翌日 早朝──
城塞都市トルメス ミナイサ地区 東側城門
ミナイサ地区で捕らわれていた民間人を忌々しき魔王軍の手から救い出す事に成功した翌日。その日の朝は少し寒く、大量に発生した霧によって太陽の光が遮られ、視界が悪かった。
現地の人にとってこんな光景は見慣れたものだったのだが、昨日の事例を知る者にとっては歴史的な朝であっただろう。
臨時的に同地区を囲う壁上で監視に就くトーパ王国の兵士達は、歴史が変わった瞬間を目の当たりにしたような気分に浸る。
だが、歴史的な出来事は民間人の救出だけでは終わらない。これから更に大きなことが起こるのだ。
「ようやく来たか…」
霧に包まれた無人の地区。その市街地を貫く大通りに、真っ白な背景を汚す1つの黒点のような影が現れる。
それは膨大すぎる魔力が溢れ出ており、体外に流出した魔力がドス黒い霧となってその身体を覆っているのだ。
「魔信急げ! 早く自衛隊に報告しろ!」
影は約1.5km先の広場からゆっくりとこちらへと近付いており、黒霧に覆われたその輪郭は徐々に鮮明になっていく。
身長3.5mほどの全身が黒く、角が生えた人型の魔獣。神話に伝わる伝説の魔王『魔王ノズクーラ』だ。
「魔王だ! 魔王が来たぞおおおおお!!!」
誰かが叫ぶ。
未だ接近中である
側近のマラストラスが人間の将を討ち取るため出たきり戻ってこないのを警戒しているのか。それとも、自らが囮となって敵を誘き寄せて罠にかけるつもりなのか。
どちらにせよ、魔王が時間をかけてくれるのは人間側にとって好都合だ。
魔王が城壁へと辿り着く前に自衛隊の魔人部隊(トーパ王国兵はこう呼称している)が現場に到着できたのだから。
魔王という神話の相手を前にしているのにも関わらず怖気付いた雰囲気は微塵も無く、個人によってそれぞれ違えど隅々まで磨き上げられた装備で整然と並ぶ姿からこの部隊が精鋭中の精鋭なのだと容易に伺える。
50人にも満たない彼らだが、その実力は折り紙付きだ。
「自衛隊の皆さん、あなた方は歴史に残る偉業を成し遂げました。今やあなた方は我々の最後の頼みの綱であります。その比類無き強さを疑う者はここにはおりません。どうか魔王を打ち倒し…この国を、この国の未来を………よろしくお願いします!」
魔人部隊に付随した騎士団長がそう言い、頭を下げる。
自衛隊の面々は特に何も言わず、代表人物が必ずお守りいたしますとだけ伝えて敬礼をした。
「小隊傾聴! 我々はこれより知的害獣『魔王』の討伐作戦を始める! 変身薬用意!!」
各隊員がそれぞれの手術ベースに合った型の変身薬を取り出す。彼らはその薬を摂取することによって全身の細胞を超高速で破壊、再生させ、人間という種を超越した強さを手に入れる。
「「人為変態!」」
寿命と引き換えに力を得られる時間は短い。変身後、彼らは即座に行動を開始した。
自衛隊が作戦を開始した一方、魔王ノスグーラは憤怒の形相で霧中を進んでいた。
しかし、見た目とは裏腹に彼(魔王に性別があるのかは不明だが、仮にこう呼称する)は至って冷静である。
彼は経験上、怨敵を前にした人間というのはどんなに無謀でも突撃を強行する傾向にあると知っているからである。
魔王はそれを狙って、あえて人間側に姿を見せながら接近していたのだ。もし人間が愚かにも突撃して来た場合、事前に街に潜ませた配下の魔物や魔獣で挟撃するつもりだった。
「クックック…! 意外にも
だが、向こうからこちらを視認できる位置でこれだけ待っても飛び出てこないのを見ると獲物は冷静であるようだ。
仕掛けた罠が不発に終わり、魔王は舌打ちをする。
「仕方ない、我が直々に────ん?」
人間がここで功を焦って飛び出してくるのは、間違いではなかった。
魔王にとって予想外だったのは、その飛び出してきた人間が1人であったこと。背中から生えた蜂の羽で超高速で飛翔、接近して来、人間にしては異常な怪力でその毒針をぶち込んで来たことであった。
攻撃をくらって魔王は大きく後ろに飛び、思わず地に膝を着く。
攻撃が当たる直前にとっさに身体を硬化させ、後方に飛んだのでダメージはそれほど大きくないが、無視できるダメージ量でもない。
まともに当たれば致命傷もあり得る攻撃だ。油断はできない。
「ナッ…?! 何なんだ貴様は…?!」
人間を家畜としか見ていないノスグーラだったが、勇者以外で自身に傷をつける生物が存在するとは夢にも思わず、大いに驚く。
だが、相手からの返事は容赦のない攻撃だった。
「オラオラオラオラオラオラァ!! 死ねェッ!!!!」
「ちょ…?!! 待っ──!!!」
攻撃を捌くか避けるなどして回避する魔王だが、1発1発がオーガの怪力にも引けを取らない攻撃だ。防戦一方の魔王の身体に傷が増えていき、しかも殴られる度に相手の毒針が突き刺さるため、魔王の動きは徐々に鈍っていった。
(なんだこの毒は?! この世界に存在する毒ではない…??)
『古の魔法帝国』の生物兵器である魔王ノスグーラは当然ながら毒への耐性を持っている。
だが、相手は何しろ『
「ぬぅぅううう!!
防戦一方では勝ち目がない。
ノスグーラは防御魔法を発動すると同時に、魔族を殺すには十分な魔力で黒い炎を発生させ、敵に
「熱ッ!?!」
至近距離で炎を体に纏った敵が無様に辺りを転げ回る。
ノスグーラは勝ちを確信し、背を向けて言い放った。
「まさか人間に味方する魔族がいるとは思わなかったが…マラストラスやオーガ共を倒したのは貴様か? 我には1歩及ばなかったが、敵ながらアッパレだったぞ。人間の味方をする魔族よ、安らかに眠れ」
そして魔王は再びゆっくりと歩き出す。
(魔族とはトーパ王国やパーパルディア皇国が存在するフィルアデス大陸より北東、細い地峡で繋がったグラメウス大陸に住む種族である。
日本国召喚の原作の方でもまだまだ謎が多い種族だが、魔王ノスグーラの配下であるマラストラスが魔族である事からして人間には敵対的であると見られる)
しかし、ノスグーラは知らない。
火の熱にも耐えうる服を、彼らが炎を浴びた時の対処を十分に訓練していることを、『
──プォン!!!
「うおおおおおッ?!!」
さっきの魔族が発生させたのとはまた違う羽音が耳を掠め、鋭利な刃物で斬られたのかノスグーラの針金のように硬い毛が飛び散る。
とっさに回避をしたのでカス当たりで済んだが、新たに登場した魔族は一撃離脱戦法を心掛けているのか攻撃をした直後には霧や建物に紛れて魔王の探知圏内から離れてしまい、またも防戦一方の状況が続く。
魔王も必死にカウンターを狙うがこちらの攻撃は当たらず、縦横無尽に霧中を舞う耳障りな羽音に気を取られすぎたために、ノスグーラは先程戦った人間の些細な行動にしばらくは気が付かなかった。
『過剰変態』
『バグズ手術』『
しかし当然ながらこれは身体に大きな負担となる。場合によっては人間に戻れずに死亡するため、緊急時でない限りは勧められる行為ではない。
「キュルルルルル!!! 」
おおよそ人間には出せないような声で叫び、更に蜂の姿に近付いた人物が立っていることに魔王は気付く。
こいつさっき死んだはずじゃ──?
直後、ノスグーラに襲いかかったのはオーガを遥かに凌ぐ怪力による一方的な攻撃だった。
「はあ…! はあッ…!」
先程から出血が止まらない脇腹を抑え、狭い裏路地で壁にもたれかかるノスグーラ。
彼自身の記憶の限りでは、彼が人間から逃げ回るのは人生2度目である。
「クソっ! 化け物共め…!」
魔法で煙幕を発生させて奴らの目を欺き、何とか逃げ込んだ建物内に潜んだ魔王は体の再生に尽力する。
化け物共の力は凄まじく、今追撃されたら本当に死にかねないため、念の為防御魔法も常時展開させていた。
「あいつらは…旗を見る限りは太陽神の使者か?! どう見てもただの化け物集団じゃないか! 邪神の使いじゃないだろうな?!」
敵が魔法が使えないのを見ると魔族ではないようだが、あんなのはどう見たって人間ではない。
だが、掲げている旗を見る限りは太陽神の使者に間違いないのだ。太陽神の使いがどう見ても邪神の使いか邪神そのものだとは驚きである。
「……毒で出血が止まらぬ。体組織も一部が壊死しているな…」
あの蜂のような魔族との再戦途中で2人目の似たような姿の魔族が乱入、形勢は一気に不利に傾いたところを魔王の目を以てしても対処不可能な速さの魔族に何度も斬られ、そこに30を超える数の魔族の増援だ。
大人数に殴られ、切り裂かれ、刺され、耐性がない毒をどんどん注入され、命からがら逃げてきたものの、ノスグーラの体はボロボロである。
特に毒のダメージは痛く、余剰の魔力で必死に抗体を作っているが、今は体の再生にほとんどの魔力を振っているため当分の間は解毒が出来そうになかった。
「我がここまで追い込まれるとは……一度グラメウス大陸に撤退するか」
2万もいた群勢は今や両手の指で数えられる程もおらず、主力であったはずの赤竜はいつの間にかグラメウス大陸に逃亡。1匹で魔王と張り合った実力者がいたのだから、敵の魔族に対抗するには更なる数が必要だ。
何百年かかろうと勝ってやる。
次こそは負けない。
そう考えた魔王はスっと立ち上がり、周囲に誰もいないのを確認すると、窓を開け、バッと翼を広げた。
──ドゴォ!!
「見〜つけた!」
「ギャアアアアアアア?!?!?!!!!」
壁をぶち破って入室して来る魔族なんているだろうか。ノスグーラはそんな奴を知らなかったのだろう。
生まれてこの方、上げたことがないような悲鳴を上げ、魔王は逃げるように窓から空へと飛び逃げる。
しかし飛ぶ直前に足を掴まれ、魔王は足を掴んで離さない化け物を振り回す。市街地を飛び回り、化け物を壁にぶつけ、地面に引きずらせ…。
それでも化け物は手を離さない。
「離せ! 離さんか化け物! 頼むから離せよクソが!」
魔帝の生物兵器ともあろうノスグーラは若干涙目となっていた。
そして大講堂前の広場にある巨大な石像に怪物をぶつけると、怪物はようやく手を離し、重量物から解放された彼は大空へと逃げるように飛ぶ。
「ふぅ…ようやく手を離したか…」
息を着いたのも束の間──
「こんちわーッ! そして
「──ッは?!」
ノスグーラは困惑した。
4本の透明な羽を背中から生やし、刀を手に持った人間が挨拶しながら自分の横に飛んできたと思ったら、いつの間にか自分は落下していたのだ。
「なっ…! なんて切れ味だ!」
片方の翼が切断されていることに気付くノスグーラ。
防御力が弱い部位だが、仮にも魔王という生物の体の1部。それを切断するなんていったいどんな業物を持ってきたのだろうか。
魔王は落下しながら舌を巻く。
「くっ…! 仕方ない!」
今まで翼がなかった事がなかったのだが、魔王の余りある魔力を使えば翼がなくとも飛翔することは可能である。
しかしそれをすると膨大な魔力を消費するため、ノスグーラは翼無しでの飛行を乱用することを避けていたのだ。
彼は地面に近付いた瞬間に一瞬だけ飛翔する魔法を全力で発現させ、墜落死を免れる。
それでもかなりの速度で落下した魔王の周辺に砂埃が舞い、視界が一瞬だけ悪くなる。
「ハッ!」
砂埃が晴れ、視界が鮮明になってからノスグーラは落ちた先が先程の怪物達の包囲網だということに気付いた。
万全の状態で戦って不利だったため、先程は撤退したのだ。もう逃げられそうにない。
(仕方ないな。奥の手を使うか…)
「生と死の傍らで、誓いの詞を示す。黙すなかれ、狂気に嗤え。胎動せよ、主を殺す者。万物の理はすでに暴かれた…
魔王が呪文を唱え、路地が割れて大地が盛り上がる。
岩の塊が首をもたげ、みるみるうちに人の形を形成し、高さ約17mの岩石で出来たゴーレムが緩慢な動きで立ち上がった。
日本人が見たら某アニメのロボットを思い出すだろうそれは、普通の人間ならば目にしただけで戦慄する迫力があった。
それが敵対心も持って目の前に存在するとなると、その時の恐怖は計り知れないことになるだろう。
「下等種よ! 恐れ慄くが良い!」
ノスグーラは前進するカイザーゴーレムの姿に満足していた。
いくら自分に深い傷を負わせたとは言え、魔族達は素手だ。おまけに魔法は使えないようであるため、岩石で出来たゴーレムを破壊することは出来まい。
あとは上空からの攻撃を警戒するだけだが、それくらいなら手負いの魔王でも造作もない。
「ゴーレムよ、下にいる虫どもを潰せ!」
ノスグーラが命令すると、土をボロボロとこぼしながらゴーレムは片足を上げる。
しかし、動きの遅い岩の塊に被手術兵が攻撃をくらう訳がなかった。
下にいる虫けら達はヒョイヒョイと攻撃を避け続け、ノスグーラは空中から攻撃を仕掛けてくる魔族の迎撃に手一杯。
不利な状況を覆せなかった焦燥感がノスグーラを苛立たせる。
「ぬぅぅ…! ゴーレムよ、あそこの城門を破壊しろ!」
約1km先の城門の上には、多数の人間が居座っている。奴らはどうやら
しかし──
「む…?!」
ゆっくりと開いた門扉。
そこから現れた『物』に魔王ノスグーラはトラウマ級の見覚えがあった。
「太陽神の使者の鉄竜?!!!」
脳裏に忌々しい記憶が蘇る。前回の侵攻では、魔王軍はあれの放つ強大な爆裂魔法に手も足も出なかったのだ。
そして彼は反射的に空を見上げる。
(良かった…! 空を飛ぶ鉄竜はいない…)
気を取り直し、彼は命令した。
「ゴーレムよ、あの鉄竜を踏み潰せ! 急ぐんだッ!」
だが、ゴーレムは動く前に鉄竜の爆裂魔法によって胸の核を貫かれた。
核を破壊されたことによってゴーレムは魔力による制御を受け付けないただの岩の塊へと戻り、ガラガラと崩れ落ちていく。
「相も変わらず、なんて威力をしてやがる…!」
足場を失った魔王もそれと共に落ちていき、ノスグーラは瓦礫の山の上で絶望した。
周り半分を囲まれており、筒のような物が向けられていたのだ。
『追い討ちをかけるぞ。各員射撃開始! 撃て!』
ダダダダダダダダッ!!!!!
弾丸の嵐が魔王に襲いかかる。トドメを刺すのに銃を使う理由は、至近距離で自爆でもされたら危険だからであった。
オーガにはほとんど効かなかった7.62mm弾だが、その時は距離が500mほど離れていたから効かなかったのもあるのだろう。なら、至近距離で撃てば十分な効果が与えられるはずだ。
「くっ…魔力量が心許ないが、この程度なら…」
防御魔法を展開し、なんとか逃げようと歩を進める魔王。それを見て銃火器を替えたのが数名。
『対
「ぐぅっ…?! なんて威力だ…!!!」
魔王の顔に焦りが見られ始め、金色の膜のような防御魔法が強く光る。
しかし、彼に引導を渡したのは人間ではなかった。
「はっ…! 太陽神の使者の鉄竜!」
先程までは遠目にしか確認出来なかったのに、いつの間に…!
鉄竜はその砲口を魔王へと向けた。
AIによって制御される無人の車体と砲塔は、相手が空を飛ぶ被手術兵であろうと脅威の命中率を叩き出す。目標が地面をのらりくらりと歩く目標なら命中はほぼ確実である。
「お…おのれぇぇぇぇ!!!!」
砲口が火を噴き、音速の何倍もの速度で徹甲弾が発射される。
砲弾は魔王の防御魔法を難なく撃ち抜き、胴体部分を爆散させた。