「あれが…『白い悪魔』か…!」
「怯むな! 突撃するぞ!」
『白い悪魔』こと海上保安庁の巡視船『しきしま』を見て、海賊達は浮き足立ったが、彼らは同業者の無念を晴らすべく、船側からオールを突き出し突撃した。
「あ〜あ、人外には目もくれないのか」
「どうする? 処す? 処す?」
それを見た海上保安庁の職員達は、自分達の母船がこれから攻撃されると言うのに、冗談などを言っていた。
そんな様子を見て、落ち着けなかったのはリルセイドである。
「ちょ…! 戻らなくて良いんですか? これからあなた方の船が攻撃されるんですよ?」
彼女の疑問は当然である。
彼女も大砲の存在は知っており、それがパーパルディア皇国の戦列艦のように数を揃えなくては当たらないのも知っている。
そして『しきしま』にも大砲のようなものが設置されているのも彼女から見えたが、それはせいぜい一門。
彼女の常識からすれば、彼らを心配するのも無理はない。
「まあ、見ててください。海賊船、数秒で蜂の巣になりますよ」
それに比べて日本人達はひどく冷静であった。
あの海賊船と『しきしま』の間には、絶対に越えられない
『しきしま』の前方に設置された、長い棒が付いている屋根のようなものが回転し、海賊船の1隻に向けられた。
「あれは…砲撃か?」
魔導砲にしては細すぎるし、蜂の巣になるの意味がよく分からない。
彼女がよく知る大砲は、命中したら木っ端微塵になるのが普通だからである。
次の瞬間、『白い悪魔』は棒から破裂音とともに無数の弾頭を放出し、曳光弾を交えた35mm口径弾は木造の船底を貫いた。
水線下に開いた無数の穴から海水が侵入し、海賊船はみるみるうちに沈んでいく。
「どうだ? 見えたか?」
「そらもう、トンボなら回避も余裕よ」
そんな彼らの雑談はリルセイドと、他の騎士達の耳には入らなかった。
彼らは助けてくれたが、あれの標的が自分達にならないとは限らないからである。
「もしあれを向けられたら…」
どう足掻いても、姫様を守れない。
リルセイドの頬を冷や汗が伝った。
「リルセイド! 皆さん、交代で疲れを癒しなさい。と言っても、あのような船の傍では緊張して休まるかも分かりませんが…船の修理を進めつつ、少しでも休息をとってください。あの白い船との交渉は私がします」
戦闘の音が静まったためか、ルミエスは甲板に姿を見せた。
「姫様、何をお考えなのですか?」
「おそれながら、いくら日本国が優しいと言われていても、まだどのような輩か分かりません。初の接触に王族が出向くなど、外交的には迂闊──」
ルミエスは奇妙な格好をした、見知らぬ人物達に気付いた。
「…誰ですか?」
「あっ、えっと…日本国の者です。彼らは助けてくれたのですよ」
それを聞き、ルミエスの顔はみるみるうちに赤く染まった。
どのような輩か分からない、と相手の目の前で言ってしまったのだ。外交的にも、彼女はかなりの失態を犯したことになる。
しかし、彼らの対応は予想外のものだった。
「うおッ…マジすか。姫様ですか」
「ごきげんよう…
「それは日本の皇族だぞ…」
ある者はペコリと頭を下げ、またある者はぎこちないながらも深々と頭を下げ、その隣の者はツッコミを入れる。
それを見て緊張がほぐれたのか、ルミエスは思わず笑ってしまった。
日本国海上保安庁 巡視船『しきしま』
世界最大かつ、数少ない有人巡視船の1つである『しきしま』は、海賊の潜伏先があると思われるロウリア王国北部キルコーズ地区沖合を巡回中に、海賊船に襲われている商船を発見する。
彼らは直ちに現場に急行、海賊を逮捕し、収容する。
攻撃されていた商船にも負傷者が多数いると返答があり、引き続き商船の救援を行うこととした。
しかし、それが一国の王女を乗せた偽装商船であることが判明。
国はアルタラス王国。まだ日本とは国交を結んでおらず、完全に未知との遭遇であった。
「ひっろーい! 船というより、もはや要塞ね!」
「姫様、はしゃぎ過ぎです…。間違っても彼らを刺激しないようにお願いしますよ!」
日本国を名乗る船に、船の長兼1国の代表として王女ルミエスと上級騎士リルセイドは乗船。
初めて乗る全身金属製の船に、ルミエスは年甲斐もなくはしゃいでいた。
(なあ、この子は本当に王女なのか? なんでこんなに上機嫌なんだよ?)
(知らん。助けられたからじゃね?)
海賊であれ救助した者であれ、今までこの船に乗せられた現地人は全員がひどく怯えていた。
しかしなぜかこの王女様は上機嫌であったため、乗組員達は疑問に感じていた。
(まあ可愛いからいっか…)
2人は乗務員の案内に従い、船長のいる部屋に入室する。
部屋の中には背が高く引き締まった体格の男が立っており、慇懃な態度で2人を出迎えた。
「はじめまして、私は日本国海上保安庁の巡視船『しきしま』の船長、瀬戸です」
「私はアルタラス王国の王女ルミエスです。このたびは貴国の救援に感謝します」
「…!!」
先行した船員の報告通り、相手がガチの姫であることに瀬戸は不安を隠しきれなかった。
相手の航行理由がどうであれ、これは国際的に面倒くさいことになるぞと本能が嗅ぎとったのである。
「ええと…ルミエス王女様、貴船の航行目的を教えてもらってもよろしいでしょうか…?」
「…」
しかしルミエスは答えられなかった。彼女は戦争状態にある国家の要人であり、もし日本国に厄介ごとを嫌う性質があれば、回答如何によっては亡命や救援の拒否も十分に考えられたためである。
(これは訳ありだな。家出か? 船の航行能力は大丈夫そうだし、ある程度の救援をしたらおさらばするか…)
しかし、瀬戸が人知れず感じていた予感は的中した。
なんと彼女がいきなり倒れたのである。
「ひ…姫様ぁ!!!」
「なっ?!」
瀬戸が見ると、彼女は異常なほどの汗を流し、口から涎を垂らしていた。目の焦点も定まらず、ガタガタと震えが止まらない。
「まさかさっきの戦闘で──ど…毒矢か!」
「い…いかん! ──こちら瀬戸! 女性1名、救命措置を要する! 『わかたか』の離陸準備急げ!」
アルタラス王国王女ルミエスは、日本国のヘリを乗り継ぎ、クワ・トイネ公国のエジェイ自衛隊基地内の自衛隊病院まで搬送された。
だが彼女は一国の王族であるため、万が一があってはならないと、外務省権限で日本国内の大病院に搬送される運びとなった。
日本国 外務省
とある一室で、将来を有望視されている職員が2人、柳田と中井は話をしていた。
「緊急的な措置とは言え、結果的に戦争状態にある国の王族を保護してしまったか…やってしまったな」
しかも相手はパーパルディア皇国。この世界では大きな地位を築いている列強国である。
「まあパ皇とはすでに自衛隊が衝突してしまってますからね。あのプライドの塊が我々と戦う以外の方法を取ってくるとは考えにくいですよ」
もっともな意見である。
相手はこちらを文明圏外の蛮国としか見ていないのだから、話し合いが通じる訳がない。
しかも、すでに衝突してしまっているのだから、『戦争は避けられない』というのが関係閣僚から出ていた。
「うーむ…」
「アルタラス王国はパ皇の首都に近い位置にあります。今のうちに彼らを味方につけておけば、皇国との対立が決定的になった時に使えますよ」
「そうだな。上に話を通してみよう」
後日、中井と柳田の尽力の甲斐あって、王女ルミエスの保護が決定。他の乗組員達も保護されることになったが、これに関与した者には箝口令が敷かれ、彼女の存在は時が来るまで隠蔽されることとなった。