22話:諜報員達の憂鬱
トルメス城下町の宿屋
第一文明圏の列強国、世界最強の国である神聖ミリシアル帝国の情報官ライドルカは、城塞都市トルメス南の地区の宿屋の一室で、恐怖に震えていた。
古の魔法帝国の遺産とされる魔王ノスグーラ。その生物兵器がどの程度の魔力を持ち、どういった魔法を以て戦うのかを調べるのが彼の仕事であった。
「まさか…文明圏外の新興国が倒しちまうとはな…」
伝説の魔獣と呼ばれるレッドオーガ、ブルーオーガのタフネスさは凄まじく、トーパ王国の騎士が束になってかかってもビクともしなかった。
それが、彼が見た限りでは日本国の兵士達が素手でボッコボコにして殺害していたのだ。
おまけに日本国の軍隊は50人程で魔王ノスグーラと魔王が召喚した『カイザーゴーレム』を撃破。
オーガ達を素手で撃破した彼らだが、魔王すらも素手で圧倒していたのだ。
「こんな報告書、誰も信じないだろうな」
⚪日本国の軍隊には『魔人』が複数人存在し、それらは素手でも魔王ノスグーラに匹敵する強さを持つ。ただし魔力反応は感じられないため、魔法は使用していないと思われる
⚪日本国も魔導銃を配備しており、こちらも魔力反応を感じられないため、第2列強であるムー国の物に近いと思われる
⚪日本国は『戦車』と呼ばれる攻城兵器のようなもので魔王にトドメを刺したが、こちらも魔力反応は感じられなかった。聞くと、『えーあい』と呼ばれる何かがその鋼鉄の身体を操作しているらしく、日本軍の従魔か生物兵器かと思われる
⚪魔王は死に際に『間もなく魔法帝国がふっか…』と何かを言いかけたらしいが、その前に『魔人』にトドメを刺された模様。文脈から判断するに『間もなく魔法帝国が復活する』と言いたかったのではないかと思われる
嘘みたいだろ? これが正式な報告書なんだぜ?
これを書いた本人にですら、
あまりにもクセが強すぎて、ライドルカは『魔法帝国が復活する』という言葉のインパクトが薄れてしまいそうな気がしてならなかった。
上の人達がこれを真に受けてくれるのかが心配だったのだ。
「とりあえず本国に報告するか…」
宿にある荷物をまとめ、彼は帰国準備を急いだ。
中央暦1639年9月31日──
東京 最高検察庁
元パーパルディア皇国監察軍東洋艦隊所属 特A級竜騎士レクマイア
レクマイアは困惑していた。
彼は25日のフェン王国への懲罰的攻撃の際、海上自衛隊の護衛艦『みょうこう』に撃墜され、殺人未遂、放火の現行犯で逮捕されていたのだ。
(しっかし、ワイバーンだけが死ぬ攻撃か…)
彼が見た限りではワイバーンだけがいきなり即死し、乗っていた竜騎士達は海面に打ち付けられるまでは生きていたのだ。
そして彼だけが生き残った理由は、完全に運が良かったからである。導力火炎弾による攻撃をした後であったため、他の皆と比べると低空で飛行していたのと、完全に垂直ではなく、ある程度水平方向に落下したからだと思われる。
取り調べに来た取締官には皇国の技術や素晴らしさを説き、文明圏の国々よりも皇国がはるかに進んでいることを朗々と語ってみせた。
しかし取締官は特に驚いた様子を見せず、皇国民が蛮国の人間を相手にするときのような『何も知らない者に対する哀れみ』の態度も見て取れたのだ。
「ちっ! 蛮族めが…」
レクマイアは困惑する。
まさか皇国の偉大さを知らない国がいたとは思わなかったのだ。しかも自分は頭のおかしい蛮族のような目で見られ、皇国民であるプライドがズタズタだ。
しかし彼の日本への認識は、日本国に近付くにつれて変わっていく。
最初に驚いたのは整備された港の美しさ、そして自動車と呼ばれる大量の鉄の箱であった。
しかもこれは、今は諸事情でそう出来ないらしいのだが、全自動で目的地まで連れて行ってくれるのだと言う。
留置所という場所も非常に快適であった。
今まで皇国軍は戦争に負けたことはないが、不慮の事故で捕虜を取られた例はある。彼らの末路はだいたいが拷問された後に処刑という悲惨なものであったが、日本は違った。
捕虜ですら冷暖房完備の部屋で寝れるのだ。おまけに1日3食、非常に美味い飯が出てくる。
そしてそこに3日間置かれた後、レクマイアは日本の実質的な首都であるという東京へ移送された。
最高時速600kmという巨大な鉄の箱に乗せられ、その箱の揺れの少なさや快適さ、窓を通して見る日本の都市群には目を回し続けた。
いよいよ東京に近付くと、恐怖を感じ始める。
天を貫かんとする巨大な建築物郡、空中を通る回廊、自動車が街に溢れ、空にはワイバーンロードよりもはるかに速く、大きい鉄竜が飛んでいた。
「この国は…危険だ…!」
このままでは外務局がいつものように「蛮族を滅する」と言って日本国に戦争をしかけるだろう。
だが、局地戦であろうと総力戦であろうと、皇国が勝てるはずがない。
彼は検察庁で聴取を受けつつ、祖国の未来を憂うのだった。
中央歴1639年10月6日午前──
第2文明圏ムー国 アイナンク空港
技術士官マイラスは軍を通したムー外務省からの急な呼び出しに困惑していた。
呼び出し先は空軍基地が併設されているアイナンク空港であった。
「わざわざ空軍基地に呼び出すなんて、一体何の用でしょうか? 部長」
軍服の着た情報通信部部長、マイラスの上司。
横には外交礼服を着た男2人が立っていた。
「何と説明しようか…端的に言うと、正体不明の国の技術水準を探ってもらいたい」
外交官らしき男が口を開く。
「グラ・バルカス帝国のことですか?」
「違うが、こちらも新興国だ。本日、我が国の東側海上に帆船ではない白い船が1隻現れた。海軍が臨検すると、『日本国』と名乗っていたそうだ」
「ああ、ロウリア王国を敗北に追い込んだ国ですね。帆船じゃないとなると…魔導船でしょうか?」
「いや、魔力反応は感じられなかったらしい。恐らくは機械動力船と思われる」
マイラスは驚いた。
今までムー以外に機械動力船は存在しなかったからである。
「それだけではない。我が国の技術水準を見せるために会談場所をアイナンク空港に指定したら、なんと飛行許可を願い出てきたのだよ」
「…それもまさか…」
「そうだ。しかも船から飛んできたのはワイバーンではなく、飛行機械だった」
「なっ…?!」
「先導した空軍機によれば相手は時速300km程で飛行したらしい。しかもやろうと思えば、もっと速度を出せるそうだ」
「…つまり、それを見てくれと言うことですね?」
「そうだ、話が早くて助かる。会談は1週間後に行われるので、それまで彼らを観光に案内し、我が国の技術水準の高さを見せつけ、同時に相手国の技術水準を探ってくれ」
「わかりました。やってみます」
マイラスは解散後、足早に空港へと向かう。
そして日本国の外交官が乗ってきたという飛行機械を見て舌を巻き、重い足取りで空軍詰所の応接室へと向かい、日本の外交官達に会う。
本格的な案内は明日からとするため、今日はアイナンク空港と近場の海軍基地を案内する予定だ。
「それでは、長旅でお疲れでしょうから、本格的にご案内するのは明日からとします。本日はこのアイナンク空港と近くに海軍基地へとご案内します」
「よろしくお願いします」
マイラスはさっそく、空軍格納庫内に
格納庫に入ると全体が白く、青のストライプを施された機体が用意されていた。
ムーの誇る最新戦闘機『マリン』である。
「この飛行機械は我が国の最新戦闘機『マリン』です。最大速度はワイバーンロードよりも速い時速380km、前部に機銃を搭載しており、空戦能力もワイバーンロードより上です」
自信満々の説明を終えて、マイラスは2人の顔を見る。
2人はポカンと口を開けて、「「はぁ」」と間の抜けた言葉を発していた。
「はぁ〜…複葉機でしたっけ? これ」
「御園さん見てくださいよ。ちゃんとした星型のレシプロエンジンですよ。このレトロな感じ、いいですねぇ〜!」
2人の反応が予想していたものと違い、彼は不安ながら質問をした。
「日本国には内燃式のエンジン以外にどういった選択肢がありますか?」
「日本にはジェットエンジンと呼ばれるエンジンがありますね。だいぶ前に反物質エンジンも発明されましたが…あれは価格が非常に高いのであまり普及していません」
「はんぶっしつエンジンですか…へぁ〜それはスゴい。ちなみにどんな構造なのですか?」
マイラスは反物質エンジンが何なのかは知らなかった。
「それは…法で禁じられているためお答えできません」
「ちなみに蒸気機関はどうでしょう? あれは航空機には適しませんよね?」
「動態保存中の列車が存在しますが…そのほとんどはクワ・トイネ公国に提供しています」
もしかしたら日本国は航空技術においてムーを完全に凌駕しているかもしれない。マイラスは恐る恐る尋ねた。
「ちなみにですが、日本の戦闘機はどのくらいの速度が出るのでしょう?」
戦闘機は速度が重要だ。一撃離脱戦法が主流の現状だと、速度が速い方が圧倒的に有利である。
御園と佐伯は目を合わせると、顔を近づけてヒソヒソと話し始めた。
(まず…航空機とドローンってどう区別されてるんだっけ?)
(3m以下の無人機はドローン。それ以上の大きさは全て航空機に分類されてます。無人であろうとなかろうと)
(じゃあ戦闘機は…空戦をするための航空機で良いのかな?)
(良いんじゃないですかね…)
「失礼、無人戦闘機であればマッハ1〜14。有人であれば最高時速マッハ4くらいですね」
「…ッ?!」
(無人戦闘機? なんだそれは?! 例え撃墜されても人的被害がないのか?! 操縦はどうするのだ?! てかマッハ14ってなんだ?! マリンの何倍だよ!?)
「ははは…是非見てみたいものです…。では、こちらへ…」
その後も色々と質問をすると日本の実態が見えてきた。
ムーよりも遥かに高い技術力を持った、人外魔境だ。
なんと航空機だけでなく車も無人で走るらしく、電車に至ってはマリンの2倍ほどの速度が出る代物があるらしい。『被手術兵』と呼ばれる軍人に関しては、もはやSF小説の域だ。
マイラスは急に腹痛を感じ、移動の車の中では終始真っ青な顔をしていた。
海軍基地に着く。
そして彼は2人をムーの最新式戦艦である『ラ・カサミ』の所まで連れて行った。
ロウリア王国で撮られた魔写を見る限り、日本は高い技術力を持っていても、軍船は主砲1門しか付いておらず、装甲もムーの戦艦に比べたら貧弱だろう。撃ち合えば、よぼとの事がない限り負けることはない。
(今回こそは自慢できるぞ…!)
彼はここまで日本に驚かせられてばかりだったので、少しでも列強2位の雄姿を見せたかったのだ。
しかし、ここでも日本人2人は予想外の態度をとる。
「御園さん、見てください! 戦艦ですよ! 戦艦!! やはり戦艦は男のロマンですね!!」
「佐伯さんはしゃぎすぎですよ。しかし、記念艦の三笠にそっくりですね」
(ん…? 戦艦を知っている? しかも、そっくりだと?)
「日本にも戦艦があるのですか?」
「はい、だいぶ昔の事になりますがね。約700年前、大日本帝国と呼ばれていた頃、日本も立派な戦艦を持っていたのですよ。今はありませんが」
「へぇ…ちなみに、今後戦艦を建造する予定はありますか?」
「我々の世界では大艦主義がある程度復活してきていましたが…戦艦という艦種はもう建造されないでしょうね」
「この世は弱肉強食です。なぜ戦艦を造らないのでしょう?」
「うーん。時代の流れですかね?」
「ところで先ほど記念艦に似ていると仰ってましたが、日本にも似た鑑があるのでしょうか?」
「あ、はい。『三笠』と呼ばれる戦艦がありまして、約700年…と言っても大戦の前ですね。その時の連合艦隊の旗艦です。『ラ・カサミ』にそっくりなんですよ」
日進月歩の機械動力船で、700年もの歳月をかければ劇的な進化を引き起こす。
認めたくないが、日本はムーよりもはるかに技術が進んでいる。
マイラスは一通りその日の案内を終え、ムー首脳陣に届く報告書を書き上げた。
普通なら受け入れられないような内容の報告書であったが、敵対の意思はなく、先進技術を保有している可能性が大いにあるため、数日後にムーと日本は国交を締結することとなった。