追記:無論、Google先生にもお世話になっておりますゾ!
「……(うずうず」
電車に揺られながら傍に座るウシワカを注意深く見つめる。
その肩は僅かに揺れ、膝に添えられた両手は忙しなく動き、表情は『嬉しさを堪えようとして結局堪えられていない』様子で、キリッとしたりふにゃっとしたりとやはり忙しない。
「……クロウ」
「……」
外行き用の偽名で呼んでも返事はない。
家や『異界』、悪魔が潜む路地裏などの人気がない場所ならいざ知らず。電車に代表されるような公共の場所では、極力偽名を使う約束をしていたはずだ。
それは、悪目立ちするのを避けたり、どこにいるとも知れない『敵』に悟られないための約束事だった。
だからこそ、ウシワカと呼ぶのは今は避けたいというのが本音だ。
……とはいえ、今は平日の昼間。朝夕と混雑する電車内であっても今は比較的空いており、運良く俺たちの乗る車輌は離れた座席に立派な白髭の老人が一人座るのみの空き具合だった。
その事実を鑑みて、俺は仕方なく『ウシワカ』と再度声をかけた。
「え? あ、はい。なんでしょうか?」
ようやく反応を返すウシワカ。しかし全くもって話を聞いているようには見えない。なにせ、今もソワソワと落ち着かない様子で目を泳がせているからだ。
思わず溜息が漏れた。
「…………いや、『大人しくしてろ』というのは流石に酷だったな」
だが、彼女の態度もまた仕方ないと思う。
なにせ俺たちが今から向かうのは、ウシワカが愛してやまない『兄上殿』が本拠地。
武家社会の発端となった幕府勃興の地『鎌倉』なのだから。
事の発端は今朝。まだ日も昇って浅い早朝に俺のスマホに着信が届いた。画面に表示された名前は『レイラン』。
彼女からの電話とあっては十中八九『涅槃台絡み』なので正直出たくなかったが、彼女を怒らせても得はしないので仕方なく電話に出る。
そして案の定、用件は涅槃台に関する事だった。
曰く、行方を晦ませていた涅槃台が『鎌倉』の地にて目撃されたとのことだった。しかも奴は全くの無警戒で目撃者にも気付いていなかったという。
なので、早急に討伐部隊を編成したレイランたちだったが、奴の逃げ足の速さを警戒していた。
そこで俺たちが『囮』となって注意を引き付けているうちに囲んで畳んじまえ! という作戦になったらしい。
本音を言うと、これ、罠だと思う。
確信はないが、今まで尻尾も掴ませなかった奴がいきなり無防備な姿を晒すはずがない。
無論のことレイランもその推論には至っているはずだ。
しかし、たとえ罠だろうとようやく姿を現した涅槃台をみすみす見逃したとなれば方々に面目が立たない。
なので、俺を『当て馬』にしようと考えたのだ。
いや、ふざけんなという話ではあるのだが断るという選択肢はない。なにせ彼女には助けてもらった恩があり、見返りとして『協力』することを契約してしまっている。
それに、いつまでも涅槃台に怯えて外を歩くのは御免被るので、いっそのことここで決着をつけてしまうというのも悪くない考えだ。
レイランに加えて、彼女に準ずる実力者を揃えた討伐隊であれば早々に遅れを取るとは思えない。
決心した俺はレイランに依頼の受諾を伝えたのだった。
涅槃台との決戦にあたって、当然、投入できる戦力全てで臨む。
戦闘アイテムも持てるだけ持ち込み、奴とまみえたら即座に強化魔法を連発。最大戦力からの短期決戦こそが理想である。
前衛はウシワカ、ともちろん俺も入る。彼女一人に奴を押し付けるのは流石にひどい。戦術的に見ても下策である。
クダ、オサキの両名には強化魔法役を任せる。オサキには並行してデバフも担当してもらい、イヌガミには攻撃魔法役を務めてもらう。
全員魔力満タンのMAG満タンなので最初からフルスロットルで戦える。
他に足りないところは戦闘用アイテムでーー
などと奴との戦闘をシミュレーションしているうちに電車は目的地に到着。終点ではないのでウシワカに声をかけて連れ立ってホームに降りる。
普通なら小町通りから鶴岡八幡宮に繋がる東口を目指すのだが、生憎と今回は『仕事』。それも緊張感を必要とする大仕事だ。
ひとまずはレイランと合流するために待ち合わせ場所に向かうことになる。
待ち合わせ場所は『佐助稲荷』。
隠里、弁天と並んで『源頼朝』の枕元に現れお告げをした神が祀られている神社だ。
成功成就・立身出世に御利益があるとされ、起業家はもちろん受験生、就活生も多く参拝に訪れる。
また、参道に多数建ち並ぶ赤鳥居も特徴で、同市でも人気のスポットの一つとなっている。
佐助稲荷に至るにはひとまず駅を西口に出て、市役所を目指すことになる。
「悪いなウシワカ。どうにも観光をしている時間はないようだったから」
大通りを歩きながら声をかける。
ちなみに今日のウシワカは、白いキャミソールに短パンだ。さすがに鎌倉行くのにダサT……もといダボTを着せていくのは気の毒に思えたから。
「気にしないでください、私は主殿がくださる命を最優先に考えていますので」
ウシワカは、いつものようになんてことないように応える。
世間一般では明らかな謙遜なんだろうが。
……こいつの怖いところは、本気で言っているところだ。
何よりもまず主を第一に考える、言葉だけ見ればなるほど崇高な志に思える。
しかし、何事にも限度がある。ウシワカの場合はその限度というものを超過しているのだ。
要するに『やり過ぎ』ということ。
だが、一番怖いのは、そんな彼女の忠誠に“俺が応えられるか”。
果たして、こんな『素晴らしい』仲魔の思いに応えられるだけの働きができるかが何よりも心配で、怖い。
不安に揺れそうになる心を、竹刀袋を背負い直すことで誤魔化し、話題を変える。
「そういえば、お前も鎌倉の地には覚えがあると思うが。
現代の街並みはどうだ?」
「さすがに、私がいた時代とは何もかもが変わっていますね。それに私は平家の討伐で殆ど滞在していなかった上に、戦の後に追われてしまいましたからねぇ」
……我ながら話題選びのセンスの無さに心痛する。義経の経歴については他多くの日本人同様にだいたい知っていたはずなのに。無粋な質問をしてしまった。
だが、ウシワカは一ミリも気にしていない様子でケロッとしている。
人ごとだが、もう少し気にした方がいいと思うぞ。
「あ、でも道中に度々見かけた甘味屋……アレらには少々興味があります」
甘味屋というと、道沿いに何軒か見かけた。どれも観光客目当てのお土産屋といった装いだったが、中には老舗っぽい雰囲気を出す古風な外観の店舗もあった。
「そうそう、さっきの曲がり角で見かけた定食屋も気になります!」
「食いもんばっかじゃねぇか……」
いや、ここまでの道のりで見かけたのは飯屋・食物店が殆どだった。道中にずっとそんなのを見せつけられたら誰だって腹が減るというもの。かく言う俺も飯テロ被害を受けた。
だが、幾つか服飾品を扱う店舗もあったのは確かだ。女の子ならそういうのにも興味を持ってほしい。
……いや、だって、ウシワカがそういう店ではしゃぐ姿なんか想像したら、普段とのギャップが凄すぎてーー
「いや、よそう。今は仕事中ないし出勤中だからな」
「はい?」
思わず声に出た自制にウシワカが首を傾げる。
……だが、悲しいかな。ウシワカがそんな姿を見せてくれる可能性は宝くじで一等賞を当てるより低い。
そんな他愛無い会話&妄想をしているうちに俺たちは合流場所へと辿り着いていた。
駅からそこそこ歩いた距離にある観光スポット、『佐助稲荷』である。
ここはその下社にあたる場所で、拝殿正面付近には神社の名前が書かれた
そこに、リクルートスタイルのレイランの姿があった。
しかしなにやら難しい顔でスマホと睨めっこしていてこちらに気付いている様子はない。
「レイラン」
数メートルほどの距離で声をかけると、ハッと顔を上げてこちらに視線を向けた。
「あらヒデオ、随分早かったわね」
いつもの勝気な声音が口から滑り出る。
「寄り道しなきゃだいたいこのくらいだろう」
「てっきり観光でもしてくるかと思ったから」
おいおい、お前の中の俺はどんだけ呑気な脳味噌お花畑野郎なんだよ。
「仕事だ、それくらいの分別はある」
「どうかしら、ここ数年の貴方は見るに堪えないくらい落ちぶれていたから」
相変わらず痛いところを突いてくる。が正論なので何も言い返せないし言い返すつもりもない。
が、俺への悪口と判断したのか傍のウシワカが僅かに殺気立ったので慌てて、牛馬を制する仕草で抑える。どうどう。
「……ふーん。ま、その『英傑』は悪くない逸材ね。正直、アンタには勿体ないくらいだわ」
「俺が一番分かってるよ……ていうか、急を要する仕事じゃないのか? 呑気におしゃべりしている時間はないと思うんだが」
確か、電話では「大至急こっちに来い(意訳)」と言われた気がするんだが。
そのことを指摘すると、レイランは露骨に嫌そうな顔をしてから溜息を吐いた。
「とりあえず、
くれぐれも、はぐれないように」
最後の一文が気になるが……問い質す前にさっさと歩いて行くレイランのあとを黙ってついていくことにした。
下社から右手に続く道の先には、程なく神社名が刻まれた社号標石が立つ。その向こうに続く道には、佐助稲荷の名所の一つである赤鳥居群が見える。
一見して伏見稲荷の千本鳥居にも似ている光景だが、さすがにそれほどの数が建ち並んでいるわけではない。確か五十基ほどだったか。
それら道沿いに建ち並ぶ鳥居を潜りながら俺たちは進む。
『拠点』という単語から薄々気付いてはいたが、参道の半ばあたりで『境界を超えた』感覚があった。
と、同時にさっきまで近くを歩いていた一般客の姿が消えていることに気づく。続けて、参道周囲が霧に覆われていることを確認した。
「異界か」
先導するレイランに声をかける。
すでに参道は、入り口で見た外観とは別物になっており、とっくに本社拝殿に到達する頃合いになっても道は続いていた。
「まあね、あとは行けば分かるわ」
素っ気ないレイランの返答に素直に従い黙々と参道を進む。
やがて、道の先に長い階段が見えた。
この階段も、以前に観光で訪れた佐助稲荷のものとは少し異なっていた。具体的には“より苔むしている”
そして、階段を越えた先にある石鳥居の向こうにようやく『拠点』らしき建物を発見した。
「着いたわ」
短い宣言とともにレイランが振り向く。
その背後に聳えるのは『現実世界』にある拝殿とも本殿とも異なる巨大な社。
全体的に古ぼけた印象を受けるものの、この建物が『霊的概念』で形作られていることは確かだ。
なにより気になるのは、建物の周囲に無数に立つ『白狐』。どれも時折尻尾を振っていることから『生命持つ動体』であると理解する。
鳥居の向こうで佇むレイランに倣い、俺たちもその場で待機していると。やがて、建物正面の両扉がゆっくりと開け放たれ中から
「っ!!!?」
その姿に俺は目を見開いた。
……否、あの『不埒なデザイン』は本来の巫女装束ではない。
大衆文化によって精錬された『コスプレファッション』、いわゆる『巫女服』!!
少女は、白い長髪を風に揺らしながら静かに扉前の階段を降り、こちらに歩み寄る。
尼削ぎ、いや、現代的印象を受ける前髪から姫カットと呼ぶべきか。銀に近い『白』を湛えた髪は作り物のように艶やかでクセひとつない。
……が、しかし!! 頭部上方側面にピョコンと生えた二つの『狐耳』、背後でフリフリと揺れている小麦色と白色の見事なコラボレーション&レボリューション、つまりは『尻尾』!
ここから導き出される事実は、これ即ち『狐娘』!!
「……孫子曰く狐っ子!!!!」
「は?」
「はい?」
「え?」
我を忘れて思わず叫んだ俺に、三人が揃って声を上げた。
その声ですぐにハッと我に返る。
……我に返ったところで失態を取り戻せるとは限らない。
ふと周囲を見渡せば、『養豚場の豚を見るような目』を向けるレイラン。『掃き溜めを見るような目』を向けるウシワカ。
ひたすらにポカンとしている『狐っ娘』。
「……狐っ娘はかわいい」
八方塞がりな窮地に至って、俺は思考停止した。
『なあ、お主。ワシのこと、忘れておらんか』
『高校生』以来の黒歴史の発露に絶望する俺の脳内に、COMP内の仲魔から『念話』が送られてきた。
前々から気になっていた仙狐さん観た。
可愛いが過ぎて泣いた。
ふと、俺の部屋にはいないことに気付いて泣いた。
あーあ、俺のとこにものじゃロリ狐娘来ないかなぁ。