いざ書いてみたら冗長過ぎたのでな……
「協会本部に……ですか?」
自宅のソファにて、俺は食い気味に問い返した。
テーブルを挟んで向かいに腰かけるのは、いつでも尊大な態度を崩さない(対俺限定)葛葉の若きエース。レイランさんだ。
レイランさんは、ウシワカが出したお茶を一口啜ってから答える。
「(なんで敬語……?)そうよ。会長が“今回の一件”について直接話を聞きたいから出向くようにって。もちろん、“英傑”の方も気になるから同行するように、とも」
彼女はなんてことないように言うが、俺はその話を聞いただけで胃がキリキリしてきた。
「マジか……いや、まあ、会長の“命令”なら行かないという選択肢はないんだが……マジか」
大事なことなので二回言う。
いやほんと、マジで“会いたくない”のだが。
俺、あの人苦手なのよ。
「……そんなに苦手なの? 私にはあんまり怖い人とは思えないんだけど」
レイランは不思議そうに首を傾げる。
そりゃ彼女はそうだろうさ。なにせ、外部組織たる葛葉からの食客。無碍にするなんて失礼はできない。
それでなくとも彼女は
会長は子どもや若手にはとても目を掛けるし優しいからな。当たり前っちゃ当たり前だが、現代社会でちゃんと目下の人間を気にかけることができる上司というのは貴重である。その点については議論の余地がないほどに良い上司と言える。
……それとは別にして。
あの人とは“古い仲”なので、俺には割と容赦ないのだ。
決して悪い人というわけではないのだが……例えるなら“親戚の怖いおじさん”、もといお兄さんだ。
悪戯するとめっちゃ叱って来るタイプ。
「怖いもんは怖いの。
……ああ、気が重い」
机に突っ伏して唸る。
これで会長との面談が無くなるわけでもなし、何が変わるわけでもないが。
そんな俺の様子を見て、レイランは少し心配そうな声をかけてきた。
「安心しなさい、私もリンも一緒に行くんだから」
「……ホント?」
顔だけ上げて尋ねる。
「ホントよ、だからほら……そんな子どもみたいな真似やめなさい」
圧倒的年下の彼女に窘められては俺もやめざるを得ない。
仕方なく身体を起こして溜め息を吐いた。
対悪魔基地での一件は、黒大蛇討伐を以って無事に終結した。
少なくない犠牲者を出したものの基地の防衛は成功、兵隊たちも無事に撤退しており。途中から行方不明になっていたリンも、ボロボロながら生きていた。
細川からの緊急依頼については残念ながら騎士団を一機も墜とせなかったので、その分の追加報酬は無かった。
そんな中、リンだけはなんと一機仕留めていたらしく。大量の札束を受け取っていたのを見てちょっと悔しいと思った。
とはいえ、通常報酬として当面はのんびり出来るくらいの大金をポン、と渡してもらえたのでそこまで悲観的にはなっていない。
更には黒大蛇討伐の手柄を大國大臣に高く評価してもらい、その分を追加報酬として更にドン! と大金として頂いたのだ。
報酬をアタッシュケースで受け取った際に思わずニヤニヤしてしまいオサキに小突かれたが、アタッシュケースいっぱいのお札様を前にしては仕方ないと思う。
俺はお金が大好きなのだ()
事後処理を早々に済ませた俺たちは、その足でまた協会本部治療棟まで向かった。
戦闘後に基地の、治療術を使える隊員やその仲魔たちに負傷の類を治してはもらったが。内部の、細かい部分の治療は流石に不可能だった。
故に、念のため治療棟でしっかりと診てもらった方がいいと思い仲魔たちを伴って治療棟に舞い戻った。
……その際、例の“ペルソナ使いのお姉さん”がやけに怖いオーラを出して俺を見て来たが、今回は俺の治療予定は無いと聞いてひどく残念そうに去っていった。
いったい、何をする気だったのか気になるが聞かない方がいいような気もした。
診察の結果、ウシワカ、チヨメちゃんに異常は無かったものの。オサキだけは“霊基に損傷あり”として引き留められた。
なんでも“霊体の構成情報に傷がある”とのことで心当たりがないかと聞かれた。
……考えるまでもなく、原因は黒大蛇戦で行った“無茶な呪力操作”だろう。
その事を素直に担当者に伝えるとすぐさま治療の流れとなった。
担当者の人は、治療棟にぶっ込んで一週間掛けた入念な治療を望んでいたようだが。当のオサキが「いやじゃ、いやじゃ!」と駄々を捏ねたので俺に助けを求める視線を送ってきた。
だが、俺もその件についてはオサキに同意だった。
確かに治療という観点から見れば担当者の言う通りにしたほうが効率的なのだろう。
しかし、オサキは“夕凪の土着神”である。
厳密には二代目だが、土着神の地位を受け継いでいる以上は大した差はない。
つまりは、土地を離れると大きく弱体化するということだ。
もちろん、十分なMAG供給があれば消滅は免れるが、夕凪神としての性質は失われていくだろう。
二日三日ならば問題ないが、流石に一週間以上ともなれば異常が出てもおかしくない。
未だ夕凪神として“復権”することを願っているオサキにそんな仕打ちをしたくはないので、入院については丁重にお断りした。
その際に、渋る担当者へオサキが“地元と特別な繋がりがある”ことを説明したことでなんとか納得してもらった。
一応、そのことは内密に願いたいと伝えておいたが、そこは担当者の義心を信じるほかにない。
その後、ならば、と担当者がくれた“お薬”を受け取った俺たちは無事に帰路へと着いたのだった。
……と、その前にオサキへ約束していた“回らない寿司屋”にも寄らせてもらう。
オサキや他二人にも気兼ねなく食事を楽しんでもらいたかったので、わざわざ協会関連の店まで出向いた。
この店ならばオサキも変化能力で耳や尻尾を隠さなくてもいいし、悪魔関係の話題もフリーだ。
オサキも念願の“高級稲荷寿司”をいただけてご満悦の様子であった。
……まあ、その材料が例によって例の如く“豆狸”であると俺は知っていたがあえて口に出す愚行は犯さなかった。協会関連、って時点で察してもいいと思うが。
それはともかく。
ウシワカは案の定、遠慮というものを母の胎内に忘れてきたかのように寿司を食いまくり。チヨメちゃんも最初は遠慮していたものの途中からは(悪魔が原材料の)寿司に舌鼓を打っていた。
……帰る時、回らない寿司屋が定価ではなく“時価”ということを思い出して少なくない額を支払う羽目になったが、大丈夫。
報酬はまだ残っている。
夕凪の自宅に帰って早々、一人で留守番させられていたイヌガミがとても不機嫌になっており、これを慰めるのに少々時間が掛かったりはしたものの。お土産として買ってきた高級和牛やその他“悪魔肉”の類を(ウシワカが)調理してお出ししてなんとか機嫌を治してもらった。
……あ! そうそう。
基地防衛の報酬が思ったよりも多かったので、この際と思い自宅の一部を改装した。
ほら、宵越しの金を持たない、とかなんとか言うじゃない?
泡銭云々とも言うし。
なので、思い切って自宅の浴室を“檜風呂”として改装した。
浴槽に合わせて浴室全体も和風の趣きに改築したので結構な金額が掛かったが、それでもまだ報酬分は半分以上残っている。
いやぁ、大國様様、細川様様ですよ。
他にも、以前のヨシツネの襲撃で失われた調度品や家具、その他諸々を買い込んでお家のリフォームを進める。
……主に和風の趣きを重視して改装しまくったせいで一階部分だけ異常な膨れ具合となり、二階の洋装とのチグハグ感がカオスな領域に入っていたが。まあ、許容範囲内だ。
うちの近所は人も少なく、景観にうるさい人もいないのでやりたい放題させてもらった。
報酬は……ちょっと心許なくなった。
そして、リフォームがひと段落した頃。
事件が起こった。
ある日の朝、寝室でスヤスヤ眠る俺へと唐突に、オサキさんがダイブしてきたのだ。
こう、ボディプレスするみたいな感じで。
快適な睡眠状態から無理やり叩き起こされた俺は当然パニックに陥った。すわ敵襲か、と混乱する俺にオサキさんはまくし立てるように声をかけてきた。
「おい、こら! あの約束はどうなっておる!?」
「や、約束!? ていうかオサキさん、なんでこんな……」
初手で、馬乗りになってお怒りなオサキさんを見せられた俺は更に混乱を深め、そんな俺に立て続けに彼女はこう言った。
「自由行動じゃ! 帰ったら自由に外出していいと言っておったろうが!!」
「が、外出……? 別に、好きに出掛ければ?」
――この時の俺は、率直に寝ぼけていた。
なんの約束かもわからぬままに、俺は続けて“不用意な発言”をしてしまった。
「好きに出掛けるも何も……お小遣いまで没収されておるではないかぁ!!」
「お小遣い?? あ……なら、
「なに!? 本当か!?」
「う、うん」
うなずく俺にオサキさんは「きゃっほーい!」と歓喜しながらカバンの中の金を持って外に飛び出して行かれた。
……そうして“うるさいの”を追い出した俺は、安堵しつつ二度寝に突入したわけ、だが。
「金が……ない」
俺はアタッシュケースを置いておいたはずの場所を見ながら、絶望の声を上げる。
――そう、俺はあの時。
それも、
「馬鹿なのか? いや馬鹿なんだな、俺?」
今朝の俺に激しい怒りを覚える。
だがそれもこれも後の祭り、今はこれからを考えるべきだ。
「落ち着け……大丈夫。報酬金が無くなっても、各口座にはたんまりと貯金があるんだから……」
まあ、その貯金も、以前の自宅修繕やらCOMP修理やら何やらで翳りが見えているのだが。だからこそ報酬金の残りは貯金に当てようと思い、ぶち込む口座を吟味していた最中の、この出来事であった。
ちなみに、協会への出向は明日なので今日は特に予定はない。
故に全力でオサキの捜索に注力できる。
現在時刻は……夕刻。我ながら寝過ぎたとは思うが、前日にレイランとの話し合いと、その後の“酒宴”で疲労困憊であったので俺は悪くない。
「酒宴……」
酒宴という単語にピンと来た。
酒宴といえば酒、酒といえば……オサキだ。
前に探した時も言ったが、彼女はイヌガミと同じく酒好きだ。
前日の酒宴の席でもウシワカ、イヌガミと並び大量の日本酒を、もう浴びるように呑みまくっていた。
流石にそこまで酒に強くない俺や、給仕に励むチヨメちゃん。休暇から帰ってきたクダはそれを冷めた目で見つつ。彼女らの接待に努めていた。
「仲魔の接待をするサマナーとは……?」
仮にも主ぞ?
……いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
一刻も早くオサキを見つけなくては。
――今朝の自分の失態に気付いた俺は、すぐさま身支度を整えて家を飛び出した。その速さは、外出に際していつも素早く声をかけてくるウシワカをして気付かないレベルで。我関せずなイヌガミやクダも家に置いたままに、俺は街中へダッシュで向かった。
……しかしながら、チヨメちゃんだけはさも当然のように同行しているわけだが。
家を飛び出して早々に――
「何かあったのでござるか?」
――と、いきなり傍に現れた際は、思わず叫び声を上げてしまった。
聞けば「お館様の身辺警護は常に行なっておりますゆえ」とのこと。
……いや、四六時中ボディガードはやめてって伝えておいたはずなのだが。
そのことを問えば、「承知してござる。故に、日々の空いた時間を活用しておりまする」らしい。
トイレとかお風呂の時は流石に目を逸らしてくれていると思いたい。
今、俺は街区の大通りを中心に捜索を続けている。
前に探した時みたいに、人好きな彼女が行きそうな、人の集まる場所は最初に回っている。
そこでも見つからなかったのでこうして歩きながら考えていたのだが。
「酒、といえばオサキの行くところは一つしかないな」
無論、夕凪には酒の出る店は幾つもあるが。気兼ねなく、“悪魔としての自分”を曝け出せる場所といえば一つしかない。
場末のバー『ジャンボリー』だ。
以前の捜索時にも立ち寄った、あのサマナーの情報交換の場である特殊な酒場だ。
協会にも公認された酒場なので、普段は姿を隠したりCOMPに突っ込んでいる仲魔たちものびのびさせてやれる貴重な場所でもある。
それ故に、以前は仲魔たちを連れて飲みに行ったり貸し切りにしたりと。あそこのマスターには色々とお世話になった。
「今度、お礼も兼ねて“情報”と手土産を持って伺おうと思ってたんだがな……」
どうやらまた日を置いて改めた方が良さそうだ。
とにかく、と俺はオサキがいるであろうジャンボリーへと歩き出した。
大通りからしばらく歩いた街区の端、住宅街に片足突っ込んだ閑静な雰囲気の中に半分廃墟になった雑居ビルが現れる。
「相変わらず、いつ崩れるか分からんボロ具合だ」
流石にいきなり崩れるなんて致命的な損害はないだろうが、生き埋めは勘弁願いたい。
そんなことを思いつつ、ジャンボリーのある地下階層へと歩を進め――
『ガハハハハハ!!!!』
「うわっ!?」
扉の前まで来たところで、豪快な笑い声が聞こえてきた。
とても聞き覚えのある声音で。
「お館様……この声」
チヨメちゃんが気まずそうに告げる。
うん、分かってる。
これ、オサキの声だ。
「……まあ、ここで話してても仕方ない」
俺は半ば諦めの心境でジャンボリーの入口扉を開けた。
「グハハハハハ……!!!!」
入店早々、大音量のバカ笑いが耳を貫いた。
それだけで俺は目を、顔を覆いたくなる。
しかし現実は非情だ、また、非情なれど現実を直視できぬ者に明日はない。
要するに、酒に溺れるオサキさんの姿を視界に納めた。
「ワハハハハ! 酒じゃ、もっと酒を持ってこーい!」
いつもの巫女服を着崩し、紅潮した顔を喜色に染め。涎なのか酒なのか分からない液体を口端から垂れ流しながら、カウンター席の上で大股を開けている。
「いやだぁ、サキちゃんってば結構イケる口なんだぁ! よぉし、お姉さんも本気出しちゃうぞ〜!」
そして、オサキの傍には長身で緑髪のお姉さんが座る。
オサキ同様に大ジョッキを幾つもテーブルに置き、その全てが空になっている様子から、彼女も酒豪の類。加えて、あの状態のオサキに平然と対応できる肝の座った女性のようだ。
……ただ、彼女はどう見ても人間には見えない。
まず、肌の色が“灰色”、というか鉛色のような人外色。加えて額からは二本のねじ曲がったツノのようなものが飛び出ていた。
もしかしなくても悪魔だ。
騒ぎ倒す二人を前に、カウンターでグラスを磨くマスターも苦笑いを浮かべていた。
いや、ほんと、すみません……。
そんな彼女たちから少し距離を置いたところで、冷めた目を向けているスーツ姿の若い男が一人。
店内にはこの四名しかいなかった。
「お、おーい。オサキさーん?」
とりあえず、騒ぎを止めようとオサキに声をかける。
すると、彼女はクワッと目を見開きこちらに振り向いた。
「遅いぞぉ、ヒデオォ!!」
「えぇ……?」
遅いと言われても……どこにいるかも告げられていないのですが。
と、反論する暇もなくオサキさんはちょいちょい、と手招きをする。
酒乱モードの彼女に逆らうのは得策ではないので素直に従う、と。
「いだだだだ!?」
耳を思いっきり引っ張られ、ゼロ距離からお声がかかる。
「どこを遊び歩いておったのじゃおどれはー!!」
それはこちらのセリフでは!?
抗議の間もなく、耳から手を離した彼女は胸元を引っ掴んでグイッと顔を寄せる。
「まったく、少し目を離すとこれじゃ……お主の悪癖は死んでも治らんの」
それもこちらのセリフである。
「気づけば東奔西走、一人で勝手に飛び回る。えーと、なんじゃったか? フユキ? だかにも一人で行きおってからに」
う。その点は申し訳ない……。
「ワシだってなぁ……お主のためを思って……うぅ」
「え、ちょ!?」
荒い語り口から突然、めそめそと泣き始めるオサキさん。
情緒が不安定過ぎる……。
「ワシは……うぅ、ぐすっ……もう……もう置いて行かれたくない……」
「オサキ……」
ポロポロと涙を零しはじめたオサキさんの対処に困っていたところ、言葉を返しづらい呟きが漏れた。
彼女が言うのは“閉じ込められていた時”のことか、或いは――
しんみりしはじめた頃、唐突に傍のお姉さんが声を上げた。
「あー! サキちゃん泣かしたぁ! 女の子を泣かせちゃいけないんだぞぉ!」
雰囲気をぶち壊す妙に軽く快活な声に、俺もたじろぐ。
「ひ、人聞き悪いこと言わないでください!
というか貴女誰なんですか!?」
我ながら尤もな疑問に思う。
誰だか知らんが、オサキと一緒に騒ぎを起こしていたあたりろくでもない輩とは思うが……。
「それについては、私が答えましょう。ヒデオさん」
絡み酒にうんざりする俺へ、先ほどまで静観していたスーツ姿の男が声をかけつつ歩み寄った。
近づき、店内のライトに照らされたその顔を見て、ようやくこの男のことを思い出した。
「あ、お前……」
「はい、お久しぶりですね、ヒデオさん」
思わぬ場所での思わぬ出会いに驚く俺の服の裾を、これまで大人しくしていたチヨメちゃんがくいくい、と引っ張る。
「お館様……この者よりタダならぬ“気配”を感じまする」
少し警戒したような顔で告げる彼女に苦笑する。
確かに“彼”は
がるるる、とでも言いそうな目を向けるチヨメちゃんを見て、彼も一歩引いて軽く頭を下げる。
「失礼、先に自己紹介をすべきでしたね。
改めまして。
以後お見知り置きを、お嬢さん」
【あとがき】
彼の話はどっかの外伝でやろうと考えてます。無理そうなら本編内のダイジェストで語ります。
まあ、まだ先の話ですが(先の話が多過ぎる
とりあえず、例の蛇娘はオリジナル要素が豊富ですので丸っ切り本人というわけではないことをご承知ください。
あと、今章の本筋には殆ど関わらない点もご了承ください。
……プロット作成後に魅了的なキャラ出過ぎ問題。
ヴリちゃん、イベ特攻に入ってる……これは。
あとリンボ(全ての感情を込めた一言