中央歴1639年5月21日──
クワ・トイネ公国 国境付近
「はぁっ…! はぁっ…!」
「頑張れ! あと25km進めば、クワ・トイネ公国軍の基地があるぞ!」
息を切らし、東へ向かうエルフの集団。彼らはロウリア軍の魔の手から逃れるため、村を放棄して自主疎開を敢行していた。
その数約200名。集団の後方で若者たちが警戒にあたっているが数が少なく、ろくな武器も持っていないため、今ロウリア軍の追撃を受けたらひとたまりもない。
小さな子供や老人もいるため進行速度はなかなか速くならず、全員が焦りを募らせていた。
「…あぁ!!」
「ロウリアの騎馬隊だ!!」
突如、後方から悲鳴のような叫び声があがる。彼らの指さす方向を見ると、集団の約3km後方からロウリアの騎兵隊約100人が迫っていた。
ここは平原で遮蔽物がなく、隠れることは出来ない。かと言って騎馬相手に走って逃げるのも無謀だった。
どこへ逃げても5分もすれば追いつかれ、嬲って殺されるのがオチだろう。
「亜人どもを皆殺しにするぞ! 突撃!!」
「「ひゃっはぁぁ──ッッ!!!」」
ロウリア王国軍第15騎馬隊、元山賊、海賊によって編成された荒くれ者の集団である。
彼らはエルフの集団に向かって馬を駆け、獲物の品定めをしながら舌なめずりをする。
「おらしっかり逃げろ!! もたもたしてると殺しちまうぞぉ!!」
「いい女も交じってんなあ! あいつは俺がやるぞ!」
すでに距離は500mを切っており、村人の中には諦めてへたり込む者達も出てきた。
野蛮な声も聞こえ始め、エルフの少年パルンは小さな妹を連れ、走りながら祈る。
死が刻一刻と近づく中、彼は母が夜話に聞かせてくれた『太陽神の使い』の話を思い出していた。
遠い昔、太陽神が危機に瀕したエルフ達の祈りに応え、自らの使者をこの世に遣わしたという話だ。
パルンはその話を信じていた。実際に「神の使い」が乗っていたという『神の船』を見たことがあるからだ。
「お兄ちゃん…もうダメ…」
妹はこれ以上は走れないと膝から崩れ落ち、パルンはもう逃げ切れないことを悟る。
彼は最後の望みをかけて胸いっぱいに空気を吸い込み、天に向かって叫んだ。
「カミサマァァ────ッッ!!! 助けてぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
大量の砂埃を撒き散らして疾駆する騎馬隊。
獲物との距離はますます縮まっており、彼らは武器を抜いて獰猛な笑みを浮かべる。
「ん…?!」
不意に、その中で最も目の良い隊員が空を指さして叫んだ。
「ジョーヴ! 空から何か来るぞ!」
「な、なんだありゃあ?!」
荒くれ者達の隊長“ 赤目のジョーヴ”は自分の目を疑った。
彼の視界に写ったのは、4本の透明な羽が生えた、空飛ぶ人型の生物。それらは空に溶け込むような色の服を着ていたため、発見するのが遅れたのだ。
「まさか…ッ?!」
エルフ達だけでなく、ロウリア軍の人間もそれを光翼人だと誤認したが、ジョーヴを含めて数人はその正体をすぐに見破ることができた。そのような存在の噂をそれとなく聞いたことがあるからだ。
「てめぇら気を付けろ! 日本国の魔人だ!」
荒くれ者の集まりとは言え、東方討伐軍の中でも精鋭と名高いホーク騎士団第15騎馬隊。彼らは未知の敵であろうと、瞬時に手綱を握りしめ、マニュアル通りに
パルンは夢を見ているようだった。
天に向かって叫んだ直後、上空から羽の生えた人間(?)が助けに来たのだ。
数は少ないが、彼らの持つ「何か」がポンッと軽快な音を出す度にロウリア兵の足元が弾け、爆音を轟かす。
『回転弾倉式 対地攻撃用 擲弾投射機』
長い名前が付けられているが、いわゆる、ただのグレネードランチャーである。
補足しておくが、2020年現在自衛隊は回転弾倉式のグレネードランチャーは持っておらず、銃口にそのまま差し込んで弾薬で発射できるライフルグレネードしか持っていない。
その理由は色々とあるが、両方とも精度が悪いくせに反動も大きく、正確な即応性に欠けるためである。
擲弾投射機はアサルトライフルの副次的な補助に過ぎず、敵を倒すためだけにわざわざ金銭的にも重量的にも重たい装備を持っていく必要はないからだ。
にも関わらず、なぜこれがあるのか。
理由は至極単純で、いくら手術で様々な身体能力が向上しようとも、空中から人間大の地上目標に小銃を撃っても当たらないからである。
手術を受け、飛翔が可能となった兵士の対地攻撃能力の低さは当初、各国でも問題となっていた。性能が大幅に向上した対空兵器が蔓延るこの時代の戦場ではヘリコプターは
しかしこの問題はすぐに解決した。とある軍関係者が倉庫でホコリを被っていたある物を持ち出し、こう言ったのだ。
「これは普通の人間に持たせるには重量過多だが、手術を受けた人間ならば問題ないだろう」
そして各国で改良に改良を重ねられ、ある程度の軽量化化、小型化、高威力化を実現したグレネードランチャーは各軍における飛翔可能な被手術兵の対地攻撃作戦における標準装備となったのだ。
「ちくしょう! ワイバーンなんてあれの足元にも及ばないぞ!」
「逃げろ! とにかく逃げろ!」
ロウリア兵はすっかり恐れ慄き、隊列が乱れていた。
騎兵らは蜘蛛の子を散らすよう逃げるが、それを逃がさんと言わんばかりの爆撃。
ブブブという羽虫のそれに似た音が耳を掠める度に、ロウリア軍の隊員達は死を覚悟する。
彼らに等しく訪れるのは、ミンチになる運命だけであった。
「こんな…! こんな所で死に──」
「ダメだ! 撤退!」
平和だった草原はあっという間に地獄の様相を呈し、青々とした新芽は血溜まりへと沈む。
人だったものがばら撒かれ、次は自分達の番かと恐れるエルフもいた。
そんな中、目の前で起こる惨劇を前に、パルン少年はひどく感激していた。
「すごい…! 本当に来てくれた!」
疑っていた訳ではないが、神話の存在が本当に来てくれたのだ。
これに感激しないはずがない。
するとポンと頭に手を置かれ、パルンは後ろを振り向いた。
振り向くと、空を飛ぶ太陽神の使い達と似たような服を着ているおじさんがニカッと笑っていた。
その笑顔は太陽のように明るく、頼もしい。
「助けてくれてありがとう。おじちゃんたちは太陽神の使いですか?」
少年の純粋な質問に、おじちゃんは戸惑う。
(ああ、日本の国旗が太陽だから勘違いしたのかな? 子供の言う事だし、そういうことにしておいた方が面倒が少なくていいか)
「そうだよ。君の声が、私達を呼んだんだ」
これが更なる誤解を生むとは露知らず、自衛隊員による熾烈な攻撃は続ていた。
「──まいった! 降参だ!」
最後の生き残り、赤目のジョーヴは馬から降り、両手を挙げて降参した。
彼の降伏によって戦闘は終わり、何回か改良を加えられ、未だに現役である『チヌーク』が音もなく平野に降り立つ。
(あれが日本軍のワイバーンか? 生物には見えないな…)
だが“赤目のジョーヴ”がそんな簡単に降伏する訳がない。
彼の降参は、当然方便である。
(まあいいか。へっへっへ…こいつらは逃げ遅れた亜人どもをわざわざ助けに来るようなあまちゃんだ。とりあえず、あのガキを人質にとって逃げるか…)
“赤目のジョーヴ”44歳。
元山賊であり、ロウリア王国拡大期に幾つもの戦場で降参して捕虜となり、人道に反した方法で何度も逃げ延びた伝説の男。
隠し持っていた短剣を抜き、彼はパルンに急接近する。
「こっちに来いガキィィィィィ!!!」
しかし彼のその策略は、パルンの傍に立っていた自衛隊員の一太刀によって斬り伏せられた。
「「おお…!!」」
見事な居合斬りに村人たちは顔を見合わせ、どよめく。
「さすが太陽神の使者様だ! お強い!」
「おお…太陽神よ! 強大なる使者様を遣わし、我らを助けていただきありがとうございます!」
「た…太陽神?」
誤解に誤解重ねてしまった結果、彼らを助けに来た自衛隊員達は、彼らの誤解を解くために相当な時間を要することとなった。
城塞都市エジェイ
ロウリア王国との緊張がまだ高まりつつあった頃。クワ・トイネ公国は戦争に備え、国境から首都への侵攻ルートを食い止めるべく、要所として城塞都市エジェイを設置した。
公国の絶対防衛ラインに位置づき、高さ25mにも達する堅牢な城壁はあらゆる敵地上部隊の侵攻を弾き返し、城内に湧き出る泉や平時における膨大な量の食料備蓄は兵糧攻めを困難にする。
ここにはクワ・トイネ公国軍西部方面師団約3万人が駐屯しており、師団を束ねる将軍ノウは、ここでロウリア軍の侵攻を防げると絶対的な自信を持っていた。
「ノウ将軍、日本国陸上自衛隊の方々が来られました」
「来たか、我が国に土足でのり込んで来た野蛮人め…! 通せ!」
彼は日本が好きではなかった。むしろ嫌いでさえもある。
クワ・トイネとロウリアの戦いに首を突っ込んで来た挙句、さらに戦闘報告結果にとんでもない脚色を加えたと考えていたからだ。
政府からは自衛隊に協力するよう言われているが、彼はそれも気に食わなかった。まるで自分達が信用されていないようだと感じたからである。
「日本軍がいくら強いとは言え、8隻が4400隻に勝ったなど有り得ん。どうしても自分達を強く見せたいのだな…パーパルディア皇国のような奴らめ!」
「将軍、外交問題になりかねませんのでお辞めください」
「分かっておる! ワシもそこまでバカじゃないわい!」
ノウを含めて数人が
そもそも知ろうともしなかったのである。
「はじめまして、日本国陸上自衛隊、第7師団長の大内田です」
「これはこれは、よくぞおいでくださいました。私はクワ・トイネ公国西部方面師団将軍ノウと申します。このたびの援軍に感謝いたします」
とりあえずは社交辞令から入るものの、彼の日本嫌いはますます深まった。
目の前にいる3人とも、緑と茶の斑模様の服を着ており、どう見ても山賊の類にしか見えなかったからだ。
「日本の師団長殿、ロウリア王国軍はギムを落とし、まもなくこちらへ向かってくるでしょう」
さっきとは雰囲気が一変し、高圧的に彼は続ける。
「しかし、見ておわかりと思うが、ここエジェイは鉄壁の城塞都市。これを抜くのはどんな大軍をもってしても不可能でしょう」
きっぱり不可能と言い切る彼に、大内田含め3人は「司令官として大丈夫か?」と思った。
「甚だ心外ながら、公国はロウリアに侵略されている真っ最中です。我が国は彼の国に一矢を報いようと立ち向かっておりますので、日本の方々はどうぞ安心して、あなた方が作った基地から出ることなく後方支援していただき──」
「お断りします」
ノウが言い終わるや否や、大内田の声が部屋に響いた。
「我々はかけがえのない友好国を救いに来たのです。断じて海外旅行をしに来たのではない」
ドスの効いた声と、無表情の顔から発せられる威圧感にノウは少し怖気付いたが、さらなる反感を憶え、相手の怒りを煽るような口調で抵抗した。
「で、何か? 我々だけでロウリアを撃退出来ると言っているのに、日本の方々はどうしても戦果が欲しいようですね〜?」
「さっきも言った通り、我々は友好国の人々を武装勢力から護るためにここに居る。その中には当然、兵士も含まれる。私が欲しいのは戦果ではなく、人々の安全なのです」
「…で、何だね? そこまで言い張るのならば、5km先に陣取るロウリア王国軍先遣隊を日本軍だけで撃退してみせよ。ま、たった6000人しかいないあなた方には無理でしょうけど」
「わかりました。では、あなた方は城から出ることなく、我々の戦いを見ていてください」
こうして日本とクワ・トイネの会談は交渉決裂にも近い最悪の形となって終了し、大内田達は退室した。
「…どう思います? ノウ将軍」
「ふん! 敵は先遣隊だけで2万もいるのだぞ! たった6000の兵で何とか出来るわけがない!」
しかし会談から24時間も経っていない翌朝、ノウ将軍は自衛隊の実力を思い知ることとなる。