ーーまだ、足りないのか……?
みるみるうちに減っていくMAG、どんどん擦り減っていく体力に悶えながらもヒデオはなんとか意識を保っていた。
視線の先では、オサキ・イヌガミと涅槃台による激しい戦いが続いている。
正真正銘、“女神としての力”を取り戻したオサキはその身に返ってきた“千年単位の神秘”を糧に、『大地母神級の魔法』を連発。同時に女神の『加護』に相当する補助魔法の数々を使い分けて犬神のサポートを行い、後衛として一線級の戦いぶりを見せる。
一方、“呪術師の作り出した究極の呪殺兵器”としての姿を取り戻したイヌガミは、“込められた膨大な呪い”と“石片の呪力”の相乗効果によって圧倒的な戦力を振るう。
呪力を根源とした“エネルギー砲”はもとより、強力な呪力を込めた爪牙の一撃、呪術による緊縛魔法などを用いて果敢に攻め、その猛攻によって前衛としてはやはり一線級の戦いぶりを見せる。
ーー対して、涅槃台もこれまで以上の力を見せていた。
「はは、ははははは!!
いいぞいいぞ! 振るえ、我が“泥”! 奮い立て我が“怨讐”!!
そして、震えるがいい有象無象!!
私はようやく手に入れた。
人の世における究極の力を!!」
『泥』を、完全にその身に取り込んだ彼はもはや人ではない。カテゴリとして人に分類されていようと、その在り方は“魔人”のソレに近しい。
即ち“世界に災いを齎す怪物”。
そしてなにより、泥と融合したことで桁違いに高められた身体能力は神の領域にある。
仙道を極め、超人と語られた仙人とはまた違う。
即ち、“魔人”の側の存在。
故にこそ、二柱の“神”を前にして対等に渡り合うことができる。ともすれば、
最早、鎌倉の時のような切り札はなく。
だからこそヒデオは歯噛みする。
“まだ足りないのか”と。
理由は分かる。十中八九“己の力不足”だ。
彼女たちを十全に使役できる力を持たないがために
ここでもやっぱり、
「っ!!」
不意に
「っ、主よ! 何をしている!?」
それによって
夕凪神という強大な存在を現界させるために最低限必要なMAGも割高だ、ただでさえ“足りない”ヒデオの供給が僅かでも乱れればそれはそのまま“現界の失敗”に繋がる。
現に、現界が乱されたために準備した魔法が不発に終わりその身にも多大な隙が生じていた。
「っ!」
その隙を涅槃台が見逃すはずもない。即座に突き出された杖はオサキの鳩尾を的確に突き上げ、少なくないダメージを与えた。
「こ、のぉ!」
咄嗟に魔法を乱れ打ち撃退するものの、刻まれたダメージは“核”に響き痛手となる。
「ぐ、がはっ!?」
吐血したオサキは足元へと真っ赤な血溜まりを作る。
「っ! わ、悪い……!」
その光景を見て、ヒデオは再び気を引き締めようとするも、傷付いた仲魔は逆にトラウマを更に想起させる。
フラッシュバックするように何度も脳裏に蘇るトラウマ。
破れた腹部からは臓物が溢れ出し、絶えず吐き出される夥しい量の鮮血は、抱き上げた
今なお、彼の心に刻み込まれ、脳裏に焼き付く光景。
ヒデオの
如何なる奇跡でも
病んだ心は、持ち主の歩む道を“闇”へと導き、堕落を促していた。
「はっ……はっ……はっ……!!」
乱れる呼吸をなんとか戻そうと努力する。乱れた心を落ち着かせようと努力する。俺のために戦ってくれる仲魔に力を与えようと努力する。
しかし、全ては『魂にまで刻まれた絶望』に塗りつぶされた。
その後、訪れた業魔殿で告げられた『完全なる死』によって舞い降りた深い絶望が蘇る。
こうなるまで、
理解していなかった世界の『
死を忌避し、戦いを恐れ、いつしか“仲魔たちの生”すら怖くなって。“生きているから死ぬ”という事実を恐れ
絶望に屈した俺は弱くなり、弱くなった俺を見限った仲魔たちの多くが去って行った。
残ってくれた僅かな仲魔たちの“優しさ”すら理解しようとせずに、“あり得ない奇跡”を求めて奔走し。その全てが“無駄”に終わったことで、いつしか俺は“自分の生きる意味”すら見失った。
“自分の生”すら忘れてしまった俺は更に霊力を落とし、そこら辺の中ボスクラスの悪魔にも殺されてしまうような弱者に成り下がった。
ーーそんな俺が、こんな強敵に勝てるはずもない。
目の前で振るわれる絶大な力、その所有者たる涅槃台が
勝てない、勝てない。
どうやってもアレに勝てるビジョンが浮かばない。この状況をどうにかする策が思い浮かばない。仲魔たちが助かる未来が想像できない。
俺が弱いから。
俺が足りないから。
また、
「主よ!! しっかりせんか!!」
不意に、オサキの声が耳に響いた。
目を向ければ、血を吐き、息も絶え絶えな彼女がその瞳を真っ直ぐ俺へと向けていた。
その後方では未だに涅槃台と犬神が激しく争い、その余波がこちらにまで届く。
戦闘によって発生した突風に巻き上げられた砂煙から、手で顔を守りながらなんとか彼女の瞳を見つめ返した。
「“お前”は“私”の主だ! 他ならぬ“私”がそう認めている!」
真剣に語る彼女の声音は、いつの間にか先程までの荘厳な美声ではなく。いつもの、彼女の声音に戻っていた。
「なればこそ、たとえ“お前”の命令で死地に赴こうと決して咎めはせん! ましてその責を問い、贖罪を求めることもない!
“私”自身がそう決め、納得しているからだ!
精々、面白おかしく笑って消えてやろうぞ!!」
「……っ!」
ーーそう、たとえ、そうであろうとも。
しかし、俺自身はーー
「……っ、これだけ言っても分からんか! うつけが!
ならばーー
……それが、
「っ!!!!」
すとん、と驚くほどすんなりと心に収まる言葉。
この期に及んで
同時に、霞み淀んでいた精神が晴れ渡るような、一転して晴天が広がるような。
そんな、すっきりとした感覚が確かにあった。
「それ、はーー」
「“アイツ”の最期を看取ったのは貴様だけではなかろう。あの
……薄情にも彼奴らは
そんな……そんなこと今まで一言もーー
だが。
仮にそうであるならば、否、確かにそうだったならば。
俺は、
「……
問い、ではない。他ならぬ俺自身に“再確認”するように声を出す。
見つけた“意義”を見失わないように。
「……ああ、確かに。魂が消える間際に、しっかりと、この耳で聞き届けたよ」
狐耳をピコピコと揺らしながら彼女は答えた。
ならばーー
「いつまでも、俺ばかり怖がってはいられないな」
自分に言い聞かせるように呟き、一歩、足を踏み出した。
……未だ、トラウマのフラッシュバックによる手足の痙攣が治らないものの、それでも。なんとか動くことができた。
「大丈夫……俺ならできる」
一歩を踏み出してから何度も心の中で繰り返した言葉を声に出す。
それでもやっぱり怖いものは怖い。
俺ではなく、身内の命が失われるのは何度味わっても辛い。その危険が常に付き纏う“戦い”はどうしても怖い。
「いや……そうさせないために、俺が行かなきゃいけない」
そうだ。思い出せ。
何のために、俺は戦ってきたのか。以前の俺は、どうしてあそこまで戦えていたのかを。
答えはとっくの昔に出ている。しかし、それをしっかりと心に落とし込むことができていなかった。
だが、“彼女”からの言葉を受け取った。ならばやるしかない。
「“アイツ”の言葉だけは、嘘にはできない」
ーーそう決意を固めたら、後は早かった。
不退転の覚悟を決め、身体に巡ってきた“かつての力”を認識した俺は、その力を目一杯使って大地を蹴った。
「っ!!」
そこからの速度は普段の比ではない。しかし全く知らないわけでもない。俺は、これだけの力を
即ち、“とても懐かしい感覚”だった。
弾丸のごとき射出、空気を斬り裂いて一直線に向かう先は当然、涅槃台。
犬神との交戦に気を取られているヤツの側面へと突撃した俺はタイミングを合わせて手に持つ愛刀を振るった。
「っ!」
放たれた斬撃もやはり普段とは比べ物にならない速度、威力を伴っていた。
しかし、ヤツも伊達に二柱の権現を相手に渡り合っていない。完全な奇襲で放たれた斬撃は、しかしヤツの錫杖によって防がれた。
だが、そんなのは予想の範疇だ。
「今更あなた如きが出てきたところでーー」
ヤツの戯言を無視してその胴体を袈裟斬りにする。
錫杖による防御も、
「なっ、ぐっぎ……!?」
驚愕しつつも、油断を排除して杖を構える涅槃台。
直後、その姿が残像のようにブレて多方向から攻撃が繰り出される。
……が、
横薙ぎを弾き、上段からのフェイントを黙殺。下段からの奇襲を足蹴にして先程とは逆方向で袈裟斬りにする。
「ぐぅ!? な、何がどうしてーー」
動揺した涅槃台は、更に多くの隙を生じさせた。
……三度戦って学んだことだが、奴は動揺すると必ず無防備になる。
そのチャンスに出来るだけ叩き込むのが最適解だ。
「ハハハッ!! ようやくその気になったか、主よ!」
愉しげに笑いながら犬神が加勢に入る。彼の猛攻まで加えればどうにか押し切ることも可能だろう。今の俺なら、できる。
心を決めた俺に、もう迷いは無かった。
「…………ハァ」
ーー怯え、蹲っていた身体を奮い立たせて戦う主の背を眺める。
これまでずっと臆病風に吹かれていたとは思えないほど、勇敢で逞しい戦いぶりに思わず溜息が溢れた。
感動からではない、ただ、私の“嫉妬心”からの溜息だ。
散々、発破をかけて。ここに来る前にも恥を偲んで赤面ものの激励までしたというのに。
それらに見向きもしなかった彼奴が、ただ、“彼女”の遺した言葉を告げただけでこうも見事に立ち直ってみせた。
ーー思わず拗ねてしまうのも仕方ないことだろう。
だが、それだけ彼の中で“彼女”は大きな存在であり、死して尚も心に残り続ける大切な人だったということ。
「……まったく、呆れ果てるほどに“鈍感”で視野の狭い男よ」
ーーただ一人の故人を想い続ける。
言葉にすれば簡単だが、本当に実践してしまう輩は少ない。
そこを汚点とするか美点とするかは人それぞれだが。
少なくとも、私はそれを“美しい”と思ったからこそこうして仲魔を続けているのだろう。
或いはーー
「……いや、あり得んな。あり得てたまるものか」
私が人間なんぞにーー
「……くだらぬ妄想だ。
さて、私も呑気に観戦している場合でもなし。億劫じゃが加勢に入ってやるかの」
先程の負傷で“核”にヒビが入っているが、なに。夕凪の地からの
この程度で退がるほどヤワではない。なにより、“彼女”を失ったことで“壊れ”、“燃え尽きてしまった”奴の痛みに比べればどうと言うことはない。
私は軋む身体を奮い立たせて戦場へと向かった。
ーーあんたは弱いわ。
昔々のこと、されど決して色褪せない記憶。
いつもの大樹の下で彼女はそう言い放った。
当時まだ幼かった俺は、当然のように怒り反論した。しかしその悉くを論破されて、悔しさから涙を滲ませた。
それから数年後。
あの“地獄のような場所”から脱した俺は、“養父”の世話になりながらもサマナーとしての経験を積み。やがてフリーのサマナーとして独り立ちした。
古今東西、さまざまな悪魔を相手にする戦いの日々の中で、ある日彼女は唐突にこう言った。
ーーあんたは弱いわ。……一人ならね。だから、
その言葉は深く、俺の胸に刻まれた。同時に、これまで何気なく頼ってきた仲魔の存在が如何に大切であったかを知る。
ーーそして、あの日、あの時。
彼女を失ったことで、自分自身、どれだけ仲魔を大事に思っていたかを自覚した。……その
でも、悍しいだけでは無かったはずだ。
だからこそみんな付いてきてくれたし、俺も頼りにしていた。
その、原初の想いを、今、ようやく。
思い出したような気がした。
「犬神!!」
「任せろ!!」
たった一言で意図を理解して爪撃を繰り出す犬神。
呪詛をエネルギーとして凝縮した一撃は確実に奴の体力を削り取る。
これに遅れないように自らも退魔刀の斬撃を放つ。
そして再び犬神の攻撃。
そうして交互に隙を作らないように怒涛の猛攻を続ける。やがて、後方からオサキの魔法による援護が加わり涅槃台はなすすべもなく攻撃を受け続けた。
「がっ、ぎぃ!! くそ、どうなっている!?」
だが、やはりパワーアップした奴もただでは終わらず。咄嗟に発動させた呪殺魔法でこちらの攻撃を無理矢理相殺した涅槃台は、再びこちらに錫杖による攻撃を仕掛けてきた。加えて、ピンポイント爆撃のように空間へと直接発動させるタイプの呪殺魔法を交えてくる。
さらには梵字を練り上げた光球による牽制。
俺たち三体を相手に、奴は互角の戦いをし始めていた。
恐ろしい成長速度……いや、奴が喰らった“泥”が更に馴染んだということだろうか。
だが、そんなのはどちらでもいい。
俺にだって負けられない理由がある、負けたくない意志がある、嘘にしたくない想いがある。
かつてないほどに燃え滾る闘志を、MAGとして仲魔に惜しみなく供給する。
大量のエネルギーを受け取った彼らは指示を受けるまでもなくすぐに大技を発動させた。
「喰らえ」
大きく開かれた口から放たれる紫光のエネルギー砲は、犬神の必殺技の一つだ。
……だが、一度受けた技を何度も食らうほど涅槃台も馬鹿ではない。
梵字によって形作られた防御魔法、それを幾重にも重ねて、それらによって減衰したエネルギー砲に呪殺魔法を当てて相殺する。
完璧な対策を取った。……しかし、そこにはどうしても隙が生じる。
そこへ、上段に構えた俺が襲い掛かった。
「ハッ、その程度の動きは予測している!!」
その言葉の通り、すでに奴は錫杖を構えて迎撃態勢に入っていた。
……そこへ、上空から唐突に“光”が降り注いだ。
光の矢とも呼べるソレは一直線に涅槃台へと落下し、柱を形成する。
「がぁぁ!? こ、これは!?」
破魔系魔法、その応用による“拘束魔法”だ。それも、後方でチマチマと術式を練り上げたオサキによるとっておき。
さしもの奴もただでは済まない、加えて完全な奇襲。涅槃台は身動き一つできなかった。
「もらった!」
その無防備な肢体へと俺は退魔刀を振り下ろす。
退魔刀にデフォルトで組み込まれている退魔作用を自らの“霊力”で極限まで引き上げてからの一撃。
“魔”に属する存在にとっては致命傷となる一撃だ。
かつて、俺が“彼女”と共に居た頃に愛用していた必殺技、俺の“デビルバスター”としての奥義。
脳天から一直線、股下まで抜ける斬撃を受けて奴の肉体は真っ二つに分かたれた。
遅れてすみません。
これから徐々に更新頻度を上げていきます(素振り
具体的な内容で再集計してみます※気軽に応えてあげてください
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アビゲイル※本編の裏設定&SF
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キルケー※敗北しない
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ハサン※ハサン別小話
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武則天※まったくの未定
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いいから本編書けよ!!!!