37話:列強の使者達
中央暦1641年1月23日──
日本国 九州地方南西約700km 上空
雲1つない空を、真っ白な機体が飛ぶ。
神聖ミリシアル帝国の天の浮舟『ゲルニカ35型』は数人の使節団を乗せ、日本国に向かって巡航していた。
『間もなく日本国の領空に入ります。なお日本国の戦闘機が2機、着陸誘導する予定となっておりますので、戦闘機が来てもご安心ください』
機内放送を聞き、フィアームは顔をしかめた。
「まったくもって遠い。なぜ我々が極東の文明圏外国家に…」
事の始まりは約1週間前──
世界最強、最大の列強国と言われる「神聖ミリシアル帝国」。
彼の国が誇るゼノスグラム空港に、30名にも及ぶ使節団が到着した。彼らは列強4位であるパーパルディア皇国を滅ぼしたという日本国への先遣使節団だ。
その代表的な人物は下記の通りである。
○外務省外交官 フィアーム
○情報局情報官 ライドルカ
○軍務省事務官 アルパナ
○技術研究開発局開発室長 ベルーノ
一行はゼノスグラム空港の駐機場へと向かう。
『天の浮舟』と呼ばれる航空機に乗り込み、さっそくフィアームが愚痴をこぼした。
「事前に説明を受けたが…我々中央世界の、しかも世界一の国が、わざわざ自分から、第3文明圏の、さらに東の果ての田舎国に足を運ぶなんてな」
パーパルディア皇国程ではないと言え、神聖ミリシアル帝国人も高いプライドを持っている。
そんな世界最強の誉れ高き帝国人が、自ら極東の文明圏外国に赴くことを不満に思う者は少なくなかった。
フィアームもその1人である。
「まあまあ、実質的に皇国に勝利した国ですから。融和政策を推進する上でも穏便に行きましょう」
一方、情報局の情報官であるライドルカは、事前調査である程度日本の事を知っていたので、これから行く国がどれほど「人外魔境」なのかワクワクしていた。
「まあ、私は期待せんぞ。所詮は文明圏外の蛮国だろう」
「なにを言っているんですか。実際に魔王を倒したのも日本国ですよ」
「その…日本の『魔人』が魔王を倒したのも本当なのかね? にわかに信じ難い話だが…」
「本当じゃなかったら、今頃第3文明圏が大変な事になっていますよ」
「…そうだな」
時間は戻り、約1週間後の23日午前。フィアーム含め、十数人の先入観は轟音と共に吹き飛ばされた。
2機の戦闘機が窓を横切ったのだ。
「なっ…何だあれは!」
「日本国の戦闘機か?!」
ムーのレシプロ戦闘機のような機を予想していた彼らにとって、ゲルニカ35型の左を飛ぶ日本国の「それ」は明らかに異質。
「プロペラがない…! あ、空気取入口があるぞ! まさか魔光呪発式空気圧縮放射エンジンか?!」
「あの翼型は後退翼だ! あの戦闘機は少なくとも音速を超えますぞ!!」
子供のようにはしゃぐ使節団達。
「おい! 右を見ろ!」
しかし彼らは右側を飛ぶ機体を見て、はしゃぐのをピタッと止めた。
「右の機体は…なんだあれは…」
「どこからどこまでが翼なんだ…? やけにノッペリしているし…」
「そもそも人が乗れるのか…?」
左の戦闘機も異質だが、右の円盤型の飛行物体はそんな言葉では生ぬるい。
完全に「未知」との遭遇であった。
「ま、まあ日本国が
フィアームは強がりを言い、虚勢を張って見せる。
そして最先端という言葉に折れかけたプライドを取り戻したのか、他の団員達も彼女と同じような態度を取った。
「まあ文明圏外国だしな。あれはムーの最新鋭の戦闘機か何かをコピーしたのだろう」
「ははは! そうに違いない」
ライドルカは彼らの精神状態を心配した。
あれがムーのものであろうと、日本のものであろうと、世界最強の座を脅かすに足るのは変わらないのだから。
(やれやれ、こんな感じだと現地に到着してからが大変そうだ)
しばらくして、天の浮舟『ゲルニカ35型』は日本の戦闘機に先導されて九州の上空に入った。
先進的で大きな都市が眼下に見え、全員が呆然とする。これほどの大都市が文明圏外の小さな島国に存在し、しかも一地方都市に過ぎないと信じられなかったのだ。
「日本国には魔法が存在しないと聞いていたが…魔法なしでこれほどの大都市が作れるものなのか?」
「それを言ったらムーもそうでしょう…あそことは比べ物にならない程、大きい気がしますが」
不必要なほどに大きい滑走路に着陸し、中央世界の、誰もが認める世界最強の国である神聖ミリシアル帝国の技術の結晶とも言える『ゲルニカ35型』は日本の旅客機に挟まれて駐機する。
「なんて…大きさなんだ…」
ほとんどの帝国人は、眼前のボーイングシリーズの2機を見て、屈辱的な気分を味わっていた。
偶然なのか、日本国がわざと『ゲルニカ35型』をここに駐機するようにしたのか。その真相は不明だが、プライドを粉々にされたフィアームは暴論を唱える。
「はっ! 新興国のくせに、日本国とは生意気な国だな! 自分達の技術力を高く見せるために、わざわざ精巧なハリボテを用意したらしい! ほら見ろ! 動かんぞ!」
「フィアームさん、動き出しましたよ」
「はッ……あ??!」
見ると、超巨大な機体の窓からは小さな子供が手を振っている。
そしてその機はフィアーム達の見てる前で滑走路へと移動し、悠々と飛び去った。
「「…………」」
「ど、どこの国でも子供は可愛らしいですね! ほら、さっきのあの子の笑顔!
ライドルカは彼らの精神を保つために必死に話題を転換しようとしたが、機内は全く微笑ましくなかった。
むしろ絶望にも似た空気が渦を巻いている。
しばらくして機を降りた使節団は、精いっぱいの虚勢を張って日本国の出迎えに礼と挨拶を交わし、彼らの用意した自動車でホテルへと向かった。
車窓から見える景色が、ただでさえ絶望のドン底に突き落とされていた彼らの精神にとって致命的な
彼らはホテルの部屋に着くなり、すぐにベッドに身体を投げ出し、枕を濡らし続けたそうな。
ちなみにライドルカはと言うと、日本国が想像以上に想像以上だったことに興奮して眠れなかったと証言した。
翌日──
福岡国際会議場 多目的ホール
日本国外務省は国交締結に先立ち、文化交流のために訪日した神聖ミリシアル帝国使節団を前に、画面が空中に表示されるタイプのプロジェクターを使用して日本国の概要を説明していた。
ことに軍事に関しては、約500年前の「富士総火演」の映像を見せている。これを使用するのは、パーパルディア皇国と戦争状態となった原因に、日本があまりにも謙虚すぎて相手に侮られたということがあるため、あえてこれを見せたのだ。
情報流出? 武力による威圧?
気にする事はない。なぜなら
「改めまして、神聖ミリシアル帝国使節団の皆様。本日は遠路はるばる日本国まで御足労いただき、誠にありがとうございます。私は日本国外務省の近藤と申します。以後、お見知り置きください」
彼は一礼し、使節団もそれに返礼する。
「事前にご説明した通り、まずは歓迎と我々の出会いを祝してお食事会を執り行います。どうぞ、ごゆっくりおくつろぎください」
挨拶が終わり、各人のテーブルに様々な食事が運ばれてくる。食事に手をつけながら、ライドルカは横に座るフィアームに話しかけた。
「フィアームさん、さっきの映像を見てどう感じられました?」
「う…うん、そうだな。科学文明もなかなかやるようだ。しかし、魔法技術に関して全く説明がなかったせいで国力を読みづらいな」
フィアームは何としてでも日本の国力を認めないつもりだった。
少なくとも、外見上は。
「ベルーノ殿はどう思われます?」
「…あの映像が本物なら、日本国は総合的な技術力だけでなく、産業分野でも我が国を大きく上回っているだろう」
彼は続ける。
「だが、日本軍が演習を一般市民に公開しているのは驚いたよ。もちろん悪い意味でな。この国に国家機密というものはないらしい」
「でもあれ、500年前の映像ですよ。それに、あの映像が何かを暗示しているとしたら、どうします?」
「…どういうことだ?」
「これくらいバレても我々は負けない自信がある、とか…」
「「………」」
確かに「戦車」や「戦闘ヘリ」と呼ばれる兵器は凄かった。日本国にとっては500年前の骨董品でも、今のミ帝では、あれを真似をすることすら難しいだろう。
そして、あれが500年かけて進化した「物」が帝国に牙を向けた時、帝国軍がどうなるかを想像するのは難しくない。
使節達を取り巻く空気が昨日の機内と同じくらい悪くなる。
しばらくすると会場前方から1人の日本人が歩み寄ってきた。
彼は使節たちの前で立ち止まり、慇懃に一礼する。
「先程は丁寧な対応をありがとうございました。近藤さん」
「こちらこそ、ご清聴ありがとうございました」
フィアームがにこやかに声をかける。
ライドルカは彼女が何をしようとしているのか察し、まだ何もやっていないのに羞恥を覚えた。
フィアームは邪悪な笑みを浮かべて立ち上がると、足元に置いた箱から帆布に包んだ物体を取り出す。
そして帆布に外し、それを近藤に渡した。
「これは私個人からのプレゼントです。我が国で開発された一瞬で演算するための魔道具であります。計算能力は産業のスピードに直結します。重さは14kgもありますが、大変な事務作業もこれで楽になるでしょう」
「贈り物までご用意いただいて恐れ入ります、フィアームさん。これ結構重いですね」
骨董品も骨董品過ぎる計算機に、近藤は返答に困る。
しかし政府からは侮られないようにと指示を受けているため、彼は心を鬼にして、脳に埋め込まれたチップを起動し、ポケットから画面のような物体を取り出した。
頭部に埋め込まれたチップは脳の働きを感知するため、念じるだけで視界に浮かび上がる画面を操作することができる。
しかし近藤は使節の人々のためにわざわざ、チップがない人と画面を
(さて、どう説明しようか…)
説明をしても理解されないのは分かっている。
近藤は脳内でネット検索をし、wikiを見た。
「ええとですね…まず、ほとんどの日本人は脳に超小型の機械を埋め込んでいます。これによっていつでもどこでも、手がふさがっていても、スマートフォンを操作することができます」
「脳…? 小型機械…? スマートフォン…?」
「簡単に説明しますと、我々は超小型の機械を脳に埋め込んでいますので、超高速で計算できます」
近藤は説明を諦めた。
「まあ見ててください。失礼ながら、どなたか理系の方はいらっしゃいますか? もしいらっしゃったら、数学の問題を出してください。とても難しいのを」
「私だ」
ミリシアルでトップクラスの頭脳を持つベルーノが名乗りを上げ、彼は大陸共通語で非常に難易度の高い計算式を紙に書き上げた。
「ベルーノさん、ありがとうございます。ではさっそく脳内の電卓を使って解いてみせます。私が見ている景色をこの画面に映し出しているので、こちらをご覧になってください」
全員が画面に注目する。
驚くべきことに、そこには近藤が見ていると思われる光景が映っており、空中にはベルーノが書いた計算式が浮遊していた。
「はい、解けました」
「なっ…?!!」
ベルーノが近藤の紙を取り上げる。
「ぜ…全問正解……」
「と、このように我々も高性能計算機に力を入れております。そちらの画面をご覧ください。今から500年以上も前に、フィアームさんに頂いたような電卓が発売されました。当時は高級車くらい高価な代物だったとwikiには書いてあります」
「「……………」」
絶句する使節団達。
内心ちょっと可哀想だなと思いながらも、近藤はさらに追い討ちをかける。
「このような貴重な物をいただいて嬉しい限りです。貴国の優れた魔法技術の研究材料にさせていただきますね」
フィアームは顔を真っ赤にして俯き、ライドルカ達はただひたすら、絶句する。
その後も食事は続いたが、美味しいはずの食事はまるで喉を通らず、一行は空きっ腹のまま新幹線で東京へと向かった。