中央歴1639年4月22日──
日本国 東京 国会議事堂
「いったい自衛隊は何をしていたのでしょうか? 総理、詳しい説明をしてください」
相手に怒りの感情を憶えさせるような口調で、野党議員が問う。
いつも自衛隊が何かをする度に尽く糾弾していた彼らだが、何もしなくとも非難する彼らに、視聴者は違和感を憶えた。
事の発端は10日前、新世界における数少ない日本の友好国、クワ・トイネ公国西部に位置するギムの町がロウリア王国の侵略を受けて陥落した。
そこで行われた一般市民に対する略奪、強姦殺人など、ありとあらゆる暴行はたちまち日本国民の知るところとなっている。
「我が国は平和を愛する国家です。我々はクワ・トイネ公国の都市ギムで発生した武装勢力による非人道的な行為を、とても見過ごすことはできません」
「総理、返答になっていませんッ!」
野党議員が首相の言葉を遮るように発言する。
首相はそれを意に介さず、続けた。
「そのため、クワ・トイネ政府からの要望があれば、我が国はクワ・トイネ公国に対し、武装勢力排除のための自衛隊を派遣する用意があります」
「自衛隊を外国に派遣するのですかッ?! それは違憲ではありませんか?!」
…視聴者達はそっとチャンネルを変えた。
クワ・トイネ公国 政治部会
一方こちらは、日本の国会とは打って変わった様子のクワ・トイネの政治部会。
ギムの町が敵の手に落ち、しかも町の住人のほとんどが虐殺されるという大事件。政治部会はこれまでになく重苦しい雰囲気に包まれていた。
「現状を報告してください」
首相カナタの命令に、軍務卿は弱々しく答える。
「はっ…現在ギムの町はロウリア王国の勢力圏となっています。先遣隊だけで3万の兵士がおり、諜報部によると作戦兵力は50万に達する模様です」
他にも第3文明圏の覇者、パーパルディア皇国が秘密裏に軍事支援を出しているという未確認情報もあり、ワイバーンの数が桁違いに多いという現状も付け加えた。
絶句。
どうやっても勝てない。
「また先頃、4000隻以上の艦隊が港を出港したとの報告が入りました」
再び一同は絶句する。
ロウリア王国軍はクワ・トイネ公国の予備兵力も入れた総兵力の10倍もの兵力を有しているのだ。
「首相、よろしいですか?」
すると外務卿が手を挙げた。
「実は政治部会が始まる直前に日本大使館から連絡がありまして…」
「内容は何でしょうか?」
「はい、簡潔に申しますと『貴国からの要望があれば、日本国政府は武装勢力排除のための自衛隊を派遣する用意がある』とのことです」
「つまりは援軍ということですね?」
「そうなります」
絶望の淵に追いやられた彼らに、静かに朝日が昇ろうとしていた。
「よし! ではすぐに日本国政府に武装勢力排除のための要望を出してください!」
「はっ! 了解しました!」
「いい景色だ。美しい」
美しい帆船が帆をいっぱいに広げて進む。その数4400隻。
大量の水夫と揚陸部隊を乗せ、ロウリア王国東方征伐海軍はマイハークへと向かっていた。
見渡す限り、船ばかり。いや、海が見えないと言ったほうが良いなと感想を漏らしたのはこの軍団の海将シャークンである。
「…なんだあれは? 小島か?」
ふと彼は、水平線に浮かぶ灰色の何かを見つけた。
「海将! 白地に日の丸の旗を確認しました! 恐らく日…」
『こちらは日本国海上自衛隊です。貴船はクワ・トイネ公国の領海を侵犯している。直ちに回頭し、引き返しなさい。繰り返す──』
突如、爆音のように大きい声が鳴り響き、部下の言葉は遮られる。
小島と思われた船は警告を発しながら、すさまじい速度で艦隊最前列の帆船に接近し、進路を遮るように航行した。
『ただちに回頭して引き返せ! さもなくば攻撃する!』
大音量に怖気づき、何人かの水夫はヘナヘナと座り込んだ。
海将シャークンも少しは緊張したが、いくら大きかろうと、相手はたったの1隻。対して、こちらは4400隻もいる。
負けることなど、絶対に有り得ない。
「火矢、
相手がどれだけ大きかろうが、この量の火矢を受けて無事で済むはずがない。シャークンは勝ちを確信する。
そして、敵船との距離が200mを切った。
「放てぇい!!」
軍船から一斉に火矢が放たれる。太陽の光すらも遮りそうな量の矢は、敵船の外壁の突き刺さり、船を燃やす。
──はずだった。
「海将! 火矢、大型弩弓ともに効果を認めず! 敵船離れていきます!」
「バカな?! まさか船体が金属で出来ているのか?!」
そんな船は列強の上位2国しか持っていないはずだ。
自分達が戦っている国とはいったい…?
「…デカい図体をしているくせになんて速さだ。間違えて海魔を攻撃してしまったのではないか?」
海将シャークンは「未知なる敵」の登場に恐怖を感じながらも、列強上位2国の艦船を相手にする時の対抗策を必死に考えた。
海上自衛隊の護衛艦隊郡は、武装勢力から明確な武力攻撃を受けたため、反撃を決定していた。
「攻撃を受けた。これより反撃する」
攻撃と言っても被害は全くと言って良い程なく、乗組員達は苦笑いをする。
『みょうこう』の甲板前方に設置された『155mm
「全電圧線、異常なし」
「電気伝導体、絶縁体、異常なし」
「次弾装填準備良し」
「ターゲットロック。主砲付近に金属体なし、いつでも撃てます」
『レールガン』
弾体を電磁誘導(ローレンツ力)により加速して撃ち出す兵器。約500年前にアメリカ軍が世界で初めて実用化した艦砲である。
「主砲、打ち方はじめ」
目のいい海将シャークンは、3km先の敵船の僅かな変化に気付いた。
「あの棒は何だ?」
何か嫌な予感がする。
そして、次の瞬間であった。
「敵艦が攻撃を開始しました!」と誰かが言う前に最前方を走る船と、その後ろに続く数隻の船体に大きな破孔が発生する。
破孔付近にいた人間は音の数倍の速度で飛翔する物体の衝撃波に体が耐えきれず、爆散して中身をぶちまけた。
そんな現象が連続して引き起こされる。
「報告! 敵の攻撃は超速度の砲弾らしく、被弾した船に貫通孔が出来ています!」
「何だと?! あの距離から当てやがったのか?! 通信士! 司令部に航空攻撃を要請しろ!」
至近距離で放った複数の砲弾が木製の柔らかい船体を貫通したことを『みょうこう』の乗務員は確認した。
「これじゃあ過剰防衛だな。驚いて逃げ帰ってくれるといいが…」
『みょうこう』艦長の海原は、無用な殺傷は避けたかった。従って、こちらの戦力の1部を見せることで、勝てないと判断させて相手を引き返させようと考えていた。
「艦長、敵艦隊停船しました。それと…」
「なんだ?」
「レーダーに500匹の
「はあ?」
すぐにレーダーを確認する。
確かにそこには、「TF」と右上に表示された大量の飛行物体が表示されていた。
実はこの現象、初めてワイバーンをレーダーに捉えた艦も同様の報告をしていたのだ。
人間より大きい体、そして同じくらいの飛行速度の物体をAIが「
「ちょっと待て」
海原艦長はそう言い、館内のスピーカーを使ってとある乗務員を呼び出した。
『鳥江2等海尉、聞こえるか? 甲板に出て変態し、南西方向から接近する500匹の飛行物体を
スピーカーから海原の声が流れ、鳥江2等海尉は大きめの声で金属の壁へと話しかけた。
「了解です。変態後はそのまま待機でよろしいですか?」
『そうしてくれ。なるべく早めに頼む』
通信が終わると彼は駆け足で甲板に出て、鳥類型の変身薬を取り出した。
「人為変態…!」
『イヌワシ』
タカ目タカ科イヌワシ属に分類される鳥類。その最大の特徴は、人間よりも遥かに良い視力である。
ヒトの目には約20万個の視細胞があると言われているが、イヌワシはその7.5倍、約150万個の視細胞を持つと言われている。
「あ〜
『了解。そのまま待機せよ』
艦長海原の手術ベースは『ネズミイルカ』。
名前の通り小型のイルカであり、イルカ類の中では最も耳が良いとされている。
「聞こえたか?
「聞こえないわ!」
CICにいる誰かがツッコミをいれる。
それはさておき、海原艦長は次の指示を出した。
「準備でき次第迎撃を行う! 対空戦闘用意!」
「なんだッ?!」
ロデニウス沖、洋上でロウリア王国の飛竜隊隊長アグラメウスは未知の現象に恐怖していた。
「団長! 前方の味方が次々に落とされています!」
それは自分も目視で確認している。
だが、その落とされ方が明らかにおかしいのだ!
「何なんだこれは?! なぜ竜騎士だけが死ぬ?!」
まるで見えない力に弾き飛ばされるように、ワイバーンに乗った竜騎士だけが大海原へと落ちていく。
その正体は護衛艦『みょうこう』に搭載された複数の『高出力光線砲』。いわゆるレーザー砲である。
レーザーと言ってもSF映画のような色鮮やかで人間の目に見えるような物ではなく、見えないという点では太陽光に近い。
これに狙い撃ちにされた竜騎士達は、無色透明の見えない攻撃に呆気なく倒されていくのだ。
そして従うべき騎士を失ったワイバーンは各方面に離散し、逃げて行く。
「あ、待て! 逃げるな!」
「無駄です隊長! それより前方から大量の虫が!!」
「はあ?!」
『全自動 対空自爆型 小型無人機』
いわゆるAI搭載の無人戦闘機であり、これも『みょうこう』に搭載されている兵器の1つである。
これらは艦の迎撃能力を大幅に越えた飽和攻撃時の時間稼ぎや予備の迎撃手段、技術レベルが低い相手への攻撃手段として使われるが、レーザーと同様にミサイル1発より遥かに安い値段で目標を排除出来るということに主眼が置かれている。
青空に黒い華が咲き乱れ、ワイバーンが次々と堕ちていく。
虫よりも大きく、人間より小さいその飛行物体は、まるで意思を持っているかのように騎士が乗っているワイバーンだけに肉薄し、大量の破片を撒き散らしながら爆発する。
「クソッたれ! 導力火炎弾で叩き落とせ!」
「無理だ! こいつら小さいくせに、ワイバーン以上の速度で飛びやがる!」
騎士のいなくなったワイバーンが邪魔で前には進めず、それらを縫うようにして突撃してくる虫の群れを前に竜騎士達は引くことも出来ず、みるみるうちに数を減らしていく。
このままでは攻撃をする前に全滅してしまう。
そう考えたアグラメウスは魔信器を握り、思い切った行動に出た。
「総員! 急降下した後、海面を這うようにして前方の灰色の船に突撃せよ! ここに留まっていては何も出来ん! ロウリア王国軍の意地を見せてやれ!」
「「ウオォォおお!!!!」」
ここで帰っては、何も出来ずに部下を死なせたとして無能の烙印を押されてしまう。何より、死んで逝った部下達に顔向けが出来ない。
彼は1人の
「これは不味いな…」
『みょうこう』のCICでは急降下によって速度を増し、海面スレスレで突撃してくるワイバーンに危機感を募らせていた。
「おい見ろよ! 変則軌道をとっているやつもいるぞ!」
「低高度&変則軌道か…。敵の指揮官に有能なやつがいるぞ」
危機感を憶えているのは、海原艦長も同じであった。
効率よく数を減らしているとは言え、敵の数は未だ300以上。このままでは敵の攻撃が届く距離まで接近される恐れもあり、値段が張るとは言え、彼は艦対空ミサイルを使うつもりだったのだ。
しかしこの時代の艦対空ミサイルにも、ある程度は改善されているとは言え、500年前と変わらない弱点があったのだ。
「艦長、このままでは艦対空ミサイルが使えなくなる距離まで接近される恐れがあります」
それは低高度の目標と、変則軌道をとるような目標には命中率が低いと言うことだ。
ミサイルと比べて目標の速度が圧倒的に遅いため、後者は特に問題ないのだが、海面スレスレのまま一定距離以内に入られると、ミサイルでは対処のしようがなくなってしまうのだ。
「仕方ない。電力を大幅に消費するが、『
「了解」
『H・ADS』とは正式名称ハイパーアクティブディナイブルシステムの略称であり、離れた目標を電子レンジのようなマイクロ波で攻撃する対ドローン用の兵器である。
Q.中に電子機器を入れた状態で、電子レンジを稼働させたらどうなるか?
A.電子部品が壊れ、二度と使えなくなる。
Q.…では、中に生物を入れたらどうなるか?
「隊長!!」
「今度は何だ?!」
「前方の竜騎士がワイバーンごと一斉に落ちました! これまでとは違うタイプの不可視攻撃のようです!」
A.体内の水分が一気に沸騰し、外傷の無い焼死体が出来上がる。
「ぬうう…仕方ない! 全騎散開せよ! お互いに距離を取れ!」
「ワイバーン約30匹の撃墜を確認。続けて攻撃に移ります」
「有効射程距離内に敵を確認。主砲、対空砲弾に切り替え、対空迎撃開始」
CIC内で淡々と操作が行われ、効率よく堕ちていく敵達。画面に次々と表示される
後方に味方艦も待機しているが、彼らの支援は必要なさそうである。
「艦長、敵が散開し始めました。『H・ADS』の対費用効果が低くなると思われます」
「敵の隊長は有能だな…。止むを得ん、『H・ADS』の電力供給カット。停止していたレーザー砲に電力に回し、稼働させろ。敵が射程距離に差し掛かり次第、CIWSもだ」
戦闘可能な竜騎士、約250人。