中央暦1640年8月13日──
皇都エストシラント 皇宮パラディス城 大会議室
「それではこれより、緊急御前会議を始めたいと思います」
国家が危機的状況となったときのみに根回しも何もないまま開催される御前会議。
議題はもちろん日本対策のことである。
しかし、国の重役達の顔は暗かった。
「皆さんご存知の通り…今日の午前、エストシラント海軍基地、皇都防衛隊陸軍基地が日本国の攻撃を受け…壊滅しました。まずは軍の現状から説明いたします…」
そんなこと聞きたくない!
しかし、聞く他ない。
参加者達の顔色はますます悪くなっていく。
「海軍の状況は……全滅です。日本襲来時、監察軍東洋艦隊42隻、西洋艦隊13隻も襲撃を受けていたらしく…通信が途絶しました。全滅もしくは鹵獲されたかと思われます」
「「…………」」
皇国の高い技術力で明るく照らされたはずの部屋が、ひどく暗く見える。
まるでお通夜のように冷えきった空気はただひたすらに静かだった。
「次に陸軍の状況です。海軍基地襲撃の少し後、皇国軍三大基地の1つ、皇都防衛隊が日本の飛行機械の襲撃を受け、それ以来連絡は途絶しています」
「「…………」」
彼らは思い出す。
あの立ち上る真っ黒な煙を。
皇都に響いた断末魔を。
「ですが、皇都防衛隊は生き残っていました。20万人も」
「「……!!!」」
司会進行役の言葉を聞き、国の重鎮達の顔に明るさが戻る。
「しかし奇妙なことに…彼らは基地から出てこないのです。現在基地まわりにはバリケードが築かれ、彼らはそこに立てこもっています。様子を見に行った兵士が警告射撃をされ、逃げて帰ってきたとの報告も」
「「…………」」
再び彼らの顔から明るさが消えた。
「…待て、立てこもったとはどういう事だ?」
皇帝ルディアスが質問する。
「分かりません。人間の心理に詳しい者に聞いたところ、人が落ち込んだ時に部屋に閉じ篭もるのと同じようなものではないかと言っていました」
「来た人を追い返すほど落ち込んでいるのか?」
「敵の攻撃で心に深い傷を負ったのだと思われます。時間が経てばあちらから報告をしに来るでしょう。今は我々がとやかく言うべきではないかと」
時間をかければ20万人もの戦力が戻ってくる。だから、今は放置しろ。
皇国の重鎮達とは言え、彼らも目先の利益ばかりに踊らされるような無能ばかりではなかった。
「まあ…時間が経てば元に戻るのだろう? なら今はそっとしておいてやろうではないか」
「そうだな。前線に立つのは彼らなのだから」
しかし、ルディアスの顔は暗いまま。
「待て、時間をかければ彼らが戻ってくるとは言え、皇都防衛に大きな穴が開いたのは事実だ。この問題はどうする?」
すると皇国軍最高司令官アルデが立ち上がった。
「この補填のために属領統治軍を撤収します。反乱が起こる可能性も無視できませんが、現地民を虐げたりしていない限り、その可能性は低いでしょう」
皇国は大きくなり過ぎた。
そのため列強の威を借りて
ここにいる統治機構長のパーラス以外は。
「待ってくださいアルデ殿! 属領統治軍を撤収する?! そんなことをすれば反乱が起こりかねません! 他の陸軍基地から引っ張ってくる訳にはいかないのですか?!」
「無理です。他の基地も重要拠点ですから。それに属領はすでに牙を抜いていますから、そこまでの心配はないでしょう?」
「…ッ!」
統治機構が正常に機能していれば、属領統治軍がいなくなったところで反乱など起きたりしない。
そう、現地民を虐げたりしていなければ!
司会進行役は続ける。
「話が途切れましたが、アルデ最高司令官はすでにその指令を出しております。なお皇帝陛下と財務局長には事前に連絡をし、ご了承いただいておられるようですが、工業都市デュロの武器工場はすでにフル稼働であり、補給が途切れないように徹底させていくつもりだそうです」
(根回しはしてないはずなのに…よくもまあペラペラと代弁してくれる小僧だ。気の利く誰かが資料を渡しておいたのかな?)
アルデは1人で思考にふける。
すると第3外務局長のカイオスが手を挙げ、起立して話し始めた。
「現在の軍の状況から、日本が決して侮ってはならない存在であり、そして脅威である認識は皆様持たれたと思います。ここで問題となるのが、今回の戦争の終わらせ方、落としどころです」
「「ッッ!!!」」
会議室に緊張が走る。
誰もが思っていて、もっとも口に出しにくい言葉をこの男は皇帝陛下の目の前で口にしたのだ!
「…アルデ殿にお尋ねする。残存兵力で日本に上陸を行い、皇帝陛下の指示である殲滅をなすことは可能か?」
するとアルデはニヤリと笑った。
「ああ、もちろんだとも。彼の国のことを調べた限り、殲滅は難しいが、たった今上陸作戦を練っているところだ」
「「……!!!」」
そんなことは聞いていない。
しかし、重鎮達の顔はみるみるうちに明るくなっていく。
「アルデ最高司令官、発表するなら声の通りやすい、こちらでどうぞ」
「ありがとう。気が利くな」
「いえ」
アルデは司会進行役が立っていた壇上へと上がり、1つ咳払いをしてから堂々と極秘で進めていた作戦を説明した。
「まず、私が調べあげた限り、日本国の哨戒網は我が国の船では突破は不可能です。ですが先日、私はとある国から亡命してきた将軍に会いまして、彼が出来ることを聞いた瞬間、これだ! と思ったのですよ」
「……まさかそれって…」
「はい。元ロウリア王国東方討伐軍副将、アデムです」
会議が始まる少し前──
パーパルディア皇国 デュロ海軍基地跡地
「これで…日本に復讐ができる…!」
「アデム殿、嬉しそうでありますな」
嬉しそうに独り言ちるアデムに話しかけたのは、100門級戦列艦『ムーライト』艦長サクシード。
彼は船が日本に攻撃された時、偶然そこに乗り合わせていなかったため、生きていたのだ。
「いやぁ、皇国に亡命した甲斐が有りましたよ。サクシード艦長」
「よしてくれよアデム殿。私は元艦長だよ」
「そうでした…まぁそれは良いとして、兵士達の到着はまだですか?」
「もうすぐ来るはずだよ。この作戦を成功させるために、皇国中の精鋭をかき集めたからね」
今作戦には皇国陸軍の中でも精鋭中の精鋭が集められている。
それほどまでに、皆の期待がこもった作戦なのだ。
「ところで…我々はその海魔の
「いいえ…私が命じない限り大丈夫ですよ」
アデムが口を開けるように命じると、その海魔は巨大な口を開き、サクシードは中へと入る。
「どうです? これなら50人くらいは収容できそうですよ? 私の力が及べばこの海魔をもっと使役できるでしょうに…残念です」
「若干狭くないか? せいぜい45だろう?」
「飲み込まれないって言ってんだろうが! 私が命令しない限り喉奥でも大丈夫なんだよ!」
「そうか…。ところで、君は日本のどこに上陸するつもりなのだね?」
「そうですねぇ…どうせなら近くて、軍港がある場所が良いでしょう。なので──
──我々が上陸するのは京都府、舞鶴市です!」
自信満々に言い張るアルデ。
彼が第三国経由で手に入れた日本地図では、デュロからもっとも近く、かつ敵の軍港がある舞鶴市が攻撃するにはベストの場所であったのだ。
攻撃は最大の防御、皇国本土に日本の目が向いている隙に日本の本土を攻撃しようという狙いだ。
「しかし、日本の哨戒網を突破できないというのにどうやって上陸するのだ?」
もっともな疑問である。
「はい。アデム殿は魔獣を使役できるらしく、従魔のうちの1匹である巨大な海魔に兵士を乗せ、日本近海まで潜航して近付き、上陸すると言っていました」
「「おお…!」」
カイオスは焦っていた。もしその作戦が成功してしまえば、日本との講和がさらに困難になるからだ。
しかし彼以外の参加者は全員がその作戦を支持しており、反対することもできない空気が会場を包む。
(なんてことだ…! 何としてでも阻止せねば!)
こうして会議場に明るさが戻り、日本対策会議はしばらく続いた。