「この先、分かれ道を右に二回、左に三回……そしてそのまま真っ直ぐ……にござる」
ーー膝を突き、ひたりと手を乗せた地面から“使い魔”の送ってくる情報を受け取る。
瞼を閉じた“チヨメ”の視界に移るのは、使い魔たる“蛇”が見ている光景そのものだ。加えて、蛇の感じ取った“魔力”や“感覚”も併せて受信している。
“蛇に縁ある忍び”なればこそ出来る器用な忍術であった。
ここは、夕凪の外れに位置するとある廃病院。
昭和後期、“医療ミス”をきっかけとして急激に評判を落とし。最後には院長が自殺してしまった所謂『お約束』のような心霊スポットだ。
例によってオカルト好きや肝試し目的のカップル、学生などが入ったきり帰ってこないという耳にタコが出来るほど聞き飽きた謳い文句のそこそこ有名な廃墟。
そんな明らかに“出る”場所に行ったまま帰ってこない“友人カップル”を見つけて欲しい……そんな依頼がオウザン宛てに来ていた。
この文面を見たときのヒデオの“渋面”は、オサキがいたならば爆笑ものであっただろう。
『なんでそんなバカどもを助けに行かにゃならんのか?』
真顔で呟いた彼の胸中に“リア充への嫉妬”が多分に含まれていたのは語るまでもない。
とはいえ。
仮にも店に来た依頼である。
加えて、なんだかんだで気になってしまう気質のヒデオは盛大な溜息とブツブツ文句を言いながら準備をして、こうして現場まで渋々訪れていた。
「あー……やる気出ない」
廃病院の外、敷地内にある放棄された駐車場跡でタバコを吸いながらポツリと呟く。
オウザン宛てに今回届いた依頼、『バカップルが肝試しから帰ってこない』というクソみたいな話のせいで非常に虫の居所が悪い。
だが、ちょうど先日、ウシワカたちを見送ったタイミングだったのでここらでチヨメちゃんの“能力試験”みたいのをやりたいと思っていたのだ。
そして仮にも仕事である。
ゆえにこうして気の進まないながらも現場に来た次第だが。
「チヨメちゃん、大丈夫かな?」
ついさっき、斥候として病院内に送り出した仲魔のことを考える。
この廃病院、例によって『異界化』がなされており尚且つ内部はだいぶ入り組んでいるらしいのだ。
これを蛇を偵察に出したチヨメちゃんから聞いた直後、「単独で潜入し情報を手に入れてくるでござる」と進言してきた彼女に二つ返事で了承してしまったが。
冷静に考えて、仲魔一体で悪魔の巣窟に出向くというのは端的に自殺行為だ。
しかしこれは“能力試験”も兼ねている、さらには彼女自身が「ご安心を。必ずや情報を得て参りまする」とやる気を見せていたのでなんとなく断れる雰囲気ではなかった。
「あ、あの! あんな小さな女の子だけで……大丈夫なんですか?」
なんとかやる気を出そうと、脳内にこれまで焼き付けておいた『裸エプロン』を思い浮かべていると。傍でおどおどしていた女の子が声をかけてきた。
地味めのパーカーと、ダメージの無いジーンズを履いた眼鏡女子。茶色がかった頭髪とは裏腹にとても大人しそうな格好をしている。
「ええ、ああ見えて荒ごとには慣れておりますので」
まあ、この目で実際に見たことはまだないのだがな。それを知るための今回の依頼でもある。
しかし、馬鹿正直にそれを客に伝える訳にもいかないので適当に濁す。
「あ、荒ごとって……」
その言葉に青ざめる彼女。
「心配はいりませんよ“
「は、はぁ……?」
言ってる意味がよく分からない、といったような反応を返される。だが逐一説明するのも面倒だし、金さえ払うならきちんと仕事はするつもりだ。
……いや? 別に機嫌は悪く無いが?
ふと、傍の彼女に目を向ける。
大人しめな印象を受ける彼女は『遠野 アイ』。
今回の依頼主である大学一年生の女の子だ。
彼女自身、ただの大学生とはいえこのオウザンにパイプを繋げてきた以上は単なる一般人と見るのは早計だ。
現に、『遠野』という苗字にはなんだか聞き覚えがある。
確かーー
そんなことを考えていると、唐突に脳内へ『声』が届いた。これは俺と契約する仲魔との間にのみ成立する念話だ。
俺は念話の『スイッチ』をオンにして返事をする。
「どうした?」
『保護対象の確保に成功したでござる。これより屋外への移動を開始いたしまする』
淡々と告げられる報告に少し驚いた。なにせまだ潜入から五分と経っていないからだ。
とはいえ仕事が早いのはいいことだ。俺は了承の意を伝えて通信を終えた。
「無事見つかったようです。今からこちらに戻ってくるそうですよ」
「本当ですか!? よ、良かった……」
心底安堵したように胸を撫で下ろす依頼主。
「……ふぅむ。単独行動は上々。あとは持たせてある『観測機材』の記録を調べてからだな」
例によってリンから譲ってもらったデータ収集用の機材。腕輪型のこの機材は対象の魔力変動やMAGの増減、その他あらゆるパラメータの記録が可能な高性能アイテムだ。
これも科学と魔術の融合の結果らしいが生憎と専門外なので使えるならばそれ以上の興味はない。
普段ならば記録の参照など面倒でしかないが、“興味のあること”ならば話は別だ。詳細な報告をリンに渡してやれば面白いように術式が更新されていく。英傑召喚式が。
なら苦ではない。
とりあえず、帰ってくるまでにもう一本くらい吸えるかな? と呑気に考えながらのんびりと仲魔の帰還を待った。
結果として、依頼は平穏無事に終わった。
やはり通信から五分と経たずして戻ってきたために慌ててタバコを消して彼女らに駆け寄った。
そこにいたのは、“忍び衣装”を纏い両肩に男女を担いだチヨメちゃんの姿。
「お帰りチヨメちゃん」
声をかけると、即座に、しかし丁寧に二人組を地に降ろし。素早くこちらに膝をつき頭を垂れた。
「はっ、お館様より任された勤め。無事に果たしてございまする」
「お、おう」
相変わらずな態度に苦笑しつつ、ついでに依頼主含めた三人に若干引かれながらも俺はなんとか耐える。
チヨメちゃんに悪気はないのだ。なら、苦言を呈すのは可哀想だろう。
チヨメちゃんに米俵のように担がれてきた二人組と遠野さんが感動の再会をしているのを横目に、未だ膝をつくチヨメちゃんに手を差し出した。
ちなみに、現在の忍び衣装はチヨメちゃんの自前である。召喚直後の“痴女衣装”ではさすがに人前には出せないと告げたところ「あ、ならもう一着の方に着替えるでござる」と、簡単に“
俺のあの葛藤はいったい……。
そして、どうやらチヨメちゃんは痴女衣装と忍び衣装の二つをデフォルトで持っているらしい。
ウシワカは痴女衣装一着だったが、そこらへんは英傑によってまちまちなのか? それとも術式が改良されたことで衣装のバリエーションが増えたのか。
分からないがこれもきちんとリンに報告しておこう。
「……あの、この手は、いったい?」
「ん? いや、手を貸そうってだけなんだが」
数秒ほどマジマジと俺の手を見つめた彼女は、やがておずおずとその手を取って立ち上がった。
「どうやら特に消耗はしていないようだな」
COMPのデータにも特に異常は見られない。
「はい。道中、何やら“霊体”と思しき悪魔が数体おりましたが難なく撃破して参りました」
僅かにドヤ顔で語るチヨメちゃん。
「ゴーストかな? まあ、記録を見ればそこらは分かるか。とにかくご苦労だった」
「はっ、ではこれにてーー」
再び膝をついて去ろうとするチヨメちゃんをすんでのところで引き止める。
「いやいや! そんな早々に消えなくてもいいでしょ。とりあえず帰り道くらいは一緒に行こうよ?」
「はぁ……? 命とあらば従うでござるが」
不思議そうに首を傾げるチヨメちゃん。……そんな滅私通り越して無私みたいな行動されると流石に寂しいよ。
……オサキの時は面倒だから気にしていなかったが、これはどうやら思った以上に重症なようだ。
その後、依頼主と救助された二人組から何度も頭を下げられた俺は「なんだ、意外にも素直な子たちじゃんか」と手の平クルー。若干、機嫌を治しつつ帰路についた。
報酬については例によって口座に振り込まれるのでそれを待つのみ。ちなみにバックれた奴には漏れなくオサキ特製の“呪い”が飛んでいくので踏み倒される心配はない。
そんなことよりーー
「……」
「……」
テクテク、と夜道を歩く俺たちの間にはここ数十分ほど沈黙が続いていた。
いや、俺も何度か会話をしようと努力したんだけど「承知」とか「御意」って言われちゃうとこっちもどう返していいのか困ってしまって。
結果、痛々しい沈黙が場を支配していた。
「……あのさ」
「はっ」
俺の言葉にキビキビと応えるチヨメちゃん。やはり硬い。
「別に、嫌ならいいんだけどさ。もっとラフに接してくれていいんだぜ?」
「それは…………もしや、ご不快でござると?」
少し悩んで、やがて不安そうにこちらに振り向くチヨメちゃん。
……なんとなく、本当になんとなくだが嗜虐心が芽生えてしまったのは秘密だ。
「全然不快じゃないけど。正直、やり辛くはあるかな?」
素直な感想だ。これまでの人生の中で、丁寧なやり取りというのはお客との会話か協会関連のやり取りくらいで、割と普段から気兼ねない付き合いに慣れてしまっている俺だからこその気まずさである。
「な、なるほど……しかし、お館様にそのような振る舞いはーー」
意を決して伝えてみたのだが、予想外に重く受け止められたらしくその後しばらく考え込んでしまっていた。
これは……時間が必要なようだ。
それからの数日間。
チヨメちゃんにもウシワカの時と同じように討伐依頼を中心としてさまざまな依頼に同行してもらいデータ収集に協力してもらった。
その上でなんとなくだが、彼女の“性能”について詳しいことが判明してきた。
まず、基本的な戦闘能力。これは全く問題ない。
本人は正面戦闘が苦手、と言っていたがなんてことはない。
特に、“呪い”に関連したスキルには目を見張るものがあった。忍びというよりかは呪術師……いや、どちらかというと“巫女”に近い雰囲気を感じる。
無論のこと、単純な俊敏性能についても特に秀でている。ここら辺は忍びとしての基本スキルだろうか。
だがそれよりなにより、彼女は諜報活動、斥候としての役割に非常に長けていることが分かった。
武力行使を前提とした強行偵察などでは特に役立ってくれる。
そして、やっぱり彼女は“忠実”だ。
ウシワカのようにブレーキの壊れた忠犬というわけでもなく。きちんとこちらの指示を理解してその通りに動いてくれるし気も利く。ぶっちゃけ、
間違っても本人には言えない感想である。
……尤も、ウシワカにはウシワカにしかない魅力や“信頼”もあるのだが。
素直なところとか元気なところとか、可愛いところとか可愛いところとか……etc.
「しかし、可愛さでいえば……こちらもなかなか」
顎をさすりながら目を向けるのは、キッチンにて食事の用意をしているチヨメちゃんだ。
先日の廃病院から帰ってすぐ、イヌガミによって家事の引き継ぎのために連れて行かれたチヨメちゃん。
元々、家事が得意と言っていた通り家電や大まかな流れの説明を受けただけですぐにテキパキと家事をこなしてくれた。
この結果にはイヌガミも大変に満足しており、毎日機嫌が良さそうに過ごしていらっしゃる。
ウシワカが執着していた自宅の警備も難なくこなしており、昨日なんかウチに泥棒に入ろうとした命知らずの餓鬼を捕縛して俺の前まで引っ立てて来た。
即、斬首! とかしないあたりウシワカとは雲泥の差だ。
いや、まあ、その餓鬼には漏れなく“MAG”に還っていただいたが。
そんなこんな考えていると、両手に皿を持ったチヨメちゃんが声をかけてきた。
「お館様、お食事の用意ができましてござる」
「おう、ありがとう」
ササっと、料理と食器類を並べ終えた彼女はやはり片膝を突いて俺の背後に控えた。
「ウム、良イ香リダ」
一目散に食卓についたイヌガミは料理から漂う香りを目一杯吸い込んで恍惚とした笑みを浮かべる。
一方、俺は背後に控えたチヨメちゃんに視線を移した。
「チヨメちゃんも食べようよ」
「…………お館様の命であれば」
数秒悩んだ彼女だったが、渋々頷いて横の席に座ってくれた。
これもこの数日粘り強くおねだりした成果だ。
そして、三人が揃ったことでみんなで食事を始めた。
総評として、チヨメはかなり有能な英傑だ。
斥候偵察に始まり、単騎戦闘であっても並の悪魔程度なら一蹴できるほどの力を持つ。
また、戦闘だけに限らず、先に語った家事も従前にこなし尚且つ“余計なことをしない”。その合間には警備も問題なく行う上に買い出しやらの“おつかい”だって完璧にこなしてみせた。ちなみに、外に出す際は痴女衣装でも忍び衣装でもなく、例によって“リンが放置していった衣服”を提供している。
率直に、“出来過ぎちゃん”だ。なんの不満も文句もない。寧ろ感謝しか感じない。
……ただ。
「……」
礼儀正しく黙々と食事するチヨメちゃんを見ながら思う。
彼女は少々、いや、だいぶ“謙虚”な子だった。
こちらが願えばなんでもしてくれるが、自分から歩み寄ろうという動きは一切見せてこない。いや、単に“遠慮”しているだけなんだろうが。
そこが少し心配だ。
忍び、という存在は数多のフィクションの中で“忠義に厚い”と描写される。これは日本固有の“武士道精神”なる価値観が誇張された表現であることは理解できるものの、総じて武士よりも“扱いが悪い”忍びが忠義に準じる姿というのはなんだか憐憫を覚える光景ではある。
つまり、“社畜”だ。
そんな感想に沿うように、フィクション内ではやはり報われない最期を迎えることも多い。
現実で彼ら彼女らがどのような人生を歩んだのかは定かでないし、そんなのをチヨメちゃんに聞くのも申し訳ない。
なので全ては妄想で収めるしかないのだが。
「……」
……やはり、せめて我が家に居る間は健やかに穏やかに過ごして欲しいとも思う。
これまで彼女を見ていて、思うに彼女も“先の妄想と大差ない生涯”を歩んだであろうことは察せられた。即ち、“忠義に準じた”ということ。
咄嗟に思いつくのはやはり“休暇”とかそこら辺だが、ウシワカの前例がある以上は、思考停止でただ休暇を出すというのもよろしくないだろう。
「しかし、年頃の女の子のやりたいことなんか分からないしな」
「? お館様?」
つい口をついて出たぼやきにチヨメちゃんが首を傾げた。
「いや……チヨメちゃんも何かやりたいこととかないのかなぁ、と思ってね」
考えても仕方ないので素直に本人に聞いてみることにした。俺自身、女の子の事情を察するとかいうのは不得手なのでこれが一番手っ取り早い。
「やりたいこと? ……忍びとは主君あってこそのもの、お館様にお仕えすることが拙者の誉れにござる」
「お、おう」
あまりに模範的……いや、もはや社畜を通り越した宣言に思わずたじろいだ。俺はそんなに尽くされるほど高尚な人間じゃないからだ。
それも、あの“武田信玄”に仕えたくノ一から言われるとあっては恐れ多いにも程がある。
「お館様がどうされたいのか……忍びたる拙者には考えつかないでござるが、拙者は忍びの在り方に準じる所存。ご期待に沿えられないことは申し訳なくーー」
お堅い謝罪を述べ始めた彼女を手で制する。
「いや、いいよ。チヨメちゃんがそれでいいと言うなら無理強いはしないさ」
「……温情、有り難く」
ぺこり、と頭を下げた彼女はいつの間にか食べ終わっていた食器類をキッチンへと運んだ。
ジャージャー、と水を流す音に耳を傾けながらため息を吐く。
「別ニ、本人ガソレデイイト言ウノダカラ、良イノデハナイカ?」
溜息に反応してイヌガミが口を開いた。
「まあ、そうなんだが」
「オ前ハ、考エ過ギル。下手ニ策ヲ弄スルヨリモ、自然体デ付キ合ッタ方ガ上手ク行ク時モアル」
イヌガミらしからぬ言葉にわずかに驚く。
だが、すぐに彼が俺などよりも遥かに年上だということを思い出して納得した。
彼の言う通りだ。チヨメちゃんがいいと言ってるのだからこれ以上は無理強いだろう。
それに、こちらが歩み寄る姿勢だけ見せていればいずれ彼女の方から来てくれるかもしれない。
そんなことを考えながら、チヨメちゃん特製の和食に舌鼓を打った。
【おまけ】
【大倉商会】
裏社会に根を張る非合法組織。
主に兵器類の生産・売買を行い、悪魔や魔術などの神秘にも精通する多角的事業展開で全世界規模にまで急成長した新興組織。
裏社会に属する者たちの例に漏れず、攻撃的な体制で知られ敵対した者や邪魔者には容赦なく自社製品たる『生体兵器』を嗾けることもある。
直近では『伝説の黄金』を欲して『とある旧家』に戦争を仕掛け壊滅状態に追いやっている。
現会長たる『大倉竜厳』は野心家・武闘派として知られ、チンピラ時代に鍛えた徒手空拳、商会の前身組織で鍛えた射撃技能、そして悪魔と繋がりを持ったことから手に入れたサマナーとしての技能を高レベルで習得しており非常に高い戦闘能力を有する。
また、同じ業界で二大巨頭として恐れられている『アレクサンドラ・コーポレーション』のCEOとも懇意にしており、互いの目的のために『ホムンクルス技術』を提供したこともある。
情報出終わった章の表記について
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全部開示※ネタバレでも気にしない
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伏字のまんま
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ジワジワ出していく謎のライブ感
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どうでもいい