英傑召喚師   作:蒼天伍号

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涅槃台くんの話です。
あと二話くらい軽く続きます。




霧の街 〜夜霧解体事件〜
序・一


深夜二時三十分、夕凪市街区。

 

日中は買い物客で賑わう夕凪商店街も、夜の帳が降りきった今は静かな空気に包まれている。

精肉店、鮮魚店、八百屋といったポピュラーな店舗が軒並みシャッターを下ろして寝静まる頃。通りから外れた、所謂路地裏に位置する雑居ビルの一室にて暗躍する影があった。

 

 

 

「反転召喚?」

 

訝しげな顔で問い掛けるのは眉目秀麗な男性、袈裟と錫杖を携える()()()だ。

ヒデオに二度目の敗北を喫し、今度こそ跡形もなく消え失せたはずの彼は、何事もなかったように無傷の状態で、平然と佇む。

 

対するのは、深いフードを目深に被った女性。

ヒデオたちが鎌倉にて出会った“魔王”級の反応を発する女悪魔である。

 

「そう、最近ちょっと面倒な英傑が現界したらしくてね。対抗策というか()を用意したいの」

 

「対策もなにも、貴女ご自身で出向かれては? 上位の大天使、魔神の類でもなければ貴女に敵う存在などおりますまい」

 

涅槃台は率直な意見を述べた。

彼が知る限りにおいて、この女悪魔は他の魔王とも一線を画する実力を持っている。それは単なる格というよりも()()に由来するものであり、他ならぬ()()()()()()()より強力足り得ると言えた。

 

「そうもいかないのよねぇ……どうにもその英傑に“メシアンの監視”が付いてるらしくて。下手に“正体”を暴れでもしたら彼らの追跡を受けることになるわ。最悪の場合、七大天使……もしくは()()()()が出張ってくるかもしれないし。

なにより、()()を前にしてリスクを負いたくはないのよ」

 

ツラツラと語る女悪魔に対し、涅槃台は内心少し感心していた。

いつもの言動を鑑みるに、リスクよりも快楽を選ぶような輩と誤認していたが故に。

 

「まあ、私としては別に異論はありませんよ。師からも、貴女に協力するよう頼まれていますからね」

 

涅槃台が受けたオーダーは主にこの女悪魔への協力だ。無論のこと協力の果てに()()()()()()()()()()()()()が得られると分かっているからこその同盟だが。

要するにギブアンドテイク、互いの利に敵うからこそ彼らは協力関係を続けていた。

 

「で、私は何をすれば?」

 

「決まってるでしょう、貴方の泥よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

涅槃台が師より賜りし“泥”とは、人の悪性を根源とした呪いである。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()、かの女悪魔が己の悲願のために精製した特製の泥である。

尤も、性質としてどちらも大差ないためにわざわざ区別する必要性もないが。

 

 

「……いやはや、“大悪魔”という立場もまた難儀なものですね。格下相手にわざわざこんな手間をかけざるを得ないとは」

 

泥を操作しながら涅槃台は語りかける。

 

「まあ、この反転召喚は“いいデータ収集”にもなるから。特に負担には感じないわねぇ」

 

「そうですか」

 

嫌味のつもりだったのだが、女悪魔はさして気にする様子もなく。涅槃台は少し不満げな顔になった。

 

 

 

――泥の操作、とはいうものの。実のところ、泥については彼よりも女悪魔の方がよく知っているために、実質的な操作はそちらに任せるとして、涅槃台の仕事は体内に溜め込んだ泥を凝縮、一箇所に固定化する作業のみだ。

 

「あら、前よりも順調に()()()()じゃない」

 

涅槃台が吐き出し続ける泥を見て、女悪魔は喜悦の表情を浮かべる。

 

「現代社会など()()()()()()()()()ですからね、どこへ行こうとも泥の栄養には事欠きません」

 

高度に発展した人間社会には多種多様な悪意が息づき、医学の発展により前時代よりも数を増やした人類においては、かつてを大きく上回る量の悪意が生まれ続ける。

故にこそ涅槃台は、特に行動を起こす必要もなくただ街路を練り歩くのみで“悪意の収集”をなし得ている。

 

「……さて、私の吐き出せる泥はこれで全てです。あとは貴女の仕事ですよ」

 

「ええそうね……じゃあ、入っていらっしゃい」

 

不意に背後へ視線を向け指を鳴らす。

すると、彼女の視線の先、部屋の扉がゆっくりと開け放たれ――

 

 

「……なんですか、()()()は?」

 

扉の向こうから現れた“人物”をひと目見て、涅槃台は()()()を覚えた。

そんな彼の問い掛けに、女悪魔は微笑みながら答える。

 

「今回の召喚に協力してもらう()()よ。

ほら、ご挨拶なさい」

 

彼女に促されて、その“人物”は恭しく一礼した。

 

禍々しき“ローブ”を見に纏い、長身痩躯を猫背に曲げた異様、()()()()と飛び出た二つの目玉。

見るものに“恐怖”を感じさせる異様な姿の男は、涅槃台の方を向きながら口を開く。

 

 

 

「我がマスターよりご紹介に与かりました。

 

(わたくし)()()()()()と申します。

以後、お見知り置きを……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジル・ド・レ。

欧州の百年戦争で活躍した英雄の一人だ。

最も有名部分は、百年戦争時、あの聖女ジャンヌが台頭したオルレアン解放以後の活躍。功績を認められ元帥に列せられてからの話だ。

 

ジャンヌと共に功績を残した彼は、ジャンヌが失墜するのと同時に失墜した。

ジャンヌが失われたことの精神的不安から、詐欺師のプレラーティにつけ込まれ黒魔術と称する“児童の誘拐・虐殺”を繰り返した。

当時のフランスは未だ百年戦争の残り火に苦心する状況にあったがために彼の凶行は半ば黙認され、数年もの間放置された。

 

結局、彼の所領を欲したブルターニュ公の働きで彼は捕らえられ罪を自白。許しを請うたことで絞首刑ののちに遺体を火刑に処されることとなる。

また、彼のこうした凶行は童話『青髭』の下地になったともされている。

 

……尤も、彼の凶行自体が“所領を欲した権力者たちの虚偽”であったとする説もあるためになんとも言い難いが、今となっては確かめようもない話。

歴史などその程度のものだ。

 

 

 

 

――だが。

 

 

 

 

 

 

 

「おぉおおおぉ!! ジャンヌゥ! 聖処女ジャンヌよ!」

 

目の前の奇声を上げ狂乱する男を見るに、悪魔として、“英霊”として召喚された彼はまさしく“異常殺人鬼”としての性質を帯びているのだろうと推察できる。

その事実だけで()()()()()()()()()()がこみ上げてくる。

 

「メシアンが招いたと思しき英傑()()()()は、素のスペックからして神族級よ。まさしく“神の御業”と等しき豊富で高位な回復魔法の数々を有し、本人の耐久性能も群を抜いている。

おまけに霊的干渉を阻む“耐性”においても桁違いと来るわ。

生半可な悪魔を差し向けたところで返り討ちにされるのが関の山でしょうね。

加えて、“こちらの正体を探らせない”ように動くとなると……かなり頭の痛い話だわ。

 

……だからこそ、“彼女に特化した駒”を当てるべきと判断した」

 

ジルの気持ち悪さを毛ほども気にしていない女悪魔は平然と語る。

“俺”もなるべくジルの言葉を認識しないようにしてその言葉へ耳を傾けた。

 

「でも厄介なことにね、ジャンヌとやらは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()らしいのよ。耳を疑うでしょ? あの小娘には裏側というのが無いのよ。

人類のくせに、ソレが無いだなんて。それって本当に()()()()()()()()()()()?」

 

「さて? 私ごとき一介の破戒僧には分かりかねるお話ですね。人類だとか世界だとか、そんな身に余るお話を好んでしたがるのはよほど強大な悪党か、それこそ()()()()()()()()()に他なりませぬ。

有り体に言って、()()()()()だ」

 

人類というのは個人が思うほど単純ではなく、世界というのは個人が思うほど軽くない。

心身を費やした傑物たちが数多ひしめき潰し合い、雑多な思想が複雑に絡み合った末の数千、数万の時を越えて紡がれたこの世界が。たかが個人にどうこうできる規模にあるはずがないのだ。

 

ましてや、大衆の預かり知らぬ“神魔霊魂”の概念を知っている我々からすれば“世界征服”や“世界平和”なんてのは笑い話にもならない。

更に言えば、“この宇宙”は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なれば。

“宇宙という概念に囚われている時点でどうにもできない”。

 

「アッハハ! そうね、()()()()()()()。貴方はやっぱり私が見込んだ通り“際限のない欲張り”だわ」

 

「……」

 

彼女からすれば褒めているつもりなのだろうが全く嬉しくない。

“私”は私が『これ』と定めた目的に向かって進んでいるだけなのだ。その道行を他者に干渉されてくはない。

私の願いは()()()()()()()

 

 

「……さて、話を戻しましょうか。

 

反転召喚が出来ないと言っても、“闇自体は確かに存在する”。

その小さな闇を核として、足りない部分を()()()()()()()のよ」

 

「霊基確立の補填を他者、それも個人に任せると?」

 

馬鹿な話、暴論だと思った。

悪魔の中にも空想や作り話から産まれたモノは数多いる、しかし個人が個人の思想の中で確立させた悪魔はいない。少なからず大衆の承認力、認識、信仰を糧として確立しているのが現状である。

仮にそんな“空想具現化”のような所業が出来たならばとっくに世界は滅んでいるし、なにより()()()()()()()()

 

それをこの女悪魔は真っ向から否定する。

 

「それが出来ちゃうのよねぇ……理すら超越するほどの強い思念、願望を以ってすれば。それを“具現化させるほどの力”で支えてあげれば、可能になる。

……人間だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? それと同じよ」

 

「……なるほど」

 

それは超人や魔人の類に変生する“逸脱者”たちのことか。

彼らが自己に向ける強い思念を、“他者に向ける輩”が存在してもおかしくはない。

そして、その一人こそがジルということか。

 

「聖女ジャンヌの“再誕”こそが彼の願いですか」

 

「んー、再誕というよりも。“復活”かしら?

似たような別人ではなく、“本人の復活”を彼は望んでいるわ」

 

「? はて、そうなると彼の願望はすでに――」

 

疑問を口にした私の唇を、彼女の人差し指が止める。

 

()()()()()()()()

 

ニヤリ、と口の端を歪ませる彼女を見て察する。

つまり、ジルには“英傑ジャンヌの出現を知らせていない”ということか。

加えて、彼女が司る“虚偽”の権能を用いれば完全に騙すこともたやすい。

 

「それに、彼の願望には()()()()()()()()が含まれていてね。それを実現させるとなると、やっぱりこのやり方が一番なのよ」

 

「要は、()()()()()()()()()()ということですね?」

 

「ピンポーン! 厳密には“本物の復讐心”を起点にしているから完全な偽“物”でもないんだけど。まあ九割はニセモノの聖女様が出来上がるわね」

 

なるほど、つまり本物の聖女にニセモノをぶつける算段というわけか。ならば一々悪魔を選定する手間も省けるし、なにより適任という点では他は有り得ないだろう。

 

「つくづく思い知らされますね、貴女という“魔王”の恐ろしさを」

 

「あら、その魔王を成立させたのは他ならぬ()()()()よ? 褒めるなら底知れない悪意を生み続ける人類を褒めてあげなくちゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

――かくして。

 

反転召喚は行われる。

 

ジル元帥の持つ願望を主な“指標”として、中東の古き魔王たる女悪魔が、その神のごとき強大な権能で“ホンモノ”としての現界を補助し。聖女ジャンヌが有する“ほんの僅かな闇”を核として、大衆の望んだ“復讐に燃える聖女”を(ベール)として纏わせた“あり得ない英傑”。

 

 

「おぉ……! ジャンヌ、ジャンヌゥ!!!!」

 

 

――偽りの異端判定を受け、罪人の烙印を押された哀れな聖女は、今、人々が願った“復讐の権化”として現界する。

 

 

 

 

 

 

 

「サーヴァ……いえ、英傑? ふむ。

 

英傑、ジャンヌ・ダルク。召喚に応じ、参上しました。

……貴方(ジル)の願いに従い、私はフランスを。いえ、世界を。私を貶めた人類全てを復讐の焔で燃やし尽くしましょう」

 

英傑ジャンヌ・ダルク・オルタナティブは、地獄の炎に焼かれた旗を高らかと振り上げた。

 

 

 

 

 




【あとがき】
悩みましたが、原作での経緯を尊重して彼を登場させることにしました。
……ちょっと、今後の扱いが悪いかも知れないけど他意はありません。寧ろFGOでの強化を望んでいる人です!

なお、本作では元帥の所業は真偽不明とし、青髭の旦那として召喚される彼はそれを“事実として”いる悪魔と定義します。
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