クワ・トイネ公国と日本国の会談から遡ること数時間前──
マイハーク防衛司令室
「ノウカ司令は何だと思いますか? 例の光翼人の正体」
若手の幹部が司令に問う。
「うむ…俺は見ていないから言いようがないな。そもそも接触した事自体が嘘なのかもしれないのだから」
原作の世界線では「P-3C」という大型の哨戒機をマールパティマだけでなく第6飛竜隊の全員、そしてマイハークの住民や騎士団が目撃しているため、与太話ではなく真実として周知されていたが、この世界線ではそうにも行かなかった。
「その接触した竜騎士が、とても会話を出来そうにない精神状態ですからね…。一部では彼が実績欲しさに虚偽の報告をしたとも…」
「そもそも我が国より東に国はないし、北東方向には群島と集落があったはずだが、有翼人の類は確認されていないからな」
ノウカは自分の考えを整理するように、推論を続ける。
「本当に光翼人なら国交締結などするはずがないし、俺は嘘だと考えている」
「ですよね…」
経験の浅い若手幹部も、この時ばかりは司令と同意見だった。
「ところで例の竜騎士、マールパティマの処遇はどうするつもりですか?」
彼が問う。
するとノウカ司令はバツが悪そうにお茶を濁した。
「…それは真実かどうかを見極めてからで良いだろう」
実際に軍内部でマールパティマは「狼少年」だの「世界を揺るがした詐欺師」だのさんざんな言われようであり、良くて降格、悪くて除隊等の処置を受けるはずだった。
それでも彼が処罰を受けていないのは、ノウカ司令の勘にも似た何かがそれを許さなかったからである。
ノウカ司令は何を考えているんだ…?
若手幹部は不安を隠しきれずに肩を落とす。
次の瞬間、その不安に呼応したように通信員が金切り声をあげた。
「司令! 司令!!」
「何事だ?」
「軍船ピーマから報告! 『白地に赤丸の旗を掲げた大型船を発見。現在地、マイハーク港から北へ60km。これより接触をはかる』とのことです!」
「やはり来たか…日本国…!」
ノウカ司令はどこか嬉しそうに武者震いをする。
若手幹部はさっきと言っている事が矛盾している司令に怪訝な面持ちになった。
「軍船ピーマと言えばミドリ船長の船か? 相手が何者か分からない以上、不用意に刺激したくない。接触にあたっては受傷事故防止に十分配慮するように指示せよ」
「了解」
指示は通信員から軍船ピーマへ、適切に伝達された。
クワ・トイネ公国海軍第2艦隊所属の軍船ピーマは、帆をいっぱいに張り、船から突き出たオールを太鼓の音に合わせて漕ぎ、謎の大型船へと向かって行った。
報告によれば相手の目的は外交だが、付近にある全ての軍船は戦闘態勢へと移行している。
それは相手が「光翼人」の可能性があり、場合によっては即交戦という事態も大いに有り得たからだ。
なぜ私がこんな貧乏くじを…!
軍船ピーマの船長ミドリは心の中で悪態をついた。
相手がロウリア王国海軍なら、ある程度は立ち回れるかもしれない。
だが相手が光翼人であれば、どうやっても勝ち目はない。
しかも──
「副船長、あれは船…か?」
「私には小島が浮いているようにしか見えません…」
目標との距離が正しければ、その船の全長は200mを優に超えている。
ミドリだけでなく、船に乗る全員があまりの大きさに絶句し、顔の色を失った。
「ッ…?! ミドリ船長! 羽虫が飛んできますッ!!」
突然、見張り台の監視員が叫ぶ。
ミドリと副船長は望遠鏡を覗き、監視員の報告にあった例の物体を確認した。
「副船長、何だねあれは?」
「私に聞かないでください。あの大型船から飛来したとしか答えられません…」
「それは私も分かっている」
2人は自分でも驚くほど冷静になり、しばらく観察を続ける。
確かに、見れば見るほど羽虫にしか見えなかった。
「全乗員に告ぐ。攻撃を受けない限り、あの羽虫に攻撃を加えるな。恐らくは日本国が使役する魔獣であろう」
船長ミドリはひどく冷静であった。
何か未知の「物」を見たのは確かなのだが、口から感想が出てこなかったのだ。
「例の竜騎士も同じ思いをしたのだろうな…」
彼はマールパティマを「稀代の嘘吐き」と野次ったことを心の中で謝罪する。
そして、険しい顔を崩さずに乗組員に伝えた。
「これより超大型船と接触する。諸君は私の指示、もしくは攻撃を受けない限り、決してこちらから攻撃してはならない。また、相手の正体は不明だが、もしかすると新興国かもしれん。国と国とのやり取りになるため、不用意に高圧的な態度をとることを禁ずる。わかったな」
「はい!!」
船長ミドリは超大型船の乗組員の誘導に従い、同船に移った。
日本国海上自衛隊 護衛艦『いずも』
「艦長、見てください。タイムスリップしたような気分ですよ」
薄暗いCICの中で、偵察用に飛ばしたドローンからの映像が画面に映る。
画面の帆船は、軍船ピーマであった。
「…我々は本当に異世界に来てしまったのだな…」
突然他国との通信が途絶し、人工衛星の信号すら探知不能となり、まったく別の星に転移してしまったことを知った日本国政府は、海上自衛隊、海上保安庁の無人、有人哨戒機、及び長距離の飛行が可能な手術ベースの自衛隊員を各方面に飛ばしていた。
日本国は一国では生きていけない。早急に文明のある国々と国交を結び、食料を確保することが絶対に必要であると判断した日本国政府の行動は、かつてないほど迅速であった。
そして各方面に飛ばした自衛隊員のうちの1人が、謎の生物に搭乗する人間と接触、コンタクトを図り、政府の声明文を伝えることに成功。
国交締結の可能性を見出すため、海上自衛隊最大の護衛艦『いずも』に外交官を乗せて派遣することに決めた。
軍備に疎い者が見たなら、一見して空母に見えるこの艦。
名目上は護衛艦であるが、その実質はやはり空母であった。
何が起こるか分からない異世界開拓にこの艦が選定されたのは、有人のヘリコプターや戦闘機だけでなく、様々な種類、大きさの無人機、そして多人数を収容できると言った、即応力・汎用性の高さが理由だ。
多人数を収容出来るという事は、手術済みの自衛隊員を多く乗せられるという強みでもある。
制空戦闘は戦闘機、無人機、飛行可能な者。
海中、海上の相手には無人哨戒機、無人攻撃機、水中戦闘が可能な者。
そして
特に改造を施された人間の戦闘力は生身のそれとは一線を画すものがあり、被手術済みの人間の多さはそのまま組織の戦闘力に直結する。
この世界線に存在する地球の空母は、まさに洋上に浮かぶ要塞であった。
「地球と同じであれば、あの船は矢の打ち合いの後、乗員同士の斬り合いによって勝敗が決するのだろうな。原始的だが、
「戦闘状態に突入した場合、隊員の心のケアが大変そうですけどね…」
何から心のケアをするのかと言うと、この場合はあまりにも一方的な戦いによって起きる大虐殺の事を示す。
「おいおい滅多な事を言うんじゃないよ。我々は自衛隊だぞ?」
そう、我々は自衛隊である。
相手に敵意が無い限り、こちらから攻撃することはない。特に、この世界の構造がどうなっているのか全く不明の状況で、現地の人々を傷付ける訳にはいかない。
『いずも』は細心の注意を払って減速し、舷梯を下ろす搭乗口を開いた。
「すごいな。歴史の教科書を見てるみたいだ」
相手の装備を見た隊員が呟く。
その場にいる全隊員も同意見だった。
随伴艦がいないため、武器を持たない隊員達が誘導し、舷梯から現地人数人を招き入れる。
隊員達が現地人を『いずも』の甲板へと案内させ、甲板で待っていた外交官が彼らと話をすることになった。
ミドリは困惑していた。ここは本当に船の上だろうか、と。
騎馬戦が出来てしまうではないか…!
甲板に他に人はいないようだが、これほどの大きさの船であれば、乗組員は想像もつかぬほどいるのだろう。
仮に彼らのうちの誰かを斬ってしまえば、自分たちは生きては帰れない。
しかしこの場合、乗組員の数は関係なかった。
何故ならミドリの率いる船団の乗組員全員が武装して乗り込んでこようが、場合によっては数名の隊員でも対処出来るからである。
そして彼は、もう1つ間違いを犯している。
目の前にいる隊員達は
『
海底火山付近に生息する巻貝の1種。体表に硫化鉄を含んだ鱗を持っており、鉄の鎧を持つ生物として注目された。
『
イモガイの1種。歯舌が特化した神経毒の毒腺が付いた銛で他の動物を刺し、麻痺させて餌とする。この種の場合、その毒銛は連射可能。
『
ザリガニ類の酷似する。第1脚は強大で鋏をもち、各体節に多数の棘が列生する。
『
純淡水性のカニ。これ以上の説明は不要とする。
『
鋭い嗅覚と遊泳力を持つ昆虫。特筆すべき戦闘力は無いが飛翔可能。甲殻類ほどの防御力は無くとも、甲虫類であるため、防刃性を持つ服と組み合わせれば、刃物類に対する防御力は十分なものとなる。
等など…。
ちなみに彼らは正規の戦闘員ではなく、戦闘支援要員であるため、実力は中の下ほどである。
それをミドリ船長が知る由はないが、ひとまず彼は勇気を振り絞り、口を開いた。
「私はクワ・トイネ公国第2艦隊所属、軍船ピーマ船長ミドリです。貴船の国籍と、航行目的を教えて頂きたい」
とは言ったものの、国籍と航行目的は予想通りだった。
「私は日本国外務省の田中と申します。我が国、日本国政府は、貴国と交流を持ちたいと考えています。状況によっては、国交締結まで視野に入れております。貴国の担当者にお取次ぎいただけると、幸いなのですが」
やはり事前の報告にあった通りだ、と彼は思う。
同時に、マールパティマに2度目の謝罪をした。
「分かりました。その旨を本国に伝えますので、しばらくお待ちください」
このようにして日本国とクワ・トイネ公国の2度目の接触は特に何事もなく終わる。
──はずだった!
「ところで、もし可能であれば貴国の光翼人に会わせては頂けないだろうか?」
当然、日本側の面々は困惑した。
光翼人という単語を知らないからだ。
「はて…光翼人とは何でしょうか?」
「知らないとは言わせませんよ。先日、我が国の竜騎士が接触した空を飛ぶ女性です」
竜騎士…? ああ、報告にあったあれか。
となると、あいつだな…。
全員が顔を見合わせた。
「島上 夏燕子さんですね? お呼びしましょうか?」
「おお! そうだ! そのカエコとやらに会いたい!」
しばらくすると、例の人物が甲板に上がってきた。
短く切られた黒髪が特徴の、天真爛漫な女性だった。
「初めまして! 島上 夏燕子と申します!」
ビシッと敬礼をする彼女。
しかし、何かがおかしい。
「えっと…本当に同一人物なのだろうか? 報告には腕がなく、代わりに翼があったと聞いていたが…」
そう、彼女の手は普通の人間の
「ああ、その事ですね。隊長、変態許可を」
「許可する」
変態…? 若い女性がムサい男どもに囲まれた場でいったい何をするつもりなのか。
ミドリはこれから起こることを直視して良いのかを迷う。
そして彼女が上着を脱いだ時は、本当に自分の想像通りのことが起きるのではないかと懸念した。
「…なんだねそれは?」
「変身薬の入ったアンプルです。鳥類型はこれなんですよ」
「はあ…?」
何から何までが分からない。しかし、目隠しをする必要は無さそうだ。
彼女はミドリ船長から見たら異常に透き通った透明なガラス容器内の薬液を飲み干し、こう呟いたのだった。
「人為変態…!」
『
スズメ目ツバメ科ツバメ属に分類される鳥類。喉と額が赤く、腹は白い。
翼が大きく、飛行に適した体型であり、人類がその形を真似た物にジェット機がある。
「なッ…?! なんだ?! 腕が…翼に…?!」
ミドリを含め、クワ・トイネ公国の人間達は目の前の出来事に腰を抜かし、自らの目を疑った。
彼女が怪しい薬を飲んだと思ったら、彼女の腕が段々と鳥の翼のように変化していったのだ。
「よし、飛べ」
「了解!」
彼女が羽ばたくと強風が巻き起こり、ミドリ達が呆気に取られている間にも、彼女の姿は大空へと遠く消えて行く。
「彼女は獣人か?! それとも魔物か?!」
彼らの常識からすれば、彼女は獣人か魔物のどちらかだった。だが獣人にも空を飛ぶやつはいないし、あの娘が魔物のような感じはしない。
あまりの衝撃に腰を抜かし、歩けなくなったたミドリ達は隊員達はよって安全な場所へと運ばれた。
「さて…彼女が戻ってきますよ。最高時速で甲板を通過するよう伝えておりますので、衝撃に備えて下さい」
「へ?」
ビュゴォ!!!!
突如発生した強烈な
目にも留まらない速度であったが、ミドリの目にも黒い何かが通過するのだけは見えた。
「い、今のは…!」
基本的にサイズが大きい物ほど速く飛ぶ事になるため、僅か20cmで350km/hをはじき出すこの鳥が、
「…また速くなったな、あいつ」
その水平移動速度はあらゆる生物の中で──
最速である
後日、ミドリ船長含めその他の人間はこう語った。
「日本には魔人がいる」と。