ーー真っ白い壁に覆われた部屋にいる。
時折訪ねてくる『ドクター』や『ナース』以外には誰も来ない真っ白な部屋。
ここにあるのは己と『半身』のみだ。
ーー月に何回か行われる『実験』のための部屋。
真っ白なのは同じで、いつもの部屋よりもずっと大きな部屋。
『ガラス越し』にドクターたちが何か話している中、俺は『床下から昇降機で登場』した『対象』と戦う。
“振るえ、ヒノカグツチ”
呼べば出てくる“ぼく”の相棒。敵を全て、残さず焼き尽くすさいきょうのけん。
ひとタび振るえば、敵は一瞬デ燃え尽きる。
ーーきょうだいハ、沢山イタ。
『こうにしゅ』と呼バレた兄や、『おつにしゅ』ト呼バ■タ姉。
他ニも、『■■■■■■ひのとがたいちごうき』■呼■■タ■、■■■■■■■■■■■■■ーー
『おつねぇ』と『■■ちゃん』ハ特に仲ガ■■■■ーー
みんな、『■■さま』の“ひがん”のタメに生マレテーー
一緒に居レバ、■■■■■■ーー
ーーーー違う。
そんなのは全て
俺は、俺らは全て『■■さま』に使い潰されるために生まれた。神殺しを効率良く、要領良く、それでいて最高の威力で遂行できるように日夜繰り返されている『実験』のための道具に過ぎない。
俺や『■■ねぇ』、『■■ちゃん』でさえ彼らからしてみれば単なる『実験体』に過ぎないのだ。
……過ぎないはずなのに、彼らは甘い言葉で俺たちを籠絡し、洗脳し、檻の中で飼い殺している。
人が、人を飼い殺しているのだ。
悍しい。吐き気を催すほどに。
そのことを理解できたのは、あの日、庭で出会って以来よく話すようになった『彼女』のおかげだ。
『彼女』から与えられた『知恵』によって、俺だけがこの施設の異常性に気づけた。
だからこそ、同じ境遇の彼ら彼女らを救おうと足掻いた。
ーーその結果が、目の前で繰り広げられる『地獄』。
嫌がる『■■ちゃん』を『装置』で無理やり操り、力を暴走させて。相対する俺へと向けさせる。
度重なる『実験』によって、かつては「珠のようだ」と『■■ねぇ』が褒めていた白肌は変色し。膨張し浮き出た血管に塗れた“赤色”と化していた。
年相応な細腕は、無理やり結合させた『志■■津見の神腕』による拒絶反応で変貌。樹木のような材質で形成された巨腕は、彼女の身長に達するほど伸び、二の腕から“葉っぱで形成された翼”が飛び出て、前腕の手首にまで生え揃っている。樹皮のような土色の手の先端には金属製の鋭い鉤爪がライトを反射してギラつく。
口から“赤い泡”を零しながら涙を流す彼女へと、『科学者』は無慈悲に指令を与え、壊れかけの肉体を動かした。
ーー率直に、パニックに陥った。不利な戦況に、ではない。
なにより愛しくて、愛らしかった彼女が“こんな姿”にされ、かつ、俺へと矛が向けられている事実に、だ。
『“百壱号器”から『生産』した躯体は最高レベルの『個体値』を有する。中でも貴様、『甲一種にカテゴリされる丙型壱号器』は『拡張性』に期待が持てる。
……その貴様が“執着”する『乙二種丁型弐号器』に、『溢れるだけの機能』を付与し、これを
それによって貴様へと『機能を吸収させる』のが一応の『目標』だ。
これは、私としても初めての試みでね。正直、
『部屋の中に付けられたスピーカー』から
続けて、卑屈そうな中年男性の声が聞こえてきた。
『残念ながら、丁型の中でも特に拡張性に秀でていた『乙一種壱号』はちょっとした調整ミスで運悪く
誠に遺憾ながら
何の気なしに語られた“悍しい所業”に、一瞬で沸点を迎える。
ちょっとしたミス? 運悪く?
そして、『■■ちゃん』を出来損ないと。
ーーなんとか怒りを堪える俺へと、『■■ちゃん』がゆっくりと前進してきた。
その身体からは、“破裂した血管・皮膚”より溢れた血液が滴り落ち、焦点の合わない目からは絶えず涙を零している。
苦痛に満ちたその表情を見るだけで、俺の思考回路は停止してしまう。直感してしまうからだ、
『さあ、やりたまえ“乙二種”』
不意に、無慈悲な『命令』がスピーカーを通し部屋へと響いた。
『■■ちゃん』の頭部に付けられた『装置』が、命令を受諾して、宿主の身体を無理やり動かす。
ギチギチ、と軋む関節を酷使して。
グチュグチュ、と変形を繰り返す筋肉に発破を掛けて。
やがて、ゆっくりと屈んだ身体が。
弾丸のような速さで突進してきた。
迫る鋭い爪へと、手に待つ『魔剣』を合わせようとしてーー
ーー彼女の瞳が、俺の瞳を捉えた。
そしてーー
『助……ケテ』
「っ!!!!」
ーーーー絶望に満ちた顔で告げる苦しげな声を聞いた。
「……」
我が家の天井を見つめる俺の寝起きは最悪だった。
なにより気分が悪い。
原因ははっきりしている。恐ろしいほど鮮明に脳裏に焼き付く『悪夢』のせいだ。
とっくの昔に“割り切った”と思っていた苦い過去を蒸し返されたような気分。……ような、ではなく“まさしく”そうなのだが。
悪夢から覚めて、しかし恐ろしく冷静な思考回路のおかげですぐに自分が自室のベッドの上に横たわっていると理解できた。
見慣れた天井のおかげか。
少し動かすと身体のあちこちから痛みが走ったので、ゆっくりと慎重に動いて布団から抜け出し。ベッドの下に揃えられたスリッパを履いた。
「……確か、ウシワカと合流した後に倒れたんだったか」
記憶を思い返して状況把握を行う。
正しくは、“剣を腹にしまってから”倒れたわけだが。
それを思い出して、すぐに、着せられていた寝巻きを捲って腹を確認してみたが。魔剣展開中の穴はちゃんと塞がっており、魔剣は“ちゃんと仕舞えた”ことを理解した。
がーー
「……ぐぉっ!?」
立ち上がろうと腹筋を動かしたところで、凄まじい鈍痛が発生した。
思わず呻いて蹲ってしまう。
直後、遠くからバタバタという音が近づき、ものの数秒で部屋のドアが乱暴に開け放たれた。いや、破壊された。
それはもう無残に、弾け飛び、残骸となった木片が部屋の反対側の壁に激突して飛散した。
「主殿!!!?」
遅れて顔を出したのは、足音の時点から予想していた通りウシワカであった。『Quick』と書かれた緑のダボTにパンツ姿という“いつも通り”な格好でサンダルを履いている。
そんな装いとは逆に、真剣な顔ですぐさま俺の近くへと走り寄る。
「何かございましたか!? どこか、痛いところでも!?」
「う、うん。強いて言うなら全身痛いかな。あと財布も、痛いかも」
だが耐えられないほどではない。直前の腹部の鈍痛以外は我慢できるくらいの痛みでしかない。
……とは言え、全快の時のような動きは出来そうにないが。
「ぜ、全身……くっ、私が“現代の妖術”に明るければなんとかして見せるものを。主殿の身体に“刻まれている”術理は鞍馬で学んだ“術”とは丸っ切り系統が異なる故、とんと分かりませぬ。
ですがご安心ください、一昨日より“現代の妖術”を学んでいる上に今はもう『治癒魔法』とやらも使えるようになりましたから!」
悔しげな表情から、すぐに明るい顔で胸を張るウシワカ。
そのいつも通りな“天才ムーブ”に苦笑を返すしかない。
というか、その天才ムーブ、偶に怖くなってくるんだけど……君本当に元人間なんだよね? 実は天狗の化身ないし山神の化身とかじゃないよね? もしくは軍神?
なんでもいいが、その人知を超えた天才ムーブは少し自重してもらいたい。天才も行き過ぎると恐怖しか湧いてこなくなる。
……まあ、可愛いから全面的に許すけどな!
「……と、先ずは無事に目覚められたことを喜ばねばなりませんね。おはようございます、主殿」
一転して粛々とした様子で静かな笑みを見せてくるウシワカに、不覚にもドキッとしてしまった。
こんな野生児にトキメキを覚えるとは……。
「うんおはよう、ウシワカ。
それで……ここまでの経緯を端的に説明してくれるか? 恥ずかしながらここまでずっと眠ってたみたいなんでな」
仲魔との『パス』を通じて送られてくる『感覚』からして、鎌倉で召喚していた仲魔は全員が今も家の中で現界していることはわかった。
……一応、全員が『消費MAG』を節約してくれているようで、身体に支障を与えるほどの消耗は無い。
「わかりました。とりあえず、主殿は倒れられてから三日ほど眠っておられました」
三日。
人間、寝ようと思えばいくらでも寝れると聞いたことがあるが、まさか自分がそこまで寝る機会が来るとは思わなかった。
ーーその後、ウシワカから丁寧に語られた説明によって大凡の状況は把握することができた。
あの日、倒れた俺は、レイランの提案によって『サスケ』の元へと送られて彼女の治療を受けたらしい。
……が、どうにも“上手く治癒が働かない”とのことで丸一日ほど、治療を受けることになったという。
そして、なんとか瀕死の状態を脱した俺を確認して、レイランは一足先にあの地から去ったらしい。
なんでも『事後処理その他諸々は私がやっておく』とのことで、報酬の方も口座に振り込んでおいてくれるらしい。
去り際、『ソイツの治療には少し心当たりがある』と述べてサマナー協会本部に向かったという。
『心当たり』というと、まあ、十中八九、『あいつら』しかいないのだが。正直な話、あいつらとはもう関わり合いになりたく無い。
“今朝の悪夢”のせいで余計に嫌な気分だ。
ーーそして、とりあえずの危機は去ったから家で安静にするようにサスケに言われ、こうして自宅療養となったわけだ。
「……いくら『サスケ殿』の言葉とはいえ。主殿の痛ましいお姿を見ては簡単には信じられず。
そこで! イヌガミ殿にお願いして家にある『魔術教本』とやらを学ばせていただくことにしたのです!
イヌガミ殿は攻撃魔法を学んで欲しかったそうですが、今は主殿の治癒が最優先。
治癒魔法のみに集中したおかげで、だいぶ使えるようになりました!
ふふ、『腰痛』『腹痛』『頭痛』、どれでもこのウシワカが治してご覧にいれよう」
全部初歩じゃねぇか!
いや、まあ、普通の技術と違って魔術は習得に“特殊な才能”を要する。
肉体的な才能ではなく“精神的な才能”というやつだ。
だから、さすがのウシワカでも初歩の治癒魔法しか覚えることが出来なかったのだろう。……いや、習得にたった二日しか掛かっていない時点でやっぱりおかしいくらいの天才ムーブなんだが。
彼女の天才ムーブについてはすでに“考えることをやめている”。
なので驚きこそあれ「まあ、ウシワカだし」で済んでしまう。慣れって怖いね。
それから。
他の仲魔たちのところにも顔を見せに行き、先日の戦いに対する労いの言葉をかけて回った。
その際に皆口々に「いいから安静にしてろ」と怒られたが、この不調の『原因』を知ってる身としては寧ろ“引き篭もってナイーブになる方が危険”だと理解しているので、やんわりスルー。
挨拶を済ませた俺はすぐにPCに向かい、仕事に戻った。
「主殿、今はまだ休んでおられた方が良いのでは?」
「溜まってるメールくらいは処理しとかないとな、こういうのは信頼が大事だから」
カタカタとキーボードを打ちながら答えると、ウシワカは不満そうな顔をしたあとにため息を吐いた。
「……主殿は言い出したら聞きませんからね、仕方ありません。何か、甘味でも作ってきましょう」
そう言うなり部屋を去っていく。
……いつのまにお菓子作りまでできるようになったんだ、あいつ。
とりあえず、依頼メールの処理を最優先に片付け。その後は協会やら仕事関連のメールに目を通し、返信が必要なものには逐一連絡。
その間にウシワカ特製のアップルパイ、スイートポテト、ホットケーキが随時運ばれ、それらに舌鼓を打ちながら無事に事務作業を終えた。
……我ながら凄まじく快適なデスクワークをしてしまったと戦慄する。
ちなみに、出されたスイーツは全て俺の好物である。いつの間に調べたんだ、と一瞬思ったがすぐにイヌガミに聞いたのだろうと気づく。
こういうのは以前までイヌガミに頼んでいたからな。
ひとまず一息吐いた俺は、ウシワカが家事に勤しんでいる間に自室で一人、椅子へと座り込んでいた。
「……
手を前に出して呟く。
すると、前方の空間に一瞬炎が燃え上がり、すぐに『魔剣ヒノカグツチ』が出てきた。
それを手に取り、見つめて。
溜息を吐いた。
「やっぱりか……」
本来、
しかし、今の俺の腹に穴は見当たらない。
明らかに
とすれば、やはり、
「気が重いな……」
奴らとはお互いに『不可侵』の約束をしているが、取引次第では協力をしてくれたりもする。
もはや、目新しいデータを期待出来ない俺に興味はなく、事実上『釈放』の身となっている俺だが。何らかの、奴らの興味を引くような取引材料を用意できれば、『再調整』くらいなら手を貸してくれるだろう。
こちらから頭を下げる、という苦痛に耐えられればの話だが。
「……いや、待てよ?」
ふと、そこまで考えて閃いたことがあった。
俺の不調の原因が、『霊力低下によってヒノカグツチとの同調がバグった』ことにあるとすれば。
……と、言うのは簡単なんだが。
前提として、霊力低下を起こしたサマナー。分かりやすく言えば『心の折れてしまったサマナー』を再度、全盛期の実力に鍛え直すというのは非常に困難だ。
……自分で言ってて情けなくなるが。
霊力低下、霊的位階の低下というのは普通なら起こり得ないイレギュラーな現象だ。
その原因となるのも各々様々な事情によるところがあるものの、大半が“強いトラウマによる挫折”によって発症している。
『霊力欠乏症』と通称されるこの症状を治療するには、先の“トラウマによる挫折”が原因であれば、そのトラウマを取り除くことが最優先となる。
要は“立ち直らせれば”言いわけだが、これが存外にも難しい。
そもそも、本来起こり得ない症状を発症している時点で、“尋常ではない心的外傷”を負っているのは明らかで。サマナーという職業である程度メンタルが鍛えられていなければそのまま“廃人”と化していてもおかしくない。
だからこそ、この症状が出たサマナーの殆どは廃業ないし引退するのが常だ。
……と、ここまで冷静に詳細を理解していれば治りそうなものだが、それでも、俺のトラウマは事あるごとに俺の精神にダメージを与えてくる。
それでも。
いまだにサマナー業を続けているのは、単なる『未練』だ。しかし、その未練があるからこそ、俺はまだ『廃人』になるほどのストレスは受けていないと自覚できる。
そして、これを解決……とまで行かないものの。なんとか『誤魔化す』ことさえできれば。以前の力の何割かは取り戻せるかもしれない。
「今更、修行し直すなんて……以前の俺なら考えつかなかった、いや、やろうなんて思わなかったな」
先述したように、俺がサマナーを続けているのは単なる未練。こうしてサマナーとして悪魔と“戯れて”いれば、『彼女』との思い出を鮮明に思い出すことができるし、なにより。
もしかしたら、“もう一度、会うことができるかもしれないから”。
俺の、今の生きる意味を再確認しつつ。自室の棚に飾られている『コレクション』に視線を向けた。
来客の際には
“魔術によって作られた大釜”、“ある死神を模して彫られた小さな像”、“様々な色の液体が入った様々な形状の小瓶たち”。などなど……。
どれも“凄まじい魔力”を放つ魔術アイテムばかりだ。
だが、それら全て“俺の目的”を果たすには力不足だ。
「大釜の“オリジナル”であれば、或いは……」
そんなのが現存するなんて、聞いたことがない。……が、“召喚した神霊が持ってくる”こともあると聞く。
それでなくとも、“俺の目的”に合致する“神話”というのは古今東西、腐るほどにありふれている。
もしくは、
「俺一人じゃあ、無理だろうが……」
運良く、最近仲魔にした
“俺の目的”を快く思わない仲魔たちだが、彼女ならば
そしてなにより
「ああ、本当に……俺には勿体無い仲魔だよ」
レイランの評には、実のところ感心している。
俺も、自己評価は十分に出来ているから。
倫理も常識も道徳だって
薄皮一枚剥けば、そこらの人間と変わりない
自分でも反吐が出るくらい浅ましい本性だが、『彼女』は俺に『外の知識』を与えてくれた、謂わば『俺を人間にした存在』なのだ。
“正常な親”が存在しない俺にとっては生みの親と言ってもいい。
そんな彼女に「会いたい」と願うのは、果たして『悪』なのだろうか、と。なぜ、願ってはいけないのかと疑問に思う。
これまでは、俺の目的を忌避する仲魔たちの手前や、圧倒的な力不足から来る『諦め』に近い感情から、なんとか“良識”を保ってきたが。
ウシワカを得た今、その“枷”が揺らぎ始めているのを感じる。
ーーそこまで考えて、それらを振り払うように首を振った。
「……良くない兆候だ」
俺の目的が果たされれば、霊力などいつでも戻ってくるだろう。しかし、同時にそれが果たされるまでは自分でも
そんなのは、多分、ダメだろう。なにより約束を守るとも思えない。
だが、万が一。
「……修行に勤しもう」
席を立った俺は、この迷いと“危険な思想”を忘却すべく。早速その日から修行を開始した。
型月産ジャンヌの属性について、どれだと思いますか? ※結果は今後の参考にさせていただきます。
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