「…………あれ?」
満身創痍の俺に振るわれた必殺の刃は、いつまで経っても振るわれることはなかった。
刃が間近に迫った頃には、「万事休すか」と柄にもなく穏やかに目を閉じて、大人しく死を待っていたのだが……。
不思議に思って目を開けてみると、先程まで目の前で仁王立ちしていたヨシツネは
「が、ぐ……ぐあ、ぁ、ぁあ!!」
脂汗を額に張り付かせ、苦悶の表情で胸を押さえている。
そこには、先ほどまでの強大な敵の姿はない。
ーーそれどころか、どうにも彼女は“放っておけない”感じがする。
「いや馬鹿な……」
場違いなほど穏やかな気分になった心を奮い立たせて刀を構える。
こいつは敵だ、それも俺が苦手な“純粋に強い悪魔”。
まともにやり合っては、今のようにピンチになるのは当然だ。
なら、このチャンスを逃す手はない。
目の前のヨシツネは依然として苦しそうに呻きながら蹲るだけだ。そこに防御も何もあったもんじゃない。
ただ、この刀を振り下ろせば終わるだろう。
未だ強化魔法の効果は続いている。増強されたパワーならば楽々とその首を跳ね飛ばせる。
ーーしかし、どうしてか最後の動作に移ることができない。
こいつがウシワカの無くした“欠片”であり、ヨシツネたるウシワカに欠けてはならない“要素”だから。
同時に、“こいつもウシワカの一部”であるという事実からは躊躇しか生まれてこなかった。
「くそ……あの破戒僧め、厄介なモノを押し付けおって」
悔しそうに呟いたヨシツネは、刀を振りかぶったまま止まる俺をチラリと見てから即座にその場を飛び退いた。こちらの刃が到底届かない位置に。
それはつまり、俺が奴を仕留める最大のチャンスを見逃したことになる。
「……」
「……情けのつもりか、ニンゲン?」
胸を押さえながらも、なんとか息を整えたヨシツネは、佇むだけの俺へと訝しげな視線を向けて問いかけてくる。
「さてな……自分でも、よく分からん」
はっきりとした理由は、たぶん、ない。
ただなんとなく、
ウシワカにはない『人間性』。その欠片であっても、やはり俺がこの手で無思慮に命を奪うのは、“違う”と感じた。
もし実行していたら、ウシワカのみならず、俺も“この感情”を一生理解できないままに終わっていたと思う。
上手く言えないが、“それはダメだ”と感じた。
「さもなくば、我を憐んだか……!」
激昂するヨシツネに、首を振る。
「違う……寧ろ、俺自身がお前にーー」
「主殿、お退がり下さい!!」
突如、瓦礫の山を弾き飛ばしてウシワカがこちらに跳躍してきた。力強く大地を踏みしめた彼女の身体はやはり傷だらけで、三箇所ほど深く抉り取られたかのような傷が見受けられそこから絶えず血を流していた。
「このような外道に耳を貸すことはありません」
「ほう、自らの悪性を外道と称するか」
「黙れ、
いつになく敵意を剥き出しにしたウシワカは薄緑を構えた。対しヨシツネは未だ胸を押さえながらも不敵な笑みを浮かべる。
ーーしかし、その対峙は一分と続かなかった。
「……やめだ。今の己が不利なのは私とて理解できる」
不意に警戒を解いたヨシツネは脱力した声で呟いた。
「逃げるつもりか?」
鋭い声で問うウシワカに鼻を鳴らす。
「ふん……私はこの先の“廃寺”にて待つ。そこで今一度、貴様と決着をつけてやろう、我が悔恨の化身よ」
吐き捨てるように告げたヨシツネは後方へと跳躍を繰り返し、次の瞬間には敷地内から遠く離れ、山の方へと消えていった。
「待て……!」
「追うな、今はこちらの戦力を立て直すのが先決だろう」
飛び出そうとするウシワカの肩に手を置いて制する。彼女は悔しそうな顔をしながらも渋々頷いた。
「ハァ……ハァ……!」
一方、廃寺内へと辿り着いたヨシツネは壁にもたれ掛かりながら荒い息を吐いていた。
「我を形造る“モノ”は知っている、しかしこの“痛み”は……」
突然自らを襲った強烈な痛み、そして“帰巣本能”。これらの推察を始めた彼女はすぐに心当たりを思い出す。
「あの時か……!」
それは、不遜にも“呪詛を編んだ泥”で自らの依代を用意した破戒僧を誅殺した時。首を撥ねても生き続ける胴体を両断した際に付着した“液体”。石油のような粘着性のある黒い液体は、彼女の衣に付くや否やその内部に浸透していた。
おそらく、これがキーとなって肉体の素になった泥を活性化させた。
……全て憶測だが、他ならぬ自身の肉体の現状については誰よりも理解している自信があった。
ーーしかしてその推理は的中していた。
死の間際にて、“これは手に負えぬ”と判断した涅槃台は特製の泥を体内に充填し外部からの裂傷に際してそれをぶちまけた。
“この寺と深い関わりを持つ泥”に対して、この廃寺こそを“巣”とする指向性を含んだ泥を与えたのだ。
これによってヨシツネは膨大なエネルギーを常時受け取れるようになったものの、廃寺から長時間離れることで寺との接続が切れ、禁断症状にも似た“枯渇状態”を発現することとなった。
これが、ヨシツネのコントロールを放棄した涅槃台の妥協案だった。
操作できぬならせめて活動範囲を限定する、自身が死ぬ状況にあって恐ろしく冷静な判断だが
ヨシツネを退けてしばらく。
俺は仲魔たちを瓦礫の中から救出して、常備していた回復薬の殆どを使うことでとりあえず全員の治療を行った。
それからすぐに、未だ壊れていない二階部分へと上がり装備の類を持ち出してから仲魔たちを庭先に集合させた。
「では、これよりヨシツネ対策会議を始める」
俺の号令に仲魔たちも戦意を滾らせながら傾聴していた。
こう見えてうちの仲魔たちはだいぶ“好戦的”だ。普段こそリミッターやら何やらで押さえ込んではいるが、直接、自分たちをコケにしてきた奴を許せるほど心が広くない。
なにより、我が家をこんな姿にされたのだ。俺とて相応の怒りを感じている。ーーそれとは別に、ヨシツネ自身には複雑な想いも抱くがこの場においてそれを示す必要もない。
「……と言っても、現状として奴に有効な策は思い当たらない。単体で俺たち全員を相手取ってなお余力を残している上に、これと言った弱点属性も存在しないオールラウンダー。
本来であれば協会に救援を要請して動いてもらうところだが……」
「論外じゃな、ここまでコケにされて逃げるなど許さんぞ。
……何より彼奴はーー」
そこまで言って意味深な視線を向けるオサキ。俺もその視線に頷きで返した。
おそらく、彼女はヨシツネがウシワカの“欠けた部分”であることに気がついている。その上でアレとの決着を他者に任せる危険性を憂慮したから遠回しに援軍要請を拒否してきた。
……大丈夫、俺もそこらへんの事情には気付いている。
そのことを念話でこっそり伝えると、オサキは目に見えてホッとした顔になった。
なんだかんだ言って彼女は面倒見がいい。この中では誰よりも“仲間思い”と言っても過言ではない。
愛情に飢えているからこその裏返しなんだろうが、そこら辺は今は関係ない。
「……最大の課題はやはり、あの異常な“俊敏性”だ。
ヨシツネは単純にウシワカの倍以上に速いと見ていい。あそこまで来ると“韋駄天”くらいでなければ対抗できないレベルだ」
普段からそのレベルの速さを持ちながら、あの八艘跳びとやらを使えば更に倍速ドン、だ。
大まかな対策としては、奴が逃げられないほど広範囲に罠を仕掛ける……といったところだが、そんな予算はない。
有効打を探す以前に、攻撃が当たらないのでは話にならない。
と、そんなこんなで頭を悩ませる俺とオサキ。
そこでふと気づいたが、俺たち二人以外に真面目に作戦を考えている奴がいない。
イヌガミは我関せず、といった様子でボーっとしているし、クダは寡黙な従者気質なので黙して語らず静かに座しているのみ。
そしてウシワカは、心ここにあらずと言った様子。憂いのある表情で遠くを眺めていた。
「ウシワカ……?」
心配になって思わず声をかけた。これまで彼女は深慮することなくその天才性のままに元気ハツラツな様子しか見せてこなかった。
それが、先の無人島での一件以来何かに悩んでいるような素振りを見せている。
素直に聞いても答えてくれないのでそっとしておいたが、ヨシツネとの邂逅から目に見えて“情緒不安定”になっていた。
「……主殿? どうかされましたか?」
しかし、ウシワカはすぐにいつものあっけらかんとした雰囲気を取り繕って首を傾げてきた。
……そのことに、“俺は彼女にとって悩みを打ち明けるに足る人物ではない”という事実に、少し心が痛む。
「いや…………疲れたのなら少し家の中で休んでくるといい。と言っても二階部分しか残っていないがな」
「……そうですね、少し、頭を冷やしてきます」
軽いジョークを混ぜて見たのだが、彼女は華麗にスルーしてさっさと家に向かってしまった。悲しみ。
ちなみになぜ、不自然にも柱だけを残して一階部分が吹き飛んでしまったのかと言えば。
単純に、柱だけは家を支える要ということもあり念入りに魔術で補強していたからである。
結界を始めとした防衛設備を用意していた俺だ、当然ながら自宅そのものもある程度は改造済みである。
……まあ、壁やら窓やらもちゃんと強化していたはずなんだが。
「主よ、少しいいか?」
ウシワカを見送ってしばらく、オサキと二人で延々と作戦を考えていたところ。頃合いを見計らってオサキが耳打ちしてきた。
ふと周囲を見れば、イヌガミはとぐろを巻いて居眠りしており、クダも欠伸を噛み殺しながらうつらうつらしていた。
つまり、内密で話がしたいということだろう。
「……そこの木陰でいいだろう」
少し離れた庭の木を指差しながら応える。そもそもあの二匹は細かいことに頓着しない性格だしこちらが“主にたる格”を見せている限りは造反したりしない良い子たちだ。
わざわざ内緒話する必要もないと思うが、他ならぬオサキがそう判断したのなら素直に従おう。
頷き、先に木陰に向かった彼女を追って俺も静かに席を立つ。
木陰で待つオサキは、いつになく真剣な表情だ。
なのでこちらも気を引き締めて対話に臨んだ。
「現状、ヨシツネを打倒する手札はこちらにはない」
開口一番に作戦会議を全否定する彼女にゲンナリした。
「それ言っちゃおしまいだろ……」
「まあ聞け。
……そうなるとじゃ。これはもうなりふり構っていられる状況ではない」
「だが、アイツがウシワカの“欠片”である以上は俺らでなんとかするべきだ」
ヨシツネがウシワカの“欠落情報そのもの”であるのは、ヨシツネ自身の言動からも明白だ。
そして、この二人は“表裏”の関係にあるのも明らか。
それはつまり、“シャドウ案件”ということになる。
シャドウ、とは人間の内面にある“抑圧された心”、『もう一人の自分』とも言うべき存在だ。人間の心にある負の側面、所謂、心の影。
このシャドウという存在、概念は『悪魔』とも密接な関係を持つとされているが、詳しい生態や成り立ち、正体についても解明されていないのが現状である。
このシャドウが初めて確認されたと言われているのが、1996年のとある学園での怪事件だ。
『こっくりさん』に似た遊びに端を発した事件であり、そこで重要なファクターとなったのが“人間の精神”。“なんらかの要因”によって、普段人間が抑圧している欲望が具現化し、騒動を起こす、というこれまでの悪魔事件とは一風変わった怪事件が頻発したのだ。
これを解決したとされる『学生』も、同じく自らの内面から具現化させた“悪魔らしきモノ”を用いて戦ったという。
この後も似たような事件が数年置きに発生しており、三年後に起こった
その七年後には都内港区の学園、そこから更に二年後には地方の田舎町、最も最近の事件は約四年前に都心で起きた『怪盗騒ぎ』である。
……ただし、それ以上の情報に関しては俺も入手出来ていない。おそらくは協会と契約を交わした『桐条グループ』が口止めしているのだろうが、あそこは『対悪魔兵器』を作っていたり、私設軍隊持ってたりという噂が絶えないしで俺もーー
閑話休題。
ともかく、ヨシツネがこのシャドウに相当する関係性をウシワカと持っているのならば彼女自身が奴と向き合わねばならない。
なにより、このまま向き合わずにヨシツネだけを滅ぼしたら、ウシワカの欠けた部分はおそらく二度と戻ってこない。
それはやはり悲しいことだろう。
「ヨシツネだけは、なんとしても俺たちで倒さねばならない」
改めてことの重大さを意識した俺は、覚悟を決めて応えた。
だが、オサキは「ああ、違う違う」と面倒そうに首を振る。
「そうではない。ワシとて元より外部に救援を求めるつもりはないぞ。
ワシが言っておるのは“ワシら自身”のことじゃ」
そこまで聞いて、彼女の言わんとすることを理解した。
だが、それはーー
「つまり、“鎖を解け”と?」
「そういうことじゃ、無論、ワシだけでなく“イヌガミ”の方も解かねば話にならんぞ」
「イヌガミも!? ……いやいや、待て。そもそもイヌガミと違ってお前の場合はーー」
ーーオサキ自身に、身の危険がある。
「以前までの腑抜けなら確実に無理じゃろうが。
「そうじゃない。お前の鎖を解くということは即ちーー」
ーー
「なんじゃ、ワシの心配をしておるのか? はぁー、やっぱりまだまだガキじゃのうお主」
やれやれ、と肩を竦める彼女。だが、そんな軽い気持ちで実行に移せるほど簡単な話ではないのだ。
それに、イヌガミの方だって今の俺が制御出来るのかと問われれば「絶対に無理」と断言できる。
加えて、オサキの場合は、俺がきちんと手綱を握れなければ
……ついでに夕凪市ごと“死の国”になるがそんなのは
「……やっぱりダメだ。俺がヒノカグツチを使ってなんとかしてみる」
「イヌガミに聞いたぞ、あの魔剣は
あの駄犬め……余計なことを。
確かに、ヒノカグツチのバックアップは神相手でなければ使用不可だ。
……ただし、己自身をヒノカグツチに預ければその限りではない。俗に
まあ、使えば十中八九、“俺は死ぬ”だろうが。
そんな思いが顔に出ていたのか、突然、オサキはムッとした表情でこちらを睨んできた。
「……くだらぬことは考えるなよ? 我らは貴様の『仲魔』だ。一蓮托生、生涯を通じて“付き合う”と決めているのじゃからな」
なにそれ重い。
たぶん、一般的な仲魔の定義はそうじゃないと思う……。
が、それでも俺自身、その言葉がなにより“嬉しい”のは事実だ。結局のところ、先の彼女の発言もあながち間違いではない。
俺は所詮、孤独を恐れるだけの子どもに過ぎないのだろう。
でも、それでもいいと仲魔たちが言ってくれるなら。俺もその『信頼』には応えないといけない。
もう二度と『信頼』を
「ーーで、話を戻すんじゃが」
コホン、と咳払い一つして口を開くオサキ。その顔はほんのり朱色に染まっており、先程の自分の発言が今更ながらに恥ずかしくなったのだとわかる。
「イヌガミの方はワシが“抑える”。『権現』としての力を使えば、ヨシツネ討伐までの間はどうにかなるじゃろ」
「っ……! いや、そうか。それなら是非とも頼みたい」
彼女の覚悟は既に聞き届けた、ならこれ以上駄々を捏ねるのはよろしくないだろうと渋々首肯する。
……とはいえ、
とすれば、なるべく早くヨシツネを片付けるべきだろう。
「安心せい、ワシとて数百年を奉られた“神の端くれ”。
同じ呪殺属性ならという話か。
確かにそれはそうだが、犬神の“呪詛”は桁違いだ。確実な話ではないだろう。
しかし、俺とて腹を決めた。
彼女が命がけで信頼するならば俺も命がけでそれに応えてみせよう。
ーー“ほう、自らの悪性を外道と称するか”。
自らの悪性。
“奴”が言ったことは紛れもない真実だ。
アレと相対した瞬間に、私は気づいた。アレこそが欠けた私そのものであり、同時に“自らが捨てたモノ”ということに。
私と奴は『同位体』、背中合わせに存在する同一人物だ。そのことは誰より理解している。
「しかしーー」
拳を握りしめて呟く。
できるならば即刻、その首を撥ね飛ばし排除してしまいたい。だが私にはそれだけの力はない。
そもそも、奴を
視界に入れて欲しくない、その声を聞いて欲しくない、
アレは私の失敗そのものなのだ。
欠けた記憶でも、なんとなく理解できる。アイツは、自分の生涯が失敗したことを
だから私が憎いのだろう、私が自らの不出来から“目を背け続けている”から。
たとえ記憶が無くとも、『記録』を参照すれば『理解』できた。
私がなぜあのような最期を遂げたのかを冷静に考えてみれば簡単なことなのだ。
即ち私は、
『愛情』の示し方を間違えていた、人の心を学ぶことを怠っていた、なにより
それを、よりによって『最期』に気付いてしまったのが最大の不幸だ。もはややり直しは効かない、過ぎ去った日々は戻ってこないのだ。
でも、それならば。
「だから私はーー」
ーー奇跡のような偶然で巡り合えた今の主に誠心誠意仕えたい。今度こそ、
「……もう、主君に疎まれるのは嫌だから」
ーーならば、どうする? 現状として自分が最優先に為すべきこととは?
「決まっている…………あの“半身”を誅殺することだ!」
ーー理解したなら即座に行動に移す。これまで、“生前だってそうしてきたのだから”。
二階廊下にある窓、その中でも北側に位置するものをそっと開けて外に飛び出す。
天狗の歩法を用いれば、イヌガミ殿や主殿に気づかれず移動することは容易い。そして、以前行った廃寺への道はしっかり頭に叩き込まれている。周囲には他に廃寺など無いと聞くしあそこで間違いはない。
気配を殺し、音もなく敷地から離脱した私は一直線に“あの廃寺”へと駆けた。
ーーオサキとの話し合いによって作戦を詰めた俺は、いよいよ出発するという頃になってウシワカを呼びに二階へと向かった。
「おーい、そろそろ出発するぞ」
行きがけに彼女にも作戦を伝えなければならない。
ついでに使えるアイテムも持っていくか、と考えながら捜索をしてみたものの。
「あれ……?」
なかなか見つからない。そもそも、声をかければ即座に出てくるのが彼女だ。それがこうも見当たらないというのは……。
その後も、一部屋ずつ念入りに探してみたがーー
ーーなぜか、姿が見当たらない。
俺は武人では無いので気配とかは分からないが、なんとなく“無人”な雰囲気を感じる。
嫌な予感がしたので慌ててCOMPを確認してみるとーー
ーー敷地内からウシワカの反応が消えていた。
「っ!?」
率直に、意味がわからない。
死……はあり得ない。それならばCOMPのリストから名前が消えているはずである。
となれば、『独断専行』しかあり得まい。
「くそっ!」
使えるアイテムだけひっ掴んで階段を駆け下りる。
庭先へと飛び出しては、オサキたちに声を張り上げた。
「ウシワカがいなくなった!!」
「っ!! ならば急ぐぞ!!」
真っ先に反応したのはオサキ。一瞬で戦闘モードに雰囲気を切り替えた彼女が駆け寄る。
続けてイヌガミ、クダも側に来た。
クダは相変わらず表情が読めないが、イヌガミの方はちょっと怒っているような雰囲気を感じる。
「アノ小娘ニハ“貸シ”ガアル、返スマデニ死ンデモラッテハ困ル」
たぶん、これは“家事”のことを言ってる。それを貸しと表現するのは些か苦しい“方便”に思うが、要するに“心配”なのは確かだろう。
偶になに考えてるかわからないイヌガミだが、ちゃんとウシワカも仲魔と認識してくれてるようで安心した。
「ほれほれ、さっさと行くぞ!?」
ちょっとほっこりしていた俺に、いつの間にか門の側まで移動していたオサキが声をかけてきた。
……今更ながら、ウシワカ一人のためにこうして彼らが親身に対応してくれる事実に感謝の念を覚えた。
「……ああ、行こう」
しかし感謝も労いも後回しだ。今はとにかく、ウシワカを追わねばならない。
門の外へと出た俺は、早速、自らと仲魔たちにバフを掛ける。最早、些事を気にする余裕も猶予もないためにとにかく全速力でウシワカに追いつくことだけを考える。
スクカジャを三段重ねにした俺たちは、最大速度で廃寺へと向かった。
イヌガミの経歴はオリジナル設定です。