1640年9月1日──
パーパルディア皇国 皇都エストシラント カイオス邸
「よし…準備は整った」
朝日が差し込む邸宅の中、カイオスは窓から外を眺めていた。
今日はパーパルディア皇国民にとって歴史的な日となるだろう。
皇国軍の中に賛同者は大勢いる。
例え軍部が本気で抵抗をしに来ても、日本の約20万人の操り人形が相手だ。
むしろ革命後に彼らが抵抗をしないかが心配だが、今は祖国を亡国の道から救うのが先である。
彼は大きく息を吸い、
「全軍、行動開始ッ!!」
皇都エストシラント 皇宮パラディス城 大会議室
「軍はいったい何をしていたんだぁ!!」
「外務局の責任だろ! あんな異常な国に戦争ふっかけるからだ!」
怒号の飛び交う会議室。
各行政担当大臣が集まり、彼らは皇国始まって以来未曾有の危機を前に紛糾していた。
海軍は全滅し、皇国の艦船で強化された敵が沿岸部の都市を蹂躙して回っている。
おまけに陸軍はデュロ防衛隊が工場もろとも壊滅し、皇都防衛隊は深刻な心的外傷を負い、無力化。
残った北方の陸軍は『80ヶ国連合』の猛烈な攻撃に晒され、日本国の相手どころじゃない。
すでに穀倉地帯は敵の占領地となっており、食料自給率の大幅な下落によって数ヶ月以内に大量の餓死者が出る恐れすらある。
完全に八方塞がり、お先真っ暗、四面楚歌、孤立無援である。
そして…
「会議中失礼します! 皇都防衛隊約20万人が寝返りました!」
「「……!!!!!」」
会議室に入ってきた幹部の顔は真っ青であり、会議参加者も同様であった。
「…跳ね橋を上げろ! 籠城戦だ! 北方の陸軍が来るまで耐えるんだ!」
アルデが命令を出す。
しばらくすると深い堀に架かる跳ね橋が上げられた。近衛隊は武装し、来たる20万の敵に徹底抗戦の意を示す。
そして……
パァン! パパァン!
「な、なんだ?!」
城内に響いた発砲音。
それは近衛隊内部に裏切り者がいたことを示す合図であると共に、それの排除に成功したことを知らせる報告でもあった。
「近衛隊の中にもネズミが紛れ込んでいたようです。前々から対策をしておいて正解でした」
「アルデ…どうしたのだ?」
「ああ皇帝陛下、御安心を。城内に敵はおりません。たった今、全て排除したもので」
アルデもこのままでは皇国がどんな末路を辿るのかは知っていた。
こんな状況で、自分が違う立場だったら、間違いなく革命を起こすだろう。そして革命が成功したら、旧政権の人間は処刑されるに違いない。
そう考えた彼は、国の命よりも保身を選んだのだ。
『アルデ最高司令官、ネズミは排除いたしました』
魔信器から近衛隊の者と思しき声が流れる。
「ご苦労、次は迫り来る20万のネズミを見事撃退してみせよ。成功した暁には、末代まで楽に生活できるようにしよう」
もはや彼は正気ではない。
しかし、その優秀な頭脳はいつも以上に冴えていた。
「さあ…かかってこい! 日本軍!」
皇宮パラディス城 城下町
「おい…! なんだあれは…!」
「皇都防衛隊か?!」
住民達が指をさす方向には、規則正しい動きで行進する兵の姿があった。
その姿はまるで人形。異常に規則正しく揃った足並みは、本当に寸分たりとも狂っていない。
「これが…連合革命軍か…」
彼らが掲げるのは現在の国旗の雰囲気をどこか残しつつも、革命軍の指導者カイオスが作り出した新たな国旗。そしてそれに交じるは、白地に日の丸の日本国旗。
皇都に住む全員の恐怖の対象である。
「な…リントヴルムまで…!」
皇国軍が誇る最強の生物兵器リントヴルム。
それすらも革命軍の軍門に降ったらしく、背中から革命軍と日本国の旗を垂らしていた。
「皇都エストシラントの住民に告ぐ! ここは第3外務局長カイオスが率いる革命軍が占領した!」
行政施設、講堂、通信施設など様々な公共施設は占拠され、皇都は革命軍の手に落ちた。
さらにパラディス城の周りは操られた皇都防衛隊約20万人に包囲されており、すでに攻城兵器のような物までもが配備されている。
革命派に気がかりがあるとすれば、旧国境付近を防衛する特大サイズの陸軍基地だが、あそこは『80ヶ国連合』の相手をしているため、しばらくはここには来れないはずだ。
もはや旧体制側に勝ち目はない。
しかし、誤算だったのはアルデが予想以上に優秀であったことだった。
「クソっ! 近衛隊の革命派が始末されたか…!」
本来は近衛隊の革命派数十名と共に城内の敵対勢力の制圧及び、皇帝陛下のいる会議場を占拠する予定であった。
そして、もし占拠が難しいようであれば、最終手段として日本国の隷下20万の兵を城内へと雪崩込ませ、否が応でも屈服させるつもりであった。
「このままでは…戦争が泥沼化してしまう…!」
攻城戦というものは攻める側はどんな大軍であろうと、かなりの損害が出るのは必至である。
しかも相手は、1つの城であると共に、皇宮でもあるパラディス城だ。非常に堅固な防衛力を有しているだけでなく、常に大量の備蓄があるため、力技でも兵糧攻めでも陥落させるのは難しく、まさに難攻不落の城。
ワイバーンで空から内部を焼き払おうにも、色々とリスクが大きすぎる上に、そもそもワイバーンは日本国の攻撃でこの近辺にはいない。
カイオスは焦った。
3分の1まで減った皇国陸軍でも、日本国の援助がなければ『80ヶ国連合』を撃退することは十分に可能だろう。
いや、きっと連合への日本国の援助はない。
日本国があの基地を攻撃するための十分な理由がないからだ。
そして敵を退けた陸軍は間違いなくここへ来る。
そうなれば何もかもおしまいだ!
「大丈夫ですよカイオスさん。今、
「おお…! それはそれは…何とも頼もしい味方ですな。その方が跳ね橋を下ろしてくれるのでしょうか?」
「はい、跳ね橋が下がったら我々(の奴隷)が城内へ先行して敵対勢力を制圧します。カイオスさんは後から続いてください」
「承知した。いやはや、日本国が味方だと本当に心強い」
カイオスは日本国の諜報部隊の実力に関心すると共に、ゾッとした。
日本国からしたら圧倒的格下の国と言えど、皇宮に忍び込み、ましてや戦闘行為を行うなんて正気の沙汰ではない。ただでさえ厳重な警備を、満足に戦闘できる程度の武器を持ってくぐり抜けるなんて、ジーミ王国の隠密部隊でも不可能だ。
(これは戦後でも気を抜けないな…)
彼は皇国の未来に期待を抱くと同時に、常時日本の監視下に置かれることを憂うのだった。
同時刻──
皇宮パラディス城 城内
パラディス城内では、突然現れた敵との戦闘が行われていた。
ネズミは全て駆除したはずだったのだが、思わぬ所に強力な伏兵がいたため、兵達は大混乱を起こしている。
「いたぞ! 撃てェ!!!」
聞き慣れた魔導銃の発砲音だけが大きく響くが、それは一向に鳴り止まない。
会議室で軍に指示を出しているアルデは大いに焦っていた。
『こちら第9近衛隊、敵1人と交戦ちゅ──ザザザ──…』
『こちら第8近衛隊。敵は発砲音のない小型魔導銃を装備して──ザザザ──……』
次々と味方部隊との交信が途絶えることから察するに、敵はたった1人のくせに皇国最精鋭と言っても過言ではない近衛隊と互角以上に渡り合える実力を有している。
彼は戦力の各個投入は勝率が低くなるだけだと判断した。
「敵の目的はなんだ? 跳ね橋か?」
『はい、敵は跳ね橋のスイッチがある部屋へと向かっているようです』
「わかった。交戦中の部隊へ告ぐ、応戦しながらスイッチのある部屋へ退却しろ。他の部隊は部屋へと急行して、彼らの退却を援護しつつ敵を待ち構えろ」
『了解!』
ひとまずここからやれる事は全てやれた。
後は現場の兵士達に期待する他ない。
しかし、敵は彼に一息つかせる暇すら与えなかった。
『アルデ様! 城外の敵が動き出しました! 複数の攻城兵器に、リントヴルムも確認! 敵はこの城を落とすつもりです!』
「籠城戦だ! 近衛隊以外の部隊は全戦力を以て敵軍を撃退せよ! 北方の軍が来るまで持ちこたえるぞ!」
彼は通信を一旦切り、吐き捨てた。
「何としてでも跳ね橋を下ろさせるつもりか! これ以上増援を来させないつもりだな?! そうはいかん!」
魔信の通話相手を切り替え、彼は送話器に向かって叫ぶ。
「皇宮防衛第1部隊、聞こえるか?! 部隊から練度の高い者を20人ほど抽出し、指定する部屋に──」
パシュッ!!
突如、通信が途切れる。
「な、なんだ…?」
向こう側で何か起きた訳ではなさそうだ。
数秒後、彼は魔信機に小さな穴が開いているのを確認し、ゆっくりと後ろを向いた。
「貴様ァ…なんのつもりだ…!」
報告にあった小型魔導銃のような物を手に持っていたのは、司会進行役を務める人物だった。
「いえね、アンタがおっしゃる通り、今スイッチのある部屋に増援を呼ばれるのは不味いんで、阻止させてもらいました」
前とは打って変わった口調で話す彼の周りを、皇帝を警護する兵達が囲む。
銃口を向けられているのにも関わらず、少しも動揺の色を見せない彼に、国の重鎮達は何か嫌なものを感じた。
「器物破損、外患誘致、国家反逆罪だ。処刑は免れんぞ」
「現状を作り出したのはあなた方でしょう? 私よりも国家反逆してんのに処刑もクソもないわ。
「現状を理解できてないようだな…。貴様は今、この場で処罰を受けるのだぞ? さあ、遺言があるなら早く言いたまえ」
「ああ、それはご心配なく」
パシュッ! パシュパシュ!!
彼が言い終わるや否や、囲んでいた兵達が倒れる。
それと同時に、会議室にいる武装した人物は全員が頭部を撃ち抜かれ、絶命した。
「「なッ…!」」
そして、彼らにとって終わりの始まりとなる知らせが入る。
『緊急事態発生! 近衛隊が全滅しました! 跳ね橋が下げられています!』
アルデは窓へと駆け寄り、城門を見下ろし、絶望の表情を顔に浮かべた。
「もうダメだ…! おしまいだ…!」
「これから20万もの敵が城内に雪崩込んでくるでしょう。旧体制側の負けです。さあ、遺言があるなら早く言いたまえ?」
ケタケタと笑うスパイ。
しかし、皇帝ルディアスを含め、彼らは何かを言えるような精神状態ではなかった。
しばらくすると会議室の扉が強く開から、武装した軍人が雪崩込んで来る。
「全員動くな!! 勝手な行動をした場合、即座に発砲する!!!」
リーダー格の軍人が声をあげる。
「定刻通りですね。では、これにて私は退散するとしましょう」
「動くな貴様ァ! 発砲するぞ!!」
「はぁ〜?!(怒) 私、日本のスパイなんですけどぉ?!」
「貴様はどう見ても皇国人だろうが! 例え日本のスパイだとしても、あらぬ誤解を招かないために大人しくして頂きたい!」
「えぇ〜〜。帰って見たいアニメがあるのに……」
多少の誤解はあったものの、こうして大会議室は第3外務局長カイオスの軍により、占拠された。
その後──
皇宮パラディス城
「カイオスよ、これからどうするつもりだ? 我を拘束しただけでは皇国は救えんぞ」
屈強な軍人5人に囲まれながらも、ルディアスはカイオスを睨みつけた。
「大丈夫です、ルディアス様。私が日本及び『80ヶ国連合』との戦争を止め、皇国を救います」
「…我をどうするつもりだ? レミールはどうなる?」
「皇帝陛下の安全は保証させていただきますが、今後貴方様が政治に口を出すことは許されません。国の皇族として、儀礼的行事には参加していただき、政治に関しては未来永劫口を出させないようにします」
彼は続ける。
「そしてレミール様の身柄は日本国へ引き渡します。彼女の安全は…どうでしょう。日本の外交官の目の前で日本人観光客5人の処刑を命じましたから、有罪判決は免れないと思われます」
「そうか……」
この日、パーパルディア皇国運営の実権は皇帝ルディアスからカイオスへと引き継がれ、彼の革命は成功した。
そして、その報告を受けて日本国政府は『80ヶ国連合』へ皇国との停戦を要請。これらは全て受理され、パーパルディア皇国は頭が変わったものの、形だけは残されることとなった。