後にロデニウス沖大海戦と呼ばれる海戦が集結した後、ロウリア王国軍ではとある噂が広がっていた。
曰く「4400隻の大艦隊とワイバーン500騎が、日本国の魔導兵器の前に為す術もなく敗北した」と。
下士官から一兵卒にまでこの噂は広がり、特に上層部が受けた衝撃は大きかった。
「海軍は何をしていたのだ?!
そう、ロデニウス沖における海戦での大敗北は、軍内部の士気低下を懸念して、1部の高級幹部を除いて誰にも知らせていなかったのだ。
なのに、何故か情報が漏れている。
今はまだ噂程度にしか受け止められていないものの、本当だと知られた時には何が起こるか想像もしたくない。
「聞き取り調査の結果、どの陣地も現在行方不明の兵士が噂を広めたようです」
「行方不明だと?」
「ええ。何件かそれらしき遺体が発見されたのですが…その…」
「何だ?」
「ええと遺体を調べた結果、中身が無かったのです」
「…なんだそれは」
そんな変死体はさておき、ここにいる全員はこれをクワ・トイネかクイラの工作員による妨害工作が原因だと考えたが、海を挟んだ日本国の可能性であるとは考えもしなかった。
実際は変死体も含めて日本の仕業なのだが。
ここで日本が実際にやったトリックの種明かしをしよう。まずは飛行可能かつ人間も運搬できる者と、手術ベースが『ロイコクロリディウム』という寄生虫である者を用意する。
そして彼らに変身薬を持たせ、前者に後者を運んでもらい、寄生虫を敵の陣地に投下するといった具合だ。
『ロイコクロリディウム』
普通はカタツムリに寄生する寄生虫。この種の最大の特徴は、寄生した宿主を操れることである。(画像検索はオススメしません)
この生物を手術ベースにした人間が同族に寄生するのは長い訓練と精神的な克服が必要となるが、日本の諜報部はすでにその人員を実用化するレベルまで育てることに成功していた。
「とにかく、これ以上変な噂を流されないよう、陣地周りの警備を更に厳重なものにせよ」
「はっ!」
寄生虫の魔の手がすぐ傍まで差し迫っていても、気付く者は誰1人としていないのだ。
中央歴1639年4月30日──
クワ・トイネ公国 政治部会
「では何だね? 日本国はたった8隻でワイバーン500騎を全て撃墜し、ロウリア王国海軍4400隻を打ち負かしたのか?」
「目立った被害もなく? そんなの嘘に決まっておる。私達は正確な情報が知りたいのだよ」
観戦武官として『いずも』に乗船したブルーアイに野次が飛ぶ。彼自身も理解されないのは分かっていたつもりだが、自分の言う事が理解されないだけでなく、野次を飛ばされるのは不愉快だった。
「いえ、火矢と大型弩弓を受けて塗装に傷が…」
「そんなの被害に入らんだろう」
ごもっともである。しかし何かしらの被害を受けたと説明しない限り、信じては貰えないだろうと彼は考えたのだった。
どちらにせよ、信じて貰えないのには変わりは無かったが。
「報告書には人的被害も無しと書かれていたが、これも本当なのかね? 1人も怪我をしなかったと?」
「はい、私自身も信じられないのです。気付いたら戦闘が終わっていましたから」
クワ・トイネ海軍だけであれば絶望的な量の軍勢を、自国の損害無しに退けられたのだから本来はもっと喜ぶべきところなのだが、あまりにも現実離れした戦果に誰も頭が追いついていなかったのである。
他にも疑問は多く、軍務卿が手を挙げた。
「報告書にある、この『魔人』というものの詳細を知りたい。これは日本軍が使役する魔獣か何かかね?」
ここにいる全員が、日本軍に『魔人化できる武器』があると風の噂程度には聞いていたが、それがどのような代物なのか、誰も何も知らなかったのだ。
「ええと…戦闘中に説明を受けましたが、私も全容を理解できておりません。ただ1つ言えるのは、人間が飛翔能力や遊泳力、並外れた怪力などの能力を得るらしいです」
「「???」」
そんな魔法は聞いた事も見た事もない。会場にいる誰もが思った。
「…待て、日本に魔法は無いんじゃなかったのか?」
当然の疑問である。国交を樹立したばかりの時、魔法後進国の日本に魔法の技術を輸出し、大儲け出来ないかと考えた輩もいたぐらいなのだから。
「それが科学の産物らしくて…。簡単に説明すると、人間をとある病気に感染させ、その治療後に人間以外の生物の臓器を移植させるとか何とか…」
「「??????」」
聞けば聞くほど、魔法の1種では無いのかと言う疑問が生まれる。まさに『十分に発展した科学は魔法と見分けがつかない』だった。
「まあ日本の魔人はさておき、今回の海からの侵攻は防げました。たった8隻にここまでやられては、当分海からの侵攻は出来ないでしょう」
「ロウリアの軍船も大量に鹵獲出来ましたしね」
首相カナタが会場を落ち着かせ、ひとまずのところ魔人の話は終わった。
鹵獲した船は無傷のくせに、帆のストックが全て無くなっていたのには誰も触れなかった。捕虜に話を聞くと、「帆を交換する度にマストに火災が起こった」と証言していたからである。
どう考えても日本が列強以上の魔法先進国のように感じるが、この話を蒸し返すのは野暮だったのだ。
「陸の方はどうなっていますか? 軍務卿」
「はい、現在ロウリア王国軍はギム周辺を陣地化しております…これは日本からの情報ですが」
また日本か! と一同が同じことを思う。
こちらの工作員は厳重に警備された陣地に侵入することすら出来ないのに、とことん不気味で謎な国だ。
「海からの進撃が失敗に終わり、陸の方は万全を期して侵攻するつもりなのでしょう。我が方では電撃作戦は無くなったと解しております」
軍務卿は続ける。
「それと日本国がダイタル平野の貸出許可を求めています。詳細は資料に…」
全員が資料を見る。
「ギムと首都の直線上だな。陣地を構築するつもりなのか?」
「恐らくは」
「あそこは何もない平野でしたね。軍務卿、日本国に貸出許可を与えてください」
政治部会内では多少の反発もあったが、誰もが心の底から反対をした訳では無かった。
日本の力なくしてロウリアの撃退は不可能と誰もが理解していたからである。
それ以上に、万が一日本が牙を剥いてきたら、それこそ一巻の終わりであることが明白であったのが最たる理由であったのだ。
第3文明圏 パーパルディア皇国
薄暗い部屋、ガラスの玉がオレンジ色にほのかに輝き、その光は2つの影を映し出していた。
「…日本? 聞いた事のない名前だが…」
「ロデニウス大陸の北東方向にある島国です」
「いや、それは報告書を見れば解る。しかし…今までこのような国はあったか? 大体、ロデニウスから1000km程はなれた場所にある国なら、我々が今まで一度も気がつかなかった事が考えられない」
「どうやら彼らは、転移国家を自称しているようです」
「…バカバカしい。それよりも問題は、ロウリアの大艦隊がたった8隻の船に敗北したと言う事だ」
「いえ、話を聞いた限りでは、日本国は魔法先進国であるようで…」
「蛮族の4400隻もの船がたった8隻に負けるほど、と? そんなバカな話があるか! そんなことが出来るのは列強の上位2国くらいで、我が国でも不可能だぞ?!」
「どうやら日本は大砲を実用化しているようで…」
「それは分かっている! 問題なのは大砲の命中率だ! 文明圏外の蛮族がそんな技術力を持っている訳がない! これは全て誤情報だ!」
「この魔人の報告もですか?」
「当たり前だろ?! 文明圏外の蛮族だぞ?!」
クワ・トイネのそれとは打って変わり、こちらは会議が紛糾していた。