瀬奈みことは海岸沿いにある海浜公園を訪れていた。
この近くに、みことの父の墓があり、今日はその父の命日だった。
帆奈の事も父親に紹介しようか悩んだが、結局一人でこの場所に来る事にした。記憶にない父親とは言え、故人の墓まで親友を付き合わせるのも何だか悪い気がしたのだ。
今ではみことも帆奈の事を家族同然に思っている。何せ家には母親もおらず、一番会う頻度が多いのが彼女なのだ。奈落との戦いでは命を預ける相棒でもある。自然と家族以上の付き合いになるのは仕方がない事だと言えよう。
最早その感情は恋愛以上に発達しており、もしも自分が、或いは帆奈が男だったら結婚ルート間違いなし、ハッピーエンドでトゥルーエンドなCG回収百パーセントだった。
ブロッサムという花屋で見繕って貰った花を添える。その父親の墓参りの中で今度私の嫁を紹介しますなんて冗談を言ったみことは団地に帰ってきていた。
団地に戻ると先日焼肉パーティーをした三人の少女と出くわした。そこで適当な井戸端会議をした後、一番好きな場所に登る事にする。
「綺麗な夕焼け……」
団地の屋上から夕焼けを眺めながらそう呟く。最近では帆奈と共に見る事が多かっただけに、久しぶりの感情が芽生えてきた。
帆奈に出会うまでは、一人でクエスターとして活動して来た。まさか同じ団地に十六夜と言うクエスターがいるとは知らなかったが、他に一緒に戦う仲間がいないというのは寂しさと不安で一杯だった。
帆奈と協力して戦うようになってからは、奈落も簡単に退ける事ができるようになってきた。
自分がクエスターに覚醒したのは選ばれたからだと、みことは思ってきた。だからこそ、奈落との戦いはいつでも全力、その役目に酔っていたとも言える。
魔法少女、何て帆奈が最初言った時には思わずクエスターじゃなかった!? と聞いてしまった自分を恥ずかしく思った事もあるが、どうやらキュゥべえとやらがそう説明しただけで、存在の在り方はクエスターそのもの。つまりクエスターだった。
時々その事でいじる事はあるけれど、クエスターも魔法少女も本質は同じだよねとみことは思う。
そろそろ部屋に戻ろうかと言う頃、給水塔の上に何かの気配を感じ振り向いた。
そこには一匹の小動物。両耳に金の輪っかをつけた、言い表すなら魔法少女アニメのマスコットキャラクターのように愛くるしい顔をした、白い猫だかタヌキだか分からない生物がこちらを見つめているではないか。
「まさか、キュゥべえ?」
「瀬奈みこと。君は僕の事を知っているのかい?」
「知っているというか、帆奈ちゃんから聞いてるよ!」
みことは帆奈からキュゥべえとは契約した当初に何度か会っただけで、それ以降は会えないでいると聞く。そのキュゥべえが自分の前に現れるなんて、何の用なのだろうか。
「瀬奈みこと。流れ星の願いは君に幸福をもたらしたかい?」
「うん! 私は幸せだよ」
どうやらキュゥべえはみことがシャードを手にした経緯も知っているらしい。
流れ星に願ったのは、家族が欲しいと言う願い。その当時は、今の方が酷いと言えるが、母親が家にいる事はほとんど無く、寂しい日々が続いていた。
流れ星が自分の部屋に入ってくるかと思ったら自分の手の上に浮かび上がる。その時は驚きと共に、シャードに選ばれ戦士になったという、選ばれし者としての役目から、その寂しさを紛らわすように戦いに身を投じてきた。
少しばかり願いが叶うのが遅かったものの、みことにとって新たな家族と言える存在、帆奈と出会うことが出来たのだから、流れ星には感謝している。
「そうか。ならば瀬奈みこと。君は更紗帆奈を恨む事はしないんだね?」
「もちろん! 私が帆奈ちゃんを憎む事なんてありえないよ! ……なんでそんな事を聞くの?」
「簡単さ。君はすぐに更紗帆奈が憎くなる」
「ならないよ!」
「なるさ」
何か、嫌な予感がした。言い知れない恐怖、一歩後退り、そこにフェンスがある事に気付いて、キュゥべえを見た。
ずっと無表情でいたキュゥべえの口角が吊り上がる。その愛くるしい見た目が、不気味な顔に変貌した。
キュゥべえは、笑っていたんだ……。
※
更紗帆奈はななか組との交流の後、神浜大東団地に向かっていた。
五人との会合で疲れたと言うのもある。それ以上に、五人――まあ傭兵だと言うフェリシアはちょっと違ったかもしれない――が仲良くしているのを見て、みことに会いたくなったのだ。
午前中は出かけていると言っていた。午後にはきっと帰っている。
みことは団地の屋上から見る夕焼けが好きだった。きっと今日も夕焼けを見ている事だろう。
突然自分が来たら驚くだろうか? 今日はちょっとしたお土産がある。ウォールナッツと言う洋菓子店で買ったケーキを手に屋上の扉を開いてみれば、予想通りみことがいた。
「瀬奈!」
みことは何故か夕焼けではなく、給水塔の方を見ているようだった。
そっちは夕焼け綺麗に見えないよねと不思議に思いつつも、屋上へと踏み入れる。
みことが苦し気な顔で帆奈を見た。
「ん……?」
何かが変だ。
様子もそうだが、辺りの空気がおかしい。
みことは帆奈の方を苦し気に見た後、言った。
「帆奈……ちゃん……」
「瀬奈ッ!? どうしたの、ちょっと」
帆奈は持っていたケーキを落としてしまうがそれは無視し、そのままみことへと駆け寄る。
顔色が優れず、真っ青だった。
「何か……わ、私……変で……」
「どうしたの!?」
ふと、みことはどこを見ていたのかと、給水塔の上を見る。
「キュゥ……べえ……?」
「更紗帆奈。一歩遅かったね」
「キュゥべえ!! 何か知っているの!? 瀬奈に、何が起きてるの!?」
「それは更紗帆奈。君に原因があるよ。君が来たお陰で、遂にそれは完成する。そういう意味では遅れた方がよかったとも言えるかな?」
「あたしに……? どういうこと!? 説明しろよ白タヌキ!!」
「帆奈……ちゃ……」
何かを確実に知っているだろうキュゥべえに問い詰めようとするも、みことが苦し気に帆奈の袖を掴むのを見て、思わず立ち止まってしまう。
顔色はどんどん悪くなり、まるで死人のように体は冷えている。何か、恐ろしい事が起ころうとしている。ただ、それが何なのかが分からなかった。
「瀬奈! 瀬奈?」
「あ、ああ……ああああ!!」
「瀬奈!?」
「は、帆奈ちゃん! ど、どうしよう!? 苦しいよ……!! た、助け……て……!!」
「ちょ、ちょっと! 瀬奈! しっかり!」
みことの体から瘴気にも近い黒いオーラが溢れ出す。奈落の気配、それが何故、みことの体からするのか。
「帆奈……ちゃん……! わ、私……どう……」
「瀬奈! 瀬奈!」
「帆奈ちゃ……」
帆奈の体がその黒いオーラに弾かれる。それと同時、屋上を中心とした結界が展開された。
「ったた……何が、どうなって……っ!?」
弾かれた痛みを手で押さえて目を開けば、そこにみことの姿は無く、鏡のような姿をした奈落が存在している。
「嘘……でしょ……」
帆奈はその奈落が、奈落だった者の正体に心当たりがあった。
「嘘だと言ってよ……瀬奈……ッ!」