1話:接触Ⅰ
中央暦1639年1月24日午前8時────
クワ・トイネ公国軍第六飛龍隊
その日は快晴な空が広がっていた。ワイバーンと呼ばれる飛龍を操り、竜騎士であるマールパティマは、公国北東方向の警戒任務についていた。
公国北東方向には国や陸地はなく、東に行っても海が広がるばかりであり、幾多の冒険者が東方向へ新天地を求めて出港していったが今まで帰ってきた者はいない。
そんな海域でも哨戒する必要はある。それは最近隣国であるロウリア王国と緊張状態が続いているため、軍船による迂回、奇襲をされるかもしれないからだ。
「────!?」
しばらく飛んでいると、彼は何かを見つけた。
「なんだ?! あれは!」
正面から見た形状はワイバーンのようだが、どう見たって小さすぎる。
粒のように見えた飛行物体は、どんどんこちらに近付いていた。
彼はすぐさま通信用魔法具を取り出し、司令部に報告をする。
「我、未確認騎を確認。 これより要撃し、確認を行う。現在地……」
未確認騎と高度差はほとんど無く、彼は一度すれ違ってから距離を詰めるつもりだった。
「……………」
お互いの距離はさらに縮み、最初は小さな粒のように見えた飛行物体の大きさは、違和感と共にますます大きくなる。
しかもワイバーンより小さいはずのそれは、とんでもない速度で飛行、接近しているのだった。
「…速い!」
彼が見た限りでは、未確認騎は彼の知るどのワイバーンよりも速かった。ワイバーンよりも速い飛行物体となると第3文明圏のワイバーンロードくらいしか思いつかず、彼は文明圏の強国(自国より強いという意味で)による侵略を警戒する。
だが、とてもではないが文明圏内国がこんな辺境にある田舎国家を侵略するとは思えなかった。
何より、あの飛行物体は最小のワイバーンと比較しても、あまりにも小さすぎる!
未知との遭遇に、彼は真昼間だと言うのにガタガタと震え上がった。
鬼が出るか蛇が出るか。
それとも、それ以上にヤバいやつが出てくるか。
そしていよいよ、未確認騎とすれ違った。
「──ッ?!?!」
その
「人…間…?!?」
空の青に紛れるような模様の服を着ており、胴体部分は分からなかったが、頭部と脚部は完全に人間のものだった。
少なくとも、人間と同じ形をしていた。
だが彼女には翼が生えていた!
彼は自らの脳をフル回転させて全ての可能性を模索し、結論が出る前に通信用魔法具に叫んだ。
「司令部!!! 司令部ッ!!! 我、光翼人を確認! 繰り返す! 我、光翼人を確認!!」
これが彼が出した結論であった。
伝承に聞いていた姿と違い、彼女の翼は光り輝いておらず、その見た目はどちらかと言えばアニュンリール皇国の有翼人のようだったが、「空を飛ぶほどの魔力を持つのならば、それはもう光翼人だ!」と彼の常識がそう結論づけたのだ。
その1報は司令部どころか、周辺国の全てに蜂の巣をつついたような騒ぎを引き起こさせ、後の歴史書にも載るだろう大パニックを引き起こした。
そして、故郷から遠く離れた洋上でマールパティマは絶望した。それと同時に悲しくもあった。
軍人をやっているのだから、祖国を守れるのならば喜んで死ねる。
だが、戦う相手が『古の魔法帝国』など聞いていない!
「ごめんな相棒、俺の不幸に付き合わせてしまって…」
ポンポンと相棒の背中を撫で、彼は手綱をグッと握りしめた。
「どうせ死ぬなら…一矢報いてやる!!」
「あのー…」
「ッ?!!!?!?」
彼は絶句した。
例の光翼人が話しかけてきたのだ! しかも相棒の隣を並行して!
「ぇぇえっ、ななななんでしょうか…」
決めゼリフを誰かに聞かれた時のような恥ずかしさと、他種族を人として見ていないはずの光翼人が話しかけてきた驚きが混ざり、彼は情けない返事をしてしまった。
「あ! 日本語が通じるんですね! 良かったぁ〜!」
「あはは…」
彼は笑うことしか出来なかった。と言うより、あまりの衝撃に思考が完全に停止していたのだ。
目の前で飛ぶ彼女は光翼人とは思えないほどフレンドリーな顔で笑うため、彼の緊張はほぐれ、脳は徐々に息を吹き返していった。
「あ…! 司令部! 我、例の光翼人とコンタクトす! 司令部応答せよ!」
騒ぎが起こっているのか、返信は少し経ってからだった。
『こちら司令部! 光翼人とコンタクトとはどういう事か? 説明せよ』
司令部が困惑するのも無理はなかった。当の本人ですら困惑しているのだから。
この世界の常識では、光翼人相手では話し合いの機会もなく攻撃されたって不思議ではなかったのだ。
「そのまんまだ! ていうか、よく見たら光翼人というより有翼人に近い! 人間で言う腕の部分が翼になっていて、腕に該当する器官が見られない!」
司令部は再び困惑する。
『…少し待て』
通信はそこで一旦中断された。
「あのー…自己紹介よろしいですか?」
「あッ?! はい! どうぞ!」
ん? 自己紹介?
光翼人(仮にこう呼称する)が人間の俺に?
「紹介が遅れました! 私、日本国海上自衛隊の
彼女は相棒のワイバーンと同じ速度で飛行しながら片方の翼でビシッと敬礼し、少し失速した。
そして失速した彼女は相棒の後方でパタパタと羽ばたいてから速度を取り戻し、再び隣で並行する。
「は、はあ……自分はクワ・トイネ公国第6飛竜隊所属の竜騎士マールパティマです」
「マールパティマさんですか! よろしくお願いします!」
一瞬彼女のことを可愛いと思ってしまったが、それ以上に訳が分からなかった。
まさか自分が光翼人と交流(?)するなんて…。
「…あの、カエコさんはどこからいらしたので?」
まずは情報収集が先だった。
未確認騎(?)と接触してしまった以上、自分が相手の目的や、敵意の有無を確認しなければならなかったのだ。
「はい! 私は日本という国から来まし…あ、はい! 了解です! その旨を伝えます!」
マールパティマは彼女が誰と話しているのか理解出来なかったが、風で揺れる髪から垣間見えた彼女の耳に、小型の魔信機らしき物を発見し、通信を行っているのだろうと判断する。
相手は恐らく彼女の上官か、司令部だろう。
そして彼女は続けた。
「これは私の国の外交部の言葉になります。どうか貴国の外交部に伝えて下さい、時間が無いので」
「しょ…承知した! 司令部! 例の光翼人は日本国という国から来たとのこと! これから彼の国の外交部の声明文を伝えるとのことです!」
『了解、1字1句聞き漏らすな』
その時の司令部の緊張感は凄まじいものだったらしい。
自分達が歴史の当事者になるかもしれないという期待、そして不安が入り交じり、耳が痛くなるほどの静寂さに耐えきれず、気絶した者もいたとマールパティマは後から聞いたのだった。
『司令部、こちらマールパティマ。これより日本国の声明文を読み上げる』
彼は続けた。
『「日本国政府は貴国と交流を持ちたいと考えています 。状況によっては、国交締結まで視野に入れております。つきましては3日後、この海域に白地に赤丸の旗を掲げた船を派遣する」…との事です! 相手国に敵意無し!』
その時の極度の緊張から解放された司令部の騒ぎようは誰にも想像出来ないだろう。
そんな事はつゆ知らず、2人は同級生のような距離感で別れを告げた。
「ではマールパティマさん、ごきげんよう!」
「ごっ…! ごきげんよう!」
そして彼女はスイーと飛び去り、どこまでも続く青空へと消えて行った。
「………何だったんだ今のは…」
後に彼は、まるで夢を見ているようだったと話し、極度の緊張による疲労からか、2日ほど自室に引きこもったという。
3日後──
クワ・トイネ公国 経済都市マイハーク
ここから少し離れた港に駐屯するクワ・トイネ公国海軍第2艦隊はにわかに騒々しくなっていた。その原因は、言うまでもなく3日前の「光翼人騒動」である。
隣国どころか強大な列強が支配する文明圏をも騒がした今回の事件は、詳細が伝わらずに誤報という情報だけが広まり、各国からの興味は瞬時にして失われたが、この御時世なだけに、公国にとっては一大事件だった。
すなわち、ロウリア王国の脅威に対抗しうる国が現れたのである。
知っての通り、ロデニウス大陸には3つの国がある。
肥沃な土地を有し、広大な穀倉地帯を持つ『クワ・トイネ公国』、砂漠地帯が広がり、作物の育たない貧しい国『クイラ王国』、人間のみの国であって、エルフ、ドワーフ、獣人などを迫害し続け、ロデニウス統一を目論む『ロウリア王国』。
クイラ王国とクワ・トイネ公国は両国ともに住民の3分の1をエルフ、ドワーフ、獣人などの亜人が占めている。
そのため亜人の殲滅を謳うロウリアとは政策的にどうやっても友好を保てず、両国はお互いに助け合い、ロウリア王国の脅威に対抗してきたのであった。
しかし最近のロウリア王国の軍拡は目を見張るものがあり、クワ・トイネ公国からすれば弱かろうが1国でも多くの味方が欲しかった。
そんな時に降って湧いた「光翼人のような者」との接触。
最初は古の魔法帝国が復活したと絶望したが、どうやらそうでは無いらしい。なら、この機会を逃す訳にはいかない。
この国の政府は強かであった。
「カナタ首相! 第2艦隊のノウカ司令より入電です!」
「…読み上げてください」
「『日本国を名乗る大型船を確認。同船には彼の国の外務担当者も乗っており、国交締結を視野に入れた会談を希望している』とのことです!」
「やはり来ましたね。会談の希望を受け入れましょう」
「…決断するのがあまりにも速すぎます。相手は『古の魔法帝国』かもしれないんですよ?」
「我が国には悩む時間すら残されていないのです。それに話を聞く限り、彼らは礼節を弁えています」
カナタはスーッと息を吸い、次の指示を出す。
「日本国の外交官をここに招致して下さい。それと外務卿の招集も」
その日、世界の運命を大きく変える会談が行われた。