パーパルディア皇国 皇都エストシラント
周辺国より搾取した富で潤う、「悪魔のような国」の名に相応しい都、エストシラント。
そこをズンズンと曇った顔で歩く美しい女性がいた。
レミールである。
緊急の呼び出しに睡眠を妨害された彼女は、振り切れそうな不機嫌ゲージをなんとか堪え、第1外務局へと向かっていた。
「どうしたのだハンス?! 呼び出すほどの事ではなかったら許さんぞ?!」
「レミール様、まずはこれに目を通してください」
束ねられた簡易報告書。
題名は『アルタラス島陥落に関する報告書』であった。
「…な、なんだ…これは…!」
パーパルディア皇国の歴史上、植民地が独立、もしくは奪還されたことは1度もない。
まさに前代未聞、青天の霹靂である内容にレミールの手は怒りで震えていた。
「…概要を説明します。本日早朝、在アルタラス皇国軍は日本国からの侵攻を受け、数分でほぼ全部隊が消失いたしました。この機会を見計らったかのように原住民の反乱が起こり、アルタラス統治機構は降伏し、アルタラス王国が独立を宣言いたしました」
それだけでなく、アルタラス島の西側海域で試験航行をしていた最新型の竜母『ヴェロニア』とその護衛の戦列艦が、積載されていたワイバーンオーバーロードごと鹵獲され、アルタラス王国の戦利品となったらしい。
最後に入った通信は『日本の魔人に船長が斬り殺された!』と報告しており、こちらも日本国の仕業と見て間違いなさそうだ。
「〜〜ッ何故だ! なぜ文明圏外の蛮国に皇国がこうも連敗するのだ!」
「実は…今回の攻撃には、飛行機械が使用されていたようなのです」
「飛行機械だとッ?! それはムーしか造れないはずじゃ…」
飛行機械とはムーが生産している、魔法に頼らず科学の力で空を飛ぶ兵器である。
皇国がワイバーンロードを開発したのはこの飛行機械『マリン』に対抗するためであり、それでも空戦能力が劣るため、ワイバーンオーバーロード種が新たに開発されたのだ。
その最新兵器が無傷で元属領に奪われたというだけでも皇国にとっては悪夢であるが、彼女らの頭はそれどころじゃなかった。
「ということは…代理戦争か! ムー大使を呼べ! 私が直接審問する!」
「承知しました」
パーパルディア皇国史上最も忙しい時間が始まる。
カイオス邸
カイオスはアルタラス島陥落の報を受け、恐怖していた。
彼はレミールに仕事を奪われ、暇になった時間を活用して、独自に日本の調査に乗り出していたのだ。
「なんっ…てことだ…!」
そこで明らかになったのは、日本という国が持つ、新興国家では考えられないほどの国力であった。
とある商人から譲り受けた
非常に鮮明な魔写が大量に使われ、皇国の兵器に関してはある程度の差異はあれど、ほぼ全てが正確に分析されている。
そして第3文明圏では最強である皇国産の兵器の性能を全て知った上で、この雑誌は『日本の圧勝』と記しているのだった。
「もはや屈辱を通り越して…何と言えば良いか分からんな」
皇国の魔導銃の完全上位互換である銃や、それの銃弾を防ぐ鎧。大地を蹂躙する『鉄竜』や空を飛ぶ『鉄竜』。
例の『魔人』に関するページもあった。
「…この戦争は負けるな」
先日、何とか日本の外交官と秘密裏に接触することができ、日本との外交の窓口となる通信機器を自宅に設置することは出来たのは祖国にとってこれ以上ない幸運だ。
しかし狂犬レミールが日本との外交担当の座に居座り続ける限り、ここまで栄華を極めた皇国に破滅の道以外に選択肢はない。
「…祖国よ、汝を滅ぼしてたまるものか!」
以後、彼は生まれ育ったパーパルディア皇国を救うべく動くこととなる。
皇都エストシラント 第1外務局
──コンコンコン。
会議室の扉がノックされ、ムー大使が入室する。
ムー大使のムーゲとその他の3人は会議室に皇族であるレミールがいることに驚いた。
「それでは会議を始めさせていただきます」
するといきなり、レミールが切り出す。
「我が国が日本国と戦争状態に突入していることはご存知かと思うが、今回のムー国の一連の対応についてご説明願いたい」
「承知しました。このたびの貴国と日本国の戦争は激戦となる可能性があります…主にフィルアデス大陸で。そのためムー政府は国民の安全を確保するために貴国からの避難指示を発令するに至りました」
その説明を聞き、レミールは顔を曇らせた。
「いえ、上辺はいいのです。調べはついています。本当のことを話してもらえませんか?」
「は?」
「アルタラス島において日本国からの襲撃がありました。その際、『飛行機械』が目撃されているのです。本当の事を話してください」
ムーゲは最初は混乱したが、直に全てを悟る事となった。
(何故ムーが疑われるのだ!?!! まさか…まさか皇国は日本のことをろくに調べていない…?)
「えっとですね…貴国は重大な勘違いを犯しておられるようだ。日本国は我々よりも遥かに進んだ飛行機械をお持ちなのですよ」
「なんだと? 文明圏外の蛮族が我々のような列強よりも優れた技術を有しているとでも言いたいのか?」
彼はまさかがそのまさかだと知り、驚愕する。
「いいえ、ですが日本国は例外です。彼らが転移国家であることをご存知ないのですか?」
「あ? それは自称だろう? 貴国は蛮族の戯言を信じるのか?」
「信じます。ムー以外では単なる神話と思われていますが、我が国もまた転移国家なのですよ。そして日本国は旧世界の友好国であることが判明いたしました」
ムーゲが部下に目配せをする。
すると部下は鞄の中から数枚の写真を取り出し、机の上に並べて見せた。
「右は日本国、左はムーの飛行機械です。これを見て納得して頂けると幸いなのですが…」
ムーの飛行機械は見慣れた『マリン』であり、プロペラと翼が2枚、縦についていた。
それに比べて日本国のは…
「これが飛行機械…?」
「ええ、パイロットが要らない飛行機械だそうです。情報によると音の10倍以上の速さで飛ぶとか」
見た目がのっぺりしており、どこからどこまでが翼なのかが分からないこれが、音の数倍以上で飛ぶ…?
そもそもパイロットが要らないというのが理解できない。
「はっ! こんなの嘘に決まっておる! 音の数倍など…そんなの魔帝の兵器じゃないか?!」
「にわかには信じ難いのですが、信じてもらうしかないのですよ」
「じゃあこれは何だ! これは人面ワイバーンか何かか?!」
レミールが指をさした魔写にはいわゆる『被手術兵』が写っていた。
これを見て生きていられた皇国人は全員が捕虜として収監されているため、彼女の元にこれについての情報は入ってこなかったのだ。
「いえ、それは俗に『魔人』と呼ばれる日本国の兵士です。こちらも音速以上で飛ぶことが可能らしく、他にも様々な種類がいるようです」
「魔人…? 魔王か何かか?」
「いいえ、それとは全く別物らしいですが、それ以上に強いと我々は判断しています。そもそも魔人というのは我々がそう呼称しているに過ぎないのですから」
皇国側の顔色がどんどん悪くなっていく。
ムーゲは皇国が怒りに狂い、日本のことをろくに調べもせずに宣戦布告と殲滅戦を言い渡したのだなと内心呆れた。
「…最初に申し上げましたが、ムー政府は国民を守る義務があります。このままでは皇都が灰燼に帰す可能性もあると判断し、ムー国民に避難指示を出したのです。我々ももう間もなく引き上げます」
彼は続ける。
「戦いのあと、まだ貴国が
パーパルディア皇国側がただただ絶句する中、ムーゲの言葉を最後に会談は終わった。
彼の言うことが真実であれば、自分らは超列強国を相手に挑発し、あろうことかその民を処刑するように命じてしまったのだ! 相手国の外交官の目の前で!
「…さて、これからどうするかな」
ここでレミールが心を入れ替えて素直に謝罪していたら、この世界線でもパ皇が滅ぶことはなかっただろう。
しかし、彼女は自らの運命を変えることはできなかった。
「ムー大使が言っていたことが本当だとは限らん。ムーが我らを謀って、実際に代理戦争を行っていたとしたら、まだ我々にも勝機はある」
第2列強を相手にどれだけ戦えるかは分からないが、途中で神聖ミリシアル帝国にでも仲介を頼めば止めてくれるだろう。
それどころか上手く行けば、皇国が列強2位の座に着くことも十分可能だ。
「とりあえず当面の相手は日本国だ。ムーの支援を受けたからと言って、我が皇国を侮辱したことは許さぬ。変わらず殲滅するぞ!」
「「はっ!」」