中央暦1639年12月19日──
城塞都市トルメス 南門
魔物の大陸と人間の生活圏を隔てる防壁「世界の扉」が陥落し、魔王軍との戦争においての最前線となってしまった城塞都市トルメス。
その南門で、2人の男が立っていた。
「なあモア、俺達が案内する自衛隊ってどんな連中なんだ? 小隊規模の援軍って意味あんのか?」
「さあ…?」
騎士モアと、傭兵のガイである。
2人は元々は「世界の扉」に勤務していたが、伝令として一足先に戦線を離脱、襲撃時にそこにいなかったため運良く生き残ることができたのだ。
彼らは現在騎士団に身を置いており、上からの命令で間もなく到着するであろう自衛隊員の案内を任されていた。
北方に位置するトーパ王国は年間を通して寒々しい。
モアが言葉を続けると、口から出た息は瞬時に白くなり、煙のように空へと登っていく。
「だけど、彼らの力が噂通りならすごいことになるよ。君もロデニウス大陸のことは知っているだろう?」
「ああ、絶対に勝つと言われていたロウリア王国が負けたんだろ? で、なんか変な噂でもあるのか?」
首を傾げるガイ。
彼も日本国がロウリアとクワ・トイネ、クイラの戦争に介入していたのは知っていたが、そのような噂は聞かなかったのだ。
「聞いて驚くなよ…! その戦争で、日本軍は1人も死傷者を出さずにロウリアの大軍を撃退したらしい。特に海戦はすごいぞ! 4400隻もの大艦隊をたった8隻で撃退したんだ!」
「ふーん? 魔導砲か何かで弓矢の射程距離外から攻撃したんかな?」
モアの予想に反してガイは大して驚かなかった。
日本国も魔導砲らしき物を配備しているのは彼も知っている。その事象から考えるに、日本国は列強の一国であるパーパルディア皇国と同じくらいの技術水準があるのだろうと彼は判断していたのだ。
仮にロウリアの相手がパーパルディア皇国だったとしても、似たような結果になっていただろう。
にしても8隻は少なすぎだと考えたため、そこは幾分か誇張が入っているのだろうとも彼は思った。
「いや、海戦でも陸戦でも
ガイは少し考え込んだ後、口を開いた。
「そりゃ嘘だな。接近戦で1人も死傷者が出ないなんて有り得ない。自分たちを強く見せるための情報操作ってやつだ」
「そ、そうか…?」
2人とも自衛隊の実力をある程度は認めていたものの、かなり期待しているモアに反して、ガイは懐疑的であった。
「おっと…そろそろだな。まあ噂がどうであれ相手は国賓だ。くれぐれも粗相のないようにな?」
「へっ! わかってらぁ」
遠方から大きな魔獣が唸るような音が聞こえ、彼らはいよいよかと気を引き締める。この声の主は恐らく、日本軍の使役する魔獣か何かだろう。
しかし、丘の向こうから現れたその魔獣は、彼らの予想を大きく上回って来た。
「な…なんだあれは…!?」
鋭い剣も槍をも通さないであろう無機質な皮膚に、中心に穴が空いた長い鋼鉄の角。前方で先導している騎士団が弱く見えるほどの禍々しい巨体。
「なんだあの魔獣は…? 見たことがないぞ…」
後から知ったのだが、あれは魔獣ではなく日本陸軍が配備している「戦車」と呼ばれる戦うための乗り物らしい。もっとも、乗り物と言っても
あの身体の大きさに対して細長い角は遠距離攻撃を行うためのものらしく、言われてみれば魔導砲のようにも見えなくはない。
そしてその魔獣よりも気になったのは、彼らの掲げる旗だ。
大きく描かれた日の丸の旗。
それはまるで、おとぎ話に出てくる──。
「なあモア、あれって…」
「ああ…! まるで太陽神の使いのようだな!」
これで国が救われる。
淡い希望を抱いたのも束の間、後続の乗り物から自衛隊の方々が降りて来、彼らは姿勢を正す。
しかし、彼らの希望は再び懐疑──もしくは幻滅に近いだろう──に変わった。
自衛隊員達の服装を目にしたせいである。
「日本国陸上自衛隊、トーパ王国特別派遣部隊先遣小隊、小隊長の百田太郎2等陸尉です。ご案内感謝いたします」
((なんだこの蛮族のような格好は…?!))
モアとガイにとって、彼らの服装を一言で表すならば「蛮族」であった。
背景にもよるが、こうしてかなりの近距離にいるのにも関わらず、一瞬彼らを見失ってしまうのはこの模様のせいに間違いない。これなら遠距離攻撃の被弾率を
だけどそこまでするか?! というのが彼ら2人の正直な感想であった。
「ト…トーパ王国『世界の扉』守護騎士モアです。隣の彼は傭兵のガイです。これよりトルメス城にご案内した後、我々はあなた方に同行いたします。よろしくお願いします」
それでも相手が国賓なのには違いない。
2人は態度をよりいっそう改め、隊員達をトルメス城まで連れていく。
城の中に入るのは百田という小隊長を含めた数人だけで、他は外で待機するらしい。
「あの服装をしている人をこうして見ると…確かに自然に囲まれた所なら目立たないな。あの汚い模様にもちゃんと意味があったのか」
最上階のまでの長い階段を登りながら、窓から自衛隊員達を見下ろすガイ。
「しっ! 聞こえるぞ」
「ああ…すまねえ。でもあの模様すげえぞ? ちょっと離れると途端に人が消えるんだ。目を凝らしたらそこに居るってのは分かるけど…」
「日本人は相応な実利主義なんだな…。ほら、もうそろそろ最上階だから態度には気をつけろよ?」
「知ってらあ」
軍の上層部が集う最上階に着き、モアは客人を連れた状態で部屋の扉をノックした。
「失礼します。日本の方々をお連れしました」
「お通ししろ」
返答が聞こえ、一同は中へと入る。
日本人が見たら中世ヨーロッパを彷彿とさせる部屋、その真ん中に映画で見るような円卓があり、その1番奥の男が立ち上がって来客を迎えた。
「日本の方々、よくぞ来てくださった。私はトーパ王国軍騎士長、魔王討伐隊隊長のアジズです。どうぞよろしくお願いします」
「日本国陸上自衛隊トーパ王国特別派遣部隊先遣小隊、小隊長の百田太郎2等陸尉です。よろしくお願いします」
そして各々が自己紹介して短めの挨拶をすると、さっそく会議が始まった。
まずは状況の確認からであり、各々に資料が配られる。
〇魔王軍約2万が2週間前に侵攻を開始。『世界の扉』を 陥落させる
〇続いて城塞都市トルメスから北側に位置するミナイサ地区に侵攻、これを陥落
〇魔王はミナイサ地区西側の領主館を占拠し、外には出ていない
〇同地区には民間人約600名が取り残されており、毎日数十人が餌にされているため、現在は約200名まで減っている
「…事態は切迫していますね」
すでに半分以上の民間人が犠牲となっており、百田は拳を握りしめる。
「そうなのだ……オーガと魔王さえ倒せれば我々だけでも何とかなるのだが、我々では歯が立たぬ」
トーパ王国の騎士曰く、オーガは人間の何十倍もある怪力を有する非常に強力な魔物であるとの事だ。
おまけに怪力だけでなく、食事の供給がある限り延々と動き続け、中途半端な傷であればすぐに魔法で回復してしまう持久力と、針金のように硬い毛は剣や槍では十分な殺傷効果が認められない防御力を持つため、非常に厄介でもあるらしい。
「なるほど…力は『
「『ヤマアラシ』とか?」
「それが近いかもな」
「「…????」」
ここは日本人にしか伝わらない話であったが、オーガが情報通りの強さならば、この例えはかなり近いかもしれない。
こんな被手術兵みたいな奴が敵として存在するのであれば、確かに前近代的な装備のトーパ王国兵では
一刻も早く助けないと…!
百田は少し思考を巡らせ、口を開いた。
「分かりました。準備が整い次第、私達は
「おお…! あのパーパルディア軍を退けたという自衛隊が動いてくだされば、まさに千人力ですな。作戦決行に合わせて我が騎士団も全力出撃いたしましょう」
そうは言ったものの、アジズを含めた軍の上層部はモアやガイと同様に自衛隊の力には半信半疑であった。
とんでもなく強いとの噂を聞くが、まだその強さの確信に至る光景を目にしていないからである。
それを知ってか知らずか、百田は淡々と説明を続ける。
「まずは作戦協議を行い──」
しかし、彼の言葉は襲来する何者かの存在によって遮られた。
「百田隊長! レーダーに反応あり! 飛翔物体がこちらに接近中!」
「「なっ──」」
──ドガァッ!!
天井付近の窓が板戸ごとぶち破られ、冷えた空気とともに黒い影が部屋へと飛び込んで来る。
木片とガラス片が床に散り、翼をはばたかせた「人型の異形」が円卓の上に舞い降りた。
「こいつは…!!」
「…魔王の側近、マラストラス!!!」
突然現れた敵の存在に、会議室にいる騎士達は剣を抜き、構えた。
しかし、相手は人間よりも遥かに強力な生物。この場にいる人数では絶対に敵わない強敵と相対し、騎士達の手は震える。
マラストラスは怯えきった彼らを見下すように周囲を観察してから口を開き、笑った。
「ホッホッホ……人類の将を討ち取るために
────ドゴォオッ!!!
鷹揚に話すマラストラスの顔面に、容赦のない
とっさに展開した強力な魔力障壁ごと顔面が破砕され、マラストラスの身体は壁に激突し、膝から崩れ落ちた。
「アッ…! ガハッ…!」
たった1発だったが、経験したことのない強力な一撃で
マラストラスは戦闘不能となる。
魔力障壁を展開できたからよかったものの、あれが無かったら間違いなく致命傷だっただろう。
身体の再生が始まり、何とか時間を稼ごうと彼(?)は口を動かす。
「…ゲホッ! 貴様…何者…」
「まだ生きてるのか。よし、やれ」
「…エッ」
あまりにも無慈悲な態度に、マラストラスは絶望する。
次の瞬間、彼の周囲に白い稲妻が発生した。
バババババババ!!!!!
「ッッあガガッがガががっがっガッ!??!!!」
苦痛に満ちた絶叫は数秒間にも渡り、マラストラスの身体は完全に炭と化す。
あまりにもおぞましい断末魔と、原理が不明な攻撃にトーパ王国の面々は真っ青であった。
攻撃の正体は「放電」。
それは魔法文明にとって未知の攻撃方法であった。
「よくやった2人とも。部隊の初手柄は君たちのものだ」
百田が連れて来た2人の隊員。
彼らはかつてロウリア王国戦でも大いに活躍した自衛隊の精鋭であった。
『
「最強の蟻」にして「最強の昆虫」。その獰猛さと一刺しでまるで銃で撃たれたような痛みを与えることから「弾丸蟻」と通称される。
自重の100倍近い物を持ち上げる怪力から繰り出される一撃の威力は計り知れない。
『
一属一種の電撃生物。探索や威嚇程度にしか電気を使わない他の発電生物と違い、敵を殺傷するために電撃を用いる唯一の生物である。電気によるレーダーで遠くの生物の位置を知ることが可能。
アジズは黒く焦げたマラストラスを眺め、茫然とする。それはモアやガイ、その場にいる自衛隊員以外の全員がそうであった。
変温動物のワイバーンは寒いトーパ王国には存在せず、航空戦力が持てない以上、上空から何度も魔法を放つマラストラスに彼らは散々苦労させられたのだ。
例え地上でも、その膨大な魔力量から放たれる攻撃は大きな脅威である。
それを……自衛隊はたった2人で倒した。
しかも片方の人物は莫大な魔力量で発動される非常に強固な防御魔法を素手で打ち破り、致命傷に届かなかったとは言え、それに限りなく近いダメージを与えたのだ。
「…もう疑う余地はないな」
アジズを含むトーパ王国の面々は自衛隊への認識を改めた。
この辺境の土地まで届く噂は本当だったのだ。
「百田隊長、マラストラスを倒していただき助かった。礼を言う」
「いえ、我々は成すべきことをしただけなので。では、作戦協議を行いましょう」
百田が持参した紙を配り、作戦協議が始まる。
ミナイサ地区の民間人救出作戦の会議は、深夜遅くまで続いた。