日本国 防衛省 パーパルディア皇国特別防衛対策室
「意外と簡単に落ちるかも?」
防衛省の職員は先日打ち上げた人工衛星から送られてきた写真を見て呟いた。
デジタル化された写真はパーパルディア皇国を隅から隅まで写しており、その結果、皇国は兵力を集中させすぎていることが分かった。
おまけに基地は街からもかなり離れており、近代戦を経験したことがある日本からしたら間違いだらけである。
「極大サイズの陸軍基地が国内に3つか…。おまけに1つは工業地帯のすぐ近くときている。パ皇は近代戦を経験していないのだな」
「よく我々を殲滅するなどと言ったもんですよ。相手が日本で良かったですねぇ? もし相手がアメリカや中国だったら宣戦布告した次の日には核で吹っ飛ばされてるでしょうに」
「次の日があるのかも怪しいぞ」
「たしかに」
雑談する幹部達。
最近の彼らの日課は、仕事の話も混じえての戦力分析だ。
「それよりも…基地が極大なのは攻撃がしやすくていいんだが、あまりにも死傷者数が多いと戦後処理が面倒くさそうではないか?」
「そうですねぇ…例の『非殺傷性生物兵器』を試してみます?」
「いや、ある程度はアルタラス島での戦闘のように力を見せる必要があるだろう」
「あれは凄かったよなぁ…。あの威力で核兵器じゃないってんだから…」
「核兵器に対して敏感な日本にピッタリですね。しかし、噂では極秘裏に進んでいるらしいですよ、核武装案」
「まあ魔帝が出てきても使うか怪しいがな」
「
「おっとイケね、早く仕事終わらせなきゃ…」
こうして対パーパルディア皇国の作戦概要は作られた。
まず第1段階として海軍の殲滅。
第2段階で皇都エストシラントの北側にある敵極大基地を爆撃、空軍機能を完全に破壊した後、従属化。
第3段階で工業都市デュロとそれに隣接する敵基地を破壊。
第4段階は「とある作戦」の成否によるため、プランはあるが未定。
そして後日、首相の作戦開始の命令により、反撃の火蓋が切られた。
中央歴1640年8月6日──
パーパルディア皇国 皇都エストシラント沿岸 エストシラント港海軍基地
北側にある陸軍基地と対を成す皇都防衛のもう1つの要、エストシラント南側の海軍基地。
第3文明圏で最大規模を誇るこの港はその機能の半分を基地機能に当てており、現在は日本との決戦に備え、皇国海軍の動員可能な戦力のほぼ全てを召集している。
海将バルスは180隻を超える戦列艦と20隻もの竜母が並ぶ光景を海軍本部の一室から眺めていた。
「…索敵網は?」
「はい、命令通り索敵のワイバーンの数を3倍に増やしました。索敵範囲もワイバーンの飛行可能距離ギリギリまで広げています」
ワイバーンだろうとワイバーンロードであろうと、バルスは皇国の兵器が日本国のそれに通用しないことを直感で理解していた。
フェン王国の戦いの戦闘報告を見たからである。
ただ200隻撃沈するならば皇国だって出来る。
しかし全てを無傷で鹵獲するなど、あの神聖ミリシアル帝国でも不可能なのではないか。
他国から来た商人に聞けば、試験航行中の新型竜母『ヴェロニア』もワイバーンオーバーロードごと鹵獲されたらしい。
そんな強力な相手ならば、どう足掻こうと無駄ではないか?
今だけ友好を結び、技術を吸収してから攻め込めば良くないか?
(しかし…負けると知っていても謝罪も降伏もしないのは、列強のプライドが邪魔をしているからだろうな)
色々と言いたい事はあるものの、彼の脳裏では皇帝ルディアスとレミールがキーキー騒ぎ立ている様子が浮かんでいた。
だが、「現実は小説よりも奇なり」とはよく言ったもので、皇国が降伏や講和をしない理由は、上の人間が未だにろくな戦力分析をしていないからであった。
バルスはそれを知らない。
「ん……あれ!? 海将! 索敵網から反応が消失! 飛竜の反応が消えました!」
「位置は?!」
「地図と照らし合わせると…ここです! ここから南南西の方向です!」
「良し! 地上にいる騎を全て離陸させよ! そして空中待機中及び、哨戒中の騎は一旦南東方向へ向かい、通信があるまで待機だ!」
「「了解!!」」
しばらくしてワイバーンロード部隊は全て飛び去り、別働隊も所定の位置につく。
すると、魔信機から報告が入った。
『敵らしき物体を発見! 円盤のような飛行物体と、1000匹を超える羽虫だ!』
『円盤に日の丸を確認! 日本軍です!』
バルス海将は魔信機を手に取り、叫ぶ。
「A部隊は
そして彼は続ける。
「港にいる全艦に出撃命令! 飛行物体が飛んで来た方向に向かえ!」
「「了解!!」」
全力出撃の命令を受けた第3艦隊提督アルカオンは皇国に3隻しか存在しない150門級戦列艦『ディオス』に乗船し、約600隻もの仲間と共に港を出た。
「…主力艦隊の全力出撃は皇国史上初めてだな。いつかこんな日が来るとは思ったが…相手が魔帝じゃないのが残念だよ」
「提督、決して侮ってはいけない相手だと思いますが…」
「分かってる。敵の航空戦力は優秀なワイバーンロード部隊が倒してくれるだろう。さあ、魔帝戦前の肩慣らしといこうじゃないか」
エストシラント海軍基地 南南西方向へ約数十km
「ちくしょう、敵が速すぎる!」
「来るな! 来るなぁぁぁぁ──」
ワイバーンロード部隊と対峙するのは日の丸が描かれた円盤型の飛行物体。
その正体はジン・ハーク上空制圧戦で活躍した『全方位飛行型 無人戦闘機』であった。
『誰かぁ! 助け──』
搭載されているレーザー照射器によって皇国軍はワイバーンだけを殺害され、騎乗している竜騎士は生きたまま海面に叩きつけられる。
青空でワイバーンと竜騎士が踊り狂う、地獄絵図。
竜騎士達は必死に応戦するが、何倍もの速さで飛び回る敵騎を相手にすると、自分らがひどくノロマに感じられた。
「ああクソっ! 下の羽虫も逃がすな!!」
どうやら護衛と制空戦闘の役割を担っているのは円盤だけらしく、下の羽虫はきれいな編隊を組んでエストシラント方向へと向かっていくだけ。
ろくな武装があるようにも見えないが、恐らく海軍基地か皇都を攻撃するのはこいつらなのだろう。
『敵騎後方から友軍を確認! 増援が来たぞ!』
その方向を見ると点のように小さいが、こちら側に大量に向かってきている別働隊の姿が見えた。
『交戦中の友軍に告ぐ、我々はこれより空間制圧射撃をする。至急退避されたし』
遠くの空で200騎を超える友軍が竜騎士団が一斉に導力火炎弾を発射。炎の輝きは星の瞬きのように連続して明滅し、苦戦していた彼らにとって幻想的にすら見えた。
「よし! これで勝てる!」
下で編隊を組んで飛ぶ羽虫は先程の戦闘からずっと真っ直ぐ飛び続けているだけであり、火炎弾の流れ弾が当たりそうになってもろくに回避すらしようとしない。
そのため、彼らは勝ちを確信したのだった。
しかし──
『下の羽虫が編隊を解いたぞ?! しかも、やつら味方にぶつかることなく完璧に回避行動を取ってやがる!』
「なにぃ?!」
まるで群れで海面スレスレを飛ぶ鳥のように完璧なフライト。あんな神業、我々には出来ない!
『ああクソっ! 拍手をする暇もくれないのか!』
『B部隊、交戦開始!!』
しかし円盤は淡々と
「おのれぇぇぇ!! 化け物どもめぇぇぇ!!!」
数十分も経つと、その海域からワイバーン部隊は姿を消し、海面では誰のモノか分からない肉片に海魔が群がっていた。
「飛竜隊…全滅しました。そろそろ例の羽虫と会敵します」
戦列艦『ディオス』の甲板は葬式のような静かさに包まれていた。
ワイバーンロードの数は400近くいたはずなのに、それが全滅? なにかの悪い冗談だろうと誰もが思う。
『前方に報告にあった羽虫を確認! 真っ直ぐこちらに向かって……うわぁぁぁ!!! ────ザザザ…』
目標に向かって全速力で突撃し、爆破する、人間並かそれ以上の判断力がある
対するは、対空兵装が弓しかない木造船。
その戦いを一言で例えるなら、「完全なワンサイドゲーム」であった。
────ヴゥアアアアアア!!!
それを埋め尽くす飛行物体の数々。
無数のプロペラが発生させる空気の振動は、大きなサイレンのような音を共鳴させ、皇国海軍の人員を恐怖に陥れた。
『竜母全艦で火災発生! 鎮火は不可能です!』
『戦列艦「アディス」「マルタス」「レジール」「カミオ」が炎上中! こちらも鎮火は不可能!』
『「ターラス」が爆沈! 粉状魔石に引火したと思われます!』
『第2艦隊全滅! さらに水平線の向こうから敵の増援を確認! 数……多すぎて不明!』
『こちら第1艦隊! 被害甚だ──ザザザ…』
皇国海軍内で行われる魔信では怒号が飛び交い、全方位で上がる大量の黒煙で太陽の光は遮られた。それでも猛烈な勢いで燃えては沈む味方艦の存在で、戦場は明るい。
そのため、黒雲の中から飛び出し、味方艦もしくは自分の艦へと突っ込んでくる羽虫の姿は容易に確認でき、甲板上で起こる大爆発による閃光と轟音で、船員達の精神はゴリゴリと擦り切れていく。
鳴り止まないサイレン音で耳は痛くなり、いつどこから羽虫が飛び出し、自艦へと向かってくるのか分からない恐怖とストレスに狂う者も現れ始める。
中には戦闘することを諦め、いそいそと
「おい貴様ら! 私はまだ退艦命令を出していないぞ!」
船長らしき男が近付き、勝手に退艦しようとしている者達へと近付く。
「そうかよ! じゃあお前は勝手に死んどけ!」
「なっ…?! 貴様! 敵前逃亡と抗命(上官の命令に逆らうこと)は重罪だぞ!」
「構わねえよ! 死ぬのはごめんだ!」
次の瞬間であった。
上空の黒雲の中から例の〝羽虫〟が飛び出し、真っ直ぐ本艦へと向かってきたのだ。
「船長! 本艦に向かって羽虫が急降下してきます!!」
「なっ──?!」
この報告を聞き、何人もの船員が海へと飛び込む。
それにはもはや軍規などなく、ただ強大な敵から逃げたい人間の本性だけが彼らを動かしたのだ。
「早く降ろせ! 巻き込まれるぞ!!」
──ドガァァァァ!!!!
甲板で大きな爆炎が上がり、轟音が船体を震わせる。
火の手はどんどんと燃え広がり、猛烈な黒煙が立ち上た。
「……ちくしょう! あんなの勝てねぇよ!」
この海上における戦いで皇国海軍は全戦闘艦が炎上、沈没。
海に飛び込むなりして生き残った船員達は、後に全員が漂流中のところを海上自衛隊に救助され、一命を取り留めたものの、心的なストレス障害を患った者が多かったという。
数十km先で阿鼻叫喚の地獄が広がっている一方、エストシラント海軍基地では対空戦闘の用意がされていた。
すでに航空戦力、約600隻もの主力艦隊は全滅、パーパルディア皇国の海軍は消滅したかに思われたが…。
「動け! 艦船が存在せずとも我々が皇軍であることに変わりはない! とにかく動くんだ!」
海軍に在籍する全ての者に魔導銃が配られ、陸上配置型の魔導砲を混じえた急ごしらえの対空陣地が構築されていた。
付近の民間人も全員が退避させられており、この短時間でこれら全てをやってのけたのは海将バルスの指揮能力と、皇軍の練度の高さによるものだろう。
しばらくして彼らは、水平線の向こうから迫りつつある敵の姿を確認した。
その数は増え続けており、報告で入った数の何倍もいるように思われた。
『羽虫を確認! 数は500……1000………3000匹以上!』
「対空戦闘用ー意! 射程内に入り次第……撃てッ!」
パパパパパパパパッ!!!
海軍戦列歩兵による一斉射撃。
数機が羽やプロペラを損傷して自爆し、これを確認した『
「何騎かがこちらに向かってきます!」
「第2射! 撃てッ!!」
パパパパパパパパッ!!!
この羽虫の大群は全てが「個」であり「全」でもある。
「個」から得た情報はすぐさま全機に共有され、個々に搭載されたAIが瞬時に合理的判断を下し、「全」として最適の行動指示を出す。
全ての「個」が「全」のための判断をし、行動を実行する。
皇国人から見たら、まるで異質な群体攻撃。
感情も心も持たず、常に全ての為にあらんとする「それ」に恐怖を抱いた者も少なくなかった。
「ダメだ!!! 逃げろぉぉぉぁ!!!!!」
自衛隊のドローン部隊による攻撃は苛烈を極め、港湾施設、武器弾薬庫、海軍本部は完全に破壊され、無人の兵舎だけが取り残される。
この日、パーパルディア皇国はその海上戦力の全てを消失した。