その世界で少女は幸せだった。
もし少しだけ、世界の在り方が違っていれば更紗帆奈の心はまた別の方向に変化していた事だろう。
奈落との戦いに身を投じる帆奈とみことであるが、毎日のように戦っている訳ではない。勿論、ダークレイスたちはこの世界に何度も現れ悪事を働く。その時には戦うけれど、普段は彼女たちもただの少女の一人に過ぎないのだ。
瀬奈みことは神浜大東団地という、全六十棟から構成される上浜市内屈指の巨大集合住宅に住んでいる。敷地内には団地住民向けの商店街も併設されており、みことはここで良く買い物をしていた。最近では近隣に大型スーパーマーケットが作られ幾つかの店が店じまいをしてしまっているが、それでも何とか活気づけようと住民一体のイベント何かも行っている。
帆奈の暮らす施設は水名女学園と言うみこととは別の区にある学園からの支援の上で成り立っており、その関係もあって帆奈はそこの中等部に所属していた。
学校こそ違うものの、帆奈とみことは同学年なので、奈落と戦いが無い日なんかは一緒に勉強する事も多くなってきた。
今日は商店街でイベントがあるらしいとみことに誘われた帆奈。正直興味は無かったけれど、みことに誘われたんだしとホイホイ付いて来てしまった。
何でも各店舗協力でスタンプラリーを行うらしい。その店で買い物をするとスタンプが貰え、そのスタンプを集めると福引券が手に入る。それで商店街入口と出口の両方にある交換所で福引ができるのだとか。
「ふ~ん……瀬奈、何か欲しいものでもあるの?」
「んっふっふー、良くぞ聞いてくれました帆奈ちゃん」
「ちょっとその笑い方気持ち悪いからやめた方が良いよ……?」
「うえぇっ!? 酷いなあ、もう!」
「それで、何が欲しいの?」
「一等のペア旅行宿泊券!」
そう言ってみことは帆奈にパンフレットを見せてくる。一等は温泉街への旅行券、二等は高級神浜牛一キログラムで、三等はお米券とあった。
「神浜牛とお米の値段って良く考えたら同じくらいよね」
「そうだねー、もしそっちが当たったら焼肉パーティーだね!」
「お米でも?」
「お米でも!」
そんな風に会話をしつつ買い物に励む。
「一等が当たったら誰と行くの?」
「うちは親も家にいないから、帆奈ちゃんさえ良ければと思ったんだけど……どう……かな……?」
「っ! ……いいよ」
「ほんと? やったぁ!」
みことの家は親がいない。父親は物心がついた頃には亡くなっていたようで、女手一つで母親がみことを育てたのだと言う。
その母親はと言うと、何でも仕事の都合で海外赴任を言い渡されたのだと言う。えっ、お前子供一人置いて海外行ったの? って話になるが、行ってしまったのだ。社会の闇に導かれて。
一応、一緒に海外行かないかと言われたらしいが、流石にその土地の言語も喋れないのに行っても辛いよね? 一人でも何とかなるから行ってきな! ってことで中学生なのに一人暮らし決め込んだのがみことである。団地という事もあって、昔からこの地に住んでるみことの事はおじちゃんおばちゃん連中も良く知っている。そんな事もあってみことの母はみことに申し訳なさを感じつつも海外へと消えたのだった。
みことが海外に行かなかった一番の理由は、今では家族同然とも言えるくらいに仲良くなった帆奈の存在が大きいのだろう。
「む……確か、更紗帆奈君と、瀬奈みこと君……だったな」
「あっ、
買い物の途中で立ち寄った惣菜屋、そこで二人はどこぞの歌劇団でも目指しているのかな? と疑うくらいには尊大な喋り方で男口調の、自分たちよりは年上の少女と出会った。
彼女の名前は和泉十七夜。十七夜と書いてかなぎと読む。身長は百五十ほどな為、自分たちと同じくらいの年齢かな? でもオーラが違うよねと警戒していた時期もあった。
十七夜もまた、二人と同じクエスターである。大東学院の学生で、みことと同じ団地に住んでいる。まさかこんな近くにクエスター仲間が住んでいる何てとみことは当初驚いていた。勿論それは十七夜も同じで、これだけ大きな団地だし気付かないのも仕方ないな、何て話もした。
割烹着姿の十七夜は妙に様になっている。どうやら惣菜屋でバイトをしているらしい。
「二人は買い物か?」
「はいっ! 十七夜さんは、バイトですか?」
「うむ。自分のお勧めはこのコロッケだ」
「あっ、じゃあそれ買います」
「おばちゃんが揚げたコロッケだ。自分も一口頂いたが、とても美味だった」
「そうなんですね!」
「そこは自分で揚げた奴じゃないんだ……」
偶然出会った十七夜に勧められてコロッケも追加していくみこと。所で大分買い物したけど、そんなに消化しきれるの? そう思い帆奈が聞けば、これから一緒にお昼を食べるんだよォッ! と、随分高いテンションで半ば無理やり一緒にお昼を食べる事が決定してしまった。元よりそのつもりだったので影響は無いと言える。
「で……肉が当たったのだけど……」
「帆奈ちゃん、お肉っていつまで大丈夫かな……?」
「え~、明日まで、と書いてあるようだけど……」
コロッケとか惣菜や他の食材も買った上で肉まで当たってしまった。
焼肉パーティーだねーとふざけて言っていたら本当に焼肉パーティーをする羽目になった。そして肉は明日までらしい。一般家庭なら食材が悪くなる前に消化しきる事はできただろうけど、生憎とみことは一人暮らし。帆奈が食べるのを手伝ったとしても、中学生の少女二人で肉一キロを食べきるのは、少々辛い。食べられないわけではないけど、絶対飽きるし胃がもたれる。死ぬ。
団地にそう言えば一つ年下の仲良し三人組がいたよね? そいつら誘って食わせようぜ! 帆奈の提案でみことは伊吹れいら、相野みと、桑水せいかと言う三人の少女たちを巻き込んで焼肉パーティーする事になった。
結果、神浜牛はものの見事に消化され、三人の信頼度が上がったとか何とか。
そして後日、珍しく帆奈が一人でファミレスを訪れたところ、ドリンクバーの近くに何とも近寄りがたい雰囲気を醸し出す、絶対に堅気の人間じゃないよね? どこの組の人かな? と言いたくなるようなオーラを持った少女たちの姿があった。その姿を見て、お礼参りと言う言葉が浮かんだ帆奈。何度か会ってはいるのでまあそんな事はないのだろうけど、ファミレスに同時に
「これは帆奈さん、ご機嫌いかがかしら? またお会いできて嬉しく思います」
「あたしは別に嬉しかないけど……」
「そうですか。どうぞ此方に。丁度、席が一つ空いております」
「あたしは一人で……」
「ところでこのドリンクバーと言う物は素晴らしいですわね。もっと世界に広めるべきですわ」
「十分広まってるかと……あ、ちょっと……」
そのままななか率いるななか組に連行され、あれよこれよと他のメンバーを紹介された。
「ボクは志伸あきらだ。よろしく。一番好きな技は……やっぱり、上段回し蹴り。ハイキックだね。あれがスコーンと決まったときは、最高に気持ちいいよ」
「ハイキック……」
知らんしハイキックが好きとか危険人物か。
「純美雨。
「こわぁ……」
蒼海幇と言えば街の裏事情に精通しているマフィアみたいな組織じゃねえか! こっち来んな! お祭りとか清掃活動に務めててむしろ慕われてるって? 絶対嘘でしょ……。
「ええと、な……夏目かこです。私は本が大好きで、とにかく本を読みます。面白そうだったら何でも読みます! 昨日はミステリーを読んでました。タイトルは、フォルデルマンハネオモモンガ殺人事件です。オススメなんで、是非、読んでみてください!」
「あ、うん。どうも?」
勢いで本を受け取ったけど、表紙には可愛らしいモモンガの写真が載っている。これ、ミステリーなの……?
「オレの両親は奈落に殺されたんだ。近所の人は失踪したと思い込んでるけどそれは偽の記憶で、オレがクエスターに目覚めた時にはそういう事になっていた。だけどオレは覚えてる。それからずっと傭兵をやりながら奈落を狩ってる。これからも、ずっと……」
「その……」
突然のカミングアウトにどう反応していいものか。ご愁傷様と言えば良かったか? と言うか揃いも揃って随分個性的なメンバーが集まっていますねと、リーダーであるななかを見ればコーラと紅茶を混ぜて飲んでいた。顔が変になってるけど大丈夫かそれ。
帆奈が疲れた顔をしていると、心配されたようで、かこと名乗った子にジュースを渡された。注文してないんだけど……。
「あ、その、ドリンクバーと、それとドリアで……」
すぐ様店員を呼んで注文を行う。ドリンクバー注文してない人間にドリンクバー渡すんじゃないよ!
何故かななか組に捕まった帆奈はそこで四人が飛蝗のダークレイスを追っているということ、ななかがクエスターとして覚醒した原因である事も説明された。
華心流と言う華道の宗家に生まれたななかだが、その父が病に伏せるようになり、高弟達が伝統よりも目先の派手さのみを追求しだす。結果、華心流は弟子が増え大きくなったものの、常盤家は全てを奪われる形となり、父は失意のまま亡くなり、ななかは親戚に引き取られる事となった。
病床の父から聞かされた「一門を取り戻せ」と言う遺言と、渡されたシャードを受け取り、復讐する為の力を手に入れたななかは奈落との戦いに身を投じるようになる。
帆奈はそういうパターンで覚醒するクエスターもいるのかと思った。なら契約でクエスターになる帆奈のパターンもやはり珍しく無いのだろうか。そういえばみことはどうやってクエスターになったか、聞いたことが無かったなと、今度会ったら聞いてみようと思う。
どうやらそれらの原因が飛蝗の奈落にあるらしく、かこの家を地上げしようと火を放つように仕向けた、あきらの後輩たちを含めた人々をアビスシードを埋め込み捕らえる、美雨の属する蒼海幇が危機に陥った、などなど、この場にいる全員がそれに関係しているようだった。
全員、と言ったが、名前も知らない傭兵は単純に雇われたからこの場にいるだけらしい。奈落絶対殺すマンだった。
で、五人は遂に飛蝗の奈落を倒したと。うん?
「倒してるじゃん」
「ごくごく……確かに飛蝗は倒しましたが、真の飛蝗は他にいます」
「つまりは、増殖しているってこと……?」
「いえ、そういう訳では」
「んで? どういう訳なの? あ、ドリアありがとうございます。もぐもぐ」
「どうやらその飛蝗を作り出したダークレイスが別にいるようです。その動向を掴むためにフェリシアさんを雇わせて頂きました」
「ダークレイスを作り出すダークレイスねえ……そいつは
「そうなりますわね」
何とも厄介な奈落がいたものだと帆奈はドリアを食べながらメロンソーダを口に含む。この食べ合わせはあまり合わないなと思いつつ、メロンソーダうまあとシュワシュワを楽しんだ。
「ま、あたしの方でも何か情報があれば渡してあげるよ」
ぶっちゃけそこまでの大敵を相手にするとか面倒なのでななか組に全部丸投げしたい次第である。
「助かります」
と言って、ななかはテーブルにあったポテトに手を出そうとして、既に無くなっている事に気付き追加注文をした。