島の陰から3隻のドクロの旗を掲げた船が姿を現していた。
「ッ…! 海賊か!!」
「総員、戦闘準備! 戦闘準備だ! 海賊船が来るぞ!」
偽装商船タルコス号。その防御力はただの商船とは程遠く、乗組員の7割が騎士、兵士という並外れた戦闘力を有している軍船。
全ては亡国の姫を、安全圏まで送り届ける為に──
同時刻──
海上保安庁 巡視船『しきしま』
「艦長、レーダーに4つの感あり。船と思われます」
「…真ん中の船、包囲されてないか? まさか戦闘中じゃないだろうな?」
「いえ、戦闘中のようです。恐らく海賊に襲われているのだと」
一時的に出力を上げたレーダー画面には、矢のような小さな飛翔物体が無数に表示されていたからである。
「なら話は速い、戦闘海域に向かうぞ。飛べる奴は先に行って加勢してろ。怪我人もいるかもしれん。『うみたか』も飛ばせ」
「了解!」
『しきしま』に搭載されたヘリコプター『うみたか』は舞い上がっていく。
その先には、すでに発艦していた隊員達もいた。
タルコス号は白兵戦を避けるため、火矢での応戦に終始していた。敵の移乗攻撃を許せば、ルミエスの身を守れなくなるかもしれないからである。
しかし敵の矢数は多く、ついに海賊の放った火矢がタルコス号の重要な動力源を焼いた。
「クソっ! 帆がやられたぞ!」
タルコス号はただでさえ大型の商船であるため、小回りが効かない。それが動けないともなると、即座に敵の切り込みが来るだろう。
「移乗攻撃に備──」
「お困りのようですね?」
「ッ?!」
突如甲板に現れた謎の人物。それも複数人。
全員が背中から羽を生やし、空で旋回する者に至っては、腕の部分が鳥のような翼となっていた。
「えっと…どちらさまですか?」
リルセイドは物腰柔らかな態度を示しつつも、いつでも抜刀できるように構える。
「申し遅れました。我々は日本国海上保安庁の者です。海賊に襲われているあなた方を見つけ、救援にやって参りました」
「…日本!」
国王が生前言っていた国だ。
彼曰く、心優しい民族が住んでいるからそこに向かえと。
「それはありがたい! 我々はアルタラス王国の商船だ。どうか手を貸してく──」
彼女が言い終わるや否や、船が大きく揺れた。
海賊が船を横付けにして来たのである。
「野郎ども! 今夜はご馳走といこうじゃねぇか!!」
「「ヒャッハァー!」」
彼らは下品な声を上げながらタルコス号に乗り込み、すでに至る所で戦闘が発生していた。
カキィンと剣同士がぶつかると火花が散り、数に勝る海賊達はエリートである騎士達を圧倒してみせる。
「ああ…! 王女様!」
リルセイドは絶望した。彼女自身も強いとは言え、これ程までの数を相手に勝てる自信はなかったのである。
しかし…
「ここは我々にお任せください」
海上保安庁の職員達は各々の武器を抜く。
ハイテクな見た目をした刀、ハンマー、小銃と、種類は様々であった。
「『しきしま』特別戦闘団の各員に告ぐ。
「お頭ァ! あいつらヤバいっすよ!! 魔剣を持ってます!!」
「焦るな! 1人に対して数人で取り囲め!」
海上保安庁職員達の手術ベースは自衛隊のものと比べると「戦闘向き」には程遠い。しかしここには、生身の人間相手に出し抜かれるような者は、まずいない。
彼らはいずれも武道に長けており、武器を持たせた場合、自衛隊の「戦闘向き」の被手術兵に、勝るとも劣らない実力を発揮するのだ。
『被手術兵用標準近接戦闘装備 555型超音波振動刀』
自衛隊から(無期限)拝借したもの。手術ベース的に近接戦闘が多くなる者のための標準装備。
名前の通り、微細な振動を発するため、金属ですら簡単に切り裂く。それが人間であれば言うまでもない。
通称『
見た目はハイテクなだけの刀だが、その斬れ味はまさに魔剣。
そして身体能力の高い彼らがこの魔剣を持てば、斬られた海賊は文字通り一刀両断されるのだ。
「おい! 倒した騎士から鎧を拝借しろ!」
「無理です! すでに試しましたが、鎧ごと斬られるのです!」
「なにぃ?! どんな斬れ味してやがる!」
百聞は一見にしかずとは良く言うが、この場合、彼は見たものが信じられなかった。重い打撃以外の攻撃が効かないはずの鉄鎧が、スッパリとやられているのだ…中身ごと。
しかも、その鉄鎧は王国の騎士団が着けるような高性能の物であったらしく、驚きは止まらなかった。
「しかもあれ、パ皇の魔導銃みたいなやつ! 連射できるらしいのです!」
「いくら何でもおかしいだろ!? それは?!」
パーパルディア皇国軍は地球でいう中世のマスケット銃のようなものを使用している。
火薬以外の原理は地球のものと変わらず、当然連射はできない。
それが彼らの知る銃であった。
『対
地球に巣食う火星生物を一般人でも駆除できるようにと米の武器会社が開発した短機関銃。大口径で威力が高いが、反動制御システムが搭載されており、非常に低反動。装填数150。
パタパタと軽い発砲音の割に、その威力は凶悪の一言に尽きる。
身体が千切れそうな大穴があき、後ろにいた海賊も鉄鎧ごと撃ち抜かれるのだ。
「テラフォーマー以外に向けるもんじゃねぇな…」
「ははは! そいつぁ違いないな!」
しかし火星の害虫相手には、これでも若干の威力不足なのである。
「…お、『うみたか』のお越しだぜ」
その場にいる海上保安庁の職員以外は見慣れない物体が空を舞い、それは巨大な大音声を響かせながら海賊に警告を発した。
『こちらは日本国海上保安庁である! 海賊行為をしている者に告ぐ、今すぐ武器を下ろし、投降せよ!』
しばらく宙に浮かぶ『うみたか』を呆然と見ていた海賊達であったが、彼らは気持ちを取り戻し、何もしてこない飛行物体を無視し始める。
しかし海賊の中にもただ1人、その正体を知っているものがいた。
「おい、おめぇら…覚悟はできてるか?」
海賊船の団長ルーフルである。
彼の子分が口々に騒ぎ立てている中、彼だけはわなわなと震えていたのだ。
子分達は意味が分からず、回答に窮する。
「あれは…『白い悪魔』の配下の鉄鳥だ。奴は『白い悪魔』を呼ぶぞ!!」
「しっ…『白い悪魔』?!」
それは海賊業界では有名な話で、1ヶ月ほど前に突如として現れた、海賊を片っ端から狩っていく『しきしま』のことであった。
神は彼らに考える時間をくれない。
「あ…! 『白い悪魔』だぁぁぁぁ!!」
島陰から白く、海賊船や商船をはるかに凌ぐ大きさの、帆がない不気味な船が姿を現した。