ななかが刀を向けキュゥべえに飛びかかろうとする。しかし、キュゥべえが鏡の魔女に何か指示を出したかと思うと、景色が変わった。
「ここは……?」
気付けばななかは家にいた。それも親戚ではなく、懐かしき常盤家の方に。
そして隣には亡くなったはずの父がおり、自分の体は当時、幼かった頃の姿になっていた。
「一体何が……」
思い出そうとするも、何かの暗示が働いているのか、それを思い出すことが出来ない。
むしろ今までの事が夢のようにすら思えて来て、ああ、自分は悪い夢を見ていたんだなと、そう結論付けた。
それから、ななかは常盤家で幸せな日々を送る事になる。
夢の世界で、偽りの家族ごっこが始まった。
※
更紗帆奈もまた、その夢の世界に囚われていた。
クズのような父はおらず、空気のような母もいない。そこに作られていたのは、正に帆奈が理想としていた家族の姿。
「帆奈、今日はどこへ行こうか?」
「帆奈、何が食べたい?」
そう、温かく包んでくれる家族を前に、帆奈は年相応の感情を伴って、はしゃぎにはしゃぎまくっていた。
悪い夢を見た。そう言えば母が一緒に寝てくれたし、家の中が怖いと言えば、父は外へ連れ出してくれた。
今日も今日とて家族三人仲良く遊園地にやって来ている。
「楽しかったな、帆奈。なあ、お前」
「そうね、あなた。また来ましょうね」
ああ、本当に幸せだと帆奈は思う。
もしも本当に、こんな家庭に生まれていたのなら、帆奈という人間は今とは違う人間になっていた事だろう。
だけど……これは違う。何かが違う。
目の前の両親もそうだが、何かが足りないのだ。
一体何が……? ふと、ある団地の前で足を止める。
「どうしたんだい帆奈?」
「どうしかしたのかしら、帆奈?」
その優し気な声で自分の名を呼ぶ二人を見て、ああ、やっぱり違うなと帆奈は思い至る。
「どこへ行くんだ帆奈」
「待ちなさい帆奈」
「違う」
そう、違うのだ。父は帆奈の名前を呼ばないし、母はそんな優しくは微笑まない。
やはりこの世界は違う。帆奈のいるべき世界は、別にある。
ここに来てようやく帆奈は自分のいるべき場所に気付いた。
二人から離れて、追ってくる二人に追いつかれないように、団地の階段を上っていく。
目指すは屋上――そこに彼女が立っていた。
「瀬奈……」
思い……出した……。
更紗帆奈には大切な、大切な親友がいる。
それは帆奈にとって唯一家族と言える存在。
瀬奈みこと。大切な友にして親友であり、家族。
「帆奈ちゃん」
「ごめんね、瀬奈……あたしのせいで……」
帆奈は自分のシャードが他とは違うことに薄々感付いてはいた。ななかが自分を時折奈落を見るような目で見ていた事も知っている。
まさかこのシャードが、奈落によって与えられたものだとは思いもしなかったが……そのせいで、大切な家族が、奈落と化してしまった。帆奈は後悔の内にいる。そして、この光景もまた、奈落と化したみことが見せたものだと理解している。理解していながら、目の前のみことが偽物だとは思えずにいた。
そうだ、このみことは本物なのだ。何せ、この幻覚を見せているのは当の瀬奈みことなのだから、そこに本人がいてもおかしくはない。
「帆奈ちゃん……苦しい……苦しいよ……」
「……うん」
「助けて……」
「……分かってる」
これは、自分が犯した罪だ。
最後にこの罪だけは、償わなければならない。
この命を以って、瀬奈みことを救済する。それがクエスターとして、
※
「くっ……」
更紗帆奈は目を覚ます。悪夢から脱してみれば、そこには悪夢が続いていた。
「ご機嫌いかがかしら? またお会いできて嬉しく思います」
同じく悪夢から覚めていたななかがそう言った。
どうやらななかもまた、あの悪夢の様に幸せな夢に囚われ、それが偽物だと気付き、戻って来ていたらしい。
見ればあきらや美雨、かこも悪夢を脱し、目覚めている。しかし、そんな三人と戦っているのは奈落ではなく、一緒にいた傭兵だと言う少女、深月フェリシアだった。
「フェリシア……っ!」
あきらが隻腕の戦神ティールの加護を使いフェリシアの放つトールの一撃を防ぐ。
フェリシアがどんな夢を見せられたのかは知らないが、どうやらその夢を克服することはできなかった様子。ななかはここに来て、ああ、連れて来たのはやっぱり失敗だったかと彼女を雇った事を後悔していた。
「最悪の目覚めね……」
「私は自分の定めから逃げません。立ち向かいます。そしてその定めを変えて見せます。帆奈さん。あなたにその覚悟はあって?」
「あんたに言われなくても」
「いいえ、分かっておりません。あなた、死のうとしていますね?」
「っ! ……だって、あたしのせいで瀬奈は……」
「いいえ、それは違います。あなたのせいだと言うならば、あなたに宿る奈落の気配に気づいていながらこの事態を防げなかった私たちの責任にもなります。確かに、その責任はあるのでしょう。しかし、あなたが死んだところで、その責任から逃れられるとお思いですか?」
「ならどうしろってのよ! 瀬奈は奈落になっちゃったのよ!」
「簡単なことです。私たちはクエスター、選ばれし者。友の一人も救えずして、何が救済者でしょうか」
「あんた……」
「幸い飛蝗はまだそこに。どうやら私たちが仲間割れをしているのを見て楽しんでいる様子。あの……鏡の魔女と言うべき存在、その奥深くに根付いたアビスシードさえ何とかすれば良いのです。その為には、あの奈落の心の奥深く、そこに眠る瀬奈みことに話しかける必要があります」
「話しかけるって言ったって……」
「どなたかおりませんか? そう言った能力に秀でた方が」
そんな都合の良い人が知り合いにいるはずが……そう思い記憶を巡らせる中、一人の少女の姿が浮かび上がった。
今はまだ惣菜屋でバイトをしている時間帯だろう変な口調のその女。まさか、この自分が人を頼る事になろうとは。いつも、いつだって、帆奈は人を利用しようとしてきた。それなのに、いつの間にかその利用は協力へと変わっていた。今なら、心から人を頼れる気がする。
クエスターの持つシャード同士は通話する機能が備わっている。奈落の作り出した結界の中と言う事もあり、強く、強く念じなければその声は届かないだろう。
だけど、今ならきっと届く。この叫び、この悲鳴が。
「お願い……助けて……十七夜さん!」
「うむ、心得た」
パリンと、結界の一部にひびが入る。そこからふわりと、一人の少女が舞い降りた。
純白の軍服、右目にはシャードを使ったモノクルをつけており、馬上鞭を手に持った選ばれし者。
「ふむ、加護の力を移動に使ったのは初めてだったが、上手く行ったか。団地でなければこうは行かなかっただろう。良い傾向だ」
「和泉十七夜……っ!?」
「どうした、更紗君。君が呼んだのだろう?」
「そ、そうだけど……」
「どうやら他にもクエスターがいるようだが……状況は……っと」
突然現れた十七夜に対し鏡の魔女は同じように幻を見せようと鏡を見せてくる。
しかし十七夜はその魔法を振り切り、魔女へと鞭で反撃した。
「なるほど、少し見えたぞ。これは瀬奈君か」
十七夜はクエスターとして一つ、特殊な能力を身に着けていた。それが読心。今のように近づかなければ行使することが出来ないのと、欲しい情報を心の中から探る必要があるなど、使い勝手が良いものではないが、強力な情報収集能力である事は間違いない。
「全く、邪魔者が増えたね」
「む……? 噂に聞く白タヌキか」
「僕も有名になったものだね」
「更紗君から聞いた話だと、てっきりガイアのアバターかと思っていたが……そうではないようだ」
鏡の魔女の幻惑が効かないと分かると、キュゥべえはその身を何十倍にも膨れ上がらせ、正体を現した。
白く巨大な獣。化け狸とも、化け猫とも言える狂獣。
「僕の名前はインキュベーター。覚えておく必要は無いよ。君たちはここで死ぬのだから」
「ようやく正体を現しましたね。飛蝗、お前の相手はこの私だ……ッ!」
ななかが刀を手にインキュベーターへ斬りかかった。それを二つの耳を盾にするようにして防ぐ。
「帆奈さんは十七夜さんと共に鏡の魔女を! こいつは……こいつだけは私が……ッ!」
復讐の対象が現れたのだ。黙っているななかではない。
しかし、
「ななかさん! お待たせしました!」
「ここからはボクたちも参戦するよ!」
かこのサポートで強化されたあきらのハイキックがインキュベーターに炸裂し、体が揺れる。それに対しインキュベーターは反撃とばかりに加護を含めた一撃をお見舞いする。
「呆気なかったね。まずは二人」
しかし、倒したはずの二人の姿が無い。かと思うと背中からななかとあきらによる一撃が入るではないか。
「何故だい? 確かに僕は今」
「幻を作る奈落を作っておいて、自分が気付けないなんてネ」
「まさか!」
厳密には幻ではなく、事実を偽装する特技だ。今、インキュベーターが倒したと思った事実そのものが偽りへと塗り替えられていたのである。
美雨はさらに爪のように伸びた複数の日本刀が特徴的な武器でインキュベーターに殴り掛かる。四人の連携は良く取れたもので、加護を使い抵抗をするインキュベーター相手に後れを取らない。むしろ此方が押しているほどだった。
「更紗君、準備は良いか?」
「いつでもいけるわ……!」
帆奈と十七夜もまた、鏡の魔女と戦っていた。
鏡の魔女は目の前にこの場にいるクエスターそっくりな偽物を作り出す。十七夜の偽物を見れば、モノクルの位置が逆だった。鏡の魔女らしく、鏡映しの偽物を作り出したという事だろう。
しかし、所詮は偽物。本物に勝てるはずがない。
一人、一人、冷静に対処すれば、この程度の敵、倒すことなど造作もない。
十七夜もまた、ベテランのクエスターの名に相応しい活躍を見せ、鏡の魔女のすぐ傍まで接近していた。
「瀬奈君、見せてもらうぞ。君の心の内側を!」
その十七夜を何とかしようとまた偽物を生み出す魔女。流石に数が多すぎる。帆奈一人では対処しきれず、遂にその攻撃は十七夜の下に――。
「ドッカーンッ!!」
「フェリシアっ!?」
さっきまで倒れていたフェリシアの振りかぶったハンマーが、十七夜を襲おうとしていた偽物を吹き飛ばした。
「ふんすふんす! さっきは良くもやってくれたなっ!」
「やったのはあっちの三人だけどね……」
「けど、この奈落もクエスターだったんだろ? なら、助けなきゃ、だよな!」
悪夢に囚われていたものの、一度倒され気絶していたからか、物理的に目覚めたフェリシア。
経緯こそ良く分かっていないものの、目の前の奈落がクエスターだったというのは理解できた。そして、二人がそれを助けようとしているのも。
そういう細かい事は難しくて手伝えないが、邪魔な偽物を倒すくらいなら簡単だ。本当ならあっちの白い奈落を倒しに行きたいところだが、それをぐっと我慢して二人の方を手伝う事にした。さっきやられたせいで三人の方に行きたくないと言うのが本音である。
「――読めたぞ。瀬奈君の中に、まだ人間の心は残っている。完全に呑まれてはいない! 更紗君、君の思いを、魔法に乗せて彼女に届けろ。君の声ならば、瀬奈君も耳を貸すはずだ」
「届けるって……そんな物理的で良いの!?」
「ったりめーじゃん! 拳と拳のぶつかり合いにこそ、心を響かせるものがあるってもんだぜ!」
「それは漫画か何かの話でしょ……でも……っ」
やるっきゃない。
みことを助ける為に、今の帆奈の持つ全力を、その思いを届かせる――ッ!
みことと共に何度も魔法の練習をした。今、悪夢の底に彼女はいる。それを掴み上げるべく、帆奈はその魔法を以って、
「あたしはクエスター、そして」
全力だ。そこにフェリシアのトール、十七夜のヘイムダルが加わる。さらにインキュベーターと戦っていたメンバーの加護も加わり、神なる一撃は何者にも邪魔できない、真の一撃と昇華する。
「魔法少女……更紗帆奈だ――ッ!」
インキュベーターが加護を打ち消し威力を抑えようとしてくる。しかし、帆奈を除いた総勢六――いや、姿を隠した一人と、そして鏡の中にいるもう一人の加護がそれらを打ち消し無力化していく。
「みことぉーーーーッ!!」
やがて出来上がった魔法は鏡の魔女を貫き、その身を砕いた。
割れた鏡の中から、ボロボロになったみことの姿が落ちてくる。帆奈はそれを抱きとめると、冷たくなった亡骸に対し、自らの持つ加護を行使する。
「イドゥン……」
「希望はここで消し去る! オーディン!!」
常若の神イドゥンの加護は魂がまだ消えていない今ならば、死者すらも蘇らせる。
しかし、インキュベーターが未だ持つ加護がそれを邪魔せんと介入してくる。帆奈はそれをオーディンするも、ブラギで回復したオーディンでそれを無力化されてしまう。だが、帆奈もまた、ブラギを持つクエスター。オーディンをさらに回復し、そのオーディンをオーディンした。
おでん合戦を制したのは帆奈だった。加護も打ち止めなのだろうインキュベーターは、ななかたちにより止めを刺されるところだ。
「マリーシッ!!」
「くっ……!? 逃しましたか」
一体幾つの加護を有していたのか、陽炎の女神マリーシの加護により、インキュベーターは姿を消す。
屋上での決戦は、こうして幕を閉じた。
※
「帆奈ちゃん!」
「どうしたの、みこと」
更紗帆奈はダークレジェンドだった。
しかし身に宿した奈落の力は、共にいた瀬奈みことの下へ流れ移り、やがてその身を魔女へ変えた。
だが、クエスターの願いは救済の力となって奈落の力を砕き、みことの体を救い出す。
上書きの加護であった更紗帆奈の加護は、一つ大きな変化を見せていた。
「使い勝手良かったんだけどなあ……ブラギ」
何故かオーディンとイドゥンの加護は固定され、さらにブラギがレジェンドクラスの加護であるガイアへと変化していたのだ。
何度か別のクエスターと共に検証を重ねた結果、やはり加護が固定化されていると結論付けられた。最も、みことの加護しか使っていなかったのだから問題ないと言えば問題ないのだが……加護を回復できるブラギは本当に使い勝手が良かっただけに残念でならない。
「見てこれ!」
「これって……えっ、当たったの?」
それはある日の商店街でのこと。
前回人気だったこともあり、再び行われたスタンプラリー。福引でみことが当てたのは、一等のペア温泉旅行宿泊券だった。
「あたしたち中学生だけど、泊まれるのかな……?」
「えっ、え、だ、大丈夫だよ! うん!」
そんな風に笑うみことの笑顔を見て、更紗帆奈は思うのだ。
私は今、幸せだなあと。