「空襲──!!!! 敵機襲来!!」
けたたましいサイレンと共に、拡声器が発する悲鳴のような警告が大気を揺るがす。
砲撃音ばかりが繰り返し耳に響く状況、突如鳴り響いたサイレン音には新鮮さすら覚えたが、そんな呑気なことは言ってられなかった。
「クソッ…! どうやって使うんだよこんなの!」
ミリシアルの魔法使いか魔人と思しき人物らの襲撃により、元からいた対空班の人員が全滅している以上、航空攻撃の対処には、なけなしの人員を抽出して対空兵器を稼働させなければならない。
が、長年大砲に付き添って来た彼らにいきなり路線変更をしろとは無茶な話であり、その仕事効率はお世辞にも良いとは言えなかった。
確認された敵数は『マリン』が30機以上、その他には恐らく旧式機であろう機影が20機。局地戦における対地攻撃にしては過剰な戦力のような気もするが、敵は確実にこの砲兵陣地を潰すつもりでいる。
対して、こちらはバラバラに配置された3基の対空機銃だけ。おまけに練度が新兵同然と来たら、その結果は目に見えていた。
射撃はともかく、弾倉の取り替えすらもおぼつかない無力な我々は容易く爆弾の直撃を受け、第1師団の砲兵陣地はその対空能力を完全に喪失。
空の敵に抗う術すら失った彼らに、航空機が襲い掛かる様はまさしく「ワンサイドゲーム」だった。
抵抗する事すら、白旗を掲げる暇すら与えない掃射が戦意も、兵器も、人員をも粉砕し、爆弾はその威力を惜しげも無く解放する。
爆風、破片、肉が巻き散らされ、グラ・バルカス帝国の将兵は蜘蛛の子を散らすように後ろへ後ろへと敗走し逃げ惑う。
そしてムー兵は怨敵を逃すまいと、ドッと押し寄せた。
ムーの単発銃は敗走兵を背面から精確に射抜き、銃で撃たれはしなかったが体力の限界が訪れた者は、追い付いたムー兵に捕まり、命乞いをする間もなく銃剣で串刺しにされる。
もはや泥水か血液かもわからない水溜まりに足を浸し、汚れが染み付いた兵服で、ムーの若者は荒れ果てた荒野をただひたすらに、泥のように駆けた。
『太平の海は過去なり! 太平の海は過去なり!』
無線兵が敵味方識別用の符丁をキャッチし、それを声高らかに謳う。
侵略者を圧倒しているという優越感、逆境を覆しているという高揚感、そしてムーに住まう者なら誰もが知っている偉人の言葉は、限界まで酷使された彼らの身体を再び奮い起こし、追撃戦へと移行させる。
「敵野戦軍は潰走している! 掃討せよ!」
走る、走る、走る。
戦友の、敵の屍を越えて、彼らは前へと突き進んだ。
グラ・バルカス帝国陸軍 第8軍団 第1師団
師団司令部:撤退準備中
歩兵第1連隊:全滅
歩兵第20連隊:全滅
歩兵第26連隊:全滅
歩兵第54連隊:全滅
捜索第1連隊:通信途絶により行方不明
工兵第1大隊:全滅
野砲兵第1大隊:壊滅(敗走中)
その他の戦闘支援部隊:一部が司令部と共に撤退準備中。その他は全滅もしくは行方不明
装甲に守られた車内にいても鳴り響く激しい機関銃の音。戦車砲が轟かせる強い空気の振動が、人の鼓膜を太鼓のように強く叩き続ける。
薬莢の地面に落ちる音色すら聞き飽きてしまう程の連戦。されど連勝し続ける部隊の名は、グラ・バルカス帝国陸軍が誇る第8軍団第4師団。
前世界においても、新世界においても現在連戦無敗を誇る無敵の機甲師団である。
「ボーグ師団長…やはり敵による電波妨害の可能性があります。近隣の部隊とは何とか通信できますが、他師団とはノイズが酷くて無理です。
軍団司令部との通信に至っては完全に遮断されています」
やや青白い顔で無線通信士が報告する。
何を隠そう、この機甲師団の強さの秘訣はボーグ師団長の陣頭指揮…つまり、無線の発達した時代ではあまり推奨されない、将軍本人が前線で指揮を取る方法を採用しているからでもあった。
「ふむ…」
ボーグは不安そうな部下の報告を頭に入れつつ、タバコに火をつけた。戦場では非常によく目立つタバコの白い煙は、装甲指揮車の換気口を通じてモクモクと空へと立ち上り、風に掻き消される。
明け方に戦闘が始まってから陣地前方に鎮座する戦車は常に機関銃の火を噴かせていたが、その射撃音もしだいに止み始め、彼はついに終わったかと帽子を被り直した。
「ただの電波妨害にしては妙だが…無線を多少やられたくらいで我が機甲師団が負けるはずがない。なぁに、すぐに優秀な工兵が通信を復旧させるさ」
ボーグは蜂の巣にされたムー兵の山を見て鼻で笑う。
最新鋭の戦車を主体とし、歩兵は末端に至るまでが装甲車などの車両に搭乗している第4師団。機械率100%であるこの機甲師団──おまけに将軍が直接指揮しているため、無線が遮断されても戦える──が歩兵のみのムー軍にそうそう負けるはずもなく、脅威なのは時々襲来する敵航空機くらいなものである。
おまけに通信網の異常が起きてからは、ボーグの指示で付近に展開していた同師団の部隊が続々と集結しているため、敵の物量に押し負けて各個撃破される心配もなかった。
「それに、下劣で野蛮ではあるが優秀なガオグゲル軍団長殿の事だ。無線がぶっ壊れたと分かったら、すぐにでも後方のバルクルス基地に連絡員を寄越すだろうよ。
直に要請を受けた帝国空軍が制空権を奪取するはずだ。そうなったら我々の勝利は確定したようなものだろう」
ボーグは軍団長との通信が遮断されても尚、勝ちを確信していた。
自分の指揮する連戦不敗の機甲師団と、優秀な祖国の軍隊に絶対の信用を寄せていたのだ。
「現在、軍団長の指示は仰げませんが…。どういたします? ボーグ師団長」
同車両に搭乗する部下が聞く。
答えはもう、わかりきっていた。
「もちろん、我が祖国のように前に突き進むのみよ。敵の波状攻撃もようやく終わったようだしな」
ボーグは意気揚々と答え、タイミングよく全ての発砲音がピタリと止んだ。
久しぶりに耳が休まる静寂の時間が訪れ、彼は警戒しながらも車外に出る。
久しぶりの外の風は清々しいようにも感じられたが、硝煙と焼け焦げた鉄のような臭いの混じった大気が鼻をつく。
澱んだ風が足元を流れ、彼は存在しない木々がザワザワとざわめくような胸騒ぎを感じた。
戦闘が終わったと言うのに、己の本能のようなものが警鐘を鳴らす。
これはまるで…そう、あの〝夜〟と同じ匂いだ。
「…おい! ゴミがまだ2匹も残っているぞ!
目障りだ! さっさと始末してくれ!」
いつからそこに居たのか、防御陣地の先頭に立つ戦車の前方、150メートルほど離れた場所に、〝彼ら〟は立っていた。
大勢の屍の上に立つその姿は、心霊と勘違いしてしまいそうな程におどろおどろしく、不気味でもあり、多くの将兵の背中を冷たい汗が流れる。
「あ、動い────」
反射的にそう叫んだのは近くの戦車兵か、車内に座る部下か…はたまた自分か。
脳がそれすらも認知する前に、2人の幽霊のような人物付近の空間が歪み──正確には一瞬だけ歪んだように見えたのだ──直後に、轟音がその場にいる帝国兵の鼓膜を直撃した。
まるで脳を直接殴られたような衝撃。耳を抑えたのはボーグも例外でなく、訳も分からないまま部下に手を引かれ、彼は装甲に保護された車内へと入った。
ガガガと機関銃の唸る音が戦闘開始の合図を告げる。
『こちらハウンド16、前面装甲が大破! 運転手が死亡! 戦車長の意識不明!』
椅子に座って無理やり落ち着きを取り戻すと、ノイズ混じりの、悲鳴のような通信がなおも耳鳴りのする耳に入った。
先程の攻撃で、先頭の戦車が1台走行不能となったようだ。
「敵は何だ! ムーの魔法使いか!?」
ボーグは冷静さを取り戻し、無線器に向かって叫ぶ。
このような攻撃…ただの人間が戦車の装甲で最も硬いはずの前面装甲を、たったの一撃で破砕するなんて魔法以外に考えられなかったのだ。
続々と入る損害報告、敵はかなり手練の魔法使いのようであり、常人ではあり得ない速度で走っては、銃弾や戦車砲の直撃を避けているらしい。
『国籍不明! 攻撃の正体は強力な衝撃波と思われます!』
「なんだと──」
再び轟音が響く。
スクラップと化した戦車がひっくり返り、その付近にいた兵士が宙を舞うのが目に入る。ボーグは自分の目を疑った。
人間を数人吹き飛ばす威力に加え、何トンもある戦車をひっくり返すなんて、どれほど強力な衝撃波だと言うのだ。
「てッ…戦術的撤退だ! 戦車を殿として…あ、おい! 勝手に逃げ──」
指示を出したのも束の間、今度は逃げる
過酸化水素とハイドロキノンの化学反応により発生した、指向性の高温毒ガス。奇しくもその噴射システムは、人類が何万年も経てようやく作り上げた
数センチにも及ばない『ミイデラゴミムシ』が人間大のサイズとなった時、その威力はロケットの発射さながらの大爆風を巻き起こす。
100度に達する濃い水蒸気の煙が晴れた時、ボーグは戦慄した。
つい先程まで走っていたはずの装甲車が、何度も何度も横転し、大地に打ち付けられた痕跡を残して鉄クズと化していたのだ。
そして、この煙が拡散してからが『ミイデラゴミムシ』をベースとした『被手術兵』の真骨頂である。
噴射時に発生したベンゾキノン──水蒸気に含まれる化学物質はタンパク質と化学反応を起こして結合し、外敵の皮膚や粘膜を化学的に侵す非常に危険な代物である。
つまりは、これの含まれる水蒸気を吸い込む、もしくは皮膚で触れただけでも深刻なダメージを負うのだ。
白い蒸気の塊はどんどん拡散していき、グラ・バルカスの兵らを襲っては、あらゆる表皮を変質させ、痛みを伴う皮膚炎を引き起こした。それは外気に触れる食道や肺も例外ではなく、ベンゾキノンに侵された食道は腫れて膨張し、呼吸を阻害する。
「毒ガスか!? 防護マスクの装着を急げ!!」
しゃっくりをするような音を口から漏らし、のたうち回る戦友を見てすぐさまガスマスクが装着された。これで何とか呼吸困難は免れたとしても、外気に触れた素肌は炎症を起こして腫れあがる。
「こんな魔法攻撃…!! もう1人の方も化け物かッ!!?」
今や祖国の領土となったレイフォルにも多くの腕の立つ魔法使いがいるとは聞いていたが、このレベルの怪物の存在を聞いた事はない。恐らくはミリシアルが送った選りすぐりの義勇兵か、ムーの最終兵器だろう。
ムー人はグラ・バルカス帝国人と同様に、異世界から転移したという特性上魔法は使えないと聞いていたが…。何にせよ、こうも接近されては小回りの効かない戦車では太刀打ちできない相手なのには違いない。
「後退! 距離を取って迎撃するぞ!」
地球に存在する戦闘模範書に「戦闘用車両が『
ボーグが出した命令は、奇しくもその最善の方法と全く同様であり、それは純粋な移動速度では大多数が戦車にやや劣る『被手術兵』相手には有効な手段であった。
…が、それは不整地でもある程度の速力が出せる現代戦車に限った戦術である。
加えて、手術を受けた自衛隊員はベースになった生物の能力をフル活用できるように日々鍛錬を積んでいるため、その機動力は戦間期最速の戦車ですら舌を巻く速度まで到達しているのだ。
そもそも──
「ガスが…! 毒ガスが煙幕の役割を果たしていて、何も見えません!」
「視界不良で追突事故が多発!」
「落とし穴が大量に掘られているぞ! こんな深い穴を敵はいつの間に!?」
「さっき通った所にも落とし穴があるぞ! 気をつけろ!!」
──彼らは1両たりとも、帝国軍を逃すつもりは無かった。
前に進めば衝撃波、後ろに逃げれば高温高圧の毒ガスが待ち受け、それを何とか突破しても、今度は落とし穴地獄が広がっている。
その落とし穴というのは古典的だが、戦車を始めとする車両相手には非常に有効であった。
ハマれば履帯やタイヤが損傷し、穴から抜け出すための作業を行おうにも、外は直に触れたらアウトの毒霧が立ち込めているのだ。そして視界が悪い中を強引に後退しようとする車両との接触事故により、状況はますます悪化する。
車両を捨てて、敗走兵は半ば暗中模索の状態で逃げ惑う。
対車両用の落とし穴と思しき、地面の凹み。車外に出て注意深く観察すれば引っかかる事は無いし、人間程度の重量なら上に乗っても大丈夫そうである。
が、彼らは進んだ先に対人間用の落とし穴が隠されているとは考えもしなかった。
「ぎゃああああ!!!!」
地面を踏み抜いた誰かが穴に落下する。
ただ落ちただけと言うのに、尋常ではない大きさの悲鳴があがった。
「杭だ! 穴に落ちたら串刺しにされるぞ!!」
落とし穴に落ちた仲間を救助しようとした将兵がそう叫んだ瞬間、全敗走兵の足が止まる。
地雷は一瞬で死ぬか、もしくは五体満足では済まないだろうが地表で怪我をする分、敵であれ味方であれ救助はされやすいだろう。それは生還の可能性もあると言うことである。
しかし、この落とし穴はそうもいかない。落ちたら最後、暗い穴の底で激痛に苛まれながら死を待つしかないのだ。
パッと見は何もないはずの泥の荒野が、一瞬で地雷原よりも恐ろしい地獄と化した瞬間であった。
ここを進む訳にはいかない。だが、今も怪物が暴れる戦地に戻りたくはない。
そうなると当然、敗走兵の足は止まる。
動かない標的を空から狩るのは非常に容易かった。
自衛隊員が持ち込んだ対地攻撃用のドローン群、数十機が全自動で掃射を行う。もはや戦う意志のなくなった兵を掃討する仕事をドローンに任せることで、数少ない貴重な戦力を他の戦域に送り込むことができるのだ。
煙幕で視界が悪くとも、赤外線を駆使して帝国兵が精確に撃ち抜かれる。
もはや何に攻撃されているのかすらわからないまま、大多数の兵は彼岸へと旅立って逝った。
自衛隊ムー派遣部隊、ムー陸軍合同で行われた、敵機甲師団の殲滅戦は長くはかからなかった。
グラ・バルカス帝国陸軍第8軍団、第4師団。今まで全戦無敗を誇った無敵の機甲師団の最初の敗北は、第4師団の全戦力消失という悲惨な結果に終わった。
彼らは元自衛隊員数名の強襲によりその戦力を大幅に削られ、その直後に到来したムー陸軍の人海戦術によって全滅したのだ。
現時点で他の戦域でもすでにムー軍による掃討戦が完了しており、帝国側に僅かな生き残りはいたものの、グラ・バルカス帝国陸軍第8軍団はその戦闘能力をほぼ全滅させられるまでに至っていた。
第8軍団は残す所、第4師団長ボーグを除く各師団の師団長、そして軍団長ガオグゲルと彼らの近くで行動する幹部将校のみとなり、自衛隊員の手にかかれば、逃げる彼らの殲滅は事後処理程度の労力でしかなかった。
そして──
「走れ! 攻略目標はすぐそこだ!!」
各師団司令部攻略後、ガオグゲル軍団長がいた軍団司令部跡地に、ムー兵が突入した。
中はもぬけのからであったが、敵軍本部に到達したという事は名実共にムーの勝利を裏付けるハッキリとした証拠であった。
「ミウラさん、旗はぜひ貴方がやってください」
「俺達が生きて勝てたのは、支援に来てくれた日本人のおかげです。それに、貴方は俺達新兵を率いてここまで一緒に走ってくれたじゃないですか」
「戦車を素手でひっくり返したの、すごく痛快でした。またムーに来てくださいね」
地下本部の上に存在する小高い丘では、熟練兵がいなくなり、新兵ばかりのムー軍に半ば強引に旗を渡される1人の日本人の姿があった。
彼は最初は遠慮したものの、しばらくしてその小高い丘に、ムー国旗が突き立てられた。
その周りでムー兵は大いに沸き上がり、従軍記者のカメラがフラッシュを焚いた。
その光景を切り取った写真は、しばらくムー国が単独で侵略者を打ち払った証拠として誇示されたが、戦後に発覚した情報により、ムー国と日本国の友好の証として博物館に展示されたと言う。
種明かし
衝撃波…ニシキテッポウエビ
落とし穴…モグラ、オケラ。杭は道中の材料で自作