古びた部屋の中で男が二人、
その部屋の中心に位置する場所に対面式に椅子に腰掛ける。
彼らの周りには、
無数に積み重ねられた本の山。
バラバラに置かれた飛行機、船そして自動車の模型、
地球儀、絵画、銅像、石像などあらゆるものが散乱し、
乱雑に積み上げられており、無秩序なまでに置かれている。
二人の内の1人が、この空気の沈黙さに耐えかねたのか、それとも何時迄も口を開かない相手に呆れたのか、その沈黙を破る。
「随分と答えを出さずに逃げ回っているようだな、夜叉神 零樹?」
2人の内の1人の正体は、
「そんな簡単に出さないさ。アンタと同じ絶望を味わった俺には、まだ俺の側に居てくれる人達がまだいるからな」
「だが、いずれはその者達もまたあの哀れな眠り姫———アヴローラ・フロレスティーナ同様にお前の目の前で消えていくだけだ。世界は常に、私達に絶望を与えようとしてくる。自らの穢れを俺達に擦りつけるために」
男の言葉に対し零樹は特に反論もすることなく、ただただ静かに耳を傾けていく。
「あの空隙の魔女の力を持ってしても、
「だが、お前の配下である
そして、先程から不敵な笑みを浮かべる男に零樹はいつも以上に感情を殺したような表情で、話を進めていく。
「確かにな。だが、お前はこの島を護るためには
蛇遣い座の力ではなく、他の眷獣たちの力を解き放たなければならない。そうなった時、果たしてお前は三王星から空隙の魔女だけでなく、第四真祖の生き餌であるあの娘を護れるのか?」
「……………………」
痛い所を突かれてしまったことで無表情であった零樹の顔にも、まるで苦痛に苦しむかのように焦燥を露わになっていく。その様子に心底滑稽で仕方がないかのように男は口上を更に上げていく。
「ふふふっ、忘れるな。俺が監獄にいる理由はあくまで、まだ答えを出せないお前を此方側に引き入れるためだ」
「………………アンタの決断は変わらないんだな」
「当然だ。俺は
「だからこそ、真の意味でアンタを理解し、肩を並べられるのも俺だけ………か」
零樹の言葉を聴いて、男は歓喜するかのように立ち上がると零樹へその手を伸ばす。
「お前の選択は2つしかない
……1つ目はこの世界を生かす為の人柱となるか
……2つ目は俺と供にこの世界を滅ぼすか
…考える時間はもう無いぞ。
その言葉を最後に零樹は、この古びた無秩序な部屋————知恵の間から出て行き、元の現実世界へと戻るのであった。
そして、男の言葉通り零樹は自ら答えを出すのは、
もう少し先の話となる。
★★★★★★★★★★★★★★
時刻は早朝となり、倉庫街での火災について取り上げられていたのをテレビで見た後、改めて那月は、この一連の事件については零樹を含めた目撃者でもある古城たちも混じって話をすることとなった。
そして、転移魔法で学園へズルして行った那月とは違い、1日に数回しか使えない上にマーキングをしている所、もしくは視界内でないと使えない零樹は電車でトボトボと行くしかない。そのため零樹は那月にズルい!と言うと、
「忙しい私はいいんだ!悔しかったら、もう少し魔術の腕を磨け!」
と、傍若無人ぷりの言葉を返されてしまった。
「おはよう古城、浅葱」
「零樹か、おはよう」
「おはよ、零樹。あんたも今日は古城と同じく眠そうな顔をしてるわねー」
教室へ着くと古城と浅葱を見つけ、それぞれにあいさつをして席に着く。
三人で昨日の夜に起こった火災やら爆発の話をしていたが、古城の顔色があまりよろしくなかった。そんな時、教室の隅っこで男子が数人、携帯電話を囲んで盛り上がっている。
「一体なにを騒いでいるんだ?発情期か?」
若干アホを見るかのような顔で零樹は興奮状態のクラスメイトを見ている。そんな零樹の言動に呆れつつ浅葱が通りかかった友人である築島倫を呼び止める。
「ね、お倫。あれなに?男子共はなんで盛り上がってるわけ」
「ああ、あれ?なんかね、中等部に女の子の転校生が来たらしいよ」
「中等部の転校生……?」
倫の答えに古城が呻いていく。そして、零樹はその転校生が誰かを知っているため古城の顔色が悪い理由を察知する。
「凄く可愛い子だって噂になってて、部活の後輩に命令して写真を送らせたんですって」
「……古城。それって姫柊じゃね?」
「ああ、たぶんな」
零樹は周りに聞こえないように古城に聞くと、彼は苦い表情で頷く。
「アレ?暁くんと夜叉神くんは見に行かなくてもいいの?」
「いや、俺はべつに」
「同じく俺も見なくてもいいや」
零樹と古城の投げやりな言葉に倫は何故か満足そうに頷く。
「そうね。暁くんには浅葱がいるものね」
「へ?」
倫の言葉に古城は驚いて顔を上げると、近くにいる浅葱は頬を赤らめている。
「ふふ、そ・れ・に〜」
そう言って倫は更に悪戯っ子のようで、悪ガキの様な笑みを浮かべると今度は零樹の方へ意味深な視線を向ける。倫の視線に嫌な予感を感じた零樹の額に冷や汗が伝う。
「夜叉神くんは那月ちゃんと禁断の恋をしているんでしょ」
「……はぁ?」
初めて聴くワードを含んだ予想外の答えに零樹はアホみたいに口を開けてしまう。
「あ、それあたしも聞いたことがあるよ。一緒に暮らしている二人は愛を育んでいるとか。でも、確か中等部の聖女?って言われてる子とも仲が良いから最近だと二股だって言うことにもなってるわよ」
「後半の方は初耳だけど、那月ちゃんとの噂は俺も聞いた事があるぞ。後、那月ちゃんはやけに零樹には優しいから気があるとか」
色々ツッコミたいワードが多々あるが、脳内処理が意外と追いついていない零樹は、気を落ち着ける為にとして、とりあえず浅葱と古城は聞いた事があるらしい那月との噂は本当かと聴くと三人ともうなずいてしまう。
「つーかこれってば、結構有名な話なんだけどなぁ…本当に聞いた事が無いのか?」
話を近くで聞いていた矢瀬が話に参加する様に零樹へ訊いてくる。しかし、零樹はそういう噂話を耳に入れた事は無い。かなり距離が近い関係である零樹と那月は本当に付き合っていない。むしろ、2人の関係は言うなれば姉と弟の様なものと言える。また、零樹はある事がキッカケで知り合うこととなった夏音には、そう言った邪な気持ちはない。本人に意図がない上ではあるが、自分の荒れていた心を癒してくれた恩人でもあるため、零樹は夏音に対してはあくまで友人として好意を持っている。そのため夏音とも付き合ってはいない。
「……いや、俺は誰とも付き合ってないぞ。那月ちゃんもそんな暇ないし、夏音にはそう言った邪な気持ちで接したことはない」
その返事に倫は一応それで納得しておくね〜と言われた。何処か含みのある言い方だがメンドクさくなった零樹は追求しない。また、あまりそう言ったことには興味がない古城は世界史のレポートをやっていないらしく、浅葱に見せてもらうようにお願いしていた。その時、今朝家から出るときに那月に言われた事を思い出し、あの時の夜の様に悪そうな笑みを浮かべて、古城の肩に手を置く。
「そう言えば古城。一つ言っておくことがあったんだ」
「……おい!お前のその顔は1000%悪い予感しかしないんだが!!」
「ま、そう言うな。那月ちゃんが古城に言うように伝言を頼まれていたんだよ」
零樹の顔を見て、生気が抜け落ちていくかのように顔を青く染め始める古城は心の底から叫びを上げる。
「なに、古城。あんたまた宿題を忘れたとか?」
状況が読めない浅葱の言葉に零樹は分かりやすくバツマークを腕で作りつつ、少々クラスメイトに聴こえるように那月の伝言を伝える。
「『昼休みに生徒指導室に来い。それから噂の中等部の転校生も一緒に連れて来い』だそうだ」
「え?姫柊を……なんで?」
古城と零樹の言葉にクラスメイトの数人が聞き取って、話題の転校生の名前を出したことで動揺が広がっていく。
「昨晩、深夜のゲーセンから逃亡した後、お前達2人は朝までナニをシテいたのかを聴きたいそうだ」
「おい!!紛らわしい言い方をすんな!!」
「間違ってはいないはずだろ?お前達は、一晩中一緒に居たはずだからなぁ?」
「はぁ!?い、いや、ちょっと待て!あの時、お前が——!」
零樹が自分の言うべきことを言い終わらせると、古城は大量に脂汗を掻きながら反論しようとする。しかし、零樹は昨晩起こった事件に居合わせているため事情を知っているが、こっちの方が面白そうという意地悪心と僅かばかりの怒りが理由でワザとクラスメイトに聞こえるくらいの声量で言う。
案の定、零樹が言った『深夜のゲーセンから朝まで一緒に居た』という言葉に反応して男子生徒諸君は古城に殺気混じりの視線を送る。そして、
「暁くん……今の夜叉神くんの話、どういうことかな?詳しく話してくれる?」
長身である倫が怒気が含まれるにこやかな笑みに見下ろされながら古城は逃げ道を失っていく。
「つ、築島……あれ、浅葱は?」
迷える仔羊と化し始める古城はいつも頼りになる浅葱に助けとを求めたが、彼女はその場には居ない。
「浅葱ならあっちだよ」
倫が指差す先にはゴミ箱の隣に立ち、何かしらの紙束をビリビリと無心に破り続けている浅葱またの名を嫉妬に駆られる乙女がいた。
「ま、待て!それって、もしかして俺が頼んだレポート……」
慌てて立ち上がるが、浅葱は怒気を孕んだ半眼で古城を睨みつけると、
「ふん!」
荒っぽく鼻を慣らして破ったレポートを纏めてゴミ箱に投げつけた。
「お、俺のレポートがぁ………」
「いやぁ〜可哀想になぁ〜我が親愛なる友よwww」
「うるせぇ!!元はと言えばお前が誤解を招くことを言うからだろうが!!」
「ふはははっ!!何とでも言え!お前の叫びなぞ、重労働を押しつけられる俺からすれば、蜜の味だ!!」
「ホント、お前はイイ性格してるなぁ!!」
「ふふふ、お前が不幸になるか、苦労すれば、俺はその分(真っ暗に)輝くわ!」
「こんの、クソ野郎め!」
虚しい古城の叫びを零樹は愉悦に感じるのであった。
ちなみに、知恵の間はまるっきりバトスピの『知恵の間』です。どうしても出したかったので。