神聖ミリシアル帝国 帝都ルーンポリス 外務省 大会議室
「お忙しいところお集まりいただき恐縮です。さっそくですが、これより緊急防衛対策会議を始めます」
神聖ミリシアル帝国外務省統括官のリアージュは困惑していた。
先進11ヶ国会議にも参加している彼には、明日も明後日も会議が控えているのにも関わらず、夕方頃に急に帝都へ戻るよう招集がかかったからだ。
何事かと思い大急ぎで帝都まで戻り、夜中に外務省の会議室に入室すると、外務省の幹部や何故か軍の幹部、そして国防省のアグラ長官までもが勢揃いして座っていることに彼は舌を巻いた。
しかし、それだけでは終わらない。
室内が少し暗くなり、投影魔導式映像機が起動する。
「概要を説明いたします。本日早朝、本国から南西方面にあるマグドラ群島付近で、訓練中の第零式魔導艦隊がグラ・バルカス帝国の艦隊と交戦し、部隊消失しました」
リアージュは自分の目と耳が信じられなかった。
それが本当なら、前代未聞の大事件だ。
「ちょっと待ってくれ! 第零式魔導艦隊があの非礼な国の艦隊に負けたって?! 嘘だろ!」
「生き残りに聞き取り調査を行い、国籍を確認しました。グラ・バルカス帝国で間違いありません。リアージュ様、何か心当たりがおありなのでは?」
彼の到着を待って始まったこの緊急会議は、実質彼から状況証拠の裏取りをするようなものだと彼は察した。
「実は──」
彼は事の
「なるほど、報告通りらしい」
「え?」
国防長官であるアグラが顔をしかめ、リアージュは素っ頓狂な声を出した。
「実は会議が終わる直前に日本国から連絡があってな。どうやら、そのシエリアとか言う女性がご高説な演説を始めたのとほぼ同時に、グラ・バルカス帝国から攻撃を受けたらしい」
「え? え…?」
「まあ落ち着け。種明かしをすると、驚くべきことに日本は『
「東? 東だと?! ま…まさか…!」
リアージュはここに至って自分が招集された意味を完全に理解した。
「そうだ。想定されるのは帝都ルーンポリス、もしくは先進11ヶ国会議中の港町カルトアルパスへの攻撃だ」
会議室が一気に暗くなる。
そして、彼は自分が成すべき事を理解した。
「…世界に敵なしと畏れられる神聖ミリシアル帝国が『守りきれないかもしれないので避難してください』などと言えるものか!」
「そんな悠長な事は言っていられん!」
「悠長だと?! ミリシアルがそんな弱腰な姿勢を見せてみろ! 離反する属国の数は何桁までに及ぶだろうなぁ?! 我が国の国益の維持のためには、強さを見せ続けるがあるのだぞ!」
「もし相手の襲撃を許し、先進11ヶ国会議がめちゃくちゃにされた場合『なぜ接近を察知、阻止できなかった』と言われるのは目に見えている。ここは正直に説明し、会議の延期を申し入れ、各国に一時避難を促すのが最善だ」
「矢面に立って説明しなくていい国防長官は気楽だな! 分かったよ畜生!」
会議は明け方にまで及び、リアージュは帝都でゆっくりとする暇もなく、船内泊を経て、昼過ぎにカルトアルパスへと戻った。
中央暦1642年4月24日──
神聖ミリシアル帝国 港町カルトアルパス 帝国文化館
『これよりも先進11ヶ国会議実務者協議を再──』
リアージュ不在のため、代わりの議長が彼の代理を務める。しかし彼がそう言いかけた時、リアージュは扉をバタンと開いて入室し、戻ってきた。
議長席で立つ彼はかなり顔色が悪く、憔悴している。
そしてそれを見て顔色が悪くなったのは、日本国の2人も同様であった。
『本日は朝から欠席しており、ご迷惑をおかけしました。議長国の神聖ミリシアル帝国から皆様へ連絡がございます。先日、グラ・バルカス帝国の艦隊が我が国から西側にあるマグドラ群島に奇襲をしかけ、地方隊が被害を受けました』
第零式魔導艦隊は全滅している。
だが、それは何としてでも伏せなければならないため、彼は半分だけ嘘をついた。
『テロ対策としてカルトアルパス港には巡洋魔導艦8隻が警備についておりますし、近くの空港基地から戦闘用「天の浮舟」がエアカバーを行いますので問題はありません。ですが万が一を考慮し、これより皆様にはカルトアルパスから全艦隊を引き揚げていただき、開催地をここより東のカン・ブリッドに移したいと思います』
しかし、この世界線も概ね原作通りに物事は進む。
一瞬の沈黙のあと、エモール王国のモーリアウルが起立し。
『あの無礼な新参者が攻撃してきたからと言って、世界の強国とも言える国々が尻尾を巻いて逃げるというのか?』
日本国の面々はあちゃ〜という顔をした。
『ここに来ている者達は皆、それなりの規模の艦隊を連れてきているのだろう? 文明圏に属していない国を相手に強国が戦わずして逃げるのは、敵からも圏外国からも情けないと思われるぞ。此度の戦、我々は控えの風竜22騎を投入しようぞ』
それに感化されたのか、続々と名乗りを上げる国の代表達。
『我が国も戦列艦7隻を投入しましょうぞ!』
『我が艦隊も参戦します!』
日本国外交使節団の隣の席に座るパンドーラ大魔法公国の大使が、目を輝かせながら近藤に聞く。
「対パーパルディア皇国戦での貴国の数々の伝説は、かねがね伺っています。日本国は今回どうなされるのですか?」
「…本国に問い合わせ中なので、お答えできません」
護衛艦が1隻でもいたら、グ帝の艦隊の殲滅は簡単だろう。しかしこの場に連れて来ているのは、基本的に表立った戦闘を想定していない巡視船である。
(瀬戸さん、事情は分かっていますね?
(………………………知らん)
近藤は苦虫を噛み潰したような顔をする。
会議場は熱を帯び始め、「打倒グラ・バルカス艦隊」という風潮が流れ始める。
彼は世界序列1位であるミリシアル帝国が「万全を期すために少し離れた場所に移動しよう」と言っているのに、他の国がそれを断る理由が分からなかった。
中央暦1642年4月25日──
日本国 東京 首相官邸
「──以上です。現状、グラ・バルカス帝国がカルトアルパスに強襲を行う可能性は極めて高い状態にあります」
外務省幹部の説明を聞いて、首相はじめ、誰もが絶句する。
「敵…いや、グラ・バルカス帝国の目的は何だと思う?」
「そりゃあ世界侵略の負担を少なくするために、ここで世界連合を完膚なきまでに叩き潰して見せしめにするつもりなのだろうな」
「なるほど、それで戦わずして降伏する国が出てくると? どこぞの皇女と同じやり方だな」
日本の推理は正解だ。
だがグ帝の目的が分かったところで、彼らがやれることは少ない。
「今すぐ現地外交官と大臣を引き揚げさせるべきだ!」
「いや、各国が一丸となってグラ・バルカス帝国と戦う意思を示している時に、日本だけが逃げ帰ったとなると心証を害する可能性があります」
全員が沈黙する。
「グラ・バルカス帝国というのは第二次世界大戦の軍にそっくりなのでしょう? 現代の海上保安庁の巡視船なら何とかなるのでは?」
「護衛艦ならまだしも、相手は物理的防御力なら世界1位の「大和(もどき)」ですよ? 巡視船の装備では、傷を負わせられるかどうかすら…」
「『大和もどき』だけではない。ミリシアル艦隊を全滅させた空母機動部隊もいるんだぞ」
「でも第二次世界大戦時の装備だろう?」
「当時の艦砲でも爆弾でも魚雷でも、当たれば致命傷です。それに『しきしま』の装備は「対最新」を想定しているため、飛来してくるだけの巨大な砲弾を迎撃出来るかはどうか…」
最新は常に「対最新」を想定している。
『しきしま』はミサイルやドローン、被手術兵を相手にした場合の防御力は高いが、ミサイルやら大量のドローンやらを積んでいる訳では無いので、護衛艦に比べたら攻防共に大きく劣る。
しかも、
当たれば致命傷の砲弾は、電子的な妨害を受け付けず、硬い外殻を持つため、物によっては(例えば徹甲弾とか)ミサイルくらいでしか迎撃できない可能性すらある。
それが対空ミサイルを持たない『しきしま』にとってどれだけの脅威かは理解いただけるだろう。
「各国の艦は?」
「ほとんどパ皇と同じか、それ以下です。期待できるのはムーとミリシアルくらいですかね。ミリシアルは魔法技術を使っているため正確な分析は難しいですが、全滅したのを見た感じ、ムーと同じくらいと考えるべきでしょう」
「航空戦力も教えてくれ」
「ワイバーンを載せた竜母が数隻と、それよりも強いと言われるエモールの風竜が22騎。ムーは複葉機で、ミリシアルはジェット機もどきですが、衛星からの動画で性能を計算した結果、グ帝のより弱いと言うことが分かりました」
「「勝てないじゃないか!」」
そう、勝てない。
普通なら絶対に勝てないのだ。
「念のため、防衛省では現在2個護衛艦隊群の派遣準備をしていますが、今回の襲撃には到底間に合いません。前世界の軍事大国のように『対艦攻撃弾道ミサイル』か『超長距離巡航ミサイル』があれば良いのですが…」
「無いに決まってるだろう。今から
「航空機はどうなんだ?」
「
つまり1番射程の長いミサイルを積んで今から飛ばせば間に合うが、パイロットの命が危険に晒されるだけでなく、貴重な国産戦闘機を失っても良いのならということだ。
「それは………ダメだ。日本人だけでなく友好国の人間の命が危険に晒されているとは言え、それで国民が納得してくれるか…」
「ですがフェン王国ではどうにかなったじゃないですか!」
「いや、あれは現場の独断という事になっている! だが、今回は現場の独断ではない。政府の判断になるんだぞ!」
まだまだ日本には、その身体を拘束する鎖が多すぎた。
「…………あれだけは使いたくなかったんだがな。仕方ない」
総理は一息ついてから、続けた。
「『宇宙作戦隊』に繋げてくれ。最終手段を使うぞ」