ピィー!!
大口径砲が連続して着弾する音に混じって、笛の音が鳴り響く。
それに応えるかのように敵兵が塹壕から一斉に飛び出し、銃剣の刃を白く輝かせながら、こちらを抹殺せんと泥の荒野へと駆け出す。
一方こちらは戦車の周りに
とは言え、砲兵や航空機の支援がない即席の陣地など、多少毛の生えた泥山と大差ない。
おまけに無線、有線通信の復旧の目処は立っておらず、各方面に展開している友軍との連絡手段は壊滅状態にある。
という事はつまり、我々は従来の戦い方が全く出来ないと言うことだ。
グラ・バルカス帝国陸軍の強さの秘訣は、戦車と航空機の集中運用による電撃的な速度の機動包囲作戦だ。
今まで有機的な連携を以て敵の陣地を突破し、包囲殲滅を行って来たが、これには無線による味方間の連携が不可欠である。
無線が使えない現状、我々は一個の孤立した部隊として、津波のように押し寄せる敵の相手をしなければならないのだ。
「敵数が多すぎる! 弾薬制限を全面的に解除! ありったけの鉛玉をぶち込んでやれ!!」
そんなこと言われなくても分かっている。
皆が生き残りたい一心で引き金を引いているのだ。
硝煙の立ち込める泥濘の地獄に、機関銃と小銃、砲声と爆音が奏でる地獄の音楽祭が開かれる。
テンポの早い音楽家には爆弾と砲弾の野次が降り、泥と楽器が肉片と共に空へと舞い上がる中、僅かに残った観客は死屍累々の泥地を突破し、ステージ目前へと上り詰めた。
「敵襲! 敵襲──!!」
即席の陣地ではやはり、この数の敵を相手を食い止める事は無謀であった。
この『敵襲』とは通信手段が壊滅した直後に決められた合図で「陣地付近まで敵が浸透し始めた」という事だ。
「白兵戦用意! 着剣!!」
速やかに銃身の長い小銃の先に銃剣が取り付けられる。
短機関銃を装備している者はその必要がないため、今も発砲音は続いていた。
銃剣を付け終わり、再び銃口の列が火を噴く。
今のたった数秒の間にも、敵との距離は目と鼻の先まで縮まっていた。
ヒュルルル────
そして、最悪のタイミングで敵の砲撃が始まってしまった。
敵の迎撃をしなければならないのに、我々はこれから一旦戦闘を中止し、伏せて神に祈る事を強いられるのだ。
だが、いつもなら小隊長が「砲撃が来るぞ!」だとか「伏せろ!」とか言うのに、今回そのような命令が無いという事は、砲撃を無視してでも発砲を続けろという事なのだろう。
つまり、小隊長は被害の拡大を承知で敵の迎撃を選んだのだ。いや、そうせざるを得なかったのだ。
次の瞬間、運悪く壕内に飛び込んで来た砲弾が炸裂した。
爆心地付近にいた味方は空高く吹き飛ばされ、飛び散った破片が周囲の味方をズタズタに切り裂き、戦友の遺体が重く伸し掛る。
耳の奥がキーンと鳴り響き、視界が極端に狭まった。
…そんなこと気にしていられない。
覆い被さってきた死体を押し退け、小銃を握り締めて再び敵へと照準を向ける。
砲撃で機能しなくなった箇所には、やや後ろで待機していた味方戦車がカバーとして入り、穴が埋められた。
…それから何時間が経ったのだろう。
終わりの無い防衛戦闘にようやく終わりが見えかかってきた時に、
「なんだ
誰かがそう叫んだ。
最初は何かの勘違いだろう、枯木を人と間違えて撃ったのだろうと思っていた。
「走ってる走ってる! こっちに来てる!!」
「撃て撃て! 撃てぇ!!!」
しかし、何かの間違いにしては味方の叫ぶ声が多い、あまりにも多すぎるのだ。
味方の異様な雰囲気を察して、私は生唾を飲み込む。
次に見たのは、付近の銃火器が一斉に、ある一点を狙う光景だ。
人の目にも曳光弾を交えた濃密な弾幕がハッキリと認識でき、銃口が向けられている生物を目にした時、初めて異常事態が起こっているのだなと知覚した。
何やらオレンジがかった赤色の、人間大の生物──人間のような形をしていたが、人間の姿ではなかった──が、太い両腕で顔をガードするように、一直線にこちらへと走っていたのだ!
身を隠す場所がない荒地を生身でだ!
今まで散々、同じような場所を走っては銃火の前に倒れるムー兵を目にして来たのだから、すぐ顔を背けてしまったのは理解して欲しい。
これだけの弾幕が張られているのだから、すぐに決着が着くと思っていたのだ。
だが、そうはならなかった!
奴の腕──胴体や足もだが──は相当に硬いらしく、人間であれば一瞬でミンチになるであろう弾幕が効いていないのだ!
何やら外皮の破片のような物体が腕から剥がれ落ちているが、それ以外に目立った損傷も無く、我々はその時点で奴の足を止めるに至らなかったのだ!
この異常事態には、ちょっとやそっとじゃ動揺しない熟練兵もがパニックを起こし、半ば狂乱的に、矢継ぎ早に新たな銃口がその生物へと向けられた。
しかし銃弾が効かない!
その怪物は足を止めるどころか葉巻形のタバコを咥えており、余裕綽々であった。
ドォン!!
瞬間、腹に重く響くような音が張り詰めた空気を叩いた。
戦車だ。味方の戦車がその砲口を怪物へと向けていたのだ!
攻撃目標が人間大の小ささであるため、いきなり命中とまではいかなかったが、砲弾は奴の腕を擦り、バチッという音を立てて左腕を吹き飛ばした。
「ガードが崩れたぞ! 斉射! 斉射──!!」
たちどころに弾幕が張られ、奴はありったけの銃火を浴びる。
鉛の弾頭がガキンガキンと硬い物体に当たった時のような音を立てて潰れ、怪物は顔を隠しながらも再び突進を始めた。
怪物との距離があっという間に縮められ、弾幕の密度はますます濃くなっていく。
だが、小口径弾がいくら寄り添った所で先程の戦車砲の一撃のようにはいかないのだ。
頼みの綱である戦車砲もちょこまかと動く人間大の生物を照準に捉えきれず、至近弾はあれど、命中弾はあれから皆無である。
そしてついに、怪物は鉄条網が張り巡らされるエリアへと侵入した。
数で劣るグラ・バルカス帝国軍がここまで持ち堪えられたのは、ひとえにこの鉄条網のおかげである。
ムーに鉄条網は無いのか、それとも単純に準備不足であったか、相手がムー兵ならここは今まで完璧な不可侵領域であったのだ。
だが予想していた通り、あの化け物が相手では鉄のイバラもそこらの野草と大差ないようだ。
おまけに、ここまで接近されると射角の問題で急激に弾幕の量が減っていくため──まあ撃ったところで効果はないのだが──陣地内部への侵入は比較的容易となる。
ガガガガガ!!───バキバキッ! グシャ!
そして怪物の姿が戦車と土嚢の影で見えなくなってから少し経った後、金属が折られる異様な音が耳に入り、先程までフルオートで射撃していたはずの機関銃の一つが、突然魂を失ったようにピタリと止んだのだった。
背筋を冷たい汗が流れる。
キュルルルと戦車のキャタピラが泥を撒き散らし、超信地旋回をしながら怪物がいるのであろう方へとその砲口を向ける。
そしてドンと戦車砲が放たれ、一瞬だけ辺りが静かになった。
「………やったのか!?」
次の瞬間であった。
戦車の車体が傾いたかと思うと、何トンもの重さの戦車が宙を舞ったのだ!
そしてその鉄塊は我々の防衛陣地の一番守りが硬い場所…部隊長のいる場所を直撃し、残っていた弾薬が衝撃で暴発したのか、派手に吹き飛んだ。
「う──」
私は自分の目が信じられなかった。
だが、脳が考えるよりも早く、恐怖が口から漏れ出てしまっていた。
「うわああああ!! 化け物だぁあああ!!」
ムー兵を倒す任務を放棄し、私は怪物を照準に定める。それは私だけでなく、付近にいた帝国兵の皆が同様であった。
禍々しい
吹き飛ばされたはずの左腕もいつの間に再生したのだろうか。
狭い塹壕内に硝煙の臭いが充満し、硬い甲殻に弾かれた弾丸が泥の壁に食い込んだ。
「効かない! こいつ銃が効かねぇ!」
「…御託はいいから撃ち続けろ!!」
──が、全ては無駄だった。
この生物兵器が敵として存在している時点で、我々に勝ちの目はなかったのだろう。
「…う、うおおおおお!!!」
だが我々は帝国軍人。敬愛する皇帝陛下の名にかけて、死んででも任務を遂行せねばならない。
弾の切れた銃を握りしめる。先に銃剣の付いた銃を前に思い切り突き出し、私は怪物へと全速力で突撃した。
ガコンッ!
「痛ッ…てぇ──」
結果は分かっていた。銃が効かない生物に銃剣程度で何が出来るんだ、と。
怪物は俺の攻撃に目を丸くしていたが、全く効いている様子はなかった。
初めて見たその顔付きは、ヒノマワリ王国の人間にそっくりであった。
「ヒノマワリ人か…?」
私は思わず聞いてしまった。
「いや………日本人だ…」
怪物は俯きながらそう言い残すと、そのままどこかへと立ち去って行ってしまった。
再び敵の波状攻撃が始まり、後方で控えていた戦車が次々とひっくり返されるのを目にする。
発砲音も減り、我々は負けたのだなと認識した。
「へ、へへ…日本ってこんな強かったのかよ…」
ジンジンと痛む手を押さえていると、今度は背中に何か熱い物を感じ、そのまま地面に押し倒された。
ムー兵だ。
敵がすでにここまで来ていたのだ。
馬乗りの状態で、明らかな恐慌状態の新兵に何度も何度も刺突される。
薄れ
グラ・バルカス帝国陸軍 第8軍団傘下第1師団 前線指揮壕
「無線はまだ直らんのか!!」
コンクリートで補強され、半ば地下に埋まる形で存在するグラ・バルカス軍の前線指揮壕では、師団長の怒号が響いていた。
ここでは通信手段の迅速な復旧及び、バイクを使った駅伝方式での指揮が試みられていたが、どちらも未だ成果らしい成果は挙げられていない。
ここから前線側へと数キロ程移動した所には砲兵陣地が存在しており、そことの有線通信すらも繋がらないのだから、師団長の焦りも当然であろう。
「ダメです! 全回線途絶!」
「機械の故障ではありません! 第三者からの妨害です!」
飛ぶ鳥を落とす勢いで復旧作業が続けられるも、前線での戦況は刻一刻と悪化しており、皆が額の汗を拭う。
その時であった。
「──む!? 何だこの音は!」
遠方で雷鳴が轟くような音が耳に入り、全員が作業の手を止める。砲兵が砲撃を開始したのだ。
それから数分後に到着した口頭伝達班による戦況報告は砲兵陣地の壊滅という最悪の事態が起きている事を知らしめた。