七ヶ月……半年以上も経ってしまった……
□□□□年 □月□日
――今日から、姫様の世話係に任命された。
未だ満足に傀儡も操れない俺だが、あの方の為により一層精進していく所存だ。
その決意を忘れないためにも日記をつけていこうと思う。
□□□□年 □月□日
――姫様の成長には目を見張るものがある。昨日、教えたばかりの傀儡操術をすでにマスターしておられる。
齢□にしてこの才能、さすがは当主の血族と言うべきか。
□□□□年 □月□日
――姫様の才覚は異常だ。
ものの数日で複数体の傀儡を自在に操るまでに至った。勉強の合間には数体の傀儡と一緒に遊んでおられる。
……俺は未だに一体の傀儡を操ることにすら苦労しているというのに。
□□□□年 △月△日
――俺は勘違いしていた。
才覚を持つ者は、ソレに劣る者を見下して軽んじているとばかり思っていた。
その孤独を、知ろうともしなかった。
まして姫様は――
「なんだこれ……」
これは日記だ。それ自体は特に問題はない。
だが、それが置いてある場所は異常であった。
脈打つように蠢く赤い肉で覆われた部屋、十五畳ほどの一室にポツンと置かれた木製の机にこの日記だけがこれ見よがしに置いてあったのだ。
「……ありまシた、これデす」
果心居士の声に目を向けると、光る球のような塊を見つめる彼女がいた。
彼女は少し穏やかな表情を向けた後、ゆっくりと手を伸ばしてソレを掴んだ。
光球は静かに彼女の手のうちから取り込まれていった。
「……」
それからしばらく、瞑目して動かない果心居士。
おそらく、取り込んだ“記録”とやらを読み込んでいるのだろう。こちらも静かにそれを待つ。
その間、日記をペラペラと流し読みしてみたところ、第三傀儡衆の姫とやらに仕える側近のものであると理解できた。
「この本には何の術も無いが……」
異様な見た目の部屋に、これだけが置いてあったというのは少し気になる。とりあえず確保しておくか。
そう思い、アイテム入れに使っているウエストポーチに日記を突っ込んだところで。部屋の様子に変化があった。
ぐにゃり、と一瞬だけ視界が歪んだと思ったら部屋全体が陽炎の如く揺らめいて、他の部屋のように無機質な和室へと変貌した。
そこには蠢く肉など影も形もない。
訝しむ俺に果心居士が声をかけてくる。
「……記録のインストールが完了しまシた」
「ああ、なによりだ。それで、何か思い出せたか?」
未だ、彼女があの空間に打ち捨てられていた経緯が不明だ。ともすれば、この異界の情報を持っている可能性もある。
「はイ……ですが、若い頃の記憶だけのようデす。もちロん、これも大切な記憶なのでスが、今、最も欲しい記録ではありまセん」
どうやら目当ての記録ではなかったようだ。
まあ、どのみち全部回収するんだから問題ない。
「気にするな、元々全部回収するつもりなんだから一歩前進だろ」
「……そう言っていただけルと、助かりマす」
ギギ……っと音を立てて微かな笑みを作る彼女。たしか、道中に聞いた話では、今の彼女は表情も上手く作れないほどにガタがきているとのことだったか。
「そんじゃ、次に行くか」
踵を返す俺の背に声がかけられる。
「待ってくだサい。記録の回収をしたことでこのエリアにおける“構造”と“理屈”も読み込めまシた」
「理屈?」
いまいち言葉の意味を理解できない俺に、彼女は両手をゆらゆらと不規則に揺らして見せた。
その直後。
「うおっ!?」
部屋の壁やら天井、床下の一部が開いて複数の機械が飛び出してきた。
それらはマシンアームのような形状で、先端も通常のアームからドリルなど様々だ。
「有り体に言ウと、このエリアの“支配権”を奪いまシた」
サラッととんでもないことを言う。
「そんなこともできるのか……」
「……先だってお伝えしまシたが、ここの“構造”にはどうにも“強い既視感”があるのデす。加えて、先ほど回収した記録にも、ここの“データ”が含まれていましたノで」
「こうして、操ることができマす」と、両手を動かすとともにマシンアームを操作する。
「おお……! ならば、ここから脱出する手段も用意できるのではないか?」
果心居士の話を聞いたオサキは喜色満面の笑みで問う。
「いえ……この異界の出入り口は、このエリアの権限では操作出来ないようデす」
その返答にがっくりと肩を落とすオサキ。
「でスが、記録を回収したことでこの異界の大まかな構造は理解できまシた。それによれば、異界の出入りを管轄しているのは“中枢制御室”のようデす」
「なるほどな。まあ、拠点の出入り口は流石に管理されてるわな」
何処からでも侵入出来ては、拠点としては成り立たない。少なくとも、戦闘集団の拠点としては失格だろう。
「……そういえば、この部屋に入った時にあったあの、肉? みたいなのは何だったんだ?」
部屋全体を覆い尽くし、蠢くさまはまるで部屋が生物の体内のようにも見えた。特に、罠とかそういう反応が無かったので放置していたが。
「不明デす。一部、私の会得している技術系統に近い構造もありまシたが、根本で別の系統樹から発展した技術と推測されマす」
「そうか……」
「ただ、アレらが“中枢”から伸びた“神経”のようなモノであることは理解できまシた。恐らく、アレらによってこのエリアを制御していたものと思われマす」
ふむ……つまり、果心居士がエリアの支配権を奪ったことでアレらが消滅したということか。
だが、“傀儡”衆の拠点にあのようなモノがあるのは少し引っかかる。
……いずれにしろ、今は記録の回収が最優先か。
「……じゃあ、そろそろ、次の記録を探しに行くか」
そう言って再度、背を向けた俺に再び果心居士から声がかけられた。
「お待ちくだサい…………ふム、どうやらエリアを奪ったことが相手方にバレたようデす。
この部屋に向けて、傀儡の群れが向かっていマす」
相手はこの異界そのものを管理している、その一部が操作出来なくなれば速攻でバレるか。
「この小部屋では不利だ。一旦、外に出よう」
「ご安心を、この部屋の外を広い空間と入れ替えマす。加えて、すでにエリアに侵入している敵への足止めも行いマす、少々、お待チを」
両手を動かしてマシンアームを操作し、自身の身体に接続した彼女は、機械音を発しながら停止する。
その後、ガシャガシャと部屋の外で音を立てながら空間が移動する。
そうして数秒。
「終わりまシた。部屋の外で敵を迎え撃ちまショう」
実に鮮やかな手際で最善の策をとってくれた。
……サマナーとしては形無しな気もするが、優秀な仲魔には素直に頼ることにしよう。
俺はオサキとチヨメちゃんに指示を出しながら部屋を出た。遅れて、接続を解除した果心居士も合流する。曰く、エリアの機能は自動制御に移行したとのこと。
なんでもありだな!
外はこの異界内でよく見る通路ではなく数十m四方の大部屋、天井もかなり高い。これなら存分に動き回れる。
そう思ったあたりで、ちょうど奥の襖が開かれた。
入り口から無数の傀儡が流れ込むように侵入し、こちらへと一直線に向かってくる。
その数に少し辟易した。
「参ります」
その声と共に、俺の横を一陣の風が通り抜ける。
それは戦闘態勢に入った果心居士だ。
ちょうどいい、ここらで彼女の実力を見せてもらおう。
最も突出して迫っていた傀儡が二体、その懐に入った彼女は両手に禍々しい色合いの光刃を現出させる。
「斬りまスね?」
そしてあっという間に傀儡たちを斬り伏せた。
そこへ、間髪入れず三体の傀儡が襲いかかる。
「刃を」
二体を先ほどと同じように一瞬で斬り捨てたあと、足先からも光刃を現出させ曲芸のような動きで残りの一体を両断する。
だが、傀儡はまだまだいる。
今度は彼女目掛けて夥しい数の傀儡たちが飛び掛かった。
「!!」
最初の数体は光刃で仕留めたものの多勢に無勢、瞬く間に傀儡の群れに呑み込まれた。
「マズイな……」
慌てて銃を手にして駆け寄ろうとして、傀儡たちの中心から風を切るような音が連続して響き渡る。
その直後、
「うわっ!?」
彼女を覆い尽くしていた傀儡の群れが、暴風に吹かれたように粉々になって飛び散った。
その中央には、全身から刃物が飛び出した姿で高速回転する果心居士。
「――忍法・独楽回し」
周りの傀儡を殲滅した彼女はピタリと回転を止め刃物を仕舞うと、今度は大きく後方へと跳躍する。
そして空中で再び回転すると同時に、着物の下から無数の苦無が傀儡たちに向けて連続射出された。
「忍法・五月雨」
何らかの術が掛けられているのか青い炎を纏った苦無たちは、傀儡たちに刺さると同時に燃え広がり、傀儡を破壊していく。
一連の動きで群れの半数ほどが撃破されていた。
スタッと傍に着地した彼女はこちらに顔を向ける。
「如何でショう?」
「文句なしだ、期待以上だよ」
強い。彼女の様子からして今の動きでもまだ手加減している。
特に、仕込み刀や隠し苦無など、テクニカルな戦い方が新鮮でいい。
ウシワカも技巧派なスタイルだが、どちらかと言うと彼女の強みはその速さだ。
対して果心居士のそれは速さよりも相手の意表を突くようなダーティな戦い方である。
「なんというか、幻術使いというよりも忍者みたいな……」
忍法とか言ってたし。
「幻術ではなく、外術です」
話の途中にズバリと指摘してくる果心居士。
思わず声が出た。
「え?」
「幻術、ではなく。外術です」
「お、おう」
そこ、こだわりなんだ……声の音程も落ち着いてるし。
……いや、何か理由があるのかもしれないし素直に従っておこう。
そこでふと視線を感じる。
「……」
なぜか、チヨメちゃんが複雑そうな面持ちでこちらを見つめていた。
「え……もしかして、忍者ポジ取られたとか思ってる?」
つい口から本音が出る。
すると、チヨメちゃんはハッと我に返ったように慌て始めた。
「ななな何を仰せか!? せ、せせ、拙者はそのような……!」
テンプレのような慌てよう。
「べ、別に、何も被ってはござらぬし? 数本しか苦無を飛ばせない拙者に比べて出し過ぎというか、苦無のバーゲンセールでござるか!? とか、忍びよりも忍びらしい動きに加えてなんか呪術みたいなのにも長けてそうで立つ瀬がないとか思ってはござらぬ!」
自分で言いながら後半、恐らく無意識のうちに悔しそうな表情に変わっていくチヨメちゃん。
もっと自分出してこう! とは言ったけど、思った以上に俗っぽいなこの子。
「……」
そんなチヨメちゃんの可愛い姿を、じーっと見つめていた果心居士はおもむろに無表情ダブルピースを作る。
「いエーい、ピースピース」
音程の外れた声で言うもんだから自然と煽り性能が底上げされている。
突然なんて事するの果心居士さん!?
「っ!? !??」
まさか果心居士から煽られるとは思っていなかったのか、驚愕と困惑が入り混じった凄まじい百面相を繰り返すチヨメちゃん。
いやまさか俺も彼女が煽ってくるとは思わなかったが。
「チヨメちゃんは……ほら、忍びというより巫女ちゃんだから」
「拙者はお館様の忍びを自称しておりますが!?」
あー、そういやそんなことも言ってたっけ?
「まあ、そこは、ぶっちゃけ自称だし」
「っ!! お館様にそう言われては……拙者は……」
がくり、と膝をつくチヨメちゃん。
……なんか、その姿を見てると変な扉を開きそうになるな。
「おおぉぉい!? ワシ一人で相手をさせるなぁぁぁ!!!?」
その声で、今が戦闘中であることを思い出した。見れば、呪術とデバフで何とか持ち堪えながらヒィヒィ言ってるオサキが。
「案外、持ち堪えられるもんだな」
「なにボケっと見とるんじゃ!? さっさと助けんか!!」
冗談である。あの程度の強さ、数であればオサキ一人でも抑えられると判断したから任せていた。
おかげで果心居士の愉快な一面が見られた。
流石にこのまま放置するわけにはいかないので助けに行ってやろうと動き出した俺に、果心居士が声をかけてきた。
「……時に、マスター」
「ん?」
こてん、と首を傾げる彼女。
「なぜ、チヨメ殿は憤慨されていたのでショう?」
……天然かよ。
その後、チヨメちゃんをベタ褒めしてなんとか戦線復帰させた俺は、果心居士と共にオサキの援護に向かう。
果心居士が前線で暴れて、その後ろを俺が銃で援護。撃ち漏らしはチヨメちゃんがしっかりと仕留め、オサキには後方で全員の支援をしてもらう。この布陣で部屋に雪崩れ込んだ傀儡はあっさりと片付いた。
一息つこうと銃をホルスターに仕舞ったところ、未だ警戒を解かない果心居士から声をかけられる。
「まだです。もう一陣……その後方により強大な反応があります」
まあそうなるか。侵入者への対処にあの程度の戦力しか寄越さないのは妙だと思っていた。
加えて、未だこのエリアの支配権が変わっていないということは俺たちを仕留められていないということ。敵方にはバレバレだろう。
つまり、こちらを仕留めるまで襲ってくるつもりだ。
ため息を漏らしつつ再び銃を抜いたところで、増援が現れた。それも第一波の傀儡よりも重武装、精巧に作られた傀儡たちだ。
右手に銃器を、左手から刃物を出現させ全身が装甲に覆われている。
それらは
「ジェットだと!?」
慌てて光刃で対処した果心居士の横を通り抜けて、俺へと突撃してくる傀儡が一体。
突撃しながらの銃撃をなんとか躱したころには目の前まで接近を許してしまった。
続けて振るわれた左手の刃物を居合で受け止めながら改めて傀儡の姿を目視する。
よく見れば背中から噴き出す火は青く、しかし熱は感じられない。ならば魔力の炎だろう。おそらく魔力放出に近い技術で推進力を生み出している。
「どういう技術なんだそれ!?」
言いつつ、敵の刃をずらして袈裟斬りにする。幸い、耐久は大したことないようであっさりと斬り伏せることができた。
だが、いかんせん数が多い。
「一人で相手するのはマズイ! チヨメちゃん、果心居士の援護を!」
「承知!」
「オサキ!!」
すぐさま果心居士のもとに駆けるチヨメちゃんを尻目にオサキを呼び寄せる。
果心居士とチヨメちゃん、俺とオサキの二人組で対処する。
「お前は敵の攻撃を防いでくれ、俺が仕留める」
「おう、任せておけ!」
心なしかオサキの機嫌が良い、やる気があるのはいいことだ。
オサキの幻術と呪術により敵の攻撃を逸らしたり妨害する、その隙に俺が仕留める。この戦法でなんとか対処できた。主に、俺の手癖を理解しているオサキのフォローが的確だったからだ。
果心居士の方も、彼女の手が回らない死角をチヨメちゃんが補う形で安定して迎撃できている。
このまま仕留めきれるか、と思った時。
突如として真横の床が爆発した。
「のわっ!?」
爆風に吹き飛ばされながらなんとか受け身を取る。ついでに吹き飛ばされたオサキを引っ掴んで床に押し付ける。
「むぎゅ!!」
硝煙が治まったあたりで、おそらくは爆発の犯人と思しき物体を視認した。
それは巨大な砲塔を二本背負った四脚の傀儡。胴体から生やした一対のマシンアームには小銃のような銃器が握られている。
それが二体。
何処となく府中で見た多脚戦車にも似ている。
だが、一番驚いたのはあれだけの爆発を受けても無傷な床だ。
「あの隔離空間と同じ原理なんだろうが……」
そこまで頑丈ならなりふり構わずブチかませるということか。厄介なことだ。
俺は務めて冷静に電撃弾を詰めたマガジンを愛銃に納める。
そして、戦車型の傀儡に向けて照準を合わせ――
「ッ!!」
――腹部に強烈な衝撃が走った。
気がついた時には俺の身体は宙を舞って、壁に強く叩きつけられていた。
あまりの衝撃に意識が飛びかけるが、なんとか地に足をつけて踏ん張る。
チカチカする視界で先ほどまで俺のいた位置を見る。
「――意識を刈り取るつもりで打ち込んだのだが、甘かったか」
掌打の姿勢でこちらを見つめる男が一人。
「誰だ……てめぇ……」
未だ思考がまとまらないながらも、銃では迎撃が追いつかないと判断した俺は愛刀の柄に手を添えながら問いかける。
男はゆっくりと構える。無手、構えはボクシングに近いがどこか異なる。我流か。
燕尾服に白い手袋、ブーツといった格好で無言の構えを取る。無表情だが顔つきは若い、ウルフカットの銀髪の下には暗く澱んだ黒い双眸がこちらを見ている。
まだ一撃受けただけだが、あの男が油断ならない実力を持っていることは理解できた。
流石に果心居士ならタイマンでも奴に勝てるとは思うが、後方には砲塔を備えた大型の傀儡が二体、加えていつの間にか入り口から追加の重装傀儡が湧いてきている。
さて、どうしたものか……
――思案する俺の耳に、今度は年若い少女の声が響いた。
『随分と手間をかけさせてくれたな、貴様ら!!』
部屋全体に響くような放送。続けて、空間の一部にホログラムのような画面が表示される。
そこに映っているのは着物を纏った黒髪長髪の少女だ。
『散々、我らの拠点を荒らし回りおって……』
切り揃えられた前髪の下にある端正な顔を憤怒に歪めて、彼女は吐き出すように声を荒げた。
『同胞の仇、討たせてもらうぞ!!
――
【あとがき】
ライドウ
ラ イ ド ウ
大事なことなので(ry