〜とりよせバッグ〜
取り寄せたい物の名前を声に出しながらこのバッグに手を入れると、それがある場所に空間がつながって手が届く。
「ぽいぃいいいいいいいい!!!!!!!!!」
陽気な天候が続く穏やかな春、執務室を駆け回る金髪のロングヘアーに左右にケモ耳のような逆毛をした紅い瞳の少女──白露型駆逐艦4番艦の夕立は機嫌が悪かった。理由は明白、
「遊ぶっぽいいいいいいいい!!!!!!!」
提督さんが遊んでくれないからだ。
戦場では狂犬と敵味方から畏れられる彼女も提督の前では遊び盛りの少女と化しその姿はもはや駄犬である。普段ならまだ(ある程度は)待てができるのだが、今回は事前に遊ぶ約束をしていたにもかかわらずのび太がドタキャンしたのだ。もちろんのび太も夕立と遊ぶのを避けてるわけではい。
「だから言ってるでしょ、夕立。明日までにネ級改の資料を作成して大本営に提出しなくちゃいけなくなったんだ……」
艦娘の観察、検査、運用は提督業の基本的な一環であるが、それと同時に年々勢力が増しつつある深海棲艦の調査も提督の重要な務めである。
先の大規模作戦では多方面の海域において既存の敵重巡洋艦ネ級の上位個体と思われる『ネ級改』の存在が複数確認された。
鬼・姫級に属さない重巡でありながら、その戦闘能力はル級やタ級などの戦艦を遥かに凌駕し、鬼・姫級にも遅れを取らない。
それを脅威とみなした大本営は交戦の多かったのび太の鎮守府に至急ネ級改の詳細な情報を提供するよう促したのだ。
「そんなの叢雲や大淀さんにやらせればいいっぽい!」
「一応僕はここの最高責任者なんだから部下に丸投げは出来ないよ」
「う〜……夕立の約束の方が先だったのに〜……」
「だからごめんて、また今度ね……」
「提督さんの嘘つき! 眼鏡! 童貞!」
「眼鏡は悪口じゃありません、童貞は関係ありません」
「こうなったら、えいっ!」
「あ! こら! 眼鏡を返しなさい!」
「これは人質っぽい! 提督さんが遊んでくれないならこの眼鏡は一生返ってこないっぽい! 欲しければ捕まえてみるっぽおおおい!」
「きゃっ!?」
夕立が執務室の扉を勢いよく開け逃げ出そうとすると丁度すれ違いざまに叢雲とぶつかりそうになった。
「あ、叢雲ごめんっぽい。でも今の夕立は誰にも止められないっぽいいいいい!!!!!」ダダダダダ
「夕立待ちなさい! ったくもう……」
「なにやってんのよ、あんた達……また機嫌損ねて眼鏡盗られたのね」
「まあね、大規模作戦が終わったら遊んであげる約束してたのにドタキャンした僕も悪いけどさ」
「はぁ……とりあえずこれでも飲んで一息ついたら?」
そう言って叢雲は部屋に入る前から手に持ってたプラスチック製の容器に入った飲み物を渡す。
「あぁ、ありがと──ブフォッ!? 何これドブみたいな味がするんだけど!?」
「あ〜、やっぱり不味かったのね。磯風の作ったほうじ茶ラテ」
「そんなもの渡さないでよ!!」
「磯風が作り過ぎて浦風達が困ってたから貰ってきたのよ」
「じゃあ自分で飲めばいいじゃないか……」
「それよりほら、差し入れ貰って一息ついたんだからさっさと眼鏡取り返して仕事に戻りなさいよ」
「えぇ……なにこの理不尽な扱い。第一インテリ系の僕が足の速さで夕立に追いつけるはずがないじゃないか」
「何がインテリよ、万年ドベ。仕事しないなら厨房にまだ残ってる磯風ラテを全部飲ませるわよ?」
「ひぃいいい!!! それはさすがに命に関わる……で、でもどうやって捕まえればいいのさ」
「今日もお困りのようね、提督」
「その声は!!」
「うわ、出た……」
執務室の扉を開け、キメ顔で現れたのはメカニックメロンこと夕張である。
「まーた勝手に資材使って変な玩具作ってきたの?」
「勝手じゃないですぅ、ちゃんと提督に許可とってますぅ。それに今度のはすごいんだから」
「そのバッグはもしかして……!?」
「とりよせバッグ~」テッテレー
「いつも思うけどそのダミ声は何なの……?」
「このバッグに手を入れると欲しい物のところまでの空間をショートカットして伸びた手でそれを引きずり出すことが出来るのよ」
「え? 空間をショートカット……? は……?」
「まあ百聞は一見に如かずだから、僕が実践してみるよ」
夕張の説明を聞いてもイマイチピンと来なかった叢雲のためにのび太が実際にバッグに手を入れてみる。するとのび太と2メートルくらいの距離があった叢雲の目の前にいきなり『手』が出現した。
「はあ?! ちょっ、手がいきなり!?」
「大丈夫よ、それは提督の『手』だから。空間を無視して叢雲ちゃんの前に現れたの」
「いや、そんな超常現象的なこと説明されても理解が追い付かないわよ!」
「でも、目の前に起きてることは間違いなく現実だよ。僕の手がバッグを通して叢雲の前に現れた。もちろん僕の手だから僕の意思で動かすこともできるよ」
のび太の手は宙を舞いながら移動して、叢雲の電探を触り、髪をなで、ほっぺをつつき、胸を────
「フン!」ガシッ
「いたたたたた!!!!!! ご、ごめんなさいいいいい!!!!! ちょっと調子に乗りましたぁあああああ!!!!!」
説明を受けても理解が追いつかないので、とりあえず叢雲は目の前で起きてる事実を受け止めそういうものなのだと頭を切り替えることにした。
そして胸を触ろうとした『手』を引っ捕まえ、それの指を曲げてはいけない方向に徐々に力を加えていった。
すると鎮守府の長たる目の前の男は情けない声を上げながら床にひれ伏していくではないか。
「なるほど、痛覚もそのまま通ってるわけね」ギチチチ
「折れる!! ほんと折れる!! もう2度としません!! ごべんなざい!!!」
「よろしい」
「いたたた……た、確かにとりよせバッグを忠実に再現できてるね。でも夕張、取り返したい眼鏡を持ってる夕立は移動してるんだよ? とりよせバッグは動くものを掴むことは出来ないはずだけど」
「フフーン、私がただ修理しただけなんてちゃちなメカニックに見えます? もちろん追尾機能も付けておきましたよ」
「おお! なんて万能なメロン!」
「ならさっさと夕立取っ捕まえて仕事に戻りなさいよ」
「はいはい、それじゃあとりよせバッグの力を存分に使わせて貰おうかな」
再びバッグに手を突っ込み頭に夕立が持ってる眼鏡を念じる。
「ぽぃいいいいいい!!!!!?????」
すると遠くから夕立の悲鳴が聞こえてきた。目の前にいきなり手が出現すれば誰だって驚くだろう。
「さあて夕立、観念しろよ〜。そこだ! あれ? 違う……ここか! ん〜なんか違うものを掴んだかな? これか! いや、これでもない」
「なに遊んでんのよ……さっさと捕まえなさいな」
「そうは言っても、夕立が結構抵抗するから……! こら! 大人しくしなさい!」
バッグ手を突っ込みながら激しく格闘してる大の大人という構図はなんともマヌケなものであった。
「うわっ、冷たっ!? 何かかけてきた!?」「こんの〜……いい加減にっ、しなさい!」「よし! 顔を掴んだ!」「眼鏡、眼鏡はっ、あっ! あった! これだ!」ズイ
一人相撲の末バッグから引っ張りあげると、その手は確かにのび太の眼鏡を掴んでいた……ずぶ濡れになった状態で。
「ようやくですね……って臭!? 提督、手からドブみたいな臭いがしますよ!」
「クッサ!? これって磯風ラテの臭いじゃ……!?」
「な、何はともあれ眼鏡も戻ってきたし、これで執務に取り組めるわね……とりあえず臭いから近寄らないで」
「ひどい!!」
一先ず一件落着……と思った矢先である。執務室に向かって大勢の足音がドタドタと近づいて来た。
「え? なになになに???」
ただならぬ物々しさに何事かとのび太達が扉の方を向くと勢いよくドアが開けられ、
「admiral! 敵襲です!」
「やっばーい! マスターハンド! マスターハンドが出たよ!」
「提督さん、さっきそこで翔鶴姉が襲われたの!」
「まったく日本の鎮守府の防衛網はどうなってんのよ! 何なのあの得体の知れない物体は!」
「しれい! さっきそこで変なもん見つけたぜ!」
「佐渡さん、は、早いです……」ゼェーゼェー
パース、デ・ロイテル、瑞鶴、コロラド、佐渡、大鷹、選り取り見取りの艦娘達が物凄い剣幕でのび太に迫ってきた。
最初は一週間に一回のペースで投稿できればいいかなと思ったけど、予想以上に文章が長くなってしまったので分割して数日のペースで投稿した方が見やすいかなと感じたのでだいたい3000から5000文字に分割して投稿ペースを上げてみることにしました。