約30分後──
ムー駐在日本大使館 応接室
ムー国の外務担当オーディグスたちの急な来訪──日本国側はこれを予想していたが──により、日本国の外交官
アポなしの急な来訪だと言うのに、まるで自分らが来ることを分かっていたような迅速な対応にムー国の面々は目を丸くする。
しかし彼らが持ち込んで来たのは緊急を要する案件だ。
オーディグスは驚く暇すら惜しいように、コホンと咳払いをしてから意識を切り替えた。
「我々の突然の来訪にもかかわらず、会議の場を設けていただいて感謝します」
ムー側の挨拶に日本側も応える。
「こちらこそご足労いただき、ありがとうございます。緊急を要するようなので単刀直入に聞きますが、グラ・バルカス帝国陸軍の集結についてですね?」
それを聞いた御園の対面に座る外交官達──オーディグスを始めとするムー国の人々は飛び上がって驚いた。
なにせ、まだ伝えてもいない要件を相手が知っていたのだから。
「そ…それは…?! いったいどこから……!」
オーディグスは驚きの感情を前面に押し出して狼狽え、真っ先にスパイの存在を疑った。
相手は前世界からの友好国である日本国だ。彼らがムー国に敵対しない限り、スパイを送る意味など──
「ああ、ご安心ください。日本版『
御園の冷静な回答でいくらか冷静さを取り戻したのか、ムー国人の皆がホッと安堵の表情を浮かべる。
「な…なるほど……いやはや、貴国の技術を前には機密も何もございませんな。話が早くて助かりますが…」
オーディグスは顔を引きつらせながら笑い、念の為に説明もしておきましょうと言ってから話を続けた。
「先日、ムー国の北西、旧レイフォル領国境付近にグラ・バルカス軍が集結しているのを国境守備隊の隊員が確認したと報告がありました」
ここまではご存知でしょうと彼は付け加え、オーディグスは日本側が頷くのを確認してから更に続ける。
「そしてムー陸軍は帝国軍の量と国境付近のインフラの悪さからその場での水際防衛では分が悪いと判断し、急遽国境から約20km地点にあるアルーという名の街に防衛線を敷くことにしました」
ここまでもご存知でしたか? とオーディグスは再び付け加え、日本人の1人が
この事実から照らし合わせるに、空が見える場所は言わば、全てにおいて日本国の目が存在するということだ。その事実に彼は冷や汗が止まらなかった。
そして数秒後に静寂を破ったのは御園だった。
「現在アルーの街に避難指示は出しておられるのでしょうか?」
「はい、街の住民にはすでに避難指示を出しておりますが…いかんせんインフラが悪いため、避難は遅れていると聞いております」
「それは…不味いですね」
グラ・バルカス軍がいつ動くか全く不明の現状、一般人には一刻も早く避難をしてもらいたいが、インフラの悪さが大きな障害となっている。
御園は突如戦火に巻き込まれる罪のない人々を想像し、歯痒い思いをした。
「日本国自衛隊は此度のような事態を想定し、いつでも動けるように準備をしておりました。必要とあらばいつでも友軍の支援行動を開始できます」
遥か未来の技術を持つ超技術国家からの軍事的支援。
帝国の脅威が目の前に迫っているムーは特に、普通なら喜んで頼りにするだろう。
だが、オーディグスはそれを聞いて複雑な表情を浮かべた。
その顔は苦しんでいるようにも見える。
「今回我々が来訪したのはその……その事についてですが──」
ぎこちなく口を開き、鉛のように重い言葉で彼はムー政府の意向を伝えた。
「自衛隊の支援は…必要…ありません……」
「「なっ……?!!」」
これを聞いた日本の外交官達は少なからず動揺した。
それも当然だろう。傲慢にも聞こえるが、ムーがやっているのは自ら命綱を断ち切るような行為なのだから。
「それは──」
「誤解のないように説明しておくと…!」
御園の発言を遮るように、オーディグスが口を開く。
「私個人としては日本国の支援は必要不可欠であると思っています。それが無ければ我々がグラ・バルカス帝国に勝つ事は叶わないでしょう」
彼は早口に弁明を続ける。
「ですが他国より宥和政策に力を入れているとは言え、ムーにも列強としてのプライドはあります。日本国の方々にもこれはご理解頂きたい」
列強のプライド──それは現代の日本人にとっては馴染みの無いものだが、強大な国力を以て民を養うこの世界の
軍が壊滅した事で全ての属国が離反した国がいたのが何よりもの証拠だ。
「なるほど、ではムー軍はまさか…」
恐れていた事態が現実の物となる。
御園は嫌な汗が背中を伝うのを感じた。
「はい、ムー政府は他国の力を借りずに単独でグラ・バルカス軍を退けるつもりのようです」
「「……………!!!」」
これには日本側も絶句する事しか出来なかった。
技術差はたった数十年とは言え、第一次世界大戦レベルの国と、第二次大戦レベルの国では兵器の性能は段違いだ。
かつて過去に猛威を振るった塹壕戦術に頼ったばかりに、最新鋭の戦車と航空機による電撃戦を前にたった1ヶ月で降伏した国が存在するように。
「それは……勝算はあるのでしょうか?」
御園は恐る恐る聞いた。
「それは我々が負けるのを前提としているのでしょうか?」
「……これは失礼、発言を訂正させていただきます」
「いえ、お気になさらずとも私もムーに勝ち目があるとは思っていませんから。何より技術も歴史も我々の遥か先を行く世界から来た日本国がそう言うのなら、我々は敗北以外の道はないのでしょう」
そして少し間を置いてから、オーディグスは「こちらをご覧ください」と懐から1枚の紙を取り出して机の上に置いてみせた。
「これは…電車の運行表でしょうか?」
「我が国では鉄道と言いますがね…。現在アルーの街付近に向かう鉄道はダイヤが乱れまくりで、この運行表は糞の役にも立ちません。いえ、尻を拭くことくらいには役立ちますかね」
部屋に静寂が訪れる。
場を和ませようとしたのか、それでも滑ったオーディグスは顔を多少赤くしてから咳払いをした。
「それで…何故ダイヤが乱れているのでしょう?」
御園が聞く。
これに対しオーディグスは包み隠さずハッキリと返答した。
「兵員や物資の輸送のためです。ムー陸軍は強大な敵を単独で退けるには数が必要と判断し、現在アルーの街へと向かう全てのルートが軍関係の物で溢れているようです」
「全て…ですか?」
「はい。今現在鉄道の混雑率は300%を超え、屋根に人や荷物を乗せる始末だと聞いております。道路も軍人で埋め尽くされ、上空から見ると蟻の行列に見えるらしいですよ。まあ、それほどの大軍が現在アルーへと向かっています」
日本人は前世界のインドの列車を頭を思い浮かべた。
そうでもしなければムー単独で防衛は難しいのだろうが、これでは物資の補給が足りなくなって敵が来る前に軍が干からびる未来が見える。
上層部にかつてインパール作戦を強行した大日本帝国の将校のような人間がいるのではないかと御園は危惧した。
これでは守れる物も守れなくなってしまう。
しかしムー政府がハッキリと手出し無用と言っているのなら日本は何もできない。
御園は胃がキリキリと痛むのを感じた。
それを見かねたのか、オーディグスは口を開いた。
「これで会議は終わりですが…実はここからが本題なのです。これからの発言は外交官としてでは無く、私個人の言葉だと思ってください」
それを聞き、御園達は彼の言葉を一字一句聞き漏らすまいと耳をすませた。
「先程も言ったように、どれだけ数を揃えても私はムー陸軍が勝てるとは思いません。きっと防衛線は破綻するでしょう。私が言いたいのは──」
彼は独り言を言うように小さく呟いた。
これからの発言は政府の方針に真っ向から反するため、外交官としては看過できないからである。
「私見ですが、防衛線が破綻する直前にムー政府から日本国へ
「そうですか…」
御園は嬉しい反面、複雑な気持ちだった。
友好国に頼られるのは願ってもない事だが、防衛線が破綻するだろう直前に自衛隊を送っても戦況をひっくり返すのは極めて困難だろうからだ。
「ですが先程も言ったようにムーとて列強のプライドがあります。我々が強国としての顔を保つことは我が国民にとっても、世界秩序にとっても大変重要な意味を持つのは日本国の方々も理解しておられるでしょう。
無理難題なのは重々承知しておりますが、列強であるムーは
「ようするに──」
「おっと、それ以上は言ってはいけませんよ。あくまで私の独り言なのでね。では、私達はこれで退散するとしましょう」
「……わかりました。御足労いただきありがとうございました」
ようするにムー陸軍が単独で勝てれば良いのだが、彼らの戦況が悪くなってしまった場合、自衛隊は極秘裏にアルーの街を防衛しているムー陸軍と合流、協力し、帝国軍を退けなければならないのだ。
この場合、援軍として送られる自衛隊員は限りなく少数である必要がある。
ここで大規模な援軍を送ってしまうと「また日本国の
オーディグス達が部屋から退室したのを見てから御園は呟く。
何としてでも友好国を助けたい日本国としては、選択肢はあって無いようなものだ。
「……魔王を倒した部隊を呼ぶべきか」
世界会議でも、バルチスタ沖の海戦でも、ムーはマトモな戦果どころか大損害を出している。
オーディグスが暗示するように、ここで日本が出しゃばってしまうとムーは内外への体裁が保てなくなってしまうのだろう。
今後の事を考えると、自衛隊は限りなく少数の精鋭部隊でアルーの街防衛を成功させるしかない。
…敗北寸前のムー陸軍とその陣地というお荷物を抱えて。
しかも剣や弓で武装した前時代的な敵ならともかく、相手はそれなりに進んだ技術を持つ軍隊。
数百年の技術差があるとは言え、それを少数で、しかもお荷物を抱えた状態で相手取るのは非常に危険で無謀ではあるが、それが最もムーと世界にとって望ましく、日本にとっては友軍を助ける唯一の道なのであった。
バルチスタ沖大海戦の後刻──
グラ・バルカス帝国レイフォル自治区情報局技術部 レイフォル出張所
前例のない大規模な海戦に勝利し、民が街の至る所で祝杯をあげる中でも、グラ・バルカス帝国の軍部の兜の緒が緩むことは無かった。
この日は情報局に軍上層部が集まり、海戦についての会議が行われていた。
「知っての通り、今回の海戦で帝国は転移後
列強レイフォルには勝ったが、技術差がありすぎる敵が相手では勝利したとは安易に言えない。
技術レベルが近い、もしくは同等以上の相手に勝利して初めて、帝国は勝ったと言えるのだ。
今回も世界連合艦隊は大部分が前時代的な船ばかりであり、艦載機による攻撃で脅威となる艦船はあらかた沈められたものの、それでもムーやミリシアルの艦隊が脅威だったのには変わりない。
おまけに神聖ミリシアル帝国は空中に浮かぶ戦艦というバケモノを投入した。
数は確認されている限りたったの2隻だが、その2隻の戦艦だけでもグラ・バルカス海軍を全滅に至らしめる力を有していた。
「諸君、此度の海戦に勝てたのは『奇跡』だ。そうは思わんかね?」
「異議なし!」
「異議なし!」
「異議なし。『クイーン・テンセンス』が放った砲弾が奇跡的に命中したから良かったものの、それが無ければ敗北していたやもしれん」
「片方が落とされたことでもう1隻が撤退してくれたのも奇跡と言う他あるまい。もし撤退していなかったら…考えたくもないな」
今回は空母艦載機や潜水艦による一方的な攻撃でムーやミリシアル艦をあらかた沈められたのと、『クイーン・テンセンス』砲手の神技とも言える技量によって帝国海軍は救われた。
だが、今後の方針を神技のみに頼る訳にもいかないのだ。
「今後は技術で
艦隊司令長官が辺りを見回す。
そこで手を挙げたのは1人であった。
「司令長官、イレギュラーな存在は空に浮かぶ戦艦だけではありません!」
手を挙げ声を上げたのは情報局のハミダル。ナグアノの上司であった。
「…情報局のハミダルよ。それはどういう事か?」
「それについては説明するより、実物を見て貰った方が良いかと」
ハミダルはそう言い、後ろで控えていたナグアノに合図を出して彼を起立させた。
艦隊司令という軍のトップにかなり近い人間や、その他の高位の人間に囲まれた彼は見るまでもなく緊張していた。
「情報局のナグアノです。私が先日手に入れた本について語らせていただきます」
「…本だと?」
イレギュラーな存在について説明するのになぜ書物が出てくるのか、周りにいた人々は思う。
それを見てナグアノは少し恥ずかしい思いをしつつも、例の本を取り出した。
「こちらは『武器、兵器の歴史』という題名の、日本国の本です。雇った現地人のスパイがムーにある日本国の書店で買ってきました」
そして彼は本の内容を見せ、時折日本国のいた世界の歴史も混じえながら、本に記載されている兵器についての説明を始めた。
大国との戦争。日本国はその頃には時代遅れとなってしまった大艦巨砲主義や総動員体制、神風特別攻撃隊で徹底抗戦をしたものの、無差別爆撃でほとんどの都市を、超高威力爆弾で都市を2つ焼かれて降伏。
日本国の同盟国も当初は隔絶した技術力で他国を圧倒したものの、敗北したということも付け加える。
特に『グレートアトラスター』に酷似した戦艦『大和』や零式艦上戦闘機の存在はその場にいる人間を大いに驚かせた。
そして、大戦後──
兵器を語る上で避けては通れない技術の発展。
高速演算装置『コンピューター』の開発。トランジスター、集積回路(LSI、IC)の開発による『コンピューター』の小型化、低価格化。
ロケット技術の進歩による『スプートニク1号』と呼ばれる世界初の人工衛星。
そして進んだ技術から生み出される、前時代より更に強力かつ凶悪な兵器の数々。
『原子爆弾』よりも強力な爆発範囲と威力を持つ『水素爆弾』。
これらの爆弾を積んで大陸間を飛び越え、敵国を攻撃する『
「「…………!!!!!」」
軍の上層部が感じた衝撃はとても言葉では言い表せない。
まさか極東の小さな島国が、そんなイレギュラーな存在だったとは思わなかったのだ。
「我々は…そんな国に宣戦布告をしてしまったのか…」
そう思うのも当然だ。
この本にある通りの兵器を彼の国が持っていた場合、帝国本土はすでに焼け野原になっていただろう。
日本国が大陸間弾道ミサイルという超兵器を自ら持つ事を禁止していたのは帝国にとってはこれ以上ない幸運だ。
「技術局長よ、日本国に追いつくのに…何年かかる?」
技術局長が艦隊司令の問いに応える。
「そうですね…最低でも10年は必要です」
「最低でも…か。思ったよりは少ないが…」
「ええ、極秘事項ですが…この際仕方ありませんね。実は記載されている兵器群の中には我々が現在研究中の物に似たものもありますので。最低でも10年です」
場が騒然とする。
ということはつまり、あの超兵器群の中に近々開発される物もあるかもしれないということだ。
これなら世界征服も容易い…と考えると同時に、日本国の存在が頭をよぎる。
夢物語が現実には敵として存在するのだ。
「…これは帝王御前会議案件ものだ。ここで会議し合ってても何もできない。それよりも今は、今後の事について話し合おうではないか」
会議の場にいる中では実質トップである艦隊司令長官がナグアノに座るように指示を出し、会議が再開する。
そして今日のこの会議では、現在は最優先の目標であるムー国の国力を弱らせるために他国との交易や通商破壊作戦、そして陸軍によるムー攻撃準備が並行して行われることとなった。