『総員、対空戦闘配置!』
グラ・バルカス帝国『グレードアトラスター』の各員は、転移して初めてマトモな相手と戦える事に興奮していた。
転移してから相対した敵航空戦力は
「やっと敵らしい敵が出てきたな。あれに日本国の航空機はいないよな?」
「いないらしいぞ」
「よかった。じゃあ用心するのはミ帝くらいか」
見慣れたトカゲに、見慣れない細いトカゲ。
そしてグラ・バルカス帝国の若者からすると、彼らのおじいちゃん世代が乗っていたような複葉機に混じって、プロペラのないミリシアルの航空機が飛ぶ。
彼らからするとプロペラのない航空機は未知であり、敵としての期待値は高かった。
しかし──
「なんだこいつら? 呆気なさすぎるぞ」
帝国の技術の結晶とも言える『近接信管』の前に、エモールの『風竜』やムーの『マリン』、ミリシアルの『エルペシオ』と『ジグラント』でさえも全くと言って良いほど、歯が立たなかった。
対空火器が火を噴く度に多くの命が海の藻屑となっていき、十数分もすると、生き残った敵は撤退する。
ワイバーンは全滅、風竜も19騎が撃墜。
爆装を施した『マリン』と『ジグラント』の奮戦も虚しく、爆弾の命中弾は3発のみ。
他に上げられた戦果と言えば、『風竜』『エルペシオ』『マリン』の機銃掃射によって甲板上の人員を数人倒せただけだった。
『グレードアトラスター』
主砲、副砲ともに顕在。
高角砲は防楯があったため、機銃掃射による損害は軽微。しかし敵の爆撃によって複数基が損傷。
爆弾や機銃掃射により人員22名が死亡、89名が重傷を負い、軽傷者数は300人を超える。
結果:中破
『世界連合』
ワイバーンロード:全滅
風竜騎士団:19騎が撃墜され、生き残りの1人が炸裂する対空砲の破片によって負傷。
マリン:大半が爆装をしていたため速度や機動力が低下。最初に敵の対空主砲弾の直撃を受け、結果的に半分以上が撃墜される。
エルペシオ:12機撃墜
ジグラント:9機撃墜
「拍子抜けだな。日本国が強すぎるのか?」
「どうだかな。1部の技術は帝国よりも優れているようだが、直接手を出してこないあたり、やっぱ弱いんじゃねぇの?」
「さっきの隕石はどうなるんだよ?」
「さあ? 観測技術だけは優れていて、事前にここに落ちると分かってたんだろ」
「なるほど?」
だいぶ暴論だが、旧世界でも新世界でもグラ・バルカス帝国は最強であると盲目的に信じ込んでいる彼らは、先程の隕石で東征艦隊が壊滅した事は偶然だろうと考えていた。
日本人はきっと敬虔な信徒のように跪き、当たるように祈っていたんだろうな。というのが彼らの総意である。
証拠に、あれ以来似たような攻撃はされていない。
「日本国の艦は技術は凄いが、大したこと無いに賭ける」
「おいおい、あんな小口径砲しか積んでないのが大したことある訳ないだろ。何ならケイン神王国、ミ帝、ムーの方が脅威じゃないか?」
「それもそうだな」
進み過ぎた科学は魔法と見分けがつかない。
後に、彼らは日本の恐ろしさを身を以て体験することとなる。
神聖ミリシアル帝国 南方地方隊巡洋魔導艦隊 旗艦『ゲイジャルク』
「なん…だと…?!」
魔信機から入る戦況報告に、艦隊司令のパテスは慌てていた。
世界連合自体は烏合の衆とは言え、その航空戦力はかなり卓越した物があるはずだ。(ワイバーンを除いて)
なのに、彼らの結果は惨憺たるものだった。
帝国の戦果は機銃掃射による敵複数人の殺害、武装の損傷、そして爆弾が1発命中したのみ。
爆弾の命中弾数に至ってはムーの方が多く、エモールは風竜による機銃掃射(仮にそう呼ぶ)で帝国と遜色ない戦果を上げられている。
彼は自分の耳が信じられず、何回も報告を聞き直したり、耳に細い棒を突っ込んだりした。
しかし結果は変わらない。
「司令、落ち着いて下さい。我らは数が少なかったのです。それを他国も分かっています。このくらいで世界最強の名が傷つく訳がありません」
「う…む…そうだな…。しかし、敵にもう少しだけでも損傷を与えられなかったのか? 『ジグラント』は15機もいたのだろう? もう少し命中弾があっても…」
「どうでしょう。そこはパイロットらの練度不足と考える他ありません。早急の課題ですな。そもそも戦闘航行中の戦闘艦を航空機が撃沈するのは無理でしょう?」
いかな航空戦力を以てしても、戦艦は沈められない。
これが神聖ミリシアル帝国…というよりは、この世界の常識であった。
「そうだな…そうだった。世界最強だと高を括っている場合ではないな」
第零式魔導艦隊は全滅させられ、すでに世界最強の顔は、半分潰されたも同然。
その汚名を返上するには、艦隊戦に勝つしかない。
しかし帝国の最精鋭、最新鋭の艦隊が負けている事を考えると、舐めてかかれる相手ではなかった。
勝てれば良いが、もし負けたら?
そうなった場合、世界最強のブランド名は瞬時に価値を失うであろう。
属国は大量に離反し、今まで積み上げてきた物が全て崩れ、経済的な打撃はとんでもない額となり、世界最強の名は過去のものとなる。
「いや、落ち着け…落ち着くんだ。相手はたった1隻、こちらは巡洋魔導艦が8隻。おまけにムーや日本国も付いている」
パテスは深呼吸をして脳に酸素を巡らせてから、命令を下す。
「これより我が艦隊は神聖ミリシアル帝国の名において、未開の蛮族を滅する! 全艦、全速前進!」
魔導機関が音を立てて震え始め、地球にはあらざる形状の艦が海を裂いて進む。
それは破滅の行進。その矛先を向けられた全ての国は震え上がり、平伏する。
艦隊の国籍は神聖ミリシアル帝国。
「古の魔法帝国」の遺産を解析し、世界最強の座まで登り詰めた国である。
グラ・バルカス帝国 『グレードアトラスター』艦橋
ラクスタルは『グレードアトラスター』の艦橋から、北の水平線を見つめていた。
どこまでも広がる大海原は蒼く美しく、日の光を受けてキラキラと輝いている。
そして彼は、視界の端に映った小さな違和感に気付く。
それと同時に、敵発見の報告が入った。
「艦長! 敵艦を目視で確認! 神聖ミリシアル帝国とムーの艦隊です!」
「数は!」
「ミ帝は巡洋艦クラスが8! ムーは戦艦(?)が2と巡洋艦が12隻です!」
「多いな…」
「まだ増えます! 外輪船7隻! 帆船も複数隻を確認!」
外輪船や帆船を戦力から除外しても、敵は大艦隊。
『グレードアトラスター』は自身の46cm砲に耐えられるレベルの装甲を持っているが、それでもミ帝やムーの大口径砲は十分な脅威になり得る。
「ラクスタル艦長、勝てますか?」
「勝つさ。でなければ、今は亡き東征艦隊に面が立たん」
日本国の真っ白な艦がいないのは不気味だったが、今はそんな事を考えている余裕はない。
彼は無線機を手に取り、叫んだ。
『総員戦闘配置! 繰り返す、総員戦闘配置!!』
再び艦内にブザーが鳴り響き、乗組員が慌ただしく動く。
その全員が、これからが本番なのだと理解していた。
「刮目せよ! これが世界に冠たるグラ・バルカス帝国の最新鋭戦闘艦『グレードアトラスター』の勇姿だ!!」
3基の46cm3連装砲が動き出す。
それらはゆっくりと、されど力強く旋回し、砲口を世界連合へと向ける。
「まずは小手調べだ…! 弾種
最大射程約42kmもの砲が轟音と共に火を噴き、破壊の鉄槌が打ち出された。
後刻──
日本国海上保安庁 有人巡視船『しきしま』
「味方艦隊、被害甚大です」
「神聖ミリシアル帝国艦、2隻がレーダーロスト。46cm砲を受けたものと思われます」
レーダーのスクリーンを見ながら、職員が戦況を報告する。
『しきしま』は「先程の大規模科学魔法によりエネルギーを失ったため、エネルギーの回復を優先する」と出任せを言って、後方で待機していた。
幸いにも他国は「魔力の回復も本当なのだろうが、あえて戦果を譲ってくれている」と都合の良い解釈をしてくれていたおかげで、心証悪化は免れていた。
「流石は世界最強の艦だ。最新のシミュレーションではアイオワ級より強い(タイマンで勝つ確率が高い)とされているからな」
「相手の弾は弾けるが、相手はこちらの弾を弾けないという範囲がアイオワより広いって事ですよね」
「あくまで確率の話だがな。ミ帝やムーの艦はアイオワ級戦艦より弱いから、数が揃った所で遠距離から一方的に殴られて終わりだろう」
実際、そうだった。
『グレードアトラスター』の砲弾はミリシアルやムーの艦船の装甲を易々と破るのに対し、彼らはろくなダメージを与えられていなかった。
ムーに関してはそもそも砲弾が届いておらず、ミリシアルも最大射程に近い位置で撃ち合っているため、なかなか命中弾を出せずにいる。
片や『グレードアトラスター』にはフラグストンという主砲の射手がおり、彼は帝国で最も高い命中率を叩き出すという熟練の腕を存分に振るっていた。
電波妨害を受けているためレーダー照準が使えない中、彼は百発百中に近い驚異の命中率を続々と叩き出す。
一際大きな光点から放たれる小さな点は味方艦へ吸い込まれるように画面上を移動し、光点を1つ、また1つと消していくのだ。
その神業的な命中率に『しきしま』の瀬戸はゾッとするような寒気を憶えた。
今は電波妨害をしているから良いものの、『しきしま』は大和砲がギリギリ届く海域にいる。
この距離でそう運悪く命中するとも思えないが、もしレーダー照準の使用を許していたら、いきなり沈んでいた可能性も無くは無かったのだ。
「…危ない危ない。もう少し離れておこう」
「護衛艦ならともかく、『しきしま』の装備では46cm砲の砲弾を撃ち落とせませんからね」
「なぜ護衛艦隊じゃなくて巡視船を連れて来たのか。全くもって謎だよ」
護衛艦隊を連れて来ていたら『グレードアトラスター』の主砲は火を噴かずに海の底だっただろう。
護衛艦隊が来ていたら、死なずに済んだ人が大勢いたというのに。
瀬戸はどこにもぶつけられないストレスを理性で無理やり抑え込んだ。
「…世界連合は?」
「数は半分近くまで減りました。ミリシアル艦は全滅、ムーも残り数隻しかいません」
「そうか…じゃあ、世界連合に撤退するように伝えてくれ。後は任せろとな」
これから瀬戸は、かなりセコいことをする。
それはもう死力を尽くして戦った世界連合から見たら、美味しい所を奪っただけのカス野郎となるくらいセコい事だ。
作戦の大まかな概要を説明すると、これから『しきしま』は船体には一切攻撃をせずに『グレードアトラスター』に白旗を上げさせる。
もしそれを世界連合の面々が見たらどんな思いをするか、想像するのは容易い。
俺達が戦った意味はどうなるんだ!
そんな方法があるなら最初から使え!
当然こうなる。
そのため瀬戸は世界連合が全滅するか、撤退するタイミングを狙っていたのだ。
だが、自称世界最強のミ帝がいる限り、撤退は有り得ないだろう。
しかしミ帝がいないのならば、「後は任せろ」とでも言って撤退を促すことは出来る。
要は世界連合に見られなければ良いのだ。
『日本国よ。
ムーから通信が入る。
「瀬戸さん、世界連合が撤退を始めました」
「よし…作戦開始。対空砲火を掻い潜り、移乗攻撃を仕掛けよ」